皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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麝香福郎さん |
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平均点: 6.72点 | 書評数: 75件 |
No.35 | 6点 | ロシアン・ルーレット- 山田正紀 | 2023/04/28 23:26 |
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崖から転落したバスが、横倒しになった送電塔の突端に車体の中央が串刺しにされ、崖から宙づりになり、きしみながら左右に揺れている。
物語は基本的に、事故直前、そのバスに乗り合わせたK県は人口十五万人の栖壁市の刑事・群生の意識を中心に繰り広げられていく。各章の主人公が変わっても、すべて群生の視点のみから語られる。あらかじめ乗客全員と面識があるわけではない。ただ一人の例外は、かつて彼と何らかのつながりがあったらしいコンビニのアルバイト娘、相楽霧子だが、しかし彼女にしても同市の場末のカラオケボックスで殺害されたばかり。にもかかわらず、額の銃痕もあらわな彼女が堂々と同じバスに乗り、群生に話しかけてくるのだから、果たしてこれは幻影か幽霊か。 バスの運転手から果樹園経営者の妻、七歳の少年、拒食症の女、営業部長、菌マウスの研究者まで、各人の人生が怒涛のように群生の意識へ流れ込む。やがて連作は語り手である群生本人が秘めるとてつもない闇に向かって突進する。従来の物語そのものの約束事をまんまと突き崩す仕掛けが随所に詰め込まれている。語り手という存在そのものが秘める恐怖を露呈させた、高度に実験的にして極度に娯楽的ホラー・サスペンスといってよい。 |
No.34 | 8点 | ベルリンは晴れているか- 深緑野分 | 2023/04/04 22:29 |
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舞台は一九四五年のベルリン。米ソ英仏連合軍が占領し、七月のポツダム会談に入る直前、奇妙な殺人事件が起きる。
主人公アウグステは、米軍食堂に勤務する地味で実直なドイツ少女。ただし、ソ連軍の凄惨な略奪と暴行行為に巻き込まれ、傷つけられた過去がある。親類縁者もなく孤立無援の状況で、ソ連当局から恩人が殺されたことを告げられ、命じられるまま犯人と思しき被害者の甥を探すため、ベルリン近郊のバーベルスベルクへ赴く。 本書では、殺人という非日常的な出来事が、大量殺戮を背景にした戦争という非常事態の中で吟味される。もちろんそれは、ナチの人種政策や連合軍人の得体の知れなさ、生き延びるため裏切りや騙しなどが日常茶飯事になった同国人らの鬱屈を背景に、ファシズムの台頭と人間性の崩壊を抉り出すことに他ならない。同時に、それは密告と同調圧力の世界で、隣人を告発しない善良な人々や、ファシズムを止められなかった大衆が、転換する世界でどう行動するかも描き切っている。読み終えて、緩やかに価値の転換期を迎えている現代日本の姿を連想せざるを得なかった。 |
No.33 | 6点 | バルーン・タウンの殺人- 松尾由美 | 2023/03/11 22:45 |
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舞台は人工子宮による出産が一般化した近未来。その中で、あえて自腹の出産を選んだ女性のために用意された妊婦だけの街が東京都第七特別区、通称バルーン・タウン。
妊婦の街で起きる事件を妊婦探偵が解決する。その謎解きと舞台背景のミスマッチが本書の眼目。特別状況下のSFミステリと言えば、ジョン・ヴァーリイの短編「バービーはなぜ殺される」が思い浮かぶところで、表題作自体「バービー」の本歌取りなんだが、全体を通して見ると、山口雅也のキッド・ピストルズシリーズなど異色のパズラーに近い印象。 複数の目撃者がいながら犯人を特定できない表題作、穴だらけの密室ものの「バルーン・タウンの密室」、「赤毛連盟」を下敷きにした「亀腹同盟」、そしてクリスティーのパスティーシュ「なぜ助産婦に頼まなかったのか」とミステリファンなら思わずにやりとするタイトルが並ぶ。ユーモラスな語り口もさることながら、設定を生かしたオリジナルトリックの魅力が光る。 |
No.32 | 6点 | 分かったで済むなら、名探偵はいらない- 林泰広 | 2023/02/10 19:21 |
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居酒屋「ロミオとジュリエット」で一人酒をたしなんでいる刑事が、その場で耳にした謎を解くというスタイルの連作ミステリ。
浮気夫を撲殺してしまった妻の衝動、インチキ超能力者となんちゃってサイキック・バスターの対決など、七つの謎を刑事は解く羽目になる。その謎の外観と真相との間に相当の飛躍があることが、まず本書の魅力だ。 それに加えて、居酒屋の名前でもあるシェイクスピア作品に関する七つの知識や解釈が披露され、それぞれがその名作に関する読者の思い込みを否定する妙味があり、しかもその妙味を梃子として刑事が謎を解く捻り技も披露される。不敵なエピローグも気に入った。 |
No.31 | 7点 | Y駅発深夜バス- 青木知己 | 2023/02/10 19:10 |
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二〇〇三年発表の表題作の「Y駅深夜バス」は、日本推理作家協会と本格ミステリ作家クラブ、それぞれの年間アンソロジーに収録されるほどの高評価を得た短編だ。ある男が深夜バスで体験した怪異が、くるっと回って意外かつ苦い形で着地する衝撃が強烈。「九人病」では、怪談の内と外を揺蕩う妙味が堪能できる。
「猫未来」では、中学生の青春恋愛ミステリ、「ミッシング・リンク」では、読者への挑戦をはさんだ盗難事件の犯人当てとその後を描いている。「特急富士」では、犯罪者視点からコミカルに描いた殺人喜劇が楽しめる。それぞれ輝きが異なる粒ぞろいの短編集。 |
No.30 | 6点 | イタリアン・シューズ- ヘニング・マンケル | 2023/01/19 23:20 |
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本書の語り手、元外科医のフレッド・ヴェリーンは、ある事件をきっかけにスウェーデン東海岸群島の小さな島に移り住み、老いた犬猫以外話し相手といえば郵便配達人ぐらいの世捨て人のような日々を送っている。
そんな男のところへ、若き日の恋人が訪ねてくる。しかも彼女は不治の病に侵されていた。彼女に迫られ、やむなく旅に出た男に思いもしない出来事が次々に降りかかる。 タイトルが不釣り合いなほど本書は暗く思い。胸をえぐられる。死が通奏低音のように流れている。だからこそなのか。彼の人生に突然現れた実の娘、反骨精神の塊のようなルイースの赤いハイヒールや、ハンディキャップのある娘、アンドレアの水色のハイヒール、そして靴職人のマエストロから贈られてきた黒革のイタリアン・シューズが「生」の象徴のごとく、燦然と輝きを放っている。 |
No.29 | 6点 | オリジン- ダン・ブラウン | 2022/12/27 23:09 |
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波打つ金属板で外観を覆った建物自体が独特のデザインであるビルバオのグッゲンハイム美術館で、教授の元教え子で未来学者のエドモンド・カーシュが科学的大発見を発表する。それは人間が「どこからきて、どこへいくのか」を明らかにするもので、あらゆる宗教の教えを否定する内容だったのだ。
いよいよ発表という瞬間、壇上に現れたカーシュが額を撃ち抜かれて絶命するという衝撃的な事件が発生する。発表内容は何だったのか、カーシュ暗殺の黒幕は宗教界なのか。その場に居合わせた教授が、二つの疑問を解き明かそうと奮闘、緊張感みなぎる物語が展開される。 人類の起源と未来を、人工知能によって解き明かそうとするくだりは、ほら話と一笑に付せない説得力があり刺激的だ。加えて、謎を追う教授がカサ・ミラやサクラダ・ファミリアを巡る描写は、さながら紙上観光の趣がある。よく知られた名所とはいえ、建物の外観や内装に関する蘊蓄が満載で、新しい発見があった。 |
No.28 | 5点 | 怪盗の後継者- 久住四季 | 2022/12/07 21:49 |
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主人公の柏手因幡は平凡な大学生。ところが大学講師を世を忍ぶ仮の姿とする謎の男・嵐崎望から「君、私と一緒に泥棒をやってみないか?」とスカウトされる。嵐崎の話によると、因幡の父は伝説の怪盗ジャバウォックそのひとりであり、嵐崎はその協力者だったという。因幡は嵐崎とその仲間たちとともに、父を罠にはめた大物政治家・早乙女巌の悪事の証拠を盗み出すことになった。
普通の大学生が泥棒からスカウトされて父の遺志を継ぐ導入部がやや唐突で、心理的に納得し難いものを感じたが、そこさえ目を瞑れば、あとは手に汗握る展開の連続。ハイテク防犯装置で守られたターゲットを奪うのがたやすいことではないのは当然のこと、切れ者適役の早乙女が積極的に攻撃を仕掛けてくるタイプなのもミッションの難度を高めている。 嵐崎とその仲間たちが非凡な技能を誇る中で、素人同然の因幡がこの物語でいかに存在意義を示せるかも読みどころとなっている。 |
No.27 | 7点 | 片翼の折鶴- 浅ノ宮遼 | 2022/11/18 23:14 |
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第十一回ミステリーズ!新人賞を受賞した「消えた脳病変」は、学生時代の西丸が講師の提示する謎に挑む。他四編はその後の彼の活躍を描くもので、どこから失血しているか分からない不審な患者の謎を解く「血の行方」、証人が逆行性健忘に陥ったために不可能状況が生み出される「幻覚パズル」など、密度の高い物語が楽しめる。題材に見合った、冷徹な筆致も魅力的である。
物語の根底にあるのは、全力を尽くして患者を救わんとする医師の熱意だ。「消えた脳病変」で医学生たちに挑戦した講師は言う。「医者は、答えが見つからないからと言って考えるのをやめてはならない」「考えるのを放棄するということは、その患者を諦めることを意味する」のだと。知的パズルと医療への関心が融合した医学ミステリ。 |
No.26 | 8点 | 網内人- 陳浩基 | 2022/11/02 20:56 |
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地下鉄での痴漢の被害者から一転、疑惑の不良少女としてネットで叩かれ追い詰められる。現代の香港が抱える諸問題やネットの危うさを背景に、極めて有能だが癖のあるアニエが進めるハイテク調査の濃密なディテール、妹の復讐劇へと移り行く緊迫した展開、細やかに配された数々の仕掛けの妙、そして並行して描かれるITビジネス小説のごときパートの意味。
本作は、技術革新により人間の「ひと」を見る力が衰えつつある現代で、それでもひとと正しく向き合おうとする意義を問い、いま優れた知識と大きな力を有する者がいかに在るべきかを示す、未来への希望を込めた物語といえよう。 |
No.25 | 6点 | がん消滅の罠 完全寛解の謎- 岩木一麻 | 2022/10/17 22:53 |
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日本がんセンター研究所に勤務する夏目典明は、生命保険会社の友人から不可解な相談を受ける。余命半年の宣告を受け、リビングニーズ特約に基づいて生前に保険金を受け取った患者のがん病巣が、跡形もなく消えたというのだ。しかも同様の事例がほかにも起きているという。医学上の常識を覆す奇跡が起きているのか、この殺人事件ならぬ「活人事件」の裏にあるもの、そしてがん消失そのものの仕組みが本書の中心にある謎なのだ。人体を一つの構造物に見立てた密室事件と表現してもいい。謎を綺麗に解かれることによってさらにその魅力を増すが、本書においては解答編も大胆かつシンプルで美しい。
主人公の恩師が「医師にはできず、医師でなければできず、どんな医師にも成し遂げられなかったこと」をするために突如職を辞して医大を去るというサイドストーリーがあるが、それも側面から物語を補強している。小説のすべての要素が最後に明かされるがん寛解の謎解きのために機能しており、医学ミステリの醍醐味を満喫させてくれる。 |
No.24 | 8点 | 渚の蛍火- 坂上泉 | 2022/09/28 21:44 |
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作品の舞台は、まさに五十年前、本土復帰直前の沖縄だ。主人公は本土への「留学」のあと、琉球警察に入った若き警部補、真栄田。警察庁への出向から那覇に戻ってきて早々に前代未聞の大事件が勃発する。
円への切り替えのために回収したドル札を運んでいた銀行の現金輸送車が襲われ、百万ドルが強奪されたのだ。外交問題に発展することを恐れた警察上層部は、事件を秘密裏に解決するよう真栄田に命じる。タイムリミット間近に迫った本土復帰の日。真栄田はわずか五人のチームで、推理と捜査に奔走することになる。 スリリングなストーリー展開の合間に、復帰直前の混乱と、人々の暮らしが描かれる。チームの面々の姿も印象的だ。琉球警察が女性警察官を採用していなかったため刑事になれず、事務職員となった新里。警備に当たったデモ隊の中に恋人がいたことで破局し、自分が守っているものは何かと自問する与那覇。石垣出身で直接の戦禍を経験せず、「沖縄人」からも「日本人」からも疎外されていると感じている主人公の真栄田。 彼らは沖縄が強いられた分断ゆえの葛藤と苦悩を抱えている。本書は、そんな彼らと読者とをつなぐ。怒涛の展開を追い、ラストシーンにたどり着くとき、五十年前の彼らを、そして今を思わずにはいられなくなる。 |
No.23 | 6点 | 0 ZERO- 堂場瞬一 | 2022/08/20 17:05 |
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主人公は、ミステリ作家の古谷悠。古谷悠は、生前に親交があり、私淑もしていた同郷の大物作家・岩佐友の葬儀場で、岩佐の長男・直斗から声を掛けられる。病床にあった父が、「すごい原稿がある」と言っていたのだが、「あれは何だったのかなあ」と。
物語は、そのすごい原稿の謎で読者を牽引していく。同時に、亡くなった一人の作家の生きざまを多面的に描き出していくのだが、この過程がスリリング。葬儀に居合わせた編集者の仲本美和に原稿探しを機に、岩佐の評伝を書いてみないかという提案に心動かされ、原稿を探しつつ、岩佐友という一人のベストセラー作家の足跡を追っていく。 ストーリーテリングには定評のある作者だが、その巧者ぶりは本書でもいかんなく発揮されている。何よりも、原稿の謎と岩佐自身の謎という二つの流れが、やがて一つに集約されていく様は圧巻。物語の終盤、その謎が明らかになった時、読者が受けるのは作家を志した人間の、壮絶な覚悟。その激烈なまでの意志は、古谷と美和だけではなく、読者の胸にも深く重く沈んでいく。読後、タイトルの「ゼロ」という言葉の意味が、何重にも響いてくる物語だ。 |
No.22 | 5点 | 八日目の蝉- 角田光代 | 2022/07/21 21:30 |
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「親であること」「家族であること」のつまづきを徹底的に描きながら、しかしこの小説が向かうのはそこではない。希和子は人の子を奪い、自分の子を持ったことで、それを奪われる恐怖と苦しみを知り、その時「母」になった。子供をさまざまな形で失う作中の人々を「親になる資格がなかった」という自業自得論で片づけることは容易いが、この作品は何かを糾弾することはしない。誘拐犯も、ダメ母、ダメ父も、意気地のない子供たちも、狂信的集団も。
小説が人間の内面に寄り添う瞬間というのはこういうものを言うのだろうか。本書はそんな瞬間を次々と出現させて、生身の人の理不尽さを堂々と描き切っている。 |
No.21 | 7点 | 聖者のかけら- 川添愛 | 2022/07/17 19:31 |
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本書は史実を下敷きに、ベネディクトが聖遺物をめぐる大いなる謎と複雑な宗教社会のうねりに巻き込まれていく歴史ミステリだ。
とにかく胸がときめく設定が満載の小説だが、当然ながら道理に疎い素直なお坊ちゃんだけでは話は転がってこない。そこで本書にはもう一人、彼の協力者となる探偵役が登場する。それがピエトロだ。 この男のキャラクターがなかなか強烈。まず、教会の司祭でありながら、裏では聖遺物を見つけては、こっそり売りさばいている。頭の回転が速く口が達者で、自分の利益優先で最大限効率的に行動し、神の働きかけは基本ありえないと考えている。そうベネディクトとは正反対の世間擦れしたリアリストなのである。 真実に一歩一歩迫る一方で、ベネディクトはこの変わり者ピエトロや、他のさまざまな修道士・会子と信仰にまつわる対話を重ねていく。聖フランチェスコが実践した清貧とは何か。神が願いを聞き届けてくれないときは、自分ひとりで抱え込むか、周囲に相談するか。思い焦がれるほどに神や聖者を、そして友人を信じ敬うとはどういうことか。 こうした真摯な問答には、時代も舞台も現代とはまるで違うけれど、人間社会を生きていく上での普遍的な知恵が秘められているようで、読んでいて非常に快い。成長譚であり、バディ小説としても啓発書としても存分に楽しめる。 |
No.20 | 7点 | シューマンの指- 奥泉光 | 2022/07/13 19:23 |
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かつて音大を目指す自分の前に現れた年下の天才少年ピアニスト修人に、憧れを募らせながらも、彼が指を失った事件をきっかけに、音楽の世界とは縁を切った「私」が、三十年前を振り返る手記という形で展開される。
「私」の卒業式の夜、音楽室のピアノで修人が奏でたシューマンの「幻想曲ハ長調」。その類まれな演奏に聞きほれているさなかに起きた殺人事件。 シューマンの生涯と楽曲をモチーフに、若き芸術家の苦悩という古くからある文学テーマを奏で上げた、美しい音楽本格ミステリ。音楽は「イデアの中に在る」という意見を中心に展開される音楽論も、知的好奇心をそそって魅力的。 |
No.19 | 4点 | Fの記憶- 吉永南央 | 2022/07/13 19:11 |
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嶽澤は解体作業を請け負う会社の社長。ライバル会社に仕事をさらわれるようになり、少しずつ苛立ちと怒りを内に溜め込むようになった嶽澤が思い出すのが、高校時代に痛めつけてやったFのこと、Fの言い放った呪いの言葉。
嶽澤というヤクザまがいの男が視点人物ゆえに、黒々とした筆致で描かれているこの物語の影の主人公がF. 多視点かつ、様々なトーンの物語を併せて一つの物語にする手法は悪くはない。だが、それがうまく活きていない。原因としては、Fという人間へのこだわりが、第一話の嶽澤以外の登場人物から必然として伝わってこない点にある。また、三つの物語から読者が脳内で作り上げたF像と、最終話に登場する実際のFの雰囲気がかけ離れすぎなのはどうなのか。 |
No.18 | 10点 | 虚無への供物- 中井英夫 | 2022/07/07 23:49 |
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普通の推理小説から逸脱している。展開される推理ゲームは劇中劇のように複雑に交叉しながら、果てしない空想と妄念のアラベスクを形作っていく。
作中には、アイヌの奇譚、ポーの小説やルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」、あるいはタイトルにもなっているポール・ヴァレリーの詩、色彩学、薔薇と宝石のコレクション、戦後の下町の雑多な空気や様々な事件、風俗談義など、実に多彩な材料が詰め込まれている。 作者はこの大作を十年近い歳月を費やして完成させた。四つの密室殺人の謎に彩られた巨編は、もちろん本格的な推理小説として楽しむことができる。そのディテールのひとつひとつには息もつかせぬ勢いで、物語の革新へと引っ張っていく。しかしまた、作者はこれをアンチミステリとして構成していたことを忘れてはならない。 |
No.17 | 8点 | ドグラ・マグラ- 夢野久作 | 2022/07/07 23:37 |
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主人公の「わたし」は七号室の患者として、正木博士の実験材料として、この現実の時空間をこえた、脳の宇宙の中を漂い、彷徨する。そこでは一瞬が千年の単位の時間と重なり、地理的な空間も、瞬時に飛び越えてしまう。
幻覚なのか、現実なのか、主人公自身もわからぬまま、物語は複雑に絡み合い進行する。狂気と笑い、グロテスクな冗談と奇怪な学術語が交錯し、スカラカ、チャカポカというふざけた口調によって、精神医療の現実が強烈に風刺される。 「ドグラ・マグラ」というタイトルは、「心理的迷宮遊び」といったニュアンスをあらわす、作家による造語であり、その天衣無縫な語り口と、自由自在なプロットの組み合わせによって、狂気と正気の狭間に読者をいざなう。 |
No.16 | 8点 | メインテーマは殺人- アンソニー・ホロヴィッツ | 2022/06/24 21:21 |
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本書は、まさしく犯人当てミステリのルールに則った、しかも極めてフェアな謎解きの魅力が全開の一作となっている。
物語は、資産家の老婦人が自分の葬儀の一切合切を手配したその夜、何者かによって絞殺されるという事件から始まる。もしかして彼女は、自分が殺されることを知っていたのか?それとも。 派手さには欠けるかもしれないが、何とも奇妙で強烈な謎である。加えて物語の語り手でもある「わたし」は、作者自身という趣向が凝らされている。現実社会での作者の仕事ぶりや生活が、ほとんどそのまま描かれているのだ。 そこへある日、刑事ドラマの脚本を書いている時に知り合った元刑事(架空の存在)で、現実はロンドン警視庁の顧問をしている人物が訪れる。彼曰く、実はいま不思議な事件を捜査している。ついてはその事件を担当している自分を取材して、本にしないかというのである。要するに自分はホームズ役をやるから、お前はワトソン役になれとの提案だった。 かくして二人は事件の謎に迫っていくのだが、事の真相と犯人が明らかになった瞬間の驚きというか、見事にしてやられた悔しさと爽やかさは半端ではなかった。 |