皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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糸色女少さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 174件 |
No.4 | 7点 | 猫のゆりかご- カート・ヴォネガット | 2024/08/24 21:42 |
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舞台はカリブ海に浮かぶ「ボノコン教」が流行したサン・ロレンゾ共和国に移動しつつ、ジョーナと博士の子供たちとの騒動は続く。作者のシュールで社会風刺に満ちた喜劇作家という側面が前面に出た物語である。
宗教と科学というテーマを描きつつも、社会に対する風刺やナンセンスな小道具によって笑わせる。特に架空の主教「ボノコン教」の細部の設定については、彼のセンスがふんだんに盛り込まれ、シュールながら惹かれてしまう。 本書は後続の作品にもしばしば見え隠れする「この世に真実なんてない」という皮肉を、最初に打ち出した作品と言えるのではないか。内容にもモチーフにしても、作者らしさが詰め込まれている。 |
No.3 | 7点 | スラップスティック- カート・ヴォネガット | 2024/08/04 21:43 |
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突然重力が強くなり、謎の疫病が蔓延し、アメリカ合衆国は分裂してミシガン国王やオクラホマ公爵らが跋扈し、紛争すら起こる。タイトル通り、滅茶苦茶になった世界でのドタバタを描く一方で、人間の常にあるべき姿を人工的な拡大家族に求めた。血縁のない人々を一つの集団に帰属させ、そこで小さな民主主義社会を作り、それらの集合体として社会全体を形成し、些細なことにも真剣に取り組めるような制度を整える。
疫病と分断、そして戦争。本作で描かれた世界の情勢は非常に過酷であると同時に、今日の現実の情勢にも酷似している。物語をそのまま現実に安易に敷衍することは憚れるが、作者が説いた理想、そしてその根底にある優しさは忘れてはならない。 |
No.2 | 9点 | 母なる夜- カート・ヴォネガット | 2023/10/06 22:05 |
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ナチスの広報員として活動したアメリカのスパイであり、劇作家でもあるハワード・キャンベル・ジュニアが獄中で回想する罪と半生。
スパイものといっても、一般的にイメージされるような痛快な冒険譚にはもちろんならず、シニカルで硬質なユーモアを交えた独白が静かに淡々と続く。だがそれでも物語には、緊迫感があり目まぐるしく展開していく。状況に流されながらも、ナチスとしてもスパイとしてもきちんと仕事をこなしてしまうキャンベルの姿には、善と悪という単純な二元論では割り切れないものがある。 本書では冒頭、ヴォネガットがキャンベルの告白を編んだ「編者」として登場する。この構造が本書の虚構性を強調するが、アイヒマンなど実在の人物の描写も興味深い。世界文学史の中で評価されるべき「戦争文学」である。 |
No.1 | 7点 | プレイヤー・ピアノ- カート・ヴォネガット | 2023/09/13 22:05 |
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工業が徹底的に自動化され、文化的活動も目的の明確さと効率が最優先になった未来のアメリカ。格差は極端になり知識階級と単純労務者と軍人に大別された。知識階級の上位に属する主人公は、いくつかのきっかけにより体制に反旗を翻すのだが。
ヴォネガットの長編デビュー作で、いわゆるデストピア小説に分類できるが、後の作品よりストレートながらヴォネガットらしい特異さが既に読み取れる。社会・文明批判は人間個々に跳ね返ってくるという皮肉と、人間性の肯定も否定も所詮は立場違いの同じ生物によるものだという達観である。人々の愚かな行いへの眼差しに、愛情よりシニカルさが勝っているのが初々しく感じられる。 機械化管理社会という舞台設定は、わかりやすくSF的であるが、本作はSFというより、そうした肯定、否定される、あるいは全く変化しない「アメリカンウェイ」についての小説であるように読める。 |