皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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糸色女少さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 174件 |
No.5 | 8点 | 蒼いくちづけ- 神林長平 | 2024/10/04 22:03 |
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月の都市で、テレパスの少女ルシアが裏切られて死んだ。彼女の抱いた激しい憎悪、地球にも届くほどの強い残留思念が、やがて周囲に災いをもたらす。テレパスの関わる事件を扱う無限心理警察の刑事OZは月へと向かう。彼女の魂を救うために。
テレパス同士のコミュニケーションについて語りつつ、そこから現実認識の変容という作者らしいテーマに踏み込まない。あくまでも事件の解決を中心に据えた、ストレートなSFミステリである。 怨霊を鎮めるようなホラーめいた物語を、SFの枠組みで描いてみせる。刑事の心情を綴る文体にも、クライマックスのOZの所作にも、ロマンティシズムが溢れ出る。短い中に、緊張と悲哀を込めた作品だ。優しさの滲む結末も忘れ難い。 |
No.4 | 7点 | 完璧な涙- 神林長平 | 2024/05/30 21:31 |
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感情を持たない宥現は、砂漠で魔姫という女生と出会い、発掘された無人戦車に追われる。あえて分類するなら時間SFだろうが、「過去と未来」という観念を具体化し、「現在」を挟んで争わせるというアクロバティックなアイデアはいかにも神林SFらしい。
作者の初期に描かれた「主観時間」という観念を「感情」と結びつけてあらためて規定し、「時間が感情に基づく主観であれば、他者との時間との共有とは?」という問い掛けが通じ「自己と他者」、そしてコミュニケーションについての思索が展開される。 自身が死者であると自覚する人々、兵器の機動にまつわるテクニカルタームの用い方など、作者の他作品と共通するアイデアや語り口が惜しみなく投入されている。 |
No.3 | 7点 | 先をゆくもの達- 神林長平 | 2019/12/08 10:14 |
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「話せば分かる」は理想だが、それは本当に可能なのか。自分自身のことも完全には分からないのに、安易に「分かり合える」なんて不遜ではないか。この作品には、理解し合うのが困難な多様な「他者」たちが登場する。
作中の未来の地球は、温暖化による環境の激変で人口が激減したものの、AIのおかげで、人間たちは平穏に暮らしていた。だが、そんな生活に飽き足らない人々は火星で自分たちらしく生きることを目指す。3次までの火星移民が男たちの争いにより失敗したと考え、第4次入植団は女性だけで構成された。 そんな時ある原因で、火星は思わぬ大混乱に陥り、長らく人的交流が途絶えていた地球に救助を求める必要が生じた。こうして地球人と「火星人」、AIなど、いくつもの「相互理解困難な知性」がぶつかり合い、世界そのもののありようが変化し始める。 他者を受け入れることは難しい。「自分」そのものもまた、他者と関係し、融合することで変化する。そうした揺らぎを極限まで描く神林作品は、同時に共存の努力がもたらす大きな可能性と希望をも感じさせてくれる。 |
No.2 | 8点 | アンブロークンアロー- 神林長平 | 2017/12/15 20:27 |
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南極大陸に出現した超空間<通路>から、謎の異星知性体<ジャム>が地球に侵攻する。人類は通路の向こう側の惑星に実践部隊を派遣。いつ果てるともしれない戦争が始まる。
主役は、人工知能を搭載した戦術戦闘電子偵察機<雪風>とパイロットの深井零。ジャムが人類に仕掛ける欺瞞工作が物語の焦点になる。 何が真実で、何が虚構なのか?スパイ小説めいた枠組みの中で、操作される現実というテーマが浮上する。果てしない議論の末に、不意打ちのように訪れるラストシーンは惚れ惚れするほど素晴らしい。 |
No.1 | 7点 | いま集合的無意識を、- 神林長平 | 2017/09/17 21:13 |
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1996年以降に発表された全6編を収録。「ぼくのマシン」は、主人公が初めて自分用のコンピュータを手に入れた少年時代の思い出を語る、「戦闘妖精・雪風」番外編。東日本大震災後に書かれた表題作は、作者自身を思わせるSF作家が語り手。
ある時、パソコンの画面に「いま、なにしてる?」という質問が浮かぶ。やがて、自分は伊藤計劃だと名乗りを上げた文字列を相手に”ぼく”は伊藤計劃最後の長編「ハーモニー」について語り始める・・・。 突拍子もない設定だが、いわばこれは、私小説仕立ての伊藤計劃論。語り手は彼の死を正面から受け止め、その志を受け継いで、<大丈夫だ、われわれが、ぼくが書いてやる>と力強く宣言する。 作者にしか書けない、破天荒かつ強烈な短編集。 |