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糸色女少さん
平均点: 6.39点 書評数: 188件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.48 6点 クォンタム・ファミリーズ- 東浩紀 2019/11/24 18:48
物語の発端は2007年。T大学人文学部准教授で芥川賞候補作家の「ぼく」こと葦船往人のもとに奇妙なメールが届き始める。ぼくには子供はなく、年上の妻との関係もぎくしゃくしているのに、差出人は、2005年に生まれたあなたの娘だと名乗り、並行世界の2035年から通信していると告げる・・・。
「ぼく」のパートは「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を下敷きに村上春樹風のタッチで語られるが、娘のパートは、量子計算機の普及によりネットワークが別の現実からの干渉を受けている未来の話。量子脳計算機科学や検索性同一性障害など魅力的なアイデアを惜しげもなく投入し、グレッグ・イーガンやテッド・チャンに正面から挑んでいる。

No.47 7点 私たち異者は- スティーヴン・ミルハウザー 2019/10/13 09:31
日常の光景の中に何かを投げ込むことで、盤石と思っていた現実を揺るがす7編が収録されている。
理想的なスモールタウンに突如現れた連続平手打ち犯や、のどかなボーイ・ミーツ・ガール譚を変容させてしまう「白い手袋」といった、精緻さとポエジーを併せ持つ超絶技巧の描写がもたらす日常と異物との二物衝撃感。手練れの技が光る短編集。

No.46 6点 ディオニュソスの蛹- 小島てるみ 2019/08/15 10:10
ひとり親の母を亡くしてナポリの施設で育った18歳の少年アルカンジェロは、存在さえ知らなかった父の死を手紙で知らされ、発信地のブエノスアイレスへ飛ぶ。そこで25歳の兄、レオンと出会う。レオンはカリスマ的なアートディーラーだった。
この二人が絵を通してぶつかり合い、傷つけ合い、愛し合ううち、母親のたどった数奇な運命が明らかになっていき、それに牛頭人身の怪物ミノタウロスの神話が絡んでいく。ミノタウロスは迷宮ラビュリストで殺されては生き返り、また殺される生贄の神。アルカンジェロとレオンとミノタウロスの激しい物語が展開し、最後にもつれ合ったエピソードが美しくほどけていく。幻想文学の面白さを凝縮したような作品。

No.45 6点 ヨハネスブルグの天使たち- 宮内悠介 2019/07/21 20:28
近未来の五つの都市を舞台にした連作短編集。
どの地域もおのおのの事情によって紛争を抱え、人々は戦いと死が身近にある中で生活を営んでいる。
歌う少女ロボットが、それぞれの戦いでどのように使用されるかも読みどころだが、紛争や内戦の原因には現代の世界情勢が巧みに組み込まれ、「今ここ」で平和を求める人々の切なさはリアルに胸に迫る。

No.44 8点 カッコーの歌- フランシス・ハーディング 2019/07/06 09:51
第一次世界大戦終結から間もない1920年の英国を舞台にしたダークファンタジー。
激しい頭の痛みを感じながら意識を取り戻した少女は、耳元で「あと七日」という言葉を聞く。トリスという名前らしいが記憶は曖昧で、自分が何者なのか自信が持てない。妹のペンは自分を「偽物」とののしり、嫌っている。
伝統的な社会秩序を守ろうと、子供たちに厳格に臨む両親に対し、戦死した兄の婚約者ヴァイオレットは、女性の社会進出を象徴するような行動派。物語の基底には、伝統派と進歩派の双方が抱く「今ここにある世界」への違和感がある。
恐怖と暗さに彩られた不思議な現象が頻発し、この世界は何者かに侵食されているらしい。それに気づいた少女は、「自分は何者か」という問いを抱え続けながら、ペンと協力して世界の謎に挑むことになる。その答えは「自分探し」ではなく、「自分はどうするか」という挑戦の先にある。

No.43 8点 天冥の標X 青葉よ、豊かなれPART3- 小川一水 2019/06/10 21:04
「Ⅰ メニー・メニー・シープ」から10年。21世紀初頭から29世紀に至る壮大な未来宇宙叙事史を描き切った著者に、感謝したい。
人類は、謎の感染症「冥王斑」や地球環境の悪化に苦しみながらも、ロボット工学や宇宙開発によって活路を開いてきた。月や火星への移民、新たな生存環境に適合するための人体改造や、それに伴う性愛の多様化、感染症への対応を巡る政治的分断、知的生物との出会いなど、シリーズを通して人間の在り方を考えさせられるテーマが展開。その果てに人類は自分たちが、銀河全体を襲う宇宙規模の脅威に直面していることを知る・・・。
人類の卑小さを見せつけられる場面も多いが、どんな困難に直面しても常に「理解しがたい他者」との共存を探り続ける人々の姿は感動的で、不寛容が覆いつつある私たちの社会に対するアンチテーゼのようでもある。

No.42 7点 巨獣めざめる- ジェイムズ・S・A・コーリィ 2019/05/22 19:29
太陽系の諸惑星に人類が植民した未来が舞台の宇宙SF。
富豪の娘の失踪事件、宇宙空間での氷運搬船攻撃事件、独立を希求する小惑星帯と火星の対立が太陽系全体を巻き込む星間戦争の危機が迫る。
スペースオペラらしい冒険味も豊かだが、諸設定が緻密な上、ホラー風味も効いていて、サービス満載。大きな構造的陰謀を前に、個人の行動がどこまで事態を変えられるかが読みどころ。

No.41 5点 火星の遺跡- ジェイムズ・P・ホーガン 2019/04/21 17:51
火星の荒野で発見された1万2千年前の巨石遺跡を巡る物語。世界各地の古代文明の遺跡と共通性があり、太陽系規模の太古の文明の存在を示唆していた。
遺跡の扱いを巡り、宇宙開発企業と、老古学者や地質学者が対立。企業は営利優先で、遺跡を軽視しているかに見えたが、実は失われた文明の英知に関心を寄せていた。
科学的な合理性を重視する「ハードSF」で知られる著者だが、本作は超古代文明というオカルト的なテーマを取り入れている。同じSFでも、水と油とされている両者の魅力が巧みに融合されている。

No.40 7点 鐘は歌う- アンナ・スメイル 2019/03/25 20:00
「大崩壊」なる出来事によって、多くの文明が失われた近未来のロンドンを舞台にした正統派ファンタジー。
町並みなどには「現代」の面影が残っているものの、この世界では言葉が力を失い、ほとんどの人は文字が読めず、単に記号にしか見えなくなっている。
そして言葉や文字の代わりに力を持っているのは音楽。音は人々になすべきことを教え、旋律は意味だけでなく感情をも統御する。しかし文字がない世界では、私的な記憶は失われやすく、観念的で複雑な思考も育たない。それは個性や自我も自覚し難いということでもある。
自由と秩序、故人と公の在り方を鋭く問いかけるドラマは、間違いなく現代の神話と言えるでしょう。

No.39 7点 言語都市- チャイナ・ミエヴィル 2019/03/10 10:29
遠未来、人類は辺境の惑星アリエカに居住地を建設していた。口に相当する二つの器官から同時に発話するアリエカ人と意思の疎通をはかるため、人類はクローン技術によってうり二つのペアを人工的に生み出して特訓し、彼らを大使として交渉に当たらせていた。
おそろしく独創的な異星言語の設定と、エキゾチシズムに満ちた異星描写が素晴らしい。伊藤計劃「虐殺器官」とも共通するアイデアをまったく違う角度から扱った言語SFとも読める。

No.38 9点 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?- フィリップ・K・ディック 2019/02/23 09:41
舞台は、最終世界大戦後の地球。放射性物質から成る「死の灰」に汚染されて多くの動物が絶滅、人間も大勢死んだ。生き残った人の多くは、火星など別の惑星に移住していった。
ある日リックが出勤すると、上司から呼ばれる。同僚のデイヴが撃たれたというのだ。デイヴは新型のアンドロイド8人を追い、2人までは殺したが、3人目に逆にやられた。リックはデイヴの仕事を引き継ぎ、残りの6人を追うことになる。
やっかいなのは、新型アンドロイドが従来に増して、人間と区別しにくいこと。見分けるためにこれまで使っていた検査法は、新型に通用するのか。
作者の設定によれば、アンドロイドと人間を見分けるときの鍵は、感情移入や共感。両者を判別する検査方法も、これを指標とする。しかし人間の側の共感力が強ければ、アンドロイドに同情したり愛情を持ったりする可能性もある。そんな人間が、相手を無慈悲に殺せるだろうか。
登場人物が人間なのかアンドロイドなのか、判断に迷う場面も出てくる。さらに、アンドロイドが今の社会で差別されている人たちと重なって見えてきて、誰に味方をすればいいのか、だんだん分からなくなってくる。
人間とは何か。人間らしさとはどんなものか。示される問いは人間存在の根源に迫っている傑作。

No.37 7点 クラウド・アトラス- デイヴィッド・ミッチェル 2019/01/27 09:24
トム・ハンクス、ハル・ベリーなど主要キャストの大半が1人6役以上を演じるという、前代未聞の実験的エンターテインメント映画として話題となった映画の原作小説。
19世紀半ばのニュージーランドから、文明崩壊後、数世紀を経たハワイまで、6つの時代の6つのジャンルの物語が6種類の文体でつづられる。第2次世界大戦前のベルギーで天才作曲家に師事する若き音楽家の苦闘が語られたかと思えば、1970年代のアメリカで原発スキャンダルを追う女性ジャーナリストの身に危険が迫り、現代のロンドンでインチキな出版社を営む老編集者の珍冒険を描くコメディーがそれに続く。
出色は、ファーストフード店で働く人造人間(ファブリカント)を主役にした近未来SFパート。差別と支配に抵抗して立ち上がるクローンたちの感動の物語が、扇の要となる遠未来パートへとつながっていく。6つの物語をつなぐのは、体のどこかにほうき星のかたちのあざを持つ主人公たち。
翻訳に多少違和感を覚える部分があったが十分楽しめました。

No.36 7点 君の話- 三秋縋 2018/11/18 10:23
作り物の記憶「義憶」によって、架空の思い出を獲得したり、記憶の一部を消去したりできる技術が一般化した世界の物語。
主人公の大学生は甘酸っぱい楽しい日々を共にした幼馴染とのかけがえのない思い出を胸に抱いている。だが、それは「義憶」にすぎず、主人公は自分が本当に成長するためには消去すべきではないかと悩んでもいる。そんな彼の前に、実在しないはずの幼馴染が現れる。彼女は詐欺師なのか、それとも自分の頭が変になったのか。
優しい嘘である「義憶」は「偽憶」ではなく、人生を補い、人を育む「もう一つの本当」。定番の設定ながら、巧みな構成と叙情性を備えた青春SF。

No.35 8点 天冥の標Ⅶ新世界ハーブC- 小川一水 2018/11/02 19:58
未来世界での生き残りのための戦いを描くシリーズ第7巻。太陽系全体に意図的にまかれた病原体により、人類社会は破滅しかけている。そんな中、宇宙船事故の生き残りと、都市の地下シェルターに避難していた子供たちが合流してのサバイバルが続く。
極限状態にあっても「最悪の中での最良」を選択すべく、人々は組織を立て直し「社会」を機能させようとする。本書にはいい意味での政治的戦略思考への意識があり、絶望の中でも輝く気概の美しさと切なさがある。また本シリーズに散りばめられていた数々の謎が、次第に集約されて壮大な絵の全体像が浮かび上がってくるのは感動的。

No.34 6点 新生- 瀬名秀明 2018/09/23 10:17
三つの中短編からなり、いずれもダンテの「神曲」を通奏低音とし、小松左京の「ゴルディアスの結び目」「果しなき流れの果に」「虚無回廊」の設定を大胆に引用、発展させた異色作。人類が人類を超える可能性が追求される。
表題作「新生」では、ヒトが種として深層レベルではつながっており、宇宙ともまた直接的に結ばれているという思想が、「Wonderful World」では、未来シュミレーションシステムが、人類の倫理的成熟を引き出すとのビジョンが示される。
さらに中編「ミシェル」では、人工頭脳ではなく「人口実存」として開発された存在の精神的内部に「虚無回廊」が出現する。そして実際にも、地球以外に巨大な虚無回廊が・・・。この作品は、さらなる大作に発展する予感がする

No.33 7点 みずは無間- 六冬和生 2018/09/02 10:07
土星調査に派遣された宇宙探査機のAIには、研究者「雨野透」の人格が転写されていた。ところが広大な宇宙に放り出され、無目的で孤独な放浪に強いられることに。そんな「彼」の心に、恋人みずはとの思い出が去来する。
記憶と感情、精神と魂、それら「人格」を構成する諸要素が「彼」の中で化学反応を起こす。過食症だった彼女との思い出は、やがて宇宙の意味にも関わって・・・。
情報知性体の創出、自己複製する人工機能、ポストヒューマンな存在といった硬質なSF的設定を背景に、人間とは何か、人間性とは何か、人生とは何かと考えさせる。

No.32 6点 隣のずこずこ- 柿村将彦 2018/08/14 19:37
昨年再開した「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞した作品。
中学3年のはじめの住む田舎町にある日突然、昔話で聞かされたたぬきの怪物が出現。昔話通りにすべての住民をのみ込み、町の痕跡自体も記憶とともに消滅するのだという。
避けがたい破滅を淡々と受け入れ、いろいろなことを忘れていく人々と、抵抗を試みる少女たち。語り口は飄々としているが、忘れっぽく諦めのいい日本人への風刺に富んだ怖い物語。

No.31 7点 深紅の碑文- 上田早夕里 2018/08/01 19:07
人も社会も存続が困難なほどの大惨事に見舞われたとき、人はどうすればいいのか、また社会はどう変わればいいのか。この作品は日本SF大賞を受賞した「華竜の宮」の最終章とエピローグのあいだに横たわる、空白の40年の出来事を描いた姉妹編。
海面上昇によって地表の大部分が失われた25世紀の地球では、人類は残された地上や海上都市で科学文明を維持する陸上民と生物船「魚舟」に乗って海と共に生きる海上民とに分かれていた。しかし人類滅亡の危機が迫り、両者間の資源争奪戦、生き残り闘争が激化していく。各人組織が信じるそれぞれの正義と利害が激突する壮大な群集劇は読み応えたっぷり。
本書は多角的な視点から、人類とは、世界とはというスケールの大きな問いに挑んだ全体小説といえる。

No.30 7点 月と太陽- 瀬名秀明 2018/07/19 20:09
飛行機、人工衛星、情報通信や監視システムなど、いずれも現実と地続きの現場で働く科学者や技術者、さらにその知識を伝える者の間に生じる齟齬と絆の物語。
科学的事実は動かせないが、それをどのように社会に生かすかという応用方法は、人間の取り組みによって変えられる。恐ろしいのは科学ではなく、人間の無知や欲望。それに気づいても、科学者・技術者は、社会構造までは変えられない。
その限界を意識し、諦念を抱えながら、それでも何度でもやり直す「現場」の静かな闘志が、作者の世界の真骨頂といえる。

No.29 5点 the SIX- 井上夢人 2018/07/06 21:35
超能力をもつ少年少女たちを描いた連作。
予知夢ならぬ予知絵を描く「あした絵」、目の前のものを念力で一刀両断する「空気剃刀」、指先から強烈な電流を雷のように発射することができる「魔の手」、あらゆる傷を完治させてしまう「聖なる子」など計6編。
という紹介をすると映画「X-MEN」を想起するかもしれないが本書の場合、超能力があだとなり、家庭や学校や社会から疎外されて孤独を味わう少年少女が中心となる。彼らを救済しようとする関係者や復讐のために超能力を利用しようとする者などを主人公にして、物語にひねりをきかせ、温かな結末へと向かう。
「聖なる子」では超能力をもった者たちが一堂に会して、不慮の事故にあった者たちの救出にむかい気持ちのいいエンディングを迎えるけれど、例えば宮部みゆきの時代小説「ぼんくら」のように、五つの短編に長編と終章が続く形にしたら、もっと物語に厚みが出たのではないだろうか。

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