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糸色女少さん
平均点: 6.43点 書評数: 157件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.137 5点 イリヤの空、UFOの夏 その1- 秋山瑞人 2023/07/23 23:11
ボーイ・ミーツ・ガール、不思議な美少女、不安を抱えつつ繰り返される日常。漫画や小説で、今まで何度となく目にしたことのある設定ではあるが、作者は圧倒的なキャラクター造型と描写力で、この古い設定を新鮮で瑞々しい物語へと仕立て直した。
懐かしく笑えて、そして哀切で痛々しい。二度とは戻らない夏の物語である。

No.136 8点 ガラスの顔- フランシス・ハーディング 2023/07/01 21:38
舞台はカヴェルナという地下世界。そこに住む人々は表情を持たず、「面」と呼ばれる作られた表情を使い分けているが、身分によって使える「面」の種類は異なっている。主人公のネヴァフェルは、五歳くらいの時に記憶喪失の状態でこの年に現れ、外界から隔絶されたトンネルに住むチーズの匠グランディブルに拾われる。やがて数奇で旺盛な少女に育ったネヴァフェルは、大長官が統治する宮廷の陰謀に巻き込まれてゆく。
とにかく、細部に至るまで精巧に作り込まれた地下世界の存在感が圧倒的だ。迷宮のように拡がるトンネルに、幻を見せるチーズ、記者を消したり甦らせたりするワイン、恐ろしい審問所、華麗でありながら平然と暗殺が横行する剣呑な宮廷晩餐会など暗鬱な妖しさが溢れる世界観は、マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」を想起させる。
そんな舞台でネヴァフェルは、十重二十重の危機と陰謀の渦中を潜り抜け、ついにはカヴェルナの真実に辿り着く。クライマックスの盛り上がりと、特殊設定ミステリとしての伏線回収の見事さは、溜め息が出るほどである。

No.135 6点 百万のマルコ- 柳広司 2023/07/01 21:27
舞台は十三世紀末のジェノヴァの牢獄。無実の罪である戦争捕虜として、五年前から囚われている若者を中心とした五人の囚人たちがいた。いつまで拘束されるか分からない絶望を抱え、退屈で劣悪な環境の中にいた彼らの前に現れた新入りがマルコ・ポーロ。
冒頭から繰り広げられるのは、活き活きとしたマルコの語りによる「東方見聞録」の世界。大ハーン・フビライの指令によって辺境を訪ね歩き、命懸けの冒険によって財宝を持ち帰る武勇伝の数々に血沸き肉躍る。
シリアスな話があれば、ユーモアあふれる話もある。人間の理性も感情も切れ味鋭く描ききる。この作品には、読む者の人生を、そしてこの世の価値観を変えてしまう力がある。

No.134 5点 妻の帝国- 佐藤哲也 2023/06/05 22:34
ある日、人々のもとに「最高指導者」から指令の書かれた手紙が届きはじめる。人々はその手紙を読んだとたん、民衆感覚に目覚め直観による民衆独裁国家を成立させるための行動を始める。
「民衆の意志」と称するものが暴走する恐ろしさを、私たちはすでに二十世紀の歴史から学んでいる。本書は、我々の社会にも隠されているそんな危うさを、シニカルで冷徹な筆致によって描いた寓話である。

No.133 6点 忘却の船に流れは光- 田中啓文 2023/06/05 22:29
日本神話、キリスト教、密教など様々な宗教をごった煮にしたような世界観に、凄惨な殺戮や汚物の描写といった、聖俗のないまぜになった世界はまさに作者ならでは。
それだけではなく、奇怪な閉鎖空間を巡る壮大な謎を描いた堂々たる骨格の本格SFであるのがうれしい。

No.132 5点 シャングリ・ラ- 池上永一 2023/05/10 22:44
ブーメランを操る美少女、驚異の戦闘力を持つ美貌のニューハーフ、十二単に身を包み牛舎に乗る少女、感情のない殺人マシーンと化した女医などなど、漫画のキャラのような過剰性を帯びた登場人物たちが全編にわたって縦横無尽に暴れまわる物語はコミカルにして過激。
破天荒なファンタジーで知られる作家だが、本書では初めて東京という都市を舞台に魔術的な長編小説を構築している。しかも、司祭的な物語の中で作者は、これまでの近未来小説が避けてきた東京の秘められたタブーに切り込んでいる。

No.131 5点 神様のパズル- 機本伸司 2023/05/10 22:36
物語は、天才少女が劣等生に説明する形で、宇宙論や量子論についての議論が繰り返されていく。議論の果てに辿り着くのは、人間の生きる意味という哲学的で普遍的な問題。しかし、この作品は決して難解な小説ではない。本書は一方ではまた、ヤングアダルト風の生き生きとしたキャラクターの魅力で一気に読めるエンターテインメントでもあるのだ。
「宇宙の作り方」という壮大なテーマを真正面から、しかもポップな学園SFとして描いた異色の本格ハードSFなのである。

No.130 7点 海を見る人- 小林泰三 2023/04/14 22:22
場所によって時間の進行の異なる世界での悲しい恋の物語を描き、SFマガジン読者賞を受賞した表題作を中心とする短編集。
いずれも、物語は表面上のストーリーと舞台となる世界の構造が見えてくる過程との二重構造になっていて、一見奇妙に見える世界の裏にも物理的に確かな論理が隠されている。物語の過程で主人公は大切な何かを失い、それと引き換えに世界の像を手に入れる。世界を知った歓びと喪失感とがないまぜになった読後感はほろ苦い。

No.129 6点 アンドロメダ病原体ー変異ー- ダニエル・H・ウィルソン 2023/04/14 22:16
前作の内容を実在の報告書として作品にとりこみ、あの事件の50年後に再び発生した第二次アンドロメダ事件のレポートという体裁をとっている。
今回、アンドロメダ因子に襲われるのはアマゾンの密林。永遠の不寝番と呼ばれる世界的な監視網が異変を察知し、ワイルドファイア警報が発令されるまでの導入は抜群の牽引力を誇る。
手に汗握るサスペンス調の前半に対し、後半は一転、壮大なスケールの本格SFに変貌する。前作の謎解きから考えれば当然の帰結とはいえ、これほど構えの大きなSFになるとは驚き。

No.128 5点 ハイドゥナン- 藤崎慎吾 2023/03/20 22:41
テレパシー、与那国海底遺跡、祈りのネットワーク、神との交信などニューエイジ本と見まごうばかりの描写が出てきて、物語はトンデモと科学の間の実に微妙なところでバランスを取りながら突き進み、それまでの提示された数々のテーマが一つの理論として収束し、圧倒的なクライマックスへと到達する。超常現象を科学的に説明する作中の理屈に納得できるか意見が分かれるところだろうが、圧倒的なヴィジョンで読者をねじ伏せる力技は見事。

No.127 7点 イリーガル・エイリアン- ロバート・J・ソウヤー 2023/03/20 22:22
順調に進んでいたエイリアンとのファーストコンタクトでとんでもない事件が起きた。エイリアンの滞在する施設で交渉に当たっていた地球人が殺されたのだ。
エイリアンが殺人事件の容疑で裁かれるという酒席の与太話のようなアイデアを、あくまでまじめにやった時点で勝利は半ば約束されたようなもの。更にファーストコンタクトの丁寧な描写、リアルな法廷ものとしての雰囲気、伏線をきちんと処理するミステリとしての鮮やかさ、そしてSFとしてのロジカルな大法螺と、個々の要素までしっかりとしている。SFとミステリ双方のファンに安心しておすすめできる。

No.126 7点 永遠の森- 菅浩江 2023/02/19 23:00
衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館(アフロディーテ)は、学芸員がコンピューターと直接接続し、極めて高い分析精度を誇る。本書は、総合管轄部署に属する田代孝弘の目を通して学芸員たちの活躍を描いた連作短編集である。
各編とも、捻りの利いたオチや展開が楽しめる。また最後の第九話では、前八話で隠されていた事実が浮かび上がる。その伏線が緊密に張られているのも魅力の一つ。
しかしこれらの意外性が、芸術の繊細さを示すために用意されたことを忘れてはならない。リリカルな文章も作品の趣旨にマッチしている。何とも瀟洒な一冊なのである。

No.125 8点 グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ- 飛浩隆 2023/02/19 22:55
AIたちが暮らすバーチャルな夏のリゾート地。人間が来なくなって千年、AIたちは変わらぬ夏の日を平和に過ごしていた。だがある日地獄が訪れた。どこからともなく「蜘蛛」が現れ、町を破壊し、AIたちを残酷に殺戮し始める。
本書では、官能的で残酷な描写、苦痛と快楽を極めた徹底してサディスティックな描写が、くっきりとした透明感をもって続く。そうして作られた「何か」が天使と戦うのに必要と示唆される。ヴァーチャルな世界での生理的感覚や感情は、実はリアル世界のものと本質的に変わりないのかも知れない。本書はそれを実体験しているかのような圧倒的な「場」の雰囲気に満ちた作品である。

No.124 6点 最果ての銀河船団- ヴァーナー・ヴィンジ 2023/01/29 22:20
二百五十年のうち三十五年間だけ光を放つオンオフ星。その星の調査に赴いた二つの人類系文明の船団は、星をまわる惑星上の蜘蛛に似た種族との交易権をめぐり対立、ついに本格的な宇宙戦を始める。
物語は、生き残りと相手文明のだし抜きに奔走する人類文明同士の知恵比べのパートと、一人の天才を中心に蜘蛛族の文明の発展を追うパートの二つからなる。双方に共通するのが魅力的なキャラクター同士の知力をふりしぼった駆け引き。この駆け引きの妙が本書最大の売りとなる。設定の派手さはないが、痛快な宇宙SFであることには間違いない。

No.123 5点 まほろばの王たち- 仁木英之 2023/01/29 22:12
験者を束ねる賀茂大蔵は、大化の改新を呪術でサポートし、朝廷の信任を得る。だが弟子の広足は、妖を無残に殺す大蔵に嫌悪感を抱くようになっていた。やがて広足は、大蔵を救った小角に仕えることになる。朝廷は、支配権を広げるため道路建設を始め、その工事に中央にあらがっていた山の民動員する。やがて都には人を喰う鬼が、山には土着の神を殺す神喰いが出没。小角は、相手が妖を送り込んできたと考え疑心暗鬼に陥った都の民と山の民の仲を取り持つため奔走する。
事件の発端となる道路は、開発か自然保護か、中央集権化か地方分権か、という現代にも通じる社会問題を浮かび上がらせていくので、テーマは重厚だ。小角は、信じる神やベースとなる文化が異なる人々が共存できる方法を模索するが、この展開は排外主義を強める現代日本への批判のように思えた。

No.122 5点 デイヴィー 荒野の旅- エドガー・パンクボーン 2023/01/07 22:59
文明の崩壊から三百年を経た北米大陸東部。そこには抑圧的な宗教の支配のもと小国家が覇を競い合う、中世欧州のような社会となっていた。小国モーハで国家所有の奴隷として育ったデイヴィーは十四歳の春に故郷の村を抜け出し、世界を巡る旅に出る。
デイヴィーの下品で猥雑な、しかし才気に満ちた文章やそこに突っ込みを入れるニッキーのキュートでウィットに富んだ文章など、語り口が大きな魅力。
形式を最大限に生かし、描かれるエピソードだけでなく描かれないエピソードにより物語の深みを増す構成が巧み。

No.121 5点 クリプトノミコン- ニール・スティーヴンスン 2023/01/07 22:50
邦訳では文庫四分冊、計千八百ページにも及ぶボリュームで圧倒する本書は、二つの時代の暗号の専門家たちを主人公に技術屋の力を讃える新時代の冒険小説。
全体のパートは大きく二つ。コンピューターの生みの親が第二次大戦下で奇妙な暗号戦を繰り広げる過去パートと、ハッカーたちが独立国にデータ・ヘブンを作り一山当てようとする現代パート。この二つのパートが日本軍の隠した黄金を核に一つにまとまっていく。
話の流れを断ち切ってまでも無関係なエピソードを詳述する作風には一層磨きがかかっている。全体のまとまりはないが、細部の楽しさの前にはそんな些細なことは気にならなくなってくる。

No.120 7点 シルク警視と宇宙の謎- ユーリ・ツェー 2022/12/14 22:58
主人公の一人、物理学者のセバスティアンは量子力学の「多世界解釈」の論客だ。原子や電子の世界では複数の状態が同時に重なることがあるが、この解釈は、それが日常世界にも及ぶと考える。異端視されてきたが、正統派解釈にかげりが見える中で脚光を浴びつつある。
セバスティアンはキャンプ場に向かう途中、車を離れたすきに息子を誘拐される。犯人の意図に沿うべく殺人を犯すが、息子は何事もなかったかのようにキャンプ場にいて。誘拐があった世界と、なかった世界。多世界風の筋立てだが、殺人の事実は揺るがない。
セバスティアンと妻の心理戦、肉食系の女性警部に仕える草食系男性警察官の慕情、死期の迫るシルフに恋人が言う「あなたは、私の過去をきかなかった。私はあなたの未来をきかない」という取引。謎解きは男女の心模様と泣かせる言葉を織り込んで潤いを増してゆく。
SFの仕掛けは扱いながらも、並行世界が語られる。滋味に富む洞察力にあふれ、うたい文句の通り「哲学ミステリ」である。

No.119 6点 パラドックス・メン- チャールズ・L・ハーネス 2022/12/14 22:45
二十二世紀、帝国と化したアメリカを舞台とし、どこからやってきたのか、自分が何者なのかもわからない記憶喪失の男アラールを中心人物として、帝国とそれに反抗する結社らの物語が描かれている。
無尽蔵に投入されるアイデア、時間軸は錯綜し、物語はスケールアップして最終的には太陽系人類の終末さえも結末の射程に入ってくるのだが、読み終えると訳が分からなかった事が、一つの円環をなすように収束し、大きな充足感が残る。

No.118 6点 5まで数える- 松崎有理 2022/11/27 23:29
ある秘密のために数学ができない少年と心優しい天才数学者の幽霊が交流する表題作、動物実験が全面的に禁じられた世界で「彗星病」と呼ばれる不治の病と医師たちが命懸けで戦う「たとえわれ命死ぬとも」など、六編を収録している。
印象深いのは無知と盲信の恐ろしさだ。例えば「やつはアル・クシガイだ」。トリックをを見破る能力に長けた元奇術師・ホークアイ、世界的な科学賞を二度受賞したワイズマン博士、二人の補佐役を務めるマコトが、疑似科学バスターズとしてある殺人事件を調査する。売れないホラー作家がジョークのつもりで出したトンデモ本が、未曽有の惨劇の引き金になる。「ひとは幻想の幻想ではなく、真実の幻想を求めているんだ」というホークアイのつぶやきは忘れがたい。ポスト真実が幅を利かせる今、絶対に起こらないとは言えない話でゾッとする。次に収められている「バスターズ・ライジング」も切なく、疑似科学バスターズの物語がもっと読みたくなる。

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