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猫サーカスさん
平均点: 6.21点 書評数: 385件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.5 6点 逆ソクラテス- 伊坂幸太郎 2023/12/08 18:14
表題作は、小学六年生の「僕」が転校性の安斎君の呼びかけに応え、担任の久留米先生をやっつける作戦を繰り広げる。草壁君本人を含む即席チームに共有されているのは、この計画は久留米先生が自身の先入観を疑うことなく教職を続けていった場合、害されることになる未来の後輩たちを救うために立案されている。ここで繰り出すロジックをまとめると、加害者の心の杭を打つことで未来の被害者を減らす。第二編以降も小学生を主人公に据え、先入観をひっくり返す物語が、ミステリの律動に乗せて語られていく。誰しもが加害者に成り得るならば、排除の論理を振りかざせば自分もいつか排除されてしまう。最終話では更なるロジックを展開し、自分が加害側へと傾かないよう、他者の監視を受け入れることが重要なのだと。加害の可能性を意識しながら日常を過ごすことは、萎縮であり不自由だと感じるかもしれない。だがそれは熟慮であり優しさなのだと本書は教えてくれる。名探偵ならざる市井の人々が、学校絡みの事件に立ち向かう過程で見出す、未来をよりよくするための冴えたロジックの数々を堪能できる。

No.4 5点 魔王- 伊坂幸太郎 2023/01/09 18:29
念じたことを他人に喋らせることが出来る、という特殊な能力を身につけた兄が語り手である表題作「魔王」、弟の恋人が語り手である「呼吸」、そのどちらにも一貫して、憲法第九条の改正や、ファシズムについての議論が繰り返し出てくるが、あとがきには「それはテーマではない」と作者自身が明記している。確かにこの小説は、そうした物事への問題提起に終始しているわけではない。何かもっと大きなものに向かって開かれているし、憲法改正が是か非かというような単純な小説ではない。警告でもないし、社会批判でもない。作者は憲法改正や国民投票と真正面に向き合いながら、この国に生きていること、それがどういうことであるのかを誠実に切り取ったのだろう。時代は少しずつ変化している。私たちはその変化に気づかずにそれに順応していく。この小説に登場する兄も弟も、それに全身で抵抗しているように思える。気づかぬうちに順応されてたまるかと。得体の知れない不気味さを味あわせつつ、抜けるような澄んだ空をも垣間見せる不思議な小説。

No.3 7点 死神の精度- 伊坂幸太郎 2019/12/31 19:39
さまざまな趣向を凝らした六つの物語を収めた連作短編集。ある物語の登場人物が、別の物語の中に少しだけ顔をのぞかせるという仕掛けによって、最後に置いた「死神と老女」で、ある大きな感動へと導く構成が見事なので、順番通りに読んでいくのをおすすめします。クールだけど少しずれてるキャラクターが魅力の死神を狂言回しに描かれる悲喜こもごもの人生模様。死を扱いながら、哀しみだけに落とし込まない軽妙な筆致が素晴らしい。

No.2 6点 フーガはユーガ- 伊坂幸太郎 2019/11/26 19:20
決して明るい物語ではない。それでも読み始めるとどんどん引き込まれ、最後に本を閉じた時、この世界が普段よりも少しいとおしく感じられた。主人公の常盤優我と双子の弟風我は、父親から虐待を受けながら育つ。過酷な環境を力を合わせて生き抜く彼らは、やがてある悪に立ち向かっていく。物語を駆動させるのは彼らが抱える秘密。実は2人は毎年の誕生日だけ、2時間おきに瞬間移動し、互いのいる場所が入れ替わる。一見すると突飛な設定に説得力を与える巧みな展開は、世に言う「伊坂マジック」の真骨頂。平凡な優我と、冒険心に満ちた風我。正反対な双子の成長物語は、悲しい過去を持つ兄弟を描いた初期の作品「重力ピエロ」を思い出させる。「僕の弟は僕より結構、元気です」という序盤の優我の言葉が終盤に再び語られる時、2人の深い信頼がひときわ胸を打つ。悪との対決は、繰り返し扱ってきたテーマ。主人公を単純な正義の側面に置かないのも、伊坂作品の持ち味。現実社会の厳しい問題を投影したかのような作品も少なくないが、目指しているのは普遍的で、皆が寄り添えるようなおとぎ話のような気がする。

No.1 6点 シーソーモンスター- 伊坂幸太郎 2019/10/04 19:19
バブル期の日本を舞台にした表題作と2050年を舞台にした「スピンモンスター」の2編を収録している。前者は嫁が姑の過去に疑惑を抱き、義父の事故死の真相を探る話で、後者は、天才科学者の遺した手紙を配達する男が陰謀劇に巻き込まれる物語。前者は400字詰め原稿用紙だと350枚で、後者は460枚とボリュームがあり(それぞれ長編1作に相当する分量)、前者の人物が後者の物語に出てきて関係するので、一冊の長編としても読める。相変わらず設定が新鮮。嫁姑の話かと思うとこれがスパイ戦の話になる(ありえない展開とキャラクターの出現に目が点になり、笑いが絶えないでしょう)。後者では、悪との対立という伊坂幸太郎的テーマが人工知能対人間という構図に置き換えられて、緊張と活劇に満ちたロードノベル的サスペンスへと昇華される。語りのうまさは述べるまでもないが、家族小説をシニカルなブラックユーモア劇(でも後味はいい)に仕立てる手腕は抜群。ひねりを加えながら近未来社会の細部を繰り上げ、ディストピア風の社会観と、永遠に繰り返される戦争の原因を感得させるのも見事。

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平均点: 6.21点   採点数: 385件
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