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小原庄助さん
平均点: 6.64点 書評数: 260件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.40 6点 書架の探偵- ジーン・ウルフ 2017/10/06 15:45
ナボコフ、ボルヘス、ジョン・バース、スタニスワフ・レムなど「本についての小説」を書く作家は多いが、ウルフもその系譜に連なる重要な作家だと思う。
1931年生まれながら、今もなお旺盛な筆力で新奇なる小説を生み出し続けているこの作家が、84歳で発表したこの作品の舞台は、世界人口が10億人まで減少してしまった22世紀。小説家の生前の脳をスキャンすることで、その記憶と人格と能力を備えるにいたった複生体(リクローン)を、<蔵者>として図書館に収蔵しているという設定が秀逸な「本についての小説」になっている。
殺人事件の謎を追ううちに、世界の成り立ちをめぐる謎の扉まで開いてしまうというスケールの大きさ、騙りの技巧を駆使した語りの妙が堪能できる異色のSFミステリ。

No.39 6点 現代詩人探偵- 紅玉いづき 2017/10/06 15:34
詩を書いて生きていきたい人たちが集う「現代詩人卵の会」が10年後に詩人として再開することを約束するが、10年後再び集まった時、9人のうち4人が亡くなっていた。
当時「探偵」という詩を書いた「僕」は25歳になり、探偵として彼らの死因を探っていく。
幼い子供を残して亡くなった男の死因を探る第2章が本書の白眉だろう。
人が人を失うことの悲しみとつらさを、幼き者のまなざしと詩を通して切々とうたいあげている。
いささか堂々巡りの感情の塗り絵の部分もあるし、諦念に富む老成した観察を求める読者もいるかもしれない。
しかし若いがゆえに敏感で傷つきながらも、相手に寄り添う姿は胸を打つし、何よりもまぶしいまでの青春というフィルターを通す生々しい苦悩と悲哀が清新でたとえ不安と絶望があっても生きていく価値があることを静かに教えてくれる。

No.38 7点 カルニヴィア1禁忌- ジョナサン・ホルト 2017/10/06 15:24
前回、評したタイトルと同じ「禁忌」だがこちらはかなり読みやすい。
ベネチアを舞台にした3部作の1作品目。
カトリックでは女性に許されていない司祭の祭服をまとった死体が発見される。
捜査を担当する憲兵隊大尉のカテリーナ、イタリア駐在米軍の少尉ホリー、ソーシャルネットワーク「カルニヴィア」創設者のダニエーレ。
それぞれの視点から物語はテンポよく進み、やがて3人の道筋が交錯、隠されていた暗い真実が浮かび上がる。
行動力があり、上司との道ならぬ恋も辞さないカテリーナに、真面目で芯のあるホリー。はつらつとした2人の女性とは対照的に、女性を蔑視し抑圧してきたカトリックの教義や、ユーゴスラビア内戦時から現在に至る女性迫害の事実が生々しくつづられる。
行き場のない怒りと悲しみがページに渦巻いているようだ。
その重苦しさを払拭するラストでの女性たちの活躍と凛とした生き方に、心の中で喝采を送らずにはいられなかった。

No.37 6点 禁忌- フェルディナント・フォン・シーラッハ 2017/09/25 10:02
前半では没落した名家に生まれ、やがて有名な写真家となるエッシュブルクの半生を描く。中盤で殺人事件が起き、彼が殺人犯として逮捕され、後半で裁判の経緯が語られる。
検事と弁護士の攻防が生み出す法廷ミステリらしい展開とは異質の驚きがある。
結末の衝撃を消化するために、そして主人公の思惑を追体験するために、再読を促す小説といえる。
無駄をそぎ落とした鋭利な文体もまた、本書のそうした趣向を支える。饒舌と対局を、読者が自ら補完することを求められる文章である。
登場人物への共感を誘い、読者の心を揺さぶる小説とは異なる、冷たい静けさに満ちている。
感情よりも理性に訴えかけており、一読して戸惑い、再読して没入する。そんな作品。

No.36 7点 武蔵- 花村萬月 2017/09/22 10:28
剣豪・宮本武蔵を主人公にした歴史小説はたくさんあるが、本作は極めてオリジナリティーが高い。武蔵の出目や、彼と佐々木小次郎の関係など、今までにない着想が盛り込まれている。本書の前半は、白月尼という美貌の尼僧に溺れながら、修行行脚をする武蔵が描かれている。剣の高みに上っていく武蔵の肖像と、彼に魅了された人々との交流が、なんとも気持ち良い。
ところが中盤に、作者らしい衝撃の展開が待ち構えている。そして吉岡一門との戦いを経て、小次郎との対決へとなだれ込んでいく。密度の濃いチャンバラシーンに、何度も興奮させられた。
さらに実験的ともいえる、文章表現にも注目したい。例えば、吉岡一門を武蔵が切る場面だが、100人をどう切ったか、100通りの文章で説明している。これにより、武蔵の行動と心情、さらには吉岡一門の絶望まで伝わってくる。
作者のチャレンジにより、小説の表現方法は無限だと、あらためて確信できた。
感想は6巻のみだが、採点は1巻から6巻までの総合評価にしました。

No.35 5点 偽りの楽園- トム・ロブ・スミス 2017/09/20 09:45
離れて暮らす両親からある日突然、不穏な連絡が届いたが、なぜか父と母の言い分は全く異なる。
文章の大部分を占める母の語りが、この小説の核になっている。
妄想なのか告発なのか?田舎の閉塞感、母の遠い記憶、ほのめかされる危険。
不安な気配が物語を駆動し、読者を引き込むサスペンス。
決してハートウォーミングな物語ではないけれど、最後の一行を読み終えた後の、胸に迫る独特の温かみが忘れがたい。
派手さはないが、じっくり読ませる小説。

No.34 7点 泣き虫弱虫諸葛孔明- 酒見賢一 2017/09/17 20:01
長年にわたり、「三国志」をテーマに書き継いできた小説が、ついに第5部で完結した。冒頭は、前巻までのストーリーのおさらいなのだが、作者は、登場人物たちを、ラーメンチェーン店の勢力争いに見立てて説明する。「これぞラーメン赤壁の戦い」などの文章が当たり前に出てくるから、大笑い。
でも、それは単なるおふざけではない。作者があたかも講釈師のように現代の目線で語ることによって、物語の自由度を獲得している。
本書は諸葛孔明の南征北伐と、彼が陣中で没するまでが描かれている。孔明に7度捕らえられたかが解放された末に恭順した孟獲との絡みを中心にした南征の経緯などは、実に克明。粗筋だけを取り出すと、オーソドックスな歴史小説に見える。
しかし作者の奔放な語りは、本作を特異なものにしている。そこから歴史小説の、さらなる可能性が浮かび上がってくる。日本人が好きな「三国志」を手玉に取った、快作にして怪作。作者ならではの、史実と人物に対する解釈を、楽しませてくれた。
感想は第5部のみだが採点は1部から5部までの総合評価にしました。

No.33 6点 拾った女- チャールズ・ウィルフォード 2017/09/14 09:18
ストーリーは極めて単純だが精緻な仕掛けによって、初読時と2回目以降とでは、全く異なる世界が見える。
男と女の運命的な出会いが、それぞれの人生を転落に導いてしまう。
そんな悲恋と破滅の物語を読み終えた瞬間、そこに隠されたもう一つの風景が現れる。
作中のちょっとした描写も、読み返せば新たな意味が加わる。
哀しみに彩られた物語を支える、洗練された技巧を堪能できる。

No.32 6点 たんぽぽ殺し- アルフレート・デーブリーン 2017/09/11 10:26
短気から杖でたんぽぽの頭を切り落としてしまった男が、常軌を逸した妄想に駆られるようになる表題作をはじめ、24編が収められている。
死神に恋をする年老いた修道女、愛が何たるかを知りたかっただけなのに、憎しみだけを募られることになってしまう勘違い男といった強烈なまでに個性的な面々が、「愛」の周辺でじたばたした揚げ句、力尽きたり、たががはずれたりと現実から逸脱しがちな人物による奇行のオンパレード。
意想外の方向に跳びはねる物語と、整合性にこだわらない独特な文体が癖になる一冊。

No.31 7点 あなたが消えた夜に- 中村文則 2017/09/08 10:02
いうまでもなく作者は芥川賞作家であるが、物語の中心に犯罪を置いて圧倒的な人間ドラマを作るため海外では犯罪小説の作家として読まれているらしい。
各種のミステリランキングをにぎわせた「去年の冬、きみと別れ」あたりから技巧にも磨きがかかり、ひねりやどんでん返しを効果的に採用するようになった。
本書も例外ではなく、第一部の最後に驚きの真相を用意し、第二部ではさらに別の地点へと読者を運び、第三部では手記を使ってさらなる混沌を生み出す。
警察捜査小説から犯罪小説、犯罪小説から宗教文学への接近をはかる。
とことん暴力的で退廃的で悲惨だ。悪に惹かれ、罪を犯し、精神を病む者たち。
殺人と自死の願望に引き裂かれながらも、不安と絶望と孤独のなかで、それでも必死に生きようとする。
このぎりぎりのところでの営為が胸を打つ。
ただし好き嫌いがはっきり分かれる作品であることは間違いない。

No.30 6点 新任刑事- 古野まほろ 2017/09/03 11:17
1950年代にスタートした警察捜査小説の名シリーズ、エド・マクベインの「87分署シリーズ」などは、供述書や捜査報告書などを入れてリアリズムを高めたものだが、近年、調書の類を作る作家がいなくなり、寂しい思いをしていた。
だがこの作品は、供述調書、指紋等確認通知書、捜査報告書、捜索差押調書などの文書を挿入して、リアルな警察の捜査活動を生々しく伝えている。
物語は、警察官になって6年目の原田巡査長が署長の命令で、「時効完成」のXデーまでの3カ月の警官傷害致死事件を担当し、全国指名手配犯の女を追跡する話だが、いささか冗舌。
というのも、元警察キャリアの作者は、ドラマや小説で無視されていたり誤解されたりしている仕事の細部を深く掘り下げて、実務の様子をたっぷりと紹介していくからだ。(ただ冗舌とはいえ、警察の実務上、時効前の送致は3カ月前が望ましいという新鮮な話も多々)。
軽快でコミカルでリアリスティックな警察小説だが、作者は元々メフィスト賞出身の本格派。
丹念な謎解きにより、意外な真相を明らかにして真犯人に迫る終盤は実にスリリングで読み応え十分。
少しケレンがありすぎて失笑する場面もあるけれど、これは作者のサービス精神のあらわれでしょう。

No.29 5点 青鉛筆の女- ゴードン・マカルパイン 2017/08/31 10:13
本書には三つのテキストが入れ代わり立ち代わり現れる。
ひとつは「改定論」という小説で、真珠湾攻撃の前夜に始まる、妻を殺された日系米国人男性の物語。
もうひとつは、「オーキッドと秘密工作員」という小説。
朝鮮系米国人の探偵が、日本のスパイ組織と戦う。
そして、何通もの編集者からの手紙。
二つの小説と編集者からの手紙を読み進めるうちに直接語られることのないもうひとつの物語が浮かび上がる。
二つの作中作も、それぞれ異なるスタイルで読ませる。
双方の物語がシンクロするつくりも印象深い。
短い中に、刺激とたくらみを詰め込んだ一冊。

No.28 7点 無罪 INNOCENT- スコット・トゥロー 2017/08/28 10:31
1987年のベストセラー「推定無罪」の続編。
法廷で追訴する検察官は「推定無罪」で彼を起訴し、裁判に敗れ、証拠の扱いが不適切だったとして処分されたモルトだった。
今度こそ敵を仕留めようと、前作に劣らぬ迫力満点の法廷ドラマを繰り広げる。
法廷シーンに劣らず読ませるのは、数人の視点から語られる人生模様。
信義を貫くためにはどうしたらいいのか、愛する者をいかにして守るか、己の弱さをいかに克服するか。全員があがき、悩み、傷つくさまが赤裸々に描かれていく。
ラストで明かされるサビッチの決断と生き方が心にしみた。

No.27 5点 スパイ学校の新任教官- スーザン・イーリア・マクニール 2017/08/25 10:24
第二次世界大戦を背景に、英国のスパイになったヒロインが活躍するシリーズの第4作。
日本の真珠湾攻撃をめぐる各国の駆け引き、そしてヒロインが遭遇する、英国内のある極秘計画が主題となる。
責任ある地位に就いた者が強いられる過酷な決断。
ヒロインの冒険という単一のストーリーでは描きえなかったものを、より複合的な視点から描いた作品。
地味ではあるが、極秘計画を探るヒロインの活躍をはじめ、読ませる場面は多い。
今回の変化球を経て、シリーズはどのように続くのか、今後も楽しみ。

No.26 6点 フェイスレス- 黒井卓司 2017/08/22 10:32
パラレルワールドと殺人アリの物語。
世界はある時から枝分かれしたけれど、それを知るのは米国の権力者たち。
ネバダ核実験場の「チューブ」を通じて米国ともうひとつの米国が秘密裏に交流しているうちに、アルゼンチンアリが別の世界で交配し、恐るべき殺人アリとなって誕生する。
その設定に日本人男女3人の愛憎を絡めてドラマを深めていく。
パラレルワールドがある一点でつながっているのがミソで、当然もうひとつの現実がつきつけられて、人は夢の実現への思いと欲望にさいなまれ、知らず知らずのうちに悪意が形成されていく。
予断を許さない展開と、皮肉で残酷な、それでも愛を信じようとする者たちの姿が印象深い。

No.25 8点 凍氷- ジェイムズ・トンプソン 2017/08/19 10:28
フィンランドを舞台にした警察ミステリのシリーズ2作目。
富豪の妻の惨殺死体が愛人の部屋で発見され、遺体には激しい拷問の痕跡があった。
捜査を始めたカリ・ヴァーラ警部は、戦時中のフィンランドで起きたユダヤ人虐殺に関する調査も並行して担当することに。
しかし、どちらの事件にも政府の上層部から圧力がかかり、警察組織と真実のあいだで板ばさみになり、カリは苦しい立場に陥る。
「俺」というストイックで重苦しい語り口が、読む者の心に哀切に迫ってくる。
しぶとく謎に食いついていくカリの仕事ぶりにも引き込まれるし、事件の決着のつけ方もうまい。
個人的な深い悩みを抱えたカリの姿も丹念に描かれ、物語に奥行きを与えている。
おまけに米国とフィンランドの比較文化論のような記述もあって興味深い。
そして結末も衝撃的だ。

No.24 6点 ペテロの葬列- 宮部みゆき 2017/08/16 10:30
生きている限り、絶え間なく選択をしなくてはならない。
間違うことは誰にでもある。深い悔恨を長く引きずることもある。
作者はこの作品で「間違いに気づいた人は、その後どう生きるか」を描いている。
平凡な暮らし、ささやかな幸せを望んでいた善良な人物を「悪」がむしばんでいく。
作者は淡々と、しかし正確に悪の正体をつづり、それが周囲にありふれていることに気づかせてくれる。
そして正しく歩むのが困難で、なんとも恐ろしい世の中に生きていることを見事に描いている。

No.23 6点 裏切りの晩餐- オレン・スタインハウアー 2017/08/13 09:57
テロ事件の真相をめぐる駆け引きを描いたスパイ小説で物語の大部分は、あるレストランのテーブルで展開する。
CIAを去ったシーリアは元恋人のヘンリーと再会し、レストランで食事を共にする。
席上の話題は、かつて2人が関わったハイジャック事件へ。
CIAから犯人に情報が洩れ、大惨事へとつながった真相をめぐり、2人の会話は息詰まる駆け引きを見せる。
2人の視点での語りが交互に現れ、それぞれが抱く複雑な思いが、そしてたくらみが徐々に浮かび上がる。
ディナーの席で繰り広げられる心理戦。
イスラム過激派のテロを背景に、諜報の世界に生きる人々の張り詰めた心情が描かれており、意外な結末に驚かされる。

No.22 6点 亡者のゲーム- ダニエル・シルヴァ 2017/08/10 10:26
名画の盗難を入り口に、政治と社会の裏面を見せてくれるスパイ小説。
密売の陰で動く大金と、それに群がる権力者の欲望。
盗まれた名画の行方を追うミステリは、やがて国家権力者の資産をめぐる謀略のゲームへと姿を変える。
名画をめぐるたくらみが国際的謀略へと転じ、頭脳を駆使した騙しあいが連続する。
ゲームの果てに1枚の名画へと収束する物語は、知性を刺激するだけでなく、心にも深い余韻を残す。

No.21 7点 暗手- 馳星周 2017/08/07 10:21
サッカー賭博の裏側を描いたノワール小説。
イタリアのセリエAで活躍する日本人ゴールキーパーを女性絡みで抱き込み、八百長試合をさせようとする男たちが暗闘を繰り広げる犯罪劇。
主人公はヨーロッパの黒社会で暗手とよばれている男で、ギャングの抗争に巻き込まれ、嘘に嘘を重ねて、次々と殺人を犯す事になるのだが、作者は何と、絶望と狂気と孤独を高らかにうたいあげている。
言葉を何度も繰り返し、リズムを刻み、脚韻をふみ、詩の高みへともっていく。
読者は熱い感情に身を焦がし、サスペンスに息をのみ、血まみれの物語のドライブ感に打ち震えることになるでしょう。
本書は「不夜城」「鎮魂歌」に続く第3作「夜光虫」の続編であるが、単独でも十分に楽しめる。
高揚感に富む文体はとてつもなく魅力的。

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小原庄助さん
ひとこと
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで~で有名?な架空の人物「小原庄助」です。よろしくお願いいたします。
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.64点   採点数: 260件
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