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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.6 6点 レモン色の戦慄- ジョン・D・マクドナルド 2022/09/23 13:11
~当日の未明、トラヴィス・マッギーの船を女が急襲せり。旧知の女キャリーだった。なにも訊かずにこの金を1ヶ月ほど預かって欲しいという。この金およそ10万ドル。当時は1ドル300円ほどだった。女は自分の身に何かあれば妹にこの金を渡してやって欲しいと。もちろん彼女の身にはなにかが起こり、その死に不信を抱くマッギーは調査に乗り出した。

1974年アメリカ。カラーシリーズ後期の作品で評価の高い作品の一つです。地味な捜査にはじまって徐々に派手な展開になっていくのですが、捻りもなかなか効いております。エンタメとしてよくできた作品です。
マッギーの無駄口が少し抑えられているので読みやすいのですが、あれに慣れてしまった身としてはどこか物足りなくも感じます。完成度は高いと思いますが、個人的にはどうも乗り切れない作品でもあります。
ちょっとした一言からマッギーがとあることに気づく場面があるのですが、そこは素直に感心しました。
アクションシーンは相変わらず筆が立ちまくりで読ませます。
本シリーズの中で最初に読む作品としてお薦めできます。
7点つけてもよかったけど、6点としておきます。

平均的なアメリカ人に寄り添ったヒーローであるトラヴィス・マッギー。高みから他者を見下ろす視点が希薄で貴族然としたところがありません。感情移入し、自身に起きたことであるかのように事件に没入していくタイプです。社会批判めいたことを滔々と述べ立てているようなときでも庶民の視点。庶民の延長上に存在する主人公とでもいうのでしょうか。
居酒屋でおっさんが集まって政治談議をしていたとしましょう。
冷や水を浴びせるのがフィリップ・マーロウだとすれば、喜んで参加しそうなのがトラヴィス・マッギーであります。
私生活(船上生活)において自由、仕事において正義を体現する人物です。

No.5 7点 夜の終り- ジョン・D・マクドナルド 2022/07/30 19:40
~州をまたいでさまざまな悪事を働き、人々を恐怖させた『群狼』の死刑が執行された。そのなかの一人は執行吏に『ありがとう』と告げたのだった。~

1960年アメリカ。『群狼』と名付けられた四人の犯罪者が処刑される場面から始まり、複数の人間の手記が組み合わされて事件の全容が明かされていく形式を取っている。この形式がとてもよく機能している。他人事のように語られる導入部の執行シーンなど読後に読み返すとカポーティの『冷血』を感じさせるくらいに怖ろしい。

本作の主たる謎は二つある。
『群狼』はどのような事件を起こしたのか。
『群狼』はなぜそんなことをしたのか。
彼らがなにをやったのかは終盤になるまではっきりしない。はっきりしないのだが、読者にひどい事件を想像させるような情報が提供されているので、サスペンス度は高い。
彼らがなぜそんなことをしたのかについては最後まではっきりしない。ただ、彼らが最初の殺人に至った過程、その描写が素晴らしい。動機はどうでもいいんだと納得がいくように描かれている。本作白眉の描写だと思う。ジョン・Dの描写は絵になって頭に浮かびやすい。

序盤、中盤は本当にいい。群狼のうちの一人にスポットを当てることにより、普通の人間、特に若者が犯罪に手を染めてしまうほんの些細なきっかけがうまく描かれている。若者が集団になり、無軌道になっていく過程もよく描かれている。
ただ、終盤に変な作りこみを感じてしまい、それがどうも大きな瑕疵のように思えるので減点して7点。

本作とトルーマン・カポーティ『冷血』との読み比べも面白いかもしれない。

No.4 6点 ケープ・フィアー 恐怖の岬- ジョン・D・マクドナルド 2017/08/10 00:08
十三年前にサミュエル・ボーデンの証言によりブタ箱入りになっていたマックス・キャディが帰って来た。幸せ一杯のボーデン一家を真綿で首を絞めるように苦しめていくキャディ。サミュエルは家族を守ることができるのか。

地味な展開。ジワジワとボーデン一家に迫るキャディは不気味であり、特に長女が危ないと思っていた。サミュエルは家族を守るにあたって、しばしば温い判断を見せる。これは絶対~になるよとこちらは思う。だが、なかなかそうはならない。地味だが、じわじわと胃に負担を与えてくれる。ここらあたりの匙加減が実にうまい。大きな動きはないのに読まされてしまう。
そして、家族を狙われたことによってサミュエルの信念はだんだんと揺らぎ、内面に劇的な変化が訪れる。この変化も自然である。
『濃紺のさよなら』の書評で、「ジョン・D・マクドナルドはアメリカ人のための作家だ」みたいなことを書いたが、本作も極めてアメリカ的な作品だと思う。そして、うまいとは思うが、私はこの作品が好きではない。作品の出来は7点以上だと思うが、6点。理由を述べるとネタバレになるので、以下ネタバレコーナーにて



ネタバレ
逆恨みから家族もろとも狙われる破目に陥った平均的なアメリカの男であるサミュエル。
これはごくごく普通のアメリカの男が逆恨みされ、追い込まれ、ついに窮鼠猫を噛んだ、そういう話のようにも見えるが、ちょっと違うと思う。
本作の原題はThe Executioners(処刑人)。この処刑人とは誰のことなのか。
最初はキャディがExecutionerなのだと思っていた。かなりえぐい展開が予想された。ところが、淡々と物語は進む。サミュエルの家族のことがじっくりと書き込まれ、キャディはあまり派手なことはしない。作者は読者をボーデン一家に感情移入させてから、ボーデン一家の料理にかかるつもりなのか。嫌な展開だなあと勝手に思っていた。
ボーデン一家の緊張は耐え難いレベルにまで達した。
ここで、サミュエルの内面に変化があり、犯罪者に怯えるだけの弱い男ではなくなる。
家族が狙われているとはいえ、この時点では死刑になるほどのことはしていないキャディをサミュエルは罠にかけて殺そうとする。警察もそれを容認するばかりか、よしよし応援するぞとばかりに人員を回してくれる。これは正当防衛といえるのか? 
日本だったら有り得ない話だと思う。しかし、アメリカには本作のような解決を容認する文化的な土壌があるように思える。アメリカ的価値観の勝利を描いた作品のようにすら思えてしまう。
また、途中サミュエルは小細工をもってキャディの排除を試みるも失敗するが、これなどは卑劣だと思った。
死刑制度は野蛮だから廃止すべきという意見がある。だが、アメリカやその他の国では逮捕時に被疑者を殺してしまう案件が多い。逆に日本では裁判にもかけられず殺されてしまう人間はまずいない。
※アメリカは死刑制度あります。


No.3 6点 黄色い恐怖の眼- ジョン・D・マクドナルド 2017/07/30 18:38
トラヴィス・マッギーの元へ、旧友グローリーから救いを求める電話が。彼女は金持ちの医者と結婚したのだが、彼の死後、70万ドルはあったはずの財産がほとんど無くなっていることが判明。一族郎党より疑惑の視線を向けられるグローリーは、身の証を立てて欲しいとのことだった。

1966年の作品。原題はOne fearful yellow eye
書き出しからしてうまいよなあ。描写が的確で引き込まれる。描写の順序も申し分なく、頭の中にすんなり入って絵が浮かびやすい。ただ、伏線がしこまれているわけでもなく、無駄といえば無駄な描写なのだが。
地味だがグイグイ読んでいける作品。人物像の変化が面白い。人物の書き分けもいい。色気は出さずに不要と思った人物は思い切って切り捨てる潔さ。男女の会話もいい。
中盤まではあまり動きがないが、動き始めてからの展開はスリリングで、黒幕の隠し方も、きちんと引っ掛かりを与えられていたので良し。ただ、欧米人の好きなあのネタはやや唐突か。自分は嫌いではないけど、ゲンナリする人もいそう。
それからラストはちょっと頂けない。伏線は張ってあったけど弁護する気になれないなあ。
しかしまあ、本当にマッギーはうるさい。特に終盤のスピーディーに話を進めて欲しいところでどうでもいい車の蘊蓄を語りはじめた時には「ちょっと黙っててくれないか、マッギー」と言いたくなった。ところが、困ったことにマッギーの一人称小説なのでそういうわけにもいかないのだった。
精神分析、LSDなど時代を感じさせるネタはやや古びてしまった印象あるも、きちんと調べて書いていると思われる。特にLSDに関して、服用者にただただわけのわからないことを言わせりゃいいと思っているいい加減な書き手が多い中で、統合失調症患者に似た独特の言い回しをうまく表現していると思った。
それにしても、アメリカの作家って精神分析好きな人が多いですな。
ちなみに自分が白眉だと思うのは、シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』の中にさりげなく仕込まれた精神分析の手法。

アイデアは並み。
プロットも並み。
しかし、読ませる技術が並みではないので、読者はまるで卓越したストーリーテラー(メイカーというべきか)であるかのように錯覚してしまう。チャンドラーとはまったく違った意味で『なにを書いても読ませてしまう作家』
描写が的確でわかりやすい。特にアクションシーンの書き方が丁寧でうまい。
そして、滑らかな筋運び。無理がないが、無駄(口)は多い。社会風刺、文明批判などの説教が好き。
深みはないが、平均的なアメリカ人を巧みに描く。
ここまで書いて、ふと思う。
先の書評でいささか乱暴な比較をしたが、この人ってジャンルでくくってロスマクやチャンドラーと比べるべき作家ではなくて、近い資質、方向性、小説観を持っているのは実はスティーヴン・キングではないかと。
キングの『ペット・セマタリー』の書評で、ほとんどの作家はキングのような書き方をすると失敗すると書いたが、では、失敗しない作家は誰なのか。ジョン・D・マクドナルドは有力候補の一人ではないかと私は秘かに思っている。ジョン・D・マックの方がキングよりはるかに先輩なので失礼な言い方かもしれませぬが。

No.2 6点 濃紺のさよなら- ジョン・D・マクドナルド 2017/05/02 08:25
チューキーに紹介されたその女はひどく傷ついていた。女の名前はキャシィ。父親が第二次大戦中に不正な蓄財をしていたらしいのだが、詳細は不明。父は除隊後に人を殺して服役、獄死してしまった。そんなおりに近づいてきたアレンという男にキャシィは篭絡され、父のお宝も奪われてしまった。そいつを取り返して欲しいというのだが……。
ヨットを棲み処としているトラヴィス・マッギー氏(40)は無職のような暮らしぶりだが実は有職者である(なにせカラーシリーズですから)。トラヴは取り返し屋を生業としている。すってんてんになるまでは仕事をしない主義だが、今回は友人の頼みとあってキャシィのために重い腰を上げる。
取り返し屋トラヴィス・マッギーシリーズ、カラーシリーズの第一作。
※水上生活者というのはかつては日本にも大勢いて、社会問題にもなっていたようですが、トラヴィス・マッギーの生活はそういうのとは異なります。

どうしてこんな男に引っかかるのだ? 太古から現代まで変わらぬ普遍的な問題に精神医学の面からも触れている。それが教科書的にならず、自然に物語の中に組み込まれている。
そういう男に引っかかった女をバカだねと突き放さずに包み込むトラヴ。そして、事件を通じて彼自身も心に傷を負う。その心の痛みが読み手にダイレクトに伝わってくる。格闘シーンもいいし、細部にリアリティもある。
文章もいい。肩肘張らず、わかりやすいが陳腐でもない。
~わたしはテラスへ出て、自分で弱い飲み物を一杯つくった。ジェリーとジョージが怒鳴りあっているのが聞こえた。節は聞こえるが、歌詞までは聞きとれないといったところだ。~
反面、各場面はとても面白くてリーダビリティも高いのだが、プロットは非常に単純。優れたストーリーテラーだという人もあるようだが、本作にはそういう印象はない。これはトラヴィス・マッギーに自己を投影して楽しむキャラ小説、ヒーロー小説ではないかと。
本作は先に書評した初期短編集よりも下手くそに見える。
例えば、三人の男が船で北海道に行く話を書くとする。書くことはいくらでもある。その中でなにを削ってなにを書くか、それらをどのような順序で語っていくか、それぞれをどのような比重で語るのか。
初期短編集や初期の長編に見られたバランス感覚が本シリーズにはない。大袈裟に言えばペラペラのトタン屋根を江戸城の大黒柱で支えるような構造。過剰なトラヴィス・マッギーの語りが面白くもあり、また、小説のバランスを著しく崩してもいる。
真面目で基本性能が物凄く高い作家だと思うのだが、本シリーズはどこか調子が狂っている。
アメリカ人の生活が描かれ、アメリカ人の理想が色濃く反映され、アメリカの男かくあるべしと。自由と正義の国アメリカ。ヒーローの国アメリカ。これがアメリカ人の心を鷲掴みにしたのではないかと、アメリカ人のための小説、そんな風に感じる。マッギーシリーズが日米で人気に大きな解離があるのはこのへんに原因があるのではなかろうか。
この人は一人称よりも三人称の方が力を発揮できる作家ではないかと思っている。
そして、力を発揮しない方が人気が出る、偏りがある方が人気が出る、そういうことも往々にしてあるのが小説だと思う。

No.1 7点 ジョン・D・マクドナルド短編傑作集〈2〉牡豹の仕掛けた罠- ジョン・D・マクドナルド 2017/04/18 23:18
パルプマガジンに掲載された作者初期の短編から選りすぐられた作品集です。
原題は『The Good Old Stuff』
サンケイ文庫から『死のクロスワードパズル』と本作、分冊で出版されました。
絶版にしてamazonでさえ登録ありません。

はじめて読んだジョン・D・マクドナルドはこれでした。平成になったばかりの頃だったように思います。面白いけど、残るものがあまりないと、こういう印象でしたが、未だに愛着のある作品集です。エド・マクベインの本性が酔いどれ探偵だと思うのと同じように、ジョン・D・マクドナルドの良さがこの初期短編集には如実に出ているように思うのです。

ジョン・D・マクドナルドについて、miniさんがB級だが一流と仰ってましたが、非常によくわかります。
テーマがない、人物造型に深みがない、娯楽に徹して高尚とはいえない作風。
それでいて、チャンドラーよりもロスマクよりも小説書くのがうまいです。
(非難は覚悟しております)
楽しく読める。特筆すべき点がない(私はしばしばこの表現を悪い意味で使いますが、この場合は良い意味です)。書くべきことをきっちりと書いている。物語、人物描写、情景描写、背景描写が過不足なく、うるさくなく、混然一体となって淀みがない。怖ろしいことです。
例えば、女の子とドライブに行きます。当然、目的地に到着することだけがドライブではありません。いい音楽をかけて、楽しく会話して、恋人岬なんかに寄り道して、言われなくても気配で察してトイレ休憩、そういったものを総合してドライブといいます。ジョン・D・マックはすべて高いレベルでこなします。しかも自然に流れていくのです。
わかりやすいが陳腐ではない文章表現。ビシュッとかシュパパとかの一流作家が敬遠するような擬音をためらいなく使用したりする大胆さ、気取りのなさ。リーダビリティの高さは抜群です。さあ背景説明するぞと意気込んだりしません。犬が気付かないうちに注射をすませてしまう獣医さんみたいな感じです。きっちりと書かれて完成度が高い。もちろんストーリーも面白い。現代視点では月並との御意見もありましょうが。
あえて短所を言えば、ドライブの目的地がロスマクが姫路城だとするとジョン・D・マックは熱海秘宝館だったりする。だから、ロスマクよりも下みたいに思われてしまう。
(私はロスマク好きです。それから熱海秘宝館も三回も行ってしまうくらい大好きです。念のため)
以上、ジョン・D・マクドナルドの凄さを自分なりに書いてみました。

収録作
死者の呼び声
本番、七分まえ
牝豹の仕掛けた罠
湖面の虹
夜明けのチェックアウト
ブリキのスーツケース
残された六番ピン
若妻の失踪
以上、駄作なし。ありがちなネタもけっこうありますが、面白い。

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ひとこと
方針
なるべく長所を見るようにしていきたいです。
書評が少ない作品を狙っていきます。
書評が少ない作品にはあらすじ(導入部+α)をつけます。
海外作品には本国での初出年を明記します。
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採点の多い作家(TOP10)
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ディック・フランシス(12)
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