皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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tider-tigerさん |
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平均点: 6.71点 | 書評数: 369件 |
No.5 | 7点 | 炎の終り- 結城昌治 | 2023/08/25 00:04 |
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『風が吹いて、電線を鳴らした。風の声は、れい子の声に似ているようだった』本文より
~真木はホテルのバーで印象的な女に出会った。ほんの一言二言を交わしたに過ぎなかったが、後日、女は真木に電話をかけてよこして、真木は会う約束をした。 『暗い落日』『公園には誰もいない』二作続けて若い女が失踪しているので、さすがに今度は違うネタで来るだろうと真木は考えていたのだが…… 私立探偵真木三部作の最終作。最終作らしさはないが、瑕疵が少なくよくまとまっており、ミステリとしても読みごたえある。こてこてハードボイルドと見せかけてミステリのエッセンスをさりげなく振りかけてある良作。 真木三部作は『少女失踪シリーズ』とでも呼びたくなるくらいどれもこれも若い女が失踪する。さまざまな形の幸せがあるように、失踪にもさまざまな形があるようだ。ミステリ成分の含ませ方にはけっこう違いがあるように感じる。 ミステリとしては真木シリーズ二作目『公園には誰もいない』(これはこれで好きな作品だが)のような変なこね方はしていない。『暗い落日』ほどのインパクトはないが、完成度は同じくらいに高い。 ミステリとして優れた部分をあまり強調せずに淡々と書かれていることは美点でもあり、欠点でもあるかもしれない。インパクトには欠けているが、無駄なく隙なく繊細に仕掛けが施されている。真木三部作の中でもっとも丁寧に読むべき作品はこれかもしれない。無駄だと思っていたいくつかのパーツについて「ああ、そういうことだったのか」と思い至り、最後にタイトルの意味に気づく。 真木三部作の中では他の二作よりほんの少し文章の質が落ちている(ような気がする)。都合の良すぎるキャラの存在。終盤に説明的に過ぎる部分があってすっきりとまとめきれていないことなどが気になる。 それから、ゴリラのような憎たらしい刑事による礼儀を欠いた尋問シーンが出てくるが、これはチャンドラー『長いお別れ』からのいただきだろう。真木はこのシーンでマーロウとほぼ同じセリフを吐く。これはちょっと評価できない芸のないパクリ。 ついでにもう一つ。 このシーンで、ゴリラ刑事が机を叩いた時に一輪挿が床に落ちて割れてしまう。 以下引用 ~叩いた拍子に、何も挿さっていない一輪挿が倒れ、床に落ちて真っ二つに割れた。赤いガラス製の、愛らしい一輪挿だった。~ →『何も挿さっていない赤いガラス製の愛らしい一輪挿が倒れ、』として一文にまとめてしまわなかったのはなぜ? 形容語をつないで頭でっかちになるのがイヤだった? 文章のリズム? 二文に分けてゴリラ刑事が壊してしまったものを強調したかった? 赤い一輪挿はなにかの暗喩で、それが壊れてしまったことを暗示していた? これといって深い意味はない? こういうどうでもいいことを考えるのが面白い。 真木三部作はあまり優劣を付けたくないので全部7点でいいや。 |
No.4 | 7点 | 白昼堂々- 結城昌治 | 2022/11/03 23:26 |
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高木彬光に『白昼の死角』あれば結城昌治には『白昼堂々』あり。どちらの作品も死角を突いて堂々と犯罪が実行されていくが、読み味は随分と異なる。
愉しいエンタメ作品という基準なら結城作品の中でも上位にくる。 炭坑が閉鎖されて村人の大半が失業、そんな村で二人のスリ師が集団万引きで生計を立てられるよう村人を指導、監督するというとんでもない話だが、緩い時代背景やキャラの明るさもあって、どうにもこの連中は憎めない。 弱者が生きるために犯罪に手を染めていく話で、けっこう重たいテーマを内包しているようにも思えるのだが、それがコメディタッチに描かれている。 思わず膝を打つような巧妙な犯罪というわけではなく、大きな展開もあまりないが、小さな仕掛を積み重ね、少しずつ泥棒軍団の状況が変化し、小さいながらにもそちこちにヤマもあるので飽きさせない。 週刊誌に掲載されていた連載小説ということもあってか、簡潔な文体でテンポ良く話が進んでいく。昭和三十年代が舞台なのでもちろん古臭さはあるが、文章のスタイルは現代的といってもよいくらいで非常に読みやすい。 現代風に言えばジワる作品で『泥棒村』というネーミングなどあまりにも直球過ぎておかしくなってしまう。 二人の刑事が親分肌のスリ師について「俺はあの男が好きだった」「俺だって好きでしたよ」みたいなことを言い合うシーンが印象的だった。冷静に考えるとこれもなんだかおかしい。 炭坑の不況と泥棒団の発生を結び付けて白昼堂々の世界を作りあげることに懸命だったと作者はあとがきに書いていた。 世界を作るということはいろいろな設定を盛り込んで精緻に作り込んでいくことばかりではない。物語に相応しいリアリティの置き所と適切な文体の選択が基調にあるべきだと思う。もちろん本作は二つともクリアしている。 が、人並さんのオチについての御指摘にはまったく同意。あのラストは物語的には違和感ないのだが、リアリティの置き所という意味では少しズレていて、いささかの気持ち悪さがある。 ただ、あのラストは嫌いじゃない。 |
No.3 | 8点 | 夜の終る時- 結城昌治 | 2017/06/17 20:16 |
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前半警察小説、後半はクライムノベルになるのか?
安田刑事の視点で警官殺しの犯人を追う第一部は無機質に淡々と綴られていく。視点を犯人に移しての第二部は文章もガラリと変わって、うーんこの変調がたまりませんな。いつのまにか犯人に感情移入してしまう。 異質のものをまとめる二部編成。ドイルの恐怖の谷は少々不細工というか強引であったが、本作ではうまくまとめて効果を上げている。その他の点も完成度の高さでは結城昌治作品の中でも随一ではなかろうか。私は真木シリーズに愛着があるが、採点は本作が上かな。 簡潔だが、スカスカではない文章。 最初の数頁で展開される短いセリフばかりで構成された会話では署内での立ち位置や能力などがきちんと見える。さりげなく伏線も挿入。無駄口叩かず口を開くときには必ず意味がある。そこに味わいも加味できるのが結城昌治。 徳持刑事が扼殺された時点で犯人がなんとなくわかってしまったのだが、この点が本編で言及されていない。あれは作者から読者へのヒントというわけではなかったのか? 問題点 コーラ→どうやって毒を混入した? 死体発見→あいつはきっと殺されてる、死体を探しに行こう! その刑事はあてもなくなんとなく探しに行ったら死体発見! そんなバカな。 以上の二点をもう少しスマートに処理して欲しかった。 ラストは秀逸。 なんて残酷な終わり方なんだろう。 タイトルにその救いの無さが表れている。その瞬間が非常に簡潔に、粋に決まっている。 |
No.2 | 7点 | 公園には誰もいない- 結城昌治 | 2016/10/08 09:19 |
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シャンソン歌手である若い女性が失踪した。上流家庭に育ち、特殊な世界で身を立てようとしている彼女の周辺にはどこか癖のある人物が多く、彼女自身かなり身勝手な人物のようだった。母親から捜索を依頼された真木だったが、なんということはなしに、この仕事が気に入らなかった。
犯人と被害者、自分にはないものを補い合ってうまくやっていけたんじゃないのかなあ。残念でならない。構想の死角(刑事コロンボ)みたいなことになってしまった(動機はまったく異なるが、事件の表面的な構図は似ている)。 被害者の歌う『公園には誰もいない』が非常に効果的に使われている。ラストシーンの哀感も素晴らしいし、真木の犯人への感情移入も理解できる。 ただ問題もある。ミステリとしては暗い落日よりも確実に劣る。被害者や犯人の行動が必然性に欠ける点、それからダールの『南から来た男』を引き合いに出しての賭けの話が強引。 本作においての賭けはダールを引き合いに出せるようなものではなく、子供のお遊びとしか思えない。本作の重要な鎹(かすがい)なのに弱点になってしまっている。 そして、動機が弱い、というか、根が深くなる性質の動機ではあるのだが、書き込みが足りないように感じた。犯人の人物像含めてもう少し書き込んで欲しかった。だが、この作者の美点はあえて書かないことだともいえる。 読者に想像や洞察を要求する。例えばこんな感じ。 「ベル――」 わたしはもう一度(犬の名を)呼んだ。 しかし彼は知らんふりをして、おまえの相手なんかしていられるかというように、ながながと寝そべり、淡い日ざしを浴びて、気持よさそうに眼を閉じた。 わたしは彼が好きになった。 「とても怠け者なんです」 理江もベルが好きらしかった。 本作のラストで真木は犯人に「どうぞお帰りなさい」と言った。 暗い落日の書評でkanamoriさんが言及されていた「それは自分で考えることでしょう」に近いようで、両者の真木の心情はずいぶん異なるように思われる。 逃がしてやりたい、だが、逃げたところで結果は見えている。かと言って自首を薦めることもできなかった。真木は犯人の自殺も予感していただろう。どれを取っても愉快な結末にはなり得ない。そもそも被害者には殺されるほどの非はなかった。犯人が悪いのだ。だが、憐れな犯人だ。自分にだって才能があり、輝かしい未来の可能性があることに気付くべきだった。 結局真木は「じゃあそんなわけで」的な曖昧さに逃げるしかなかった。 真木がなんとなくこの仕事が気に入らなかったのは、こういう結末を予感していたからではないかと、いや、作者は読者にこうした結末を予感させようとしたのではないかと、そんな風に思います。 ミステリとしては暗い落日に劣る。が、小説としては見劣りしない(むしろ小説としてはこちらの方が好き)ので同点としておきます。 勢いに乗って『炎の終わり』も書評したいところですが、手元に本がない。記憶も定かでない。そのうち入手して書評したいと思っております。 最後に本作のミスリードを誘う仕掛けについて ややネタばれ 『暗い落日』に続いて本作でもやられました。手口はまったく違います。 なにか描写しておかないと小説として格好がつかないから描写してしまうのは当然アマチュアで、すべてのとまではいかなくともたいていの描写に意味、必然性があるのがプロでしょう。 ただの風景描写に思えても、実は風景を描写しているのではなくて、物語のその後を予感させたり、登場人物の心情を映していたりするわけです。 結城昌治は名ばかりのプロではなくて、名実ともにプロです。その彼が以下のようなことを書きました。 母と娘は顔が似ている。 母親は相当なお洒落で派手好き。 娘はお洒落だが、派手なお洒落は好まない。 娘は念入りに化粧をする。 派手嫌いと化粧念入りは矛盾してはいないか、あ、母親と似ているのがイヤなわけね。私は作者の思惑通り、親子関係になにか問題があって、それが物語の鍵なんだなと推測しました。 もちろん現実世界ではこれだけのことで母娘関係に問題ありと見做すのは早計に過ぎるわけですが、小説的にはこれらは母娘関係の象徴として描写されたと考えられるわけです。仄かに香る第一の罠。 そして、母親に動機らしきものが見えてきました。肥溜めのような二番目の罠。明らかな悪臭ですが、「キターッ!」とばかりに食いついたバカ(私)は母親が犯人と断定しました。 |
No.1 | 7点 | 暗い落日- 結城昌治 | 2016/09/21 18:37 |
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私立探偵の真木は居丈高な実業家から行方不明になった孫の捜索を依頼された。調査の過程で殺人事件が二件発生、本件の人探しと直接の関係はなさそうなこれらの事件だが、実は過去のとある悲劇から始まったものだったのだ。
序盤から中盤にかけてはハードボイルドの定型ともいえるような筋運び。贅肉を削ぎ落とした文章はリズム感も良く、言葉の選び方も華はないが自然で堅実。人物描写は平凡だが、彼らの関係を淡々と映していく書き方は好感が持てた。 視点人物であり語り手である探偵真木が無色透明に感じられた。だが、犬小屋の奥から出てこない犬のようでいて、呼べばきちんと顔くらいは出す。必要なことは述べるが、自己主張はしない語りなのだ。一人称小説で語り手の特色が出ないのは致命傷だと思っているが、例外はもちろんある。著者は一人称一視点を採用した理由として、フェアプレイに適った書き方だからだと述べていたらしい。解説を書いていた原寮(私が持っているのは1991年発行の講談社文庫版)は一概にそうとは言い切れないと述べていたが、それはともかくとして、真木の無色透明は作者のフェアプレイ精神?に関連しているのかもしれない。読者が真木と同じ条件で推理が可能なように、余計な修飾も極力排除したのではなかろうか。そして、フェアプレイうんぬんに言及したということは作者がハードボイルドではなく本格ミステリを書こうとしていたと考えることもできる。 確かに本作は本格ミステリとして読むことも可能な内容で、家族の秘密に関しては安易な気もしたが、真木が捜索を依頼されていた女性に起こった出来事は個人的には盲点というか、当然想定されうることなのに、この展開ならこうはならないと決めつけていたところあって虚を衝かれた格好となった。確かにフェアだった。 どちらかといえばハードボイルドに寄った作品だとは思うが、本格として読んでも――見事に引っかかっただけに――なかなかの出来ではなかろうか。 どうでもいいことだが、心理テストが作れそうな作品だ。 「この作品の登場人物で誰が一番嫌いですか」いろいろな答えがありそうで興味深い。 本作だけではなく、真木シリーズ三作はどれも読んでみて損はないと思います。 |