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No.7 7点 “文学少女”と神に臨む作家(ロマンシエ)- 野村美月 2018/09/28 11:04
終わり良ければすべて良し――かな?
ライトノベルというレッテルからは、ちょっと想像できないほど重苦しい、ドロドロの展開(がデフォルトの、このシリーズのなかにあっても、今回はことさら)を見せながら、最後は、綺麗にまとめてくれました。
“文学少女”シリーズの第7巻と第8巻(2008年5月、および同年9月のリリース)は、初の上下巻構成にして、シリーズ完結編です。人気を物語るように、このあとも、短編集や外伝が幾つか刊行されていますが、本編のストーリーは、既存の巻の伏線を回収し、ここできちんと終了しています。

語り手をつとめる井上心葉(いのうえ・このは)は、中学生時代、たまたま女性名義で応募した小説が新人賞をとって、覆面作家としてデビューを飾りながら、それが原因で深く傷つき、過去を封印し二度と小説を書くまい、他人と深いかかわりを持つのも避けようと心に決めて、高校に進学しました。
しかし、そこで“文学少女”を自称する先輩、天野遠子(あまの・とおこ)と出会い、この、明るくて聡明で、食べちゃいたいくらい本が好きで、ホントに紙ごと物語を食べてしまう(!?)謎の彼女に捕獲され、強制的に入部させられた文芸部の部室で、来る日も来る日も彼女のおやつ代わりに、三題噺を書かされる羽目に。
そんななか、周囲で起きたさまざまな事件を、遠子が持ち前の奔放な想像力で、文芸作品と重ね合わせて読み解き、関係者の絶望の物語を、希望の物語へ書き変えていくのに立ち会うなかで、彼の、傍観者的なスタンスも変わっていきます。
そして、第5巻『“文学少女”と慟哭の巡礼者(パルミエーレ)』で、心葉はようやく過去のトラウマを克服し、自分に好意を寄せてくれる、クラスメイトの琴吹ななせと付き合いはじめることになりました。
しかし。
遠子先輩と出会ってから、二年。彼女の卒業を間近にして、心葉は思いがけない事実に直面します。一番信頼していたはずの人に、自分は裏切られていたのか!?
本作『~神に臨む作家(ロマンシエ)』は、心葉が最終的に、自身の進路と向き合う話であり、その過程で、天野遠子とは何者だったのかを理解する、巡礼(探偵経路)の物語でもあります。
浮かび上がる、遠子の出生の秘密。幼い頃、その両親を襲った死にまつわる謎(毒は、本当にあったのか? 誰がそれを使ったのか?)。そして――この二年間、何を考えて、遠子は心葉の側にいたのか?
心の闇に囚われた多くの人を、光射す場所に導いてきた天野遠子も、自身、苛酷な現実という檻に囚われた存在であることが分かってきます。そこから彼女を解放するため、彼女から学んだやりかたで、“探偵役”としてクライマックスのステージに立つ心葉。対峙する、さながら凍てついた氷の壁のような相手に、彼の言葉は届くのか?

この、土壇場での探偵役の交代(と書くこと自体、ネタバラシでしょうね、でもこれは、書かずにいられない。お許しを <(_ _)>)という趣向が活きています。謎解き自体はアマいものですが、たとえ蟷螂の斧であっても立ち向かっていく、息詰まるような心理対決の演出がそれをカヴァーしています。

それにしても、野村美月は、どんなミステリを読んできたのかしらん? “文学少女”シリーズのなかで、さまざまな文芸作品を語りつくしてきた遠子先輩が、不思議とミステリに関しては話題にしない(第2作『~飢え渇く幽霊(ゴースト)』で、ギャグ的なセリフの中に、クリスティ、クイーン、赤川次郎の名前が並列されているくらいか。第4作『~穢名の天使(アンジュ)』は、ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』がモチーフになっていて、ルルーに関する言及のなかで『黄色い部屋の謎』は出てくるものの、当の『オペラ座の怪人』はあくまでゴシック小説として扱われている)ので、よく分かりません。
語り(騙り)のテクニックへの関心は、あるいは「新本格」の影響もあるかもしれませんが、信頼できない語り手という、文学方面からのアプローチにも思える(各巻で、心葉の一人称記述と併用されてきた、謎めいたナレーションも、第5作『~慟哭の巡礼者(パルミエーレ)』あたりからは、トリック的な意味合いとは別な性格を帯びてきており、それは本作でも同様です)。

この『~神に臨む作家』を読んで、筆者が思いを馳せたのは、P・D・ジェイムズでした。ちなみに、これまで本サイトに投稿してきた“文学少女”シリーズのレヴューのなかで、筆者が引き合いに出してきたミステリ作家を振り返ってみると――トマス・H・クック、マイクル・コナリー、ジョン・ル・カレ、ジェイムズ・エルロイ……ですね。何か凄いなあw
それらの作家たちを、野村美月が読んでいるかどうかは、分かりません。ただ、学園もののライトノベルにミステリ的な方法論を導入するにあたり、野村美月が採用したのが、古典的な本格のギミック(漫画で、そちらを実践したのが、たとえば『金田一少年の事件簿』といえるか)ではなく、上述のような、海外の“現代”作家に接近するような試みであったことは、記憶にとどめておきましょう。
これでもう少し、各巻のプロットを、きちんと練り上げてくれていればなあww

さて。
遠子先輩の過去を描くということで、これまで“お約束”として目をつぶってきた、ファンタジー要素とリアルの結びつけにどうしても目がいくことになってしまいますが、そこは正直……微妙です。ただ、後半、岩手県の病院である人物の発する「まあ、遠子ちゃん! 『遠野物語』の遠子ちゃん、そうでしょう?」というセリフには、膝を打ちました。寛容の精神で受け入れるが吉、か。

毎回、内外の文芸作品をモチーフにしてきた本シリーズ、大トリの元ネタは、ノーベル賞作家アンドレ・ジッドの『狭き門』です(うへえ。この歳になって、図書館から世界文学全集を借りてきて、読むことになるとは)。愛を突きつめてバッドエンドに至る、理不尽な(でも、だからこそのブンガク)『狭き門』へのアンサーソングが本作、ということで、ハッピーエンドに至るルートが示されて、『~神に臨む作家』は幕を閉じます。
まさに「綺麗にまとめてくれました」。
あえて難癖をつけるなら、でも綺麗(事)にまとめすぎ、かな? 本当は、もっとグチャグチャになるでしょうwww
しかし、ま、前作(仕込み作)『~月花を孕く水妖(ウンデイーネ)』のトホホな出来から、よく持ち直しました。
いちおう7点をつけましたが、これは本来、シリーズ総体で評価すべき作品だと思います。であれば、“文学少女”シリーズとして8点。
うん、楽しい読書体験をさせてもらいました。

No.6 1点 “文学少女”と月花を孕く水妖(ウンデイーネ)- 野村美月 2018/03/24 09:11
ライトノベル作家・野村美月の“文学少女”シリーズ第六巻。
遠子先輩の卒業へ向けて、時計の針を進めてきた作品世界の時間を、少し巻き戻し(時系列では、第二巻『~飢え渇く幽霊(ゴースト)』の、すぐあとの挿話になります)、舞台を学園から、学園理事長の所有する、いわく因縁のある山あいの別荘――八十年前に妖怪の仕業とされる惨殺事件が発生、その祟りがいまなお続く――に移して、理事長の孫娘の画策により、そこに滞在する羽目になった、語り手の心葉(このは)たちが体験した、忘れがたいひと夏の出来事を描いた番外編、なのですが……

う~ん、これはちょっと。雑すぎる。
“文学少女”シリーズ本編は、このあと上下巻の『~神に臨む作家(ロマンシエ)』で完結するようですが、それを意識した布石――心葉の現在進行形のナレーションと並列される、恒例の、ゴシック体の文章による謎めいた語りも、今回は本題の事件のミスリードとしてはうまく機能しておらず、結局のところ、思わせぶりな、寸断された「次回予告」で終わってしまっている――に気をとられすぎたのでしょう、プロットが、二の次三の次になってしまいました。本末転倒です。
ミステリ的要素を盛り込んだシリーズのなかにあっても、本作は表面上、もっとも(国産の、テンプレ的な)本格ミステリに接近しており、それがかえって、ディテールの詰めの甘さという、作者の弱点をクローズアップする結果にもなっています。
現在の事件(あたかも屋敷の取り壊しを阻むかのように、伝説の妖怪が姿を現す!?)を契機にして、“文学少女”の豊かなイマジネーションが、諸悪の根源たる過去の惨劇に、新たな解釈を施していく。
その、現在の事件をめぐるアレコレのいい加減さも相当なものですが、何よりマズイのが、八十年前の惨劇の真相。謎の提示に誤魔化しがありますし(ある人物の死体が発見され、埋葬された経緯が不明。結局見つからなかった――だって妖怪に食べられてしまったから――でお茶を濁すならともかく、かりにも埋葬されている以上は、事前の検視をスルーするわけにはいきません)、問題の犯行が、指摘される人物に実行可能だったとはとても思えない。屋敷を血の海と化す大量殺人ですよぉ。なんでこんな無謀なシチュエーションを導入したかなあ……
って、理由はハッキリしてますけどね。“文学少女”シリーズを、ほかのラブコメものライトノベルと差別化してきた、ミステリ風味と並ぶもうひとつの特徴が、内外の文芸作品の本歌取り。で、本作のモチーフに選ばれたのが、泉鏡花の戯曲「夜叉ヶ池」なわけです。当該作のクライマックスでは、荒れ狂う竜神・白雪が洪水を起こし、村と人を水底に沈めます。その竜神の怒りを、作者は本作の過去パートにどうしても重ね合わせたかった――となると、その趣向のためには、そりゃあ犠牲者は一人二人じゃ全然足りない、となりますよ。
なりますけどねえ……
あ、筆者は途中で視聴を断念してしまったのですが、アクションもののマンガを原作とする、『文豪ストレイドッグズ』なるアニメがありまして、そこには「マフィアに拾われて、六ヶ月で35人殺した」という、14歳の少女・泉鏡花(!)が登場します。でもって彼女はですね、異能の持主でありまして、「夜叉白雪」という、甲冑武者姿の人外のものを召還できるわけです。こいつが滅茶苦茶強い。本作『~月花を孕く水妖』の過去パートの犯人も、あるいは異能の持主だったのかしらん。以下、ややネタバラシになりますが――
いちおうこの犯人にも、“相棒”が存在したことにはなっています。なっていますが、それは「滅茶苦茶強い」とは真逆で、無理に輪をかけるだけの存在でしかないのです。
これが島田荘司なら、見てきたような嘘を豪腕で畳掛け、読者を力づくでねじ伏せるのでしょうが……さすがに野村美月にそれだけのパワーは無かった。まあ、フツーの作家には、ありません。だからこそ、お話をつくりこみ、意外性に説得力を持たせる必要があるのですが、その点で本作は失格というしかありません。新人作家がこの原稿を持ち込んだら、突き返されるのは必至。しかし人気シリーズということで、編集者のチェックも甘く、四ヶ月に一冊というシリーズの刊行ペースを守ることが第一で、妥協してしまったんだろうなあ。

前作『~慟哭の巡礼者(パルミエーレ)』の「あとがき」で、作者は次回に「(……)番外編が入る予定なので、本編でなかなか書けない人たちのフォローもしてあげられたらいいなと思っています」と記していました。
本作でスポットが当てられている、学園理事長の孫娘・姫倉麻貴は、シリーズのレギュラー陣のひとりで、とりわけ第二作『~飢え渇く幽霊』では面白い役割を演じていました。そんな、魅力的なバイプレイヤーの多面性を描き、一族の血の絆に束縛された麻貴――もまた、水の檻に囚われた「夜叉ヶ池」の白雪のイメージに重なる――が、その呪縛から解放されていくことを示すエピソードは、作者としても、形にして残しておいてあげたかったのでしょう。書き手のパッションは確かに伝わってきます。
ただ、いっぽうで本作は、“探偵役”の天野遠子を、後輩の心葉との関係性に決着をつけるであろう(はずの)、来るべき最終話へ向けて、ラブコメの“ヒロイン”――シリーズ本編では、ひとまず心葉の友人の琴吹ななせが、その位置をゲットしたかに思われるのですが――として見つめなおすエピソードでもあるわけで、そのふたつのエピソードを、ひとつの番外編でいっしょにやろうとしたところに、無理があったように思います。

相変わらず、次作への引きは巧い。
正直、今回はこの「エピローグ」だけで良かったかな (^_^;)

No.5 7点 “文学少女”と慟哭の巡礼者(パルミエーレ)- 野村美月 2017/01/28 10:31
初恋の少女は、なぜ死を選び、彼の目の前で、校舎の屋上から身を投げたのか?

聖条学園・文芸部の部長、天野遠子(あまの とおこ)と、文芸部の後輩、「ぼく」こと 井上心葉(いのうえ このは)のコンビを主役に据え、毎回、彼らの周辺で発生する“事件”に、内外の文芸作品の本歌取りともいうべき趣向を凝らしてきた、野村美月の人気ライトノベル“文学少女”シリーズ(ファミ通文庫)。
遅まきながら読みはじめて、年甲斐もなくハマってしまい、発表順に、

①“文学少女”と死にたがりの道化(ピエロ)2006.5
②“文学少女”と飢え渇く幽霊(ゴースト)2006.9
③“文学少女”と繋がれた愚者(フール)2007.1
④“文学少女”と穢名の天使(アンジュ)2007.5

とレヴューを済ませてきました。
筆者の読書・レヴューのペースは亀の歩みですが、あらためて発行年月を振り返るってみると、シリーズものとして、作品の刊行ペースの安定性は凄いですね。
第五弾にあたる本書(2007.9)は、遠子先輩の卒業が迫るなか、心葉くんが、自身のトラウマになった過去の体験と向き合わざるを得なくなり、隠された真実を知ろうと動き出す――これまでのシリーズの総決算的エピソードです(マイクル・コナリーでいったら、ボッシュものの第四作『ラスト・コヨーテ』ポジション)。
今回、モチーフになっているのは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です。中学時代の心葉と、彼が憧れた少女・美羽(みう)の関係性が、『銀河鉄道の夜』の孤独なジョバンニと、その幼馴染カムパネルラの関係性(銀河鉄道に乗った二人は、星座から星座へ宇宙を旅するけれども、最後にカムパネルラは、ジョバンニを置いて遠くへいってしまう……)と重ね合わされているわけです。
お話は、これまで通り、語り手である「ぼく」の一人称と、別な人物によるナレーションが併置されるスタイルで進行します。ワンパターンのようでいて、毎回、そこにどんな新しい趣向が凝らされているのか? というのが、このシリーズの読みどころのひとつでもあります。本書の場合、心葉くんの「ぼく」に対する、もうひとりの語り手、正体不明の「僕」が何者なのか――は、早い段階でほぼ自明となります。そこに叙述トリック的な意外性はありません(過去作には、かなりトリッキーな仕掛けが施されたものもあります)。しかし、「僕」パートの持つ、真の意味が明らかになる中盤の展開は、やはり衝撃的です。
絶望的な状況を綺麗に終息させ、希望の光を灯してくれる遠子先輩は、もはや“探偵役”ではなく、“運命の修理人”でしょう。

舌を巻くのは、作者・野村美月のしたたかなシリーズ構成力で、これまでの巻がすべて、パズルのピースのように機能し、あて嵌まっていく。オーバーな言いかたであるのは承知していますが、それはたとえば、ジョンル・カレのスマイリー三部作を読んで来て、『スマイリーと仲間たち』に至ったときの感銘、あるいは、ジェイムズ・エルロイのLA四部作で、ついに『ホワイト・ジャズ』を迎えたときの感嘆と変わらないものです。
問題は――“文学少女”シリーズを順番に読んでこないと、この凄みが分からないことで、本作を単体で、読め、読め、読めと絶賛するのは(過去作のネタバラシという意味からも)躊躇せざるを得ません。
このサイトが「ミステリの祭典」でなく「ライトノベルの祭典」だったら、それでも、ドラマ的な要素と感動で9点は付けていたと思います。“ミステリ”としては、お話が動き出すきっかけとなる、病院内での転落事件(心葉のクラスメイトであり、前作「穢名の天使」で親密度が増した、ななせを巡る出来事)にやや無理がある。

さて。
心葉自身の問題には、ひとつの区切りがつきました。
このあとシリーズは、通子先輩の卒業というイベントへ向けて、クライマックスを盛り上げていくのでしょうが……
例によって、最終ページに強烈な“引き”が用意されていました。
あざとい。野村美月、本当にあざとい。
続きを読まさずにおくものか――という、この気迫にはシャッポを脱ぎます。

No.4 6点 “文学少女”と穢名(けがれな)の天使(アンジュ)- 野村美月 2015/09/26 14:30
聖条学園・文芸部の部長、天野遠子(あまの とおこ)と、文芸部の後輩、「ぼく」こと井上心葉(いのうえ このは)のコンビで進行する、ミステリ・タッチのライトノベル“文学少女”シリーズの第4作(2007年刊)です。
しかし今回は、3年生の遠子先輩が遅まきながら受験勉強のため休部を宣言し――時まさに12月。いまから本気を出す模様――もっぱら物語の後景に退いているため、心葉の相方としてスポットがあたるのは、クラスメイトの琴吹ななせ(第1作『死にたがりの道化(ピエロ)』から登場している、心葉に好意をもつ、一見、テンプレ的なツンデレ・キャラ)です。彼女の親友で、音楽学校に通う水戸夕歌が、突然、失踪したことから、平和な日常に亀裂が走り、ストーリーは動きだします。

それまで、ずっと伸び悩んでいたのが嘘のように、急速な成長を見せ、次の発表会のオペラ・コンサートでは主役にも選ばれ、まさにこれからという時期に、夕歌はなぜ姿をくらましたのか? 『わたしの先生は、音楽の天使です』、そう秘密めかして語っていた夕歌。失踪には、その“音楽の天使”が関係しているのか? ななせのため、懸命に探索に乗り出した心葉のまえに浮かび上がる夕歌の肖像は、しかし親友のななせの知るそれとは、あまりにもかけ離れたものだった……。「もし、水戸さんが犯罪者だとしても、琴吹さんを裏切っていたとしても……きみは、知りたいと思える?」「……あたしは、知りたいし、夕歌を助けたい」

毎回、内外の有名な文芸作品を下敷きにした“事件”が描かれるのが、このシリーズの特色(あたかも人間関係や全体の構図を既存の名作からトレースしたように見えながら、じつはそれをズラして変えていく面白さ)ですが、今回は、元ネタが、遠子先輩いわく「暗く退廃的な美に彩られたゴシック小説が、ファントムが見せた真実によって、最後の最後に、胸が震えるような、透明な物語に変わってゆく――」ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』です。
筆者は、創元推理文庫から初の完訳が出たさいに『オペラ座の怪人』は一読していますが、正直、大時代な語り口もあって冗長なお話という印象しか残っていませんでした。その後、名優ロン・チェイニーが怪人ファントムを演じた、ユニバーサル映画版をDVDで見て、ああ、これは映像化の勝利だなあ、この成功で原作も生き延びたとおぼしい――と勝手に納得していたくらいです(恥ずかしながら、有名な、劇団四季のミュージカルは未見なのですよ)。それが、本書に込められた、熱い原作リスペクト――些細なことですが、中学時代のななせが、心葉に恋をするきっかけとして、小道具として「安全ピン」が使われているのには、元ネタの記憶を呼び覚まされ、驚きつつも感心しました――に触れることで、無性に『オペラ座の怪人』を読み返したくなってきたことを告白します。
心葉の一人称語りと、別なキャラクターの手になる文章(本作では、どこかで夕歌が綴っていると思しい内容)を効果的におりまぜる手法は健在で、例によって、ライトノベルじゃなくヘビーノベルだろ、と突っ込みたくなる作品世界を構築し、意外な、そして心揺さぶるクライマックスを導きます。
細部のリアリティという点では、“天使”に該当するキャラクターの、日常生活がまったくスルーされているのが難点で、オペラ座の地下ならぬ、廃工場で暮らしている(あるいは、いた)としか思えないわけですが……モノホンの怪人じゃあるまいし、んな莫迦な。
文字の書かれた紙をバリバリ食べちゃう、人間ばなれした“文学少女”が主役をつとめるお話ではあっても、いやだからこそ、そのお約束以外の部分では、虚構を支えるもっともらしさ(この場合で言えば、問題の工場を生活圏とする、不自然な日常の理由づけのようなもの)に、大いに意を尽くすべきだと、ロートルの小説読みたる筆者は思います。感動で誤魔化されるには、こちらが、ちとトシをとりすぎました (^_^;)
前作『繋がれた愚者(フール)』の、衝撃の結末を補完する内容は盛り込まれていますが、そこからの直接的な発展はないので、シリーズ全体としては、本書はつなぎのエピソードでしょう。別の言いかたをすれば、おそらく、嵐の前の静けさ。水面下で別のストーリーが進行していたことが分かり(この、バック・ストーリーの工夫が、野村美月はとにかく巧い)、前作同様、およそ続きを読まずにはいられない“引き”で、『穢名の天使』は幕を閉じます。
問題は、このあと。
シリーズものとして、次作では怒涛のストーリー展開が予想されますが……同時に、それについて何を書いても、ネタバラシになってしまうことが懸念されます。無事、このサイトで内容を紹介できるや否や。大いなる不安を抱いている、筆者なのです。

No.3 7点 “文学少女”と繋がれた愚者(フール)- 野村美月 2015/05/29 17:28
・・・・・絶句。
狙いすました、最後の一撃(フィニッシング・ストローク)の破壊力たるや。
いやしかし、そこで終わるかあ。
昨今のアニメ・ファンなら、3話切りという風潮をご存じでしょう。スタートした新作を、とりあえず3話あたりまでは視聴して、以降、その作品を見続けるかどうかを決める、というものです。製作サイドもそれを意識してか、3話で俄然、衝撃的な展開を見せるアニメもあるわけで……ふと、そんなことが頭をよぎりました。
野村美月の“文学少女”シリーズは、聖条学園・文芸部の部長、天野遠子(あまの とおこ)と、文芸部の後輩、「ぼく」こと 井上心葉(いのうえ このは)のコンビが、学園生活のなかで、身辺に発生した“事件”(毎回、内外のなんらかの文芸作品が元ネタになっているのが特徴)を解明していく、ミステリ風味のライトノベルです。本書『繋がれた愚者(フール)』は、『死にたがりの道化(ピエロ)』、『飢え渇く幽霊(ゴースト)』に続く、その第3作。

今回、文芸部は文化祭で劇を上演することになり、その演目に、武者小路実篤の『友情』が選ばれます。前作と違い、モチーフが早い段階で提示されるわけで、そのお題を使って本篇の“事件”をどう料理するかが、作者の腕の見せ所となります。
恥ずかしながら、筆者はこの元ネタを未読だったので(だってねえ――と遠い昔の学生時代に思いを馳せる――人殺しの話ばっかり読んでるような、性格の悪いガキだった自分には、伝え聞く白樺派の性善説は、あまりにも縁遠いものみたいな気がして……)、いったん読書を中断し、どうせならこの機会にと腹をくくり、図書館から日本文学全集の『武者小路實篤集』を借りてきました。で、いまさらながら『友情』に目を通して、意外にこちらのミステリ・センサーに反応するものがあって、ちょっとビックリしたわけですが、そのビックリについては、あとで、あらためて触れることにします。
便宜上、まず簡単に『友情』のストーリーを紹介しておくと――

新進の脚本家・野島は、友人の妹である、美貌の杉子(16歳!)に一目惚れしてしまう。せつなく苦しい恋心を打ち明け、相談できるのは、日頃から尊敬しあい、切磋琢磨している、大親友の作家・大宮だけだった。大宮は、野島の恋の成就のため協力してくれていたが、あるとき突然、勉強のためヨーロッパへ行くと告げ、旅立つ。やがて、心を決め、杉子にプロポーズする野島だったが……                      

と、まあ、そんな感じのお話。
それを「ぼく」が脚色して、急遽――絶対的な部員数不足を補うため――遠子先輩が招集したメンバー(これまでの巻にも登場していたキャラクター陣)と一緒に、芝居を作っていくことになるわけですが、“事件”の主役となるのは、大宮役に起用された、「ぼく」のクラスメイト、芥川一詩(あくたがわ かずし)です。学業優秀、誠実な人柄の芥川君ですが、じつは心に深い傷を負っており、危うい精神状態にあったことが、ストーリーの進行とともに分かってきます。語り手・心葉の一人称とは別に、他の登場人物の視点による記述がカットバックで描かれるのは、前2作同様で、本作ではそれが、「オレ」の書き続ける謎めいた手紙であり、書き手が芥川君であることは、早くに読者には明らかになります。
『友情』に関して、厳しく張りつめた表情で「――たとえどんな理由があっても、自分を信頼している友人を裏切るような真似は、誠意ある人間のすべきことではない」と感想を述べていた彼は――本当に、弓道部の先輩の彼女を奪ったのか? 劇の練習の最中、突然の呼び出しに応じて飛び出した芥川君は、やがて、血のしたたる彫刻刀を握りしめて立っているところを、見つかります。喉と胸を切り裂かれ、倒れ込んだ生徒の前で。「オレが五十嵐先輩を、刺しました」。それは、果たして三角関係の清算だったのか?

いや~、どこが「ライト」ノベルやねん、といいたくなる「ヘビー」な展開ですが、それを、辟易させずに面白く読ませるための演出、シリアス成分とギャグ要素のブレンドは、この作者ならではのものでしょう。そして、過去への巡礼(すべての遠因となった、小学校時代の出来事の調査)を経て訪れるクライマックス――文化祭の、劇の舞台でアドリブ的に繰り広げられる“文学少女”の謎解きは、芥川君を繋ぐ過去の鎖を断ち切り、彼に、前に進む勇気をあたえます。これはやはり、感動的。
ところが。
そんな感動のまま読み進める「エピローグ」の、最後の数ページにいたり、急速に広がる不安感。待てよ、これはいったい、どういうことなんだ?
とどめが、最後の一行なわけです。
!!!
なかなか、これほどのどんでん返しには、純正のミステリのほうでもお目にかかれません。似たような例として思い浮かぶのは、トマス・H・クックのある作品ですが、一発勝負的な、そうした趣向を、シリーズものの3作目に持ってきたというのは、凄い。
ただし、明らかに説明不足です。作者はそんなことは百も承知で、意外性を、次作への強烈な“引き”として使っているわけで(単体としての本作では、謎があえて解かれないまま終わるわけで)、ミステリ・ファンとしては、そこは評価の難しいところではあります。
長編マンガの、何巻目が面白かった、という感覚に近いところがある。
しかし。
「手紙」を使ったアイデアといい、そこから立ち上がる構図といい、じつに巧妙に『友情』をアレンジしたものです。元ネタの料理の仕方という点では、間違いなく、これまでで最高です。

なお、本書では、当然ながら、武者小路実篤の『友情』のストーリーが、最後まで明かされています。ネタバラシが問題になるような小説ではないのですが、それでも『友情』は二部構成をとっており、主人公視点の「上篇」では分からなかった事実が、書簡形式の「下篇」で次々に明らかになっていく、という、その意味ではミステリ仕立てといっていいお話なので(筆者はそこに感心したw)、本書を読むまえに目を通しておくほうが吉ではあります。あ、そのさいは、作者の「自序」はスルーして、『友情』本文を先に読むように。実篤自身がネタバラシしてますからwww

No.2 8点 “文学少女”と飢え渇く幽霊(ゴースト)- 野村美月 2015/01/16 06:57
物語を“食べちゃうくらい”愛している、自称・文学少女を主人公に、内外の文学作品がキイとなる事件をミステリ・タッチで描く、ライトノベルの人気シリーズの第二長編です(2006年刊)。
今回の導入は、こんな感じ。

聖条学園文芸部の部長・天野遠子が、校内の中庭に設置した恋愛相談ポストに、連日、おどろおどろしい文章の走り書きや、意味不明の数字を羅列したメモが、投げ込まれる。「わたしたちへの挑戦状ね。(……)今日から中庭で張り込みをするんだから。これは先輩命令よ、心葉(このは)くん」。
ヒートアップした先輩と、「ぼく」こと井上心葉――この二人しか文芸部員はいないのである――が夜中にポストを見張っていると、怪談めいた現象(校舎の明かりの点滅、鳴り響くラップ音、そして生々しいすすり泣き)が突発し、続けて、古い制服を着た少女が現われ、ノートに文字を書き、それをちぎってポストに入れはじめた。「九條夏夜乃(くじょう かやの)」と名乗る、この異様な雰囲気の少女は、遠子の問いかけをはぐらかし、笑いながら――「だってわたし、とっくに死んでるんですもの」――闇の中へ消えてしまう。
相変わらずの妄想モード全開で、この幽霊騒ぎ(?)に没入していく遠子に対し、面倒事に巻き込まれるのを厭う心葉は、君子危うきに近寄らずを実践しようとするが、遠子の下宿先の息子・櫻井流人から相談を持ちかけられ(「心葉さんの学校に好きな子がいるんだ。協力してくれないっすかね?」)、はからずも謎の追及にあたることになってしまう。
プレイボーイの流人がいま夢中になっている、問題の女の子、雨宮蛍は――
「あいつ、たまに別人になっちまうんです。夜になったり、薄暗い場所に行ったりすると、急に陽気になったり機嫌悪くなったりして、自分のこと『わたしは九條夏夜乃よ』なんて言い出すし」
なぜ、彼女は「夏夜乃」に変わってしまうのか? そして、文芸部のポストに投じられたメモの意味は?

前作『“文学少女”と死にたがりの道化』は、「ぼく」の一人称記述に、随所で、太宰治の『人間失格』に呪縛された別なキャラクターの文章が挿入される構成でした。本書も同様に、心葉のナレーションに、愛憎劇を繰り広げる「彼」と「彼女」の謎めいたモノローグが併置される構成をとっています。
モチーフとなる“題材”が明示されるのは、ストーリーが七割がた進行してからなのですが、作者自身が「あとがき」でネタバラシしているので、あえて書いてしまうと、本作の下敷きになっているのは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』です。ベタな種明かしをともなうオカルト趣向や、マンガ・チックなエピソードは、あの、息づまる復讐劇の世界へ読者を誘うプレリュードにすぎません。
筆者は『嵐が丘』を、いちおう中学生のときに読んではいますが、ドロドロしたメロドラマが好みにあったとは言えず、ストーリーは、ほぼ忘却の彼方でした。まさかこういう形で、「彼」や「彼女」と“再会”することになるとは。
あ、もちろん元ネタを知らなければ駄目な話ではありませんよ。逆に、興味をもった若い読者が、未読の『嵐が丘』に手を伸ばしたくなるような、そんな書きかたを作者はしています(じつは筆者も、遠子先輩のあるセリフに触発されて、“操り”というミステリ的観点から、同書を読み返したくなってきました)。
しかし。
正直いって『嵐が丘』の基本設定をなぞった部分は、18~19世紀のイギリスならともかく、現代の日本が舞台では無理筋の感を否めない。「彼は外国で死んだことになっているけれど、悪事に手を染めて得た金で、別の名前と戸籍を手に入れて日本に戻ってきたのよ」というあたりの安直さは、ミステリ・プロパーの読者にはキビシイ。
う~ん、と思いながら読んでいたら・・・土壇場で、作者は『嵐が丘』をひと捻りしてくれました。そこからの怒涛の展開――謎解き、逆転、愛と憎しみのラリーの決着――は、目を見張るものがあります。ああ、これは堂々のアンサーソングだ。
そして「エピローグ」。
!!!
ドラマの舞台裏が、読者にだけ明らかになります。
なるほど、これが野村美月のミステリなのか――と納得しました。前作のレヴューで、筆者は「今回の手口は、繰り返し使うわけにはいかないだろう」と書いたのですが、良い意味で裏切られました。見事です。

本のページや紙に書かれた文字を、実際に食べてしまう“文学少女”のキャラクター属性にもだいぶ慣れてきましたw
本書のラスト近く、文芸部のポストに入れられたメモを、遠子が手にとって、書かれた数字(暗号通信)を見つめ、「(……)ときどき小さく喉を震わせながら、苦しそうに、悲しそうに、目をうるませて、最後の一枚まで食べ続け」る場面は、美しくすらあります。
こまごました瑕疵は、まあ、いいでしょう。
これは力のこもった、良い小説です。遅れてきた読者として、シリーズへの期待値を込めて8点を献上します。

No.1 6点 “文学少女”と死にたがりの道化(ピエロ)- 野村美月 2014/12/31 10:28
「わたしはベーカー街の名探偵でも、安楽椅子に座って編み物をしながら事件を解決する物知りおばあさんでもないわ。ただの“文学少女”よ」

ファミ通文庫ですw
内外の文学作品がモチーフとなる事件を、ミステリ・タッチで描く“文学少女”シリーズ(長編8、短編集4、外伝4)の、第1作目。カバー裏には、「口溶け軽めでちょっぴりビターな、ミステリ学園コメディ、開幕!!」と刷り込まれています。
じつはこれ、2006年の刊行直後、いまはすっかりご無沙汰していまっている若い友人のM君から、最近読んで面白かった本として、薦められたタイトルでした。彼の進取の気性と、読書家としてのセンスには一目置いていたので、買い求めはしましたが・・・ちょっと読んで、あまりにマンガチックな導入に鼻白み、そこで断念。その後、M君とのあいだでも、本書が話題にのぼることはありませんでした。
ところが。
最近になって、個人Twitter の企画「ライトノベル・少女小説から選ぶオールタイムベストミステリ」で、この作品が票を集め、第二十位に食い込んでいるのを見て、急にM君が思い出され、なんだか無性に読みたくなり、再び手に取ってみることにしました。
「失礼しまぁぁぁす! きゃうんっ!」と言って女の子が転んでも、何するものぞw
お話は、こんな感じで始まります。

高校の文芸部に所属する、ただ二人の部員。物語をこよなく愛する、自称“文学少女”天野遠子(あまの とおこ)――愛ゆえに、彼女は本(小説)のページを、むしゃむしゃ食べる!――と、若くして断筆した天才作家にして、いまはその正体を隠し、遠子のためだけにショート・ストーリーを紡ぐ“ぼく”こと、井上心葉(いのうえ このは)。
この二人が、ひょんな事から、後輩の竹田千愛(たけだ ちあ)の恋愛相談を受けることになる。部長の遠子の命令で、得意の文才を生かし、千愛の想い人であるという、弓道部の「片岡愁二」へのラブレターの代筆を始めた心葉。それが功を奏し、千愛の恋はうまく軌道に乗ったはずだったのだが・・・
彼女の態度への違和感から、片岡愁二のことを調べてみると、学内にそんな名前の生徒は存在しないことが分かる。問い詰める心葉に対し、あくまでその存在を主張する千愛は、愁二からもらったという手紙を見せるのだった。
「愁二先輩は、今、すごく苦しんでるんです……けど、あたし、バカだからよくわからなくて……だから、だから……お願いです、愁二先輩のこと、助けてあげてください」
『恥の多い生涯を送ってきました』――と始まるその手紙には、太宰治の『人間失格』に共感した片岡愁二という少年の、凄絶な内面が吐露されていた。殺人の告白、そして自殺のほのめかし。
ではやはり、彼は実在するのか? しかし――どこに存在するのか?

ラノベであっても、あくまで現代日本の日常をベースに物語が進行する本書は、超自然現象とは無縁です(本を食べる――という、ヒロインの人間ばなれしたキャラクター設定だけは、正直、この世のものとは思えませんが。この点は、よほどマンガ、アニメ耐性のある読者でないとキツイ)。なので、ミステリアスな状況設定にはあくまで合理的な理由づけがあり、「片岡愁二」をめぐる序盤の謎は、中心となる事件(スリーピング・マーダー)をあぶり出す役割を果たします。
その、過去の転落事件の解決に関しては――しかし安直のそしりを免れません。大の大人が、揃いも揃って、高校生のガキのまえで告白大会を始め、最終的には当事者同士で、罪の十字架を背負い続けることで自己完結してしまう(おまけに主人公側も含めて、誰も、真相を隠蔽することに抵抗を感じていない)。
ここ(五章 “文学少女”の推理)で終わっていたら、ただの凡作です。ところが本書の真価は、一見メインと思われた、その事件の謎解きのあとにこそ、ありました。
そこ(六章 “文学少女”の主張)に至り、お話はそれまで見せていた風景を一変させます。ああ、これはそういうミステリだったのか! 明と暗の、見事なコントラスト。
シリアスからコメディへ、コメディからシリアスへ、めくるめく転調を重ねるクライマックス(太宰治というモチーフに、ここで別な光が当てられる)は、感動的です。
前述のような瑕疵もあり(さらに言えば、もし過去にそうした事件が起こっていたら、屋上は閉鎖され、簡単に人が出入りできなくなるのでは?)、無条件で、一般のミステリ・ファンに推薦できるわけではありません。
でも、そんなことはどうでもいいw
ラノベであることを逆手にとったような、全体の仕掛けに唸った筆者としては、シリーズの、このあとが気になってしょうがありません。今回の手口は、繰り返し使うわけにはいかないだろう。では、ホワイダニットのような方向性でいくのか、それとも・・・?
どうやら、しばらく付き合うことになりそうです。

ごめん、M君、もっと早く読んで、君といろいろ話がしたかったね。

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おっさんさん
ひとこと
1960年代生まれの、いいかげんくたびれたロートル・ミステリ・ファンです。
再読本を中心に、あまり他の方が取り上げていない作品の感想を、のんびり書き込んでいきたいと思っています。
好きな作家
西のアガサ・クリスティー 、東の横溝正史が双璧。
採点傾向
平均点: 6.35点   採点数: 221件
採点の多い作家(TOP10)
栗本薫(18)
横溝正史(15)
甲賀三郎(12)
評論・エッセイ(11)
アーサー・コナン・ドイル(9)
エドガー・アラン・ポー(9)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(8)
ダシール・ハメット(8)
アンソロジー(国内編集者)(7)
野村美月(7)