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おっさんさん
平均点: 6.33点 書評数: 230件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.7 3点 毒蛇の秘密- S・A・ドゥーセ 2026/09/03 17:57
私立探偵レオ・カリングの、今回の依頼人は、有名な探検家ビクトル・バンク。密室状態の自宅アパートに、以前、南洋で関係のあった女――入水自殺したはずのローザ――の幽霊が出没するというのだ。「私」こと、新聞記者のトルネと調査を開始する間もなく、バンクは自宅で瀕死の状態で発見される。蛇の毒が原因で、その手首には、蛇使いだったローザの、コブラ型の腕輪が巻き付いていた!
バンクは、かろうじて命をとりとめるが、このままでは、復讐に狂い自己抹殺まで遂げた女の追撃を防げないと判断したカリングは、世間の手前、バンクが死んだことにしてしまう。「ねえ、トルネ君。きみは明日の朝刊新聞に、有名な探検家ビクトル・バンク氏が毒蛇の実験中に誤って負傷し、生命が危篤であるということを書き、夕刊にバンク氏が、とうとう死んだと書いてくれたまえ」。そしてなんと医師に死亡診断書を書かせ、埋葬の手続きまでしてしまう!!
そして極めつけ、身を隠させるバンクには遺言状を書かせ、「さしあたり、ぼくを相続人としてください。そしてあなたが再び世に出なさった時は、むろんそっくりお返しすることにいたします」と、のたまうカリング!!!

おいおいおいおい、駄目だろ、そりゃ。もともと、自身の信じる正義と真実のためなら、手段を選ばぬ独善的なキャラではあったのですが、さすがにこれはやり過ぎ。およそ説得力が無い。
このあとの展開には、トルネの友人夫妻を巡る不倫スキャンダルが絡まり、一見、コブラの事件とで二つに割れているようなストーリーがやがて結びつき、企みに満ちた仮面舞踏会の夜を経て、邪悪な犯人の遠大な計画(のちにエラリー・クイーンがこだわっていく趣向の、萌芽といえなくもない)が浮かび上がっていくのですが……。

2024年に、中公文庫が『スミルノ博士の日記』(宇野利泰訳)を復刊したのは驚きでしたが――「これが面白い!」「なんか読みたいときはこれ!」云々と煽りコピーを刷り込んだ特装カバーまで用意した、版元の熱意も凄かった――その後、ネットから窺える、読了した諸氏の反応がおおむね好意的なのも、じつは驚きでした。その昔、本サイトのレヴュー(初投稿!)で「残念ながら解決の仕方が下手。後半のストーリーがグダグダ」とか、「マニアなら押さえておきたいタイトルですが、復刊が望まれる、とまでは言えないのが辛いところ」なんて書いて、評点5で片付けた身としては、不明を恥じる次第です(と言いつつ、作品に対する筆者の基本的なスタンスに変化は無かったりするのですが、それでも、いまだったら……スウェーデン語の原著とドイツ語版に基づく訳文を比較検討した「編集部注記」と、要を得た戸川安宣氏の「解説」を加味して、中公文庫版「スミルノ博士」には7点を付けていたかな)。
さて。
そんな「スミルノ博士」リバイバルの副産物のように、2025年に少部数出版のヒラヤマ探偵文庫から、エス・ア・ドゥーゼ作、小酒井不木・平山雄一共訳『毒蛇の秘密』(原作は、作者の第六長編 Cobra-mysteriet 1919)がリリースされました。
本書は、昭和2(1927)年に小酒井不木が、同人雑誌『大衆文芸』に連載(ドイツ語訳からの重訳)するも、同誌の休刊のため第12章までで中絶した幻の作品の、残り部分、最終第21章までを、今回の共訳者が訳し継ぎ(Kindleを使っての、スウェーデン語→英語→日本語という重訳で)完成させた、企画ものです。不木の訳文の原作との異動を、巻末の訳注一覧で明示しているのは、中公文庫版「スミルノ博士」を範にしたのでしょう。有難い資料になっています。
資料、うん、でもこの本の価値は、つまるところ……それに尽きるかな。作品の出来自体は、前述のように、安直なスリラーと紙一重ですし。
正直いって、後半パートの翻訳に関しては、言いたいことが山のようにあるのですが、ともかくよく出してくれた、最後まで日本語で読めるようにしてくれて有難う平山さん! で目をつぶってもいい。
しかし、訳者と別に、編集担当者名(大正文学研究者の湯浅篤志氏)も記載されているにしては、校正がヒドイ。前半パートでも散見しますが、特に後半の、誤植のチェック、甘すぎです。「てにをは」レベルで目が止まりますし、「二階の部屋の操作」(「二階の部屋の捜査」の誤り)とか、「靴は男物で、その片帆の中には」(「靴は男物で、その片方の中には」の誤り)とか、こういう判じ物が出てくるのは、ちょっと勘弁してほしいですよ。人名表記の中に、小酒井訳と平山訳で不統一のものがある(ローザ・ベルンソンとローザ・バーンソン)のも、特に断り書きがない以上、確信犯、ではないですよね。
年齢を重ねると、視力が厳しくなるのは、よく分かります――などと、知ったかぶりで書くのが平山、湯浅両氏に失礼なのは重々承知していますが、それでも、最後の砦の校正だけでも、外部のプロに委託されては如何? と思わずにはいられません。そうすれば少なくとも、最終ページのカリングの締めのセリフが、かっこ閉じ(」)なしに句点(。)で終わるような凡ミスは避けられますよ、と。
読めるだけで有難い――確かに。でもやっぱり、 ”商品” としての質は大事ですよね。
残念賞、かな。

No.6 2点 夜の謎- S・A・ドゥーセ 2021/04/01 15:50
スウェーデン最初の探偵作家と言われ、1913年から1929年にかけて、14冊の私立探偵レオ・カリングものの著作を残した、S・A・ドゥーセは、戦前の我国で、おもに小酒井不木の尽力で長編の翻訳――ドイツ語訳からの重訳――がおこなわれました(そのうち幾つかは、筆者も本サイトで紹介してきました)が、ドゥーセの短編――著作リストでシリーズ九冊目にカウントされている、1923年の Leo Carrings dubbelgångare というのが、どうやら短編集らしい―― はもっぱら斎藤俊という訳者が手がけていました。
その斎藤俊の、唯一のドゥーセ長編の翻訳が、『新青年』昭和2年(1927年)6月号~12月号にかけて分載された、この『夜の謎』になります。
原題を Nattens gåta といって、1922年作の、レオ・カリング・シリーズ第八長編ですが、先に『新青年』で訳された『スミルノ博士の日記』や『夜の冒険』(ええい、題名が紛らわしいぞっ)と違って、連載終了後に本になっていないので、いまとなっては、この存在を知る人はまれでしょう。
筆者は別段、ドゥーセ愛好家というわけではないのですが、たまたま本サイトへの初投稿が「スミルノ博士」だったこともあって、キリ番の100作目のレヴューをドゥーセにした(そのとき採りあげた『生ける宝冠』が意外に面白かった)経緯があり……ええい、じゃあ、ようやく迎える200番目も、どうせならドゥーセで飾ってしまえ、と。幸い、資料を提供してくれる強力な助っ人の存在に恵まれて、幻の作品にチャレンジすることが出来ました。
面白ければ、万々歳だったのですが――

――その夜、法学界の権威リッテル教授の客間では、「私」や私立探偵カリングを含む旧知のメンバーのあいだで、教授の亡くなった義兄が家主をしていた、スツレ街のアパートで先日おきた、奇妙な暴行事件が話題になっていた。アパートの門番と、街路を巡回中の警官が、頬に火傷の痕のある謎の男に誘い出され、気絶するほど殴打されたのである。犯人の目的は何だったのか?
教授宅をあとにした「私」も、たまたまスツレ街に足を向けたところ、火傷の男に遭遇し殴り倒されてしまう(先刻、教授の娘に失恋したばかりで、まさに踏んだり蹴ったりの「私」なのであった)。
そこに通りかかったのが「私」の旧友で、彼がたまたま問題のアパートの住人だったことから、「私」は彼の部屋で少し休んでいくことにするが、例の門番が、上の階からアパートの昇降機(リフト)を降ろすと、中には女の死体が横たわっていて――

う~ん。
物語の大部分、舞台を、謎を秘めたアパートに限定し、時間も、夜明けまでと限定したうえで、殺人事件の捜査と宝探しの冒険譚を展開していきますが……強引にリンクさせてはいますが、じつのところ、殺人(レオ・カリングの捜査)と宝探し(「私」の冒険)は別々のエピソードなんですよ。たまたま同じ場所が舞台になっているだけ。別々に短編で書けばよかったのでは?
宝探しパートは、まあ、種明かしされてフーンという感じではありますが、ドロシー・L・セイヤーズの「因業じじいの遺言」みたいで悪くない。遺産相続人のお転婆娘が出てくるあたりも。こちらはクロスワード・パズルではなく、「謎絵」の絵解きが中心興味になっています。
ただ、殺人事件パートの出来が壊滅的にヒドイ。
犯人は一応、嫌疑を免れるためトリックめいたものを使っているのですが、なぜか、あとで小道具を片付けるのを忘れていますし、読者のあずかり知らないところで、偶然、それを発見したというカリング自身、「犯人がどうしてこれを残して行ったのか、これだけはどうしても合点が行かない」と、のたまう始末。いっぽうで、犯人を追いつめるためならなんでも正当化されるといわんばかりの、カリングの強引な探偵法も、相当にどうかと思います。犯人から、自分がカリングだったら、その卑怯さに「それこそ赤面の至りですがね」と吐き捨てられる始末。
本作が『新青年』の「連載終了後に本になっていない」のも、出来を考えれば止む無し、ですね。
『スミルノ博士の日記』や『夜の冒険』は、1910年代という発表年代を考えれば、欧米の水準に照らしても、それなりの評価は可能でしょう。
しかしこちらは、1920年代に入ってからですから……かなりキビシイ。
エンディングがラブコメみたいで、そこはニヤリとできたので、1点オマケしておきます。

No.5 6点 生ける宝冠- S・A・ドゥーセ 2012/11/22 15:48
『スミルノ博士の日記』で、日本のクラシック・ミステリ・ファンに記憶される、スウェーデンのコナン・ドイルことS・A・ドゥーセが、1913年に発表したファースト長編です。
2年前、本サイトの書評を『スミルノ博士』でスタートさせた筆者としては、きりの良い書評の100冊目に、なんとかこれを取り上げたく・・・高い買い物をしてしまいましたw

原題は Stilettkäppen(直訳すると「仕込杖」)。小酒井不木の(抄)訳で大正14年(1925)に『国民新聞』に連載され、翌年に博文館の<探偵傑作叢書>の一冊として刊行されましたが、今回、筆者が使用したテクストは、同じ博文館から昭和15年(1940)に出された<名作探偵>版です。

青年弁護士レオ・カリングの活躍を、「私」こと、友人の新聞記者トルネが記録する、ホームズ譚形式の物語。
「私」とカリングが招かれた、銀行家のホーム・パーティの席で話題にのぼったのは、やはり客人の一人である宝石商の店の、密室状況下のショーウインドウから、ダイヤの宝冠が消失した怪事件。
「是非この事件を僕の手で解決して見たいと思います」と探偵宣言して、帰路、現場検証にのぞんだカリングは、たちまち盗難のトリックを見破り容疑者の目星をつけたようだったが、カリングたちが訪れる直前に、くだんの容疑者は何者かに殺害される。
「私」を襲う怪漢、ストックホルムきっての名刑事の介入――しかしそれもまだ、目まぐるしい展開を見せる事件の、序の口にすぎなかった。
やがて、宝石商主催のパーティで、新たな惨劇が発生する。動機と機会をそなえた唯一の人物は、他ならぬレオ・カリングその人だった・・・

ホームズ譚と同等に、ルブランのルパンものの影響も強く、とにかく、あれもこれもと欲張り過ぎw
恋あり冒険あり、普通ならそうしたパートはワトスン役が一手に引き受けるのに、本作では、トルネとカリング双方が、担当してしまっています。良く言えばサービス満点ですが、悪く言えば散漫。
それでも、鮮明な輪郭をもたない、不定形な事件の連鎖が、まき散らされた伏線を回収しながら、本格ミステリとして収斂していく――あくまで、ゲームのルールが整備された“黄金時代”以前の水準とはいえ――後半の展開は悪くありません。
ああ、甲賀三郎のアレの元ネタは『生ける宝冠』であったかw

プロット/トリックの創意工夫という点で、1917年の第四長編『スミルノ博士の日記』が印象深いのは確かですが、あれは必ずしもドゥーセの代表作とは言い難い面があり(たとえば『野獣死すべし』だけ読んでも、ニコラス・ブレイクという作家はわからないようなもの)、もしこれからドゥーセを読んでみようという奇特な向きがあれば、できれば本作か第二長編の『夜の冒険』に、先に目を通しておくのが吉ですね。

筆者は未見ですが、1992年に本の友社から出版された、<小酒井不木探偵小説全集>の『第6巻 翻訳集<1>』には『スミルノ博士の日記』と『夜の冒険』が、『第7巻 翻訳集<2>』には本作と第三長編の『スペードのキング』が収録されているようです。もしご利用の図書館で読めるようでしたら、是非どうぞ(大枚はたいて買う必要は、おそらく無いですw)。

No.4 4点 四枚のクラブ一- S・A・ドゥーセ 2010/12/20 15:07
タイトルは、四回にわけて被害者に送られてきた、脅迫状としてのトランプのカード「クラブのエース」の意。
1918年に刊行された、著者の第五長篇ですが――
金持ちから盗んで貧乏人に与える、義賊きどりの青年(いっぽうで探偵の才もあり、幾つかの難事件を解決して警察の信任を得ている)と、カナダからスウェーデンにやって来た弁護士(もとロンドン警視庁の刑事)が、微妙な対立の構図をとりながらも、遺産相続にまつわる入り組んだ謀略と死体消失の謎に挑む、異色のストーリー。
小説全体の趣向は、ドロシー・L・セイヤーズの作品Sとか、栗本薫の作品T3とか、乱歩中編のNとか・・・ある種のミステリ的遊びの先取りではあります(古風な作家だとばかり思っていると、ときにオヤッというアイデアを盛り込むんだ、この人は)。
また事件の核心を見れば、失敗に終わった『スペードのキング』の改良版と言えなくもない(例によって、実はそっくりさんがいました、とか、ある人物は――ストーリーの都合上――急に病気で死にました、とか、臆面もないところはありますが)。
しかし、真犯人以外の人物の動きを錯綜させることで、真相をカモフラージュするのがドゥーセの十八番とはいえ、今回はちと、ゴタゴタ盛り込みすぎましたね。中だるみがひどく、ラストのサプライズも不発気味。
導入部で意味ありげに描かれた、義賊青年のアウトローぶりが、肝心のお話にほとんど反映されないで終わるのも、なんだかなあ~ですね。すわ、ドゥーセ版ルパンの創造か、こりゃ怪人対巨人か、と期待したのに、不完全燃焼でした。
ストックが尽きたので、この作家に関しては、ひとまずここまで(もしテクストが入手できれば、ファースト長篇の『生ける宝冠』は、いつか取り上げたいですが)。

No.3 4点 スペードのキング- S・A・ドゥーセ 2010/12/17 20:39
病膏肓の、S・A・ドゥーセ探訪。今回は1915年の作で、『夜の冒険』と『スミルノ博士の日記』のあいだに位置する、第三長篇です。
『夜の冒険』を評したさい、軍事機密をめぐるスパイものの要素があることを指摘しましたが、本作はそのセンを伸ばした、名探偵レオ・カリングV.S.スパイ組織「土龍(もぐら)」の、純然たるスリラー篇。
密室からの機密書類紛失やら、運び去られた死体の謎やら、探偵小説っぽい要素は残存していますが・・・ストーリー自体は一言で言って、古色蒼然、かな。主役のはずのカリングも、病み上がりという設定のせいか、どうもパッとしない。
じつは最後まで読むと、事件を終息させる陰の主役が、別に存在していたことが分かります。カリングのはからいで、その人物が愛する娘とハッピー・エンドをむかえる終盤の過程には、落語的な味わいがあり、そこだけですね、面白かったのは。

No.2 5点 夜の冒険- S・A・ドゥーセ 2010/12/12 20:17
埋もれた作家発掘シリーズw 、S・A・ドゥーセ第二弾。実際に、1914年に刊行された作者の第二長編です。
『スミルノ博士の日記』には、戦前(抄訳)の小酒井不木訳と、戦後の宇野利泰訳がありますが、こちらは(複数のテクストが存在するにせよ)小酒井訳のみです。
『スミルノ』は、ひとまずプロットの工夫で記憶に残りますが、あれだけを読んでも、名探偵レオ・カリングの人となりや、ドゥーセという作家の芸風は、つかみにくい。
その意味で、軍事機密をめぐって売国奴が蠢き、複数の人物の思惑が交錯するストーリーを、愛国主義の権化カリングがさばく本編を読むと、ああ、ドゥーセってこんな作家だったのね、と実感できます。
時代がかったスパイものの要素はあっても、いちおう、本格ものとして(英米の“黄金時代”以前のレヴェルではありますが・・・)収束するのはマル。しかし、なんだか人物整理の悪いアガサ・クリスティー、みたいな感じ。
個人的に興味深いのは、椅子に縛り付けられ放置された男が、(別人に)殴り殺され、おまけに刺されて発見される、謎の提示。横溝正史の『犬神家の一族』の“あの”シチュエーションの発想源はこれか、と思いました。
ひとまず横溝ファンなら、話のタネに一読の価値あり、です。

No.1 5点 スミルノ博士の日記- S・A・ドゥーセ 2010/12/09 12:01
スウェーデンのコナン・ドイルと称され、1913年から29年にかけて、14本の長編ミステリを書いたS・A・ドゥーセの、四番目の作品にあたり、1917年に刊行されています。
実際に読んだ人は少なくても、ちょっとしたミステリ・ファンならタイトルは知っている、という一品。
ミステリ史上に残る、ある有名作品のトリックの前例だと言われているんですね。でも実際に読んでみると、その有名作品より、日本作家の別な長編に趣向が似ていたりします。
トリックのフェアな扱い方は特筆ものですが、残念ながら解決の仕方が下手。後半のストーリーがグダグダなんですよ。
マニアなら押さえておきたいタイトルですが、復刊が望まれる、とまでは言えないのが辛いところ。

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おっさんさん
ひとこと
1960年代生まれの、いいかげんくたびれたロートル・ミステリ・ファンです。
再読本を中心に、あまり他の方が取り上げていない作品の感想を、のんびり書き込んでいきたいと思っています。
好きな作家
西のアガサ・クリスティー 、東の横溝正史が双璧。
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 230件
採点の多い作家(TOP10)
栗本薫(18)
横溝正史(15)
評論・エッセイ(13)
甲賀三郎(12)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(10)
アーサー・コナン・ドイル(9)
エドガー・アラン・ポー(9)
ダシール・ハメット(8)
狩久(7)
S・A・ドゥーセ(7)