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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
密航定期便
中薗英助 出版月: 1963年01月 平均: 7.00点 書評数: 2件

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新潮社
1963年01月

講談社
1976年02月

講談社
1976年02月

集英社
1988年10月

講談社
1996年10月

No.2 7点 人並由真 2021/10/19 15:42
(ネタバレなし)
 その年の9月16日。韓国から出稼ぎに来ていたひとりの海女が、対馬沖の海底で女性の死体を見つける。だが引き揚げる前に死体は海流の関係か姿を消し、あとには死体が持っていたと思しい謎の紙片が残された。一方、国内の、そして韓国からの労働者の斡旋と身元照会を表向きの業務とする東京の組織「最上労働審理相談所」の一員・西条巻夫は、所長の最上亀行の指示で、日韓貿易を営む商社「大韓実業」のOL・安間カナ子が会社の金1500万円を携えて失踪した事件を追っていた。「相談所」の照会を経て同社に就職したカナ子は現在は大韓実業の社長の韓国人・崔徳天(チエ・トクチュン)の秘書で愛人だったが、崔にしても何らかの事情から、事態を警察沙汰にしたくないようだった。西条はまず、カナ子が大金を届けるはずだった相手、在日韓国人の広報誌「パン・コリアン・レビュー」の編集部に向かうが。

 同じ作者・中薗の先行作『密書』(1961年)や結城の『ゴメスの名はゴメス』と並んで戦後の日本スパイ小説分野の草分けのひとつとされる名作。
 評者はたしか、少年時代に中島河太郎の「推理小説の読み方」の簡単な記述で本書の存在を初めて知ったはずで、その後何十年も、心のなかにある膨大な「いつか読みたいミステリ」のうちの一冊になっていた。

 今回は半年ほど前に、近所のブックオフの100円棚でたまたま出会った集英社文庫版を購入。それで昨夜になって一読した。

 物語の主題・背景となるのは当時の韓国情勢だが、とはいえこれは、空さんが先行レビューでおっしゃっているとおり、特に1950~60年代の同件の知識がなくても一応は読める(たぶん知見がある人の方が、より楽しめるとは思うが)。
 まぎれもないスパイ小説、それも和製スパイスリラーではあるが、ストーリーの流れとしては主人公の西条が所属組織の後援を少しだけ受けながら、ほとんど一匹狼の私立探偵のように事件の真相に迫っていくので、とても読みやすい。物語はほとんど日本国内のみに終始するが、やがて韓国内でのある計画とさらに……があぶり出されていく。

 人間としてそれなりのモラルを感じさせながら、一方で随時、打算的な言動にも走る西条のキャラクターは、話の流れの上で、局面によっては彼がどう動くかなかなか読めないという側面もあり、その意味でも読み手の緊張感を刺激することになる。

 文庫版で本文270ページ弱と紙幅はそうある訳ではないが、見せ場の連続や多様な登場人物の出し入れ、裏切りと策謀の連鎖などをふくめて全編の緊張感は確かなもので、非常に腹ごたえのある作品ではある。
(ただし近年の分厚いベストセラー小説なら、西条の前身や、本作の実際の劇中ではかなりコンデンスに語られた主要キャラクターの過去などもみっちりと書き込まれ、2割くらいは全体の分量が増えそうな気もするが。)

 そして個人的には、終盤の話の広がり具合がやや胃にもたれたが、物語全体の結構を考えるならば、最後の最後に明かされる事実は、作品が築かれるためには必要なパーツだったことは、もちろん理解している。

 21世紀の現在でも、昭和の裏面史を主題にした国産スパイ小説の里程標的な名作として楽しむことは、十分に可能だろう。

No.1 7点 2013/01/06 12:17
1963年に発表された本作は中薗英助の代表作と言われています。アンブラーの系列に属するスパイ小説ではありますが、アンブラーよりも冒険スリラー的な要素の強いシリアス・エンタテインメントになっています。
同時期の結城昌治の『ゴメスの名はゴメス』等と違い、日本を舞台にした国際謀略が描かれていて、労働心理相談所の調査員西条が大金を持って失踪した女の行方を捜査していくうちに、当時の韓国政情をめぐる事件に巻き込まれていく話です。朴正熙が大統領になって第三共和国体制が始まる直前の不安定な状況が裏にあることは、読後にWikipediaで見て知ったのですが、韓国の現代史を知らなくても充分楽しめる、政治に対する普遍的テーマを持った作品だと思いました。
ただ、西条が事件に関わりあうことになった事情は、最後に一応説明されてはいるものの、やはり弱いのではないでしょうか。


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中薗英助
1963年01月
密航定期便
平均:7.00 / 書評数:2