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[ 短編集(分類不能) ] 白夫人の妖術(新潮文庫版) 旧書名『妖魚』 |
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林房雄 | 出版月: 1951年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 新潮社 1951年01月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2025/05/07 22:59 |
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(ネタバレなし)
円谷英二による特撮ファンタジー映画として隠れた(?)秀作『白夫人の妖恋』(おとぎ話みたいなストーリーも良いが、とにかく美術監督・三林亮太郎による美麗なビジュアルが素晴らしい)。 同映画の原作である表題作の中編を含めた全5編の中短編集。 以下、簡単に各編のメモ書き&感想。 ①「妖魚」 大戦後のある年。元華族のG侯爵の家に集まった、大学教授のOや小説家のSたち数人の客。老侯爵は20年前にスマトラで起きた「赤い河のブウランダ」と呼ばれる「妖魚」にまつわる逸話を語り始める。 ……いきなり冒頭から恐竜の話題をするし、この題名なので秘境怪獣ものか? と期待したが、そこまではいかない。ブウランダも巨大だが、全長2m前後なのでスーパーナチュラルなサイズではない。しかし後半、奇譚風のミステリに転ずるのに軽く驚く。 ②「香妃の妹」 大戦後、かつて戦前の北京で新聞記者をしていた「私」は、当時のことを回想する。そこにいるのは気の良い友人だった青年・荘(ツァン)の義妹(彼の妻・香妃の妹)で、幼く美しい少女だった小美玉(シアオメイユイ)のことだった。 ……ほとんど普通小説のような短編。相思相愛ながら、心の機微から男女の間に微妙な距離感が生じていく。 ③「白夫人の妖術」 宋の時代の中国。西湖のほとりの町。兄夫婦の薬屋で仕事を手伝う22歳の青年・許仙は美しい若い未亡人に出会い、恋に落ちるが。 ……前述の特撮ファンタジー映画の原作で、中国の「白蛇伝」伝説に材をとったもの。題名が映画と微妙に違うが、大筋はほぼ同じ。映画で観客が息を呑んだ円谷特撮のビジュアルに相応するシーンもちゃんとある。ただし白夫人と対峙(対決)する法力・神通力を持った僧侶や道人などの挙動が一部異なり、最後のクロージングも少しニュアンスが異なる。 ④「失われた都」 1943年のマニラ。親フィリピン派の青年で映画脚本家の日本人・笠原宗吉は、同国の文芸に関する素養を高めようと、一人の若き小説家に対面するが。 ……戦時中のマニラを舞台にした、切ない青春小説のような趣。イントロは終戦後の時勢の視点から始まっており、淡々としたしかし抒情的な物語は静かに劇的な決着を迎える。講談社の某・海外短編ミステリアンソロジーに入っていそうな一編。 ⑤「四つの文字」 戦後「私」は、かつて中華民国の南京政府で出会った「部長」格の男の訃報を知る。今風に言えば彼は同政府の大臣で、当時、旅行者として彼と最初に関わった私の回想が始まる。 ……当時の南京を舞台にした、戦時中の人間ドラマ。収録作中もっとも短く、小説の形を借りて語られた思弁エッセイ風の趣もある。 評者が手にしたのは新潮文庫の第二版で、もともとの初版は①を表題作に刊行されたが、映画化にあわせて再版から表題作が③に変わり、書名も変更された。 みんな大好きヨコミゾの角川文庫『黒猫亭事件』(横溝正史シリーズ第二期の放映にあわせてほんの一時期だけ『本陣殺人事件』から改題したマニア垂涎のレア本)みたいなもんだ。 全5編の本文ページの見開きの右上に、まだ「妖魚」と旧書名の通しタイトルが残っている一方、終盤のページに改題についてのお断りがあるので、初版の在庫をいったんバラし、最後の折にくだんの文言を加刷したのだろう。 紹介した通り、広義のミステリ、ファンタジーといえるのは①③④のみだが、②と⑤もふだんはあまり縁がない世界を覗くようで、それなりに楽しかった。ただ古い本なので本文の活字の級数がおそろしく小さいのはキツイ。全200ページと薄めの一冊だが、今風に字組を直したら二倍近くの厚さになるのではないか。 【2025年5月7日23時・追記】 ⑤は近年、大陸書館の中短編集『林房雄大陸小説集 薔薇の秘密』にも採録されてるんだけど、編集部は同作を「サイコ・スリラー」と称している。どこのポイントを論拠に言ってるかはわかるが、全体としてそーゆー種類の作品なのかなあ……という感じである。あくまで私的な感慨だが。 【同年同月8日6時・追記その2】 そーいや、林房雄って、一冊だけ? ガードナーのメイスンものの翻訳やってるんだ!?(創元版の『幸運の脚』『幸運な脚の娘』) どーいう経緯というか縁だったのであろう。木々高太郎とか文学派ミステリ作家とかの関係とか? 【同年同月8日22時・追記その3】 この人はガードナーの翻訳をもう一冊やっていた。創元版『どもりの僧正』。こっちはいわくつきの本だね。 |