皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格 ] The Hand in the Dark グラント・コルウィン |
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アーサー・J・リース | 出版月: 2020年05月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
2020年05月 |
Independently published 2022年01月 |
Legare Street Press 2022年10月 |
No.1 | 7点 | おっさん | 2023/12/31 11:02 |
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A「おっさん、ひさしぶり。元気してた?」
B「毎年、この時期はクタクタだけど、なんとか生きてるよ。ただ全然、本が読めなくてね。年の暮れに読めればと積んどいた、<論創海外ミステリ>のアーサー・J・リースも、やっぱり駄目だった」 A「ああ、『叫びの穴』。そういえば、おっさんは昔、作者のリースのことを、同人誌に書いてたっけ」 B「うん、今回訳された『叫びの穴』(1919)は、リースが活動初期に、私立探偵グラント・コルウィンを登場させた二つの長編の、最初のやつなんだけど、二番目のThe Hand in the Dark(1920)っていうのを、たまたま読む機会があったから、読後感を書いたんだよね。大学生の頃の話さ。だからなんだか懐かしくてね、当時、書きつけたノートを引っ張り出してきて、見返してしまった」 A「じゃあせっかくだから、その長編の話でも、聞かせてよ。そもそもなんでそんな、“黄金時代”以前から書いてるマイナー作家の本を、手に取ったわけ?」 A「ドロシー・L・セイヤーズが、アンソロジー『犯罪オムニバス』の序文で、リースの力量を評価してたんだよ。で、博文館が大正時代に創刊した『新趣味』に、その作者の「闇の手」(加藤朝鳥訳)が連載されてたってことだけは知ってたけどさ、単行本にもなってないし、そんなの読めないよね(笑)」 B「だから原書で、と?」 A「所属していた同人グループの主催者が、凄い人でね。興味があるなら探しましょうっていって、とうとう本をゲットしてくれたの。ネットで検索できるような時代じゃないよ。そりゃもう、頑張って読むしかないじゃない(笑)」 A「おっさんも、若くてエネルギーがあった頃だ。で、肝心のストーリーは?」 B「えー、時は、第一次世界大戦末期の1918年9月。所は、「その濠の橋を渡ることは、二十世紀から十七世紀へ逆行することだ」といわれる、イギリスはサセックス州「濠屋敷」。ハウス・パーティの催された夜、突如、響きわたる悲鳴と銃声。密室状況下で、消え失せたとしか思えない犯人の謎をめぐって、地元警察と招聘されたスコットランド・ヤードの警視による捜査がはじまるが――という感じ」 A「フムフム。それで私立探偵グラント・コルウィンというのは?」 B「原書は厚い本で400ページ近くあるんだけど、事件関係者の依頼でコルウィンが登場するのは、後半200ページなんだ。作者がコナン・ドイルなら、前半は“依頼人の話”パートとして四分の一の長さで処理してたろうね」 A「つまり冗長だと?」 B「いや、前半の捜査パートは、充分に知的好奇心をそそるうえ、互いに主義の異なる警察官のキャラクターも興味深く造形されていて、リーダビリティは低くなかったと記憶している。あのセイヤーズが、リース作品の警察の捜査活動の描きかたを称揚しているのも、頷けた」 A「でも、だったらさ、全編、警察のリアルな捜査だけでよくない?」 B「いや、この作品に関しては、警察の捜査から私立探偵の調査へという転調に、構成上の意味があるんだ。最後まで読むと、それがよく分かる。そしてまた、一種の協力関係をとることになる、私立探偵と警察サイドの微妙な関係性にも、ちゃんと作者は留意していたと思う。だから、読み物として面白かった記憶は鮮明だ」 A「ふーん、それで、解決が素晴らしければ、いわゆる“埋もれた名作”なんだろうけど」 B「そこがちょっと微妙かな。ある証言をきっかけに事件を再検討すべく、現場にとって返したコルウィン探偵の“発見”で、不注意だった犯人の工作は瓦解し、露見を知った犯人の最終章の告白で、ドラマも終結してしまうから……」 A「その話だけ聞くと、やっぱり、本格ミステリの技巧的には黄金時代“未満”なのかな」 B「うん、そのへんの解決パートのイージーさも含めて、この長編は、大下宇陀児のある長編(1932)に凄く影響を与えていると思う。でも、その宇陀児の長編、じつは好きなんだよね(笑)。そしてリースの場合も、犯人像の悲哀が印象的で、それはこうして話をしていても昨日のことのように思えるくらい、脳裡に灼きついてるんだ」 A「おっさんの場合、加齢によるフラッシュバックもありそうだ。最近のことはすぐ忘れるのに」 B「余計なお世話だよ。ともかく、年明けにはちゃんと『叫びの穴』を読むつもりだから、そのときはまた話をしよう」 A「そうだね、今回の話を聞いて、論創社さんには、The Hand in the Dark も訳して欲しいと思ったよ。有難う」 B「うん、それでは――よいお年を、だね」 |