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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
ノアの箱舟殺人事件
池田得太郎 出版月: 不明 平均: 5.00点 書評数: 1件

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No.1 5点 人並由真 2018/12/31 12:19
(ネタバレなし)
 1970年代の半ば。工業高校の英語教師で古代伝説のアマチュア研究家でもある磯村久雄(36歳)は休みを利用し、トルコに向かう。目的はノアの箱舟伝説で有名なアララト山への探訪だったが、現地で彼は自分によく似た顔の日系アメリカ人、ライアン・ハントと出合う。故あって磯村はライアンの素性に自分との運命的な奇縁を感じるが、そのライアンは何者かによってアララト山の麓の小屋で殺害された。だが被害者は、米国でなく当人の写真が貼られた別名のパキスタン政府発行のパスポートを所持していた。現地のイラン人運転手ナザル・シャーを協力者として契約し、ライアンの遺骨を届ける目的でアンカラのパキスタン大使館に向かう磯村。やがて彼の前には予想外の事件の構図が広がっていく。

 角川書店の「野性時代」1976年4月号に一挙掲載されたのち、加筆されて光文社のカッパ・ノベルスから刊行された長編。現時点でAmazonにも登録はないが、昭和51年10月20日初版。本文は約260頁。
 作者・池田得太郎は1958年に純文学畑でデビュー。処女作『家畜小屋』が三島由紀夫に絶賛されたが、本業はサラリーマン生活だったため作品数は多くない。しばらく沈黙したのち書かれた本作は「作家としての存在を賭けた野心作」(元版の裏表紙より)だったが、少なくともその後の著作はこの名義では刊行されていないようである。これがミステリとしても唯一の作品となる。なんか先日、ヤフオクの競りで妙に地味に盛り上がっていたようなので、気になって借りて読んでみた。

 文庫化もされていないマイナーな作品で、ネタ的にも当時のオカルトブームを背景にノアの箱舟伝説を主題にしたキワモノっぽいが、内容の方は前述のように筆力を秘めた作家の作品らしく、なかなか骨っぽさは感じる。冷戦終末期の時代を背景に、舞台となる中東諸国のエキゾチックな描写、ノアの箱舟伝説についての(たぶん当時としてはそれなりに書き込まれた)知見、そして武器あまりの東西の大国が旧式の武器を処分するため中東諸国に争いの火種を撒き、武器を売りつけようとする反吐の出そうな陰謀(なんかアンブラー風だ)などなど、物語の設定から広がっていく要素を縦横に取り込んでおり、その辺のまとまりの良さは達者。あとネタバレになるので書けないが、主人公の過去にもからむ現代文明レベルの大きな主題もある。
 この手の作品としては存外に登場人物が少なく、名前が出るキャラクターだけで15人弱。その分、話の流れは読者をあまり振り落とすこともなく読みやすいが、一方で作中のリアルとして少し偶然すぎる部分が目に付いたり、実はあの人が……のパターンがちょっと鼻についたりもする。
 ミステリ的にはこの作品タイトルの割にフーダニットの要素は薄いし、謎解き犯人捜しとしての興味で読むものでもない。ただいくつかのサプライズはちゃんと作者の計算的に設けられており、全体としては基本マジメな作風に退屈しなければそれなりに楽しめるかもしれない。作者の目線に基づく方向でのまとまりは感じる作品だが、ミステリとしての華がもうひとつ無いのは弱点。


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池田得太郎
不明
ノアの箱舟殺人事件
平均:5.00 / 書評数:1