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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
絵画鑑定家
マルティン・ズーター 出版月: 2010年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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武田ランダムハウスジャパン
2010年01月

No.1 7点 tider-tiger 2016/08/04 02:29
資産家でスイス絵画の鑑定家としても名高い五十男のアドリアンは若い芸術家たちのパトロンをしながら楽しく呑気に日々を過ごしていた。ところが、自殺しようとしていたロレーナという女性を助けたことで、平穏だった日常に強風波浪警報が灯る。ロレーナの奔放さ、小賢しさに振り回されることになる。さらに友人であり、絵画コレクターでもある老人が所有する名画をオークションに出品したいと申し出るのだが、それはアドリアンのキャリアを台無しにしかねない危険なものであった。

スイスの作家、マルティン・ズーターの作品です。社会経験をいろいろと積み、五十近くになってデビューしたそうです。読後にこの情報を得て、なるほどねと思いました。
何年か前にタイトルだけを見て買ってしまった本なのですが、期待していた話とはまるで違っていました。裏表紙に美術界の内幕を題材にした心理スリラーとありますが、どうにもピンときませんでした。
三人称多視点で書かれておりますが、一人称のような書き方が混じります。例えば、アドリアンのお手伝いさんだけはなぜか終始「ハウザーさん」と表記されます。三人称小説ではなく、まるでアドリアンの一人称視点です。こういった不安定な書き方が散見されましたが、それが逆に良さのようにも思えました。
変な読み味の小説です。絵画に関する蘊蓄を期待して購入するもあまり蘊蓄はなく、かといってプロットがよくできているかというと、先の展開は見え見えです。物足りなく感じる方もいらっしゃるでしょう。読者に良さが伝わりにくい損な作品だと思います。ダメな小説と紙一重なところをどうにか綱渡りしているような、でも実は深い企みのある作品だと思いました。最後の頁には唖然とさせられました。

ロレーナはこんなことをアドリアンに言います。「あなたはわたしを助けたんだから、あなたはわたしの人生に責任がある」凄いセリフです。普通の男だったらこいつは頭がおかしいと思うでしょうが、アドリアンはそうはなりません。「だって好きなんだもーん」という風です。
なにが起こるのかとドキドキしながら読み進めるのではなく、なにが起こるのかはわかったうえで、アドリアン氏がなにを考え、なにをするのかを心配しながら楽しむ小説だと思います。ユーモラスな小説といってもいいかもしれません。アドリアン氏のお人好しぶりは通常なら有り得ないレベルのものですが、育ちが良すぎて他人の悪意が理解できないのだなと私は納得しました。
アドリアン氏は若い芸術家たちからは口が重く退屈な男と思われています。おそらくその通りなのでしょう。ですが、読者からはこんな可愛らしい五十男はそうはいないと思わせるなにかがあります。
私は人物造型を重視しますが、作品によって必要な人物造型の度合いは変わるとも思っています。例えば『人形はなぜ殺される』は人物造型がそれほど必要とされない作品、以前容疑者Xの献身にひどいことを書きましたが、あれは人物造型の巧みさが必須な作品だと考えています。
本作『絵画鑑定家』は人物造型がダメだったら成立しない。容疑者Xはその他の部分が優れているので7点としましたが、この作品は5点以下となっていたでしょう。
採点は8点でもいいと思いましたが、少し抑えて7点としておきます。


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マルティン・ズーター
2010年01月
絵画鑑定家
平均:7.00 / 書評数:1