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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2046件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1926 7点 鏡の国- 岡崎琢磨 2023/11/13 14:00
(ネタバレなし)
 西暦2063年。「和製クリスティ」と称された大物女流ミステリ作家の室見響子が逝去した。響子の姪で彼女の作品を愛読していた「私」は、独身だった響子から、遺した作品群の著作権相続人に指定されていた。響子の遺作は、彼女が作家生活の初期に書いた長編「鏡の国」に手を入れたもので、響子自身の現実の人生をモデルにした一種のドキュメントノベルともいえるものらしかった。響子と仕事の上で昵懇だったベテラン編集者・勅使河篤のはからいで、同作の刊行前に当該策の原稿に目を通した「私」だが、その勅使河はあることを言い出した。

 いやまあ……ラストまで読んで非常に、作者らしいなあ、というか、ああ、このヒトなりのひとつの区切りの作品なんだろうなあ、という感じ。

 ミステリ味の部分も、小説的なサプライズも確かに薄目……ともいえるんだけど(汗)、この作品で書き手というか著作家として<訴えたいこと>が、何冊かこの作者の長編作品を読んで心惹かれてる自分としては、覗けるような思いである。
(ま、一読者の勝手な思い入れかもしれんけどよ。)

 そーゆー意味でとても(中略)読めました。

 ただ正直、細部で疑問に思う所がいくつかある。
 ここで言う訳にはいかん事柄なので、どっかで読書会とかやってないだろうか? 参加して、ヒトのご意見とかを聞いてみたい。

No.1925 7点 あなたが誰かを殺した- 東野圭吾 2023/11/12 15:44
(ネタバレなし)
 その年の8月のとある別荘地。その夜、4つの別荘(うち一つは本宅)を利用する計15人の老若の男女(一部はゲスト)が、バーベキューパーティを開いていた。だがその憩いの場は、短時間のうちに惨劇の現場にかわり、複数の被害者が出た。その直後、事件はさらに予想外の展開を迎え、大枠では終焉の方向に向かうが、いくつかの残された謎があった。休暇中の警視庁捜査一課のベテラン刑事・加賀恭一郎は、知人の頼みで非公式にこの事件に介入するが。
 
 あー。東野作品は、まだどうにかフタケタ程度の消化なので、評者が初めて出会う加賀シリーズだよ。笑ってください(笑・汗)。
 たぶん高木彬光を十数冊読んでいながら、神津恭介との縁がなかったような感じなんだろーな。

 で、期待通りにスラスラ読める。そのリーダビリティの高さとテンポの良さは、さすがに巨匠という感じ。
 
 芯はしっかりとしたフーダニットパズラーながら、形質としては変化球の部分もある作品。その辺のバランスの良さもベテランらしいということであろう。
 事件の解法が(中略)という部分に拠り、劇中人物が次第にストーリーの駒のようになってくるのは、良い面もあれば……といった感慨。

 しかし真相を知ったあとで、全体の物語の構造を考えると若干の違和感も抱いたが、たぶんその辺は、そのつもりで改めて読み直せば、きちんとうまく捌いてあるのであろう。
(そんな程度でシロートの考える事を、送り手が意識してないとも思えないので。)

 なんにしろこれで加賀シリーズとの接点もようやくできたので、機会を見て旧作の名編や歴代の話題作なども少しずつ読んでいきたい。
(↑でもって、この本作の主題のひとつは、こーゆー……(以下略)。)

No.1924 7点 爆ぜる怪人 殺人鬼はご当地ヒーロー- おぎぬまX 2023/11/11 10:28
(ネタバレなし)
 その年の4月。東京の町田市で、4歳の小野寺ひかるという男児が誘拐された。だが当人はやがて無事に保護され、誘拐犯と思われる男は死体で見つかった。ひかるは「正義のヒーロー」が現れたとして、そのヒーローの似顔絵を描く。かたや、町田市で活動する地域密着型の映像制作会社「MHF」のデザイン部の若手社員・志村弾は、そのひかるが描いた似顔のヒーローの図柄を認めて驚愕する。なぜならそれは、以前に志村がデザインしながらもお蔵入りになった企画のヒーロー「シャドウジャスティス」に酷似していたからだった!?

 先日読んだ『キン肉マン』の二次創作小説・ミステリ集がけっこう面白かったので、同書の小説を実作された著者のオリジナルミステリ長編を手にしてみる。
  
 評者は1960年代の第一次怪獣ブームの頃から特撮怪獣ファンやっているジジイだが、低予算枠のローカルヒーロー分野には知見が薄い(というかほとんどまったくない)ので、そんな専門ジャンルの現場を描く業界ものとして、かなり興味深く楽しめた。
(当然のことながら、メジャーな特撮作品の分野と繋がってくる部分も、それなりにある。)
 あと、作者が狙って書いてるんだろうとは思うけれど、それでも一部のサブキャラがとてもいい。

 大筋としてフーダニットパズラーの軸を守り、事件の構造を最後までシークレットにしながら、読み手が飽きないように途中で小規模なミステリ味をいくつも設け、「これこれこうなんだから、ああだったんですよね」という謎解きを用意してあるのは、作者なりの本気さを感じさせて快い。
 多才な作者は漫画家としても活躍し、まともな連作ミステリコミック集を描いているらしいが、その辺の若い受け手を退屈させないようにするサービス精神を本書の中でも感じた。

 作品全体の中身は、よくも悪くもネタを詰め込み過ぎた感じもするが、もしかしたら器用な余技作家の戯作と舐められたくない、というプライドめいたものかもしれない。
 失礼ながら作者の本業? の芸人としての活躍にはまったく縁がないが、たぶん真面目で、いい意味で意識の高いお仕事ぶりなんだろうと思う。

 で、真犯人の正体に関しては、こういう決着なら、もうちょっと情報を明確に……という部分もないでもなかったが、よくよく考えると一応は、その必要なデータは作中から採取できるようにもなっていた。本当はもっと伏線をフェアに張っておきたいが、あまりわかりやすすぎても困る、というバランス感ゆえの仕上げかもしれん。そう考えると、まあ仕方がないかも。
 
 軽妙そうな設定、題材に比して、望外に骨っぽい作りの一冊。
 ただし好意的に見た上で、ホメ切ってしまうと、なんか違うような作品でもあった。

 できましたら、物語設定や登場人物などはまったく別のものでもいいので、オリジナルの長編ミステリをもう数冊、書いてもらえると嬉しい。
 どんな感じのものが次に来るのか、そーゆー興味の湧く種類の一冊だった。 

No.1923 5点 人生は小説(ロマン)- ギヨーム・ミュッソ 2023/11/10 15:21
(ネタバレなし)
 2010年4月。ニューヨークの一角から、著名な、しかしほとんど世間に顔を晒さない39歳の女流作家フローラ・コンウェイの娘で、3歳のキャリーが姿を消した。その後の消息は半年以上たっても不明で、フローラは焦燥を深めるが、彼女を後見する出版社の代表ファンティーヌ・ド・ヴィラットはある提言を申し出た。一方、物語は、パリ在住の45歳の小説家で、すでに20年以上の実績と20冊近いベストセラーを誇る人気作家ロマン・オゾルスキの周辺を語り始める。

 2020年のフランス作品。今年の邦訳分のミュッソ作品で、ページ数はそんなに長くないが、ふたりの作家を軸とした数名のメインキャラの軌跡を語りながら、現実そして虚構めいた? 場の中でのドラマを行き来する内容は結構、観念的な趣もある。

 それで終盤で結構な大技が使われているのだが、本作の場合は前述した作品の独特な形質と相殺し、読み手のこちらの心に本当ならもっと響きそうなところ、私(評者)の場合、どこかでズレてしまった感じ。
 言い換えれば作者に振り回され、読者のこっちもその勢いに付き合えばよかったものの、いつの間にかすべってしまった感覚だ。
(読後にAmazonの感想を覗くと、ものの見事に評価が割れてるが……わかる! 非常によくわかる!!)

 いつかしばらくしてから、落ち着いて読み返した方がいいかもしれない。
 そんな一冊であった。

【2023年11月11日追記】
 あー、書き忘れたけど、作者が例によってメタネタで遊びまくっていて、今回は私の大好きなベルモント&ジャクリーン・ビゼットの『おかしなおかしな大冒険』ネタまで登場してきたのはすんごくウレシイ(笑)。
 この作品の小説世界は、あの映画の世界と世界観を共有するのね(大嬉)。

 しかしいい加減、同映画の日本語版ソフト出してください(怒)!
 CSや配信でもフツーに日本語版、見せてください。関係者の方(懇願)。

No.1922 8点 八角関係- 覆面冠者 2023/11/09 17:19
(ネタバレなし)
 長女が探偵作家の三姉妹をふくむ四人の女性。警部補の刑事と、富豪の亡き父の遺産を継承した三人の兄弟。あわせて八人の男女が四組の夫婦を形成して、一同は親族の関係にあった。そしてそんな八人は、先代の遺した遺産を利殖に運用する三兄弟が所有する大邸宅に同居していた。もともとはそれぞれ互いに惹かれ合って結ばれた四組の夫婦だが、今は八人の男女のうちの大半が別の夫や妻の伴侶に劣情を抱き、三角関係の四組版「八角関係」を構成していた。そんななか、屋敷の周辺で、広義の密室状況といえる殺人事件が発生する。

 あの「妖奇」の姉妹誌「オール・ロマンス」に、昭和26年に連載された、覆面作家(正体は諸説あるが、21世紀の現在も未確定)による長編パズラー(B~C級? 昭和パスラー)で、72年目にして初の書籍化だとかなんとか。
(ジャケットカバーの表紙折り返しと解説に「76年ぶり」と書いてあるが2023マイナス1951で、72年ぶり、のような気がする……。)
 この話題性だけでご飯6杯はいける! ということでウハウハ言いながら読んでみる。
 
 評者が本文を楽しんだあとで目を通した巻末の解説によると、連載当時は「愛欲推理小説」および「愛欲変態推理小説」なる肩書がつけられていた作品だそうで、なるほど本編の方には中期以降の笹沢佐保やギアがかかった以降の西村寿行を思わせるムフフ描写がいっぱいで、小中学生は読んではイケナイ内容(とはいっても昭和20年代半ばの小説だから、エロといってもかわいいもんだが)。

 序盤数十ページは爆笑しながら読んだが、最初の殺人が起きるあたりからマジメ度が急に高まり、以降はいやらし描写を随所に交えながらも、かなりまともな謎解きミステリとして展開する。

 さるポイントに注目すると、評者のように冊数だけは読んでいる読者などでもある程度は作品の真相を察することもできるし、一部のトリックなども既成作品のイタダキだが、一方で、これだ、こーゆーものを読みたかった! といいたくなるようなバカミス度の高いメイントリックなどは、実に楽しい(笑)。nukkamさんのおっしゃるように、その辺りに絡む伏線の妙もいいよね。

 クロージングのサプライズも含めて、とても楽しかった。ちょっとゲテモノ気味ながら、実はけっこうマトモな作品で、こういうものの発掘は本当に嬉しい。
 こーゆーのが数年に一冊は読めればいいなあ。

 評点は実質7.5点。素晴らしい発掘企画と精緻な解説(ただしトリックで関連する既存作のネタバレに、実質的になってしまっているのが困りもの)で1点追加。
 8,5点を小数点切り捨てて、この評点で。

No.1921 7点 あの魔女を殺せ- 市川哲也 2023/11/08 08:37
(ネタバレなし)
 とある魔法を用いた魔女の時代の伝承が語り継がれる世界。「俺」こと35歳のフリーライターで、少し前に愛妻を事故で失った麻生真哉は、さる筋からの紹介で、世界中に知られた異才の人形師である常世(とこよ)三姉妹のもとに赴く。群馬の山中のその館は、三姉妹の祖母で、政財界にも顔がきいた高名な霊媒師・常世黄泉が遺した邸宅だった。そして同家を訪れた麻生とその6歳の娘・真里が遭遇したのは、怪異な密室殺人であった。

 
 蜜柑花子シリーズを離れた作者の初のノンシリーズ作品で、久々の長編。

 主要人物たちに関わるかなり凄惨な逸話が書き連ねながら、同時にしばらくすると一人称の話者も、「俺」=麻生から別の者に交代。
 なんか仕掛けがあるんだろうな、と思いながら読み進めていくと、物語は(そして謎解きミステリの流れは)こちらの予想の斜め上へとぶっとんでいく。これ以上は言わない。

 最後まで読むとピーキーなことをやりきった完遂感はかなり高く、蜜柑花子シリーズの一部のぬるさからすると、着実な進歩は感じる。最後の終焉に至る伏線のまとめ方も良。
 ただし謎解きパズラーとしては、悪い意味で一歩二歩、はみ出てしまったとも思う。この辺もあまり書けないが、要は、ある種の大前提を了解した上で、それでもちょっと(中略)ということです。
 ただまあ、読みものとしてはなかなかオモシロかった。
 こういうクセ玉の方が合っている方だったんですな。
 また次作が出たら、読ませてもらいます。

No.1920 7点 残像- 伊岡瞬 2023/11/07 18:01
(ネタバレなし)
 ホームセンター「ルソラル」でバイトとして働く19歳の浪人生・堀部一平は、同僚のバイトで60代半ばの葛城直之の具合が悪いので、彼を自宅まで送った。葛城は、老朽アパート「ひこばえ荘」の住人。一平はそのアパートの住人仲間である衣田(ころもだ)晴子、天野夏樹、香山多恵という3人の女性、そして冬馬と呼ばれる小学5年生の男子と、なりゆきから親しくなった。だが一平は、葛城と女性たちの間に、何か秘密めいたものを感じる。一方、衆議院議員の吉井正隆の長男で24歳の会社員・恭一の周辺では、とある事件が起き始めていた。

 角川文庫75周年ということで、文庫書き下ろしの新刊。
 
 伊岡作品の諸作同様、人間の救いがたい闇が主題のひとつになり、一方でそれとは別に人間の輝きや明るさ、温かさにも目が向けられる内容。

 読後にネットの感想を見回して、今回の伊岡作品(本書)は、特にラノベみたいだ、というコメントを読んだが、まだ十代の主人公・一平を主軸としたメインドラマの部分など、ああ、たしかに、という感じである。

 500ページ近い紙幅をすらすら読ませ(人物メモをとりつつ、実質3時間かからずに読んだか)途中でテンポよく物語の反転を随時見せるのは、職人芸。
 それでも後半の展開というか、一部のキャラクターシフトの扱いに作者側の都合の良さを感じる部分もないではなかったが、それが作劇の定型を脱している分、そんなこともあるのかもな、的な妙なリアリティを感じさせなくもなかった。
 どういう後味で終わるかはある種のネタバレになるかも知れないのでナイショだが、それなりに充実した気分でページを閉じる。

 ちなみに本作はノンシリーズもののはずだが、テーマのひとつが(中略)なため、当方がまだ未読の作者の初期作に似たような文芸設定のものがあるので、その後日譚かな? とも、あるタイミングで一瞬、考えたりした。
 実際のところは違うようだけども。

 伊岡作品はこのところ毎年、数冊は新刊を楽しませてもらっているので、年内にもう一冊くらい、シリーズものとかが出てくれればウレシイ。

 本書の評点はちょっとオマケ。

No.1919 7点 でぃすぺる- 今村昌弘 2023/11/05 14:16
(ネタバレなし)
 とある地方の三笹山(みさまやま)の周辺。「おれ」こと小堂間(こどうま)小学校の6年生の男子「ユースケ」(木島悠介)は、前期まで学級委員長だった女子・波多野沙月(サツキ)そして4月に転向してきた女子・畑美奈(ミナ)とともに、二学期から、学級新聞を編集製作するクラス内の「掲示係」になる。オカルトマニアのユースケは、学級新聞の紙面を借りて自分の知識や知見をアピールしたいという狙いがあったが、サツキの方にはまた別の目的があった。それは先に変死したサツキの年長の従姉妹の「マリ姉」こと波多野真理子がパソコンの中に書きのこしていた「七不思議」の怪談にからむものだった。

 ローカル・ホラーの大枠の中で、いろいろ謎解きミステリ好き向けに仕掛けて来る、ジュブナイルっぽい(ただし目線は大人向けだろう~ませた子供にも、読んでほしい気もするが)ハイブリッド作品。
 
 作中作のような感じで語られる複数の怪談の秘密、世界観の深淵、そして終盤のサプライズの連打と、かなりよく出来ている一冊。楽しく読んだ。
 ジャブ的に繰り出される小技の連打で稼ぎまくる、そういう形質の作品でもある。
 
 シリーズものになってほしいような、これ一本での完結感を大事にしてほしいようなそんな味わいの長編でもあった。

 一か所だけ惜しいのは、322ページの4行目
ユースケとサツキは(誤)
ユースケとミナは (正)
だね。
 まさかのいきなりの叙述トリックの仕込み? かと思ったが、ただの誤植または誤記であった。再版か文庫化の際に、直しておいてください。

No.1918 5点 鵼の碑- 京極夏彦 2023/11/02 18:24
(ネタバレなし)
 当方の「百鬼夜行シリーズ」長編遍歴は、

・『塗仏の宴』……ただでさえ、あの長さにひるんだ上に、無神経な知人にキーワードらしきものをネタバレされてしまい、興味が著しく減退

・『邪魅の雫』……ミステリを習慣的にはほとんど読んでない時期に、さすがに本シリーズの長編なら楽しめるだろと新刊で読み出し、しかし結局、どうにもつまらないので、途中下車
(読み出した長編ミステリをとにもかくにも最後まで読まなかったというのは、自分の人生の中でもめったにないこと、ではある)

 その2つを例外に全部読んでいる。
 傍流の「今昔百鬼拾遺」三部作も全部読んでいる。

 ということを前提に、久々の正編長編の新刊、お祭り騒ぎの気分のなかで手に取った。
 しかし前に書いたと思うけど、『夜の黒豹』(だったか?)で金田一耕助が休眠し、『仮面舞踏会』で復活するまでの期間、その倍前後の年月、ファンは待たされたんじゃないかしら(正確には調べていないけど)。

 で、内容ですが3~4つの謎が絡み合う構成、あっち側で追っかけている人が、実はこっち側の……的な趣向は楽しかったし、よくできていると思うけれど、とにかくこの長さに見合う面白さも、ミステリ&物語のときめきもない、という印象。

 人物メモを作りながら読んだおかけで人間関係や話の流れは理解できたつもりである。
 おかげで、記憶にある『邪魅』の途中までのシンドさ、つまらなさ(あっちは当時、人物メモは作らなかった)よりはずっとマシだが、さほど盛り上がらないまま、あ、もう終わりなの、という感慨。
 
 メインゲストヒロインの記憶のなかの殺人の真相に関してはちょっと面白かった。
 あと、昭和29年が舞台、大ネタがアレ、また別のメインゲストキャラの親類縁者の下の名前が……ということで、あのメタファーが出てくると期待したが……。
 まあ、ある意味では「出てきた」のかな? あのハリボテ感こそ比喩だよね(なるべくネタバレにならないように書いてるつもり)。

 妙な言い方だが、観念的な意味で実に印象的なモンスターを描いた、初期のあの作品の絶対性を、本作は逆説的に補完した面もあったような気がする。

 評点としては、正に「まあ、楽しめた」なので、こんなもん。
 なお都内の板橋区周辺の人は、池袋のブックオフ二階の、新書本コーナーを覗いてみてください。
 いま行くと、もの凄い光景が見られると思います(笑)。

No.1917 6点 蒼林堂古書店へようこそ- 乾くるみ 2023/10/31 21:41
(ネタバレなし)
『イニシエーションラブ』が、世評ほど良いと思えず
(というか楽しめず~どこが評価ポイントかはわかるつもりだが)

『Jの神話』が、実にイヤンな感触で

さらに『セブン』が
<この十年のうちに読み終えられず投げ出した、数少ないミステリのひとつ>

 ……である自分は、とことん乾くるみと相性が悪いという自覚がある。

 が、これはフツーに楽しめた。

 どっかのネットの噂で、ミステリマニアの登場人物たちによる、ミステリのトリヴィアを詰め込んだブラックウィドワーズクラブの縮小版みたいな紹介をされてたので、興味を惹かれて、ネットの通販で安く入手。
 内外新旧の長編を読む合間につまみ食いしていたが、経糸のストーリーを含めて気持ちよく読了できた。
 ミステリとしては各編たしかにゆるめだが、そこがまたこの世界にはよく似合っているんじゃないの。
 ウワサ通りに茅原しのぶの愛らしさは絶品。実は見事なフィニッシングストローク、しかも最後の一行ギリギリという趣向にもニヤリ。
 
 ちなみに本作が柚木さんちの……じゃねえ、林さんちの四兄弟サーガの一角だということは、このサイトで初めて(改めて?)意識した。いや、その設定に特にまったく関わらず、楽しく読めたんだけれども。

No.1916 7点 午後のチャイムが鳴るまでは- 阿津川辰海 2023/10/28 08:36
(ネタバレなし)
 2021年9月。都内の「九十九ヶ丘高校」の校内で、登場人物の話題になった(あるいは心に浮かんだ)5つの<謎>を順々に語っていく連作短編ミステリ。

 作者の引き出しの多さ、広さはこれまでにも実感していたが、今回はひとつの場のなかでバラエティ感豊かなエピソードを並べ(メインの語り手たちもそれぞれ異なる)、一方で(以下略)。
 いや、相変わらずその技巧ぶりと、何よりも書き手自身が楽しんで書いている感覚は受け手のこちらも心地よい。

 一冊トータルで見て、手数の多い仕掛けのうちのいくつかは早々に見破れるが、しょせんは作者の豊富な仕込みの一角に過ぎない。
 気持ちよく、うん、やられたと思う。

 ちなみに基本的に「日常の謎」の「青春ミステリ」仕立て。
 なかには単品で読むと、ミステリ味が希薄とたぶん感じるものもあるが、それはそれで(以下略)。

 ちなみに終盤に行くにしたがって、あらぬことも考えましたが、それはたぶんこちらの思い過ごし……なんでしょうな?

No.1915 6点 隣人を疑うなかれ- 織守きょうや 2023/10/25 22:16
(ネタバレなし)
「私」こと、千葉県のアパート「ソノハイツ」に住む漫画家の卵で、今はアシスタントで生活している20代後半の土屋萌亜(もあ)は、神奈川で殺された17歳の高校中退の少女・池上有希菜を先日、近所のコンビニで見かけたことに気が付く。萌亜は隣人のフリーライターで20代半ばの小崎涼太に相談。その案件は、小崎の姉で近所のマンション「ベルファーレ上中」に住む人妻・今立晶を通じて、晶の友人で刑事の妻・加納彩へと繋がっていくが……。

 今年の新刊。大き目の活字でサクサク読める。
 かたや作者も、ついに持ちネタの法律トリヴィアを使い果たしたか、そっちの方には今回はほとんど話が広がらない。

 全体的に、赤川次郎の20~40冊目あたりの時期、書きなれてきた頃のなかでの佳作みたいな印象。話のテンポは悪くない。

 ただし真犯人の素性というか、隠し方についてはいささかチョンボ。推理小説にするように見せかけて、そうはなってない。
 もう一方のサプライズの方は、まあまあ効果を上げたが。

 あと、小説として読んで、ともにメインヒロインの一角である晶と彩のキャラ描写がどっちもなんか似てるのがアレ。もうちょっと印象深い芝居をさせあって、うまく差別化させる余地はあったような気がする。

 どっか、やや長めのフランスミステリみたいな雰囲気そのものはキライではない。

No.1914 7点 黒い糸- 染井為人 2023/10/24 18:31
(ネタバレなし)
 その年の12月。千葉県の結婚相談所「アモーレ」に勤める39歳の離婚女性・平山亜紀は、お客の会員のひとり・江頭藤子のわがままな物言いに悩まされていた。一方、亜紀の一人息子で小学六年生の小太郎の学校では、彼のクラス6-2の少女・小堺櫻子が行方をくらます事件? が発生。学校側の不備を問う櫻子の両親のクレームに苦しんだ担任の女性・飯田美樹は休職し、本来は4年生受け持ちの38歳の長谷川祐介が代理の担任を務めていた。やがて二つの場での物語は、じわじわと絡み合っていく。

 評判が良いのでフリで読んでみた、今年の新刊(書き下ろし)。
 作者はすでにそれなりの著作があるようだが、評者はこの方の作品は初読みである。
 
 帯にはホラーサスペンスを謳っており、スーパーナチュラルな要素があるのかないのかも読む前には不明。
(結局どうだったのか、もちろんここでは、それについては触れない。)

 いずれにしろ、イヤミスっぽい緊張感を漂わせながら、ぐいぐい読ませる筆力は実感。サブキャラクターたちもアモーレの所長の小木とか、小学校の校長と教頭とか、記号的になりがちなキャラシフトの人物にちょっとした印象的な芝居をさせているあたりとか「読ませる」作家らしい器用さを認める。

 真相の開示までかなり引っ張り、終盤に怒涛のごとくショッカー要素が襲ってくる構成で(ここまではギリギリ書かせてください)、「タメ」を受けたクライマックスの迫力はなかなかのもの。クロージングには少し思う所もあるが、まあこれはこれで。
 ひと晩、十分に楽しめた。評価は0.25点くらいオマケか……な。

No.1913 6点 失踪- 高木彬光 2023/10/23 18:51
(ネタバレなし)
 その年の9月。後楽園球場では、東京イーグルスと大阪ジャガースの今期のペナントレースの流れに関わる重大な試合が展開していた。その試合でイーグルスの若手投手・渡部信治は好調なピッチングを披露するが、なぜか波に乗った勢いのなかで降板。試合後にそのまま球場から人知れず、姿を消した。一方、その試合中に、青年弁護士・百谷泉一郎の自宅を訪ねる若い女性があり、泉一郎が不在ななか、妻の明子が応対する。が、訪問客の「山本あや子」は明子が席を外した客間で持参してきたトランジスタラジオを取り出し、野球中継を熱心に聞き入った。そして泉一郎が、たまたま友人で大のイーグルスファンの村尾利明を伴って帰宅すると、娘は逃げるように百谷邸から姿を消した。それぞれの奇妙な出来事は、やがて殺人事件へと連鎖してゆく。

 角川文庫版で読了。
 弁護士・百谷泉一郎&その愛妻・明子シリーズの第五長編で、もともとは昭和37年9月から「週刊読売スポーツ」誌に「殺人への退場」の題名で連載された作品。
 
 文庫解説の権田萬治によると、作者の高木はプロ野球をよく知らない、ふだんは特に興味もないと称していたらしく、なるほどそう意識して読むと野球の試合そのものの叙述は序盤のみに固まり、そこでノルマを果たしたという感じ。一方で当時のトレードシステムの裏事情などの情報はしっかり押さえてあり、その辺はきちんと高木本人か編集者、周辺スタッフが取材したのであろう。
 なお事件の中身は、プロ野球ファンの間で野球賭博が行なわれているという事態の露見にもつながり(早々に判明するので、この辺までは書かせて下さい)、スポーツ専門誌でそういう悪いイメージの文芸設定導入して良かったんかいな、という気もする。その辺は昭和らしい大らかさか。

 ミステリとしては良くも悪くも薄口だが、犯人の意外性などはちゃんと意識しているようだし、殺人状況の中でのトリックもビギナークラスのものながら用意されている。
 高い期待をしなければそれなりに面白い、昭和の空気の中での垢ぬけた、夫婦探偵もののB級の昭和パズラー。明子もところどころ、夫以上に名探偵。この事件のなかで泉一郎のライバル格となる警視庁の速水恒男警部のキャラもいい。
 ただし題名にもなった渡部選手の失踪についての謎の興味は、あまり面白くない。

 角川文庫版の180ページ目で泉一郎の最初の事件『人蟻』の回想が出てきて、本人は今でも同事件を相応に記憶に留めているようなのが興味深い。
 佳作。

No.1912 5点 丘をさまよう女- シャーリン・マクラム 2023/10/21 21:33
(ネタバレなし)
 1993年9月半ばのテネシー州。1968年に服役した無期懲役囚で、現在63歳のハイラム(ハーム)・ソーリィが脱獄、逃亡した。精神に障害があるソーリィは、自分が服役時の年齢で家族もそのままだという認識のまま、かつての自宅があった地域に向かうが、ウェイク郡のそこは18世紀後半にインディアンにさらわれた娘ケイティ・ワイラーの魂が今もさまよう地であった。郡保安官事務所のスペンサー・アロー保安官、助手希望のマーサ・エアーズはハームの行方を気に掛ける一方、目前の事件を追う。かたやハームの元妻リタとハームの実の娘のシャーロット(シャラーティ)は、ハームの接近を意識。そして地方ラジオ局のDJ「北部者のハンク」ことヘンリー・クレッツァーは、68年にハームが行なったとされる殺人事件の裡の、世に知られざる真実を掘り起こそうとしていた。

 1994年のアメリカ作品。
 作者の看板シリーズのひとつで、テネシー州アバラチア地方を舞台にした<アバラチア・シリーズ>の三作目。

 評者は青年時代に、同じ作者マクラムの『暗黒太陽の浮気娘』(シリーズ探偵は大学教授ジェイ・オメガ)を読了。
 SFコンベンションを舞台にした軽快かつヲタクの心を突いた内容を、ところどころ爆笑しながら目いっぱい楽しんだ記憶がある(同作への私的な思い入れは、メタ的な主要ギャグを今でもひとつふたつ覚えているくらいだ)。

 そんなわけでしばらく前にふと思い、マクラムの作品はあれ以降翻訳されてなかったのか? とネットを検索したら、その後の邦訳を数冊確認。
 ただしシリーズキャラクターの探偵役や物語設定はまるで別の路線みたいである。それでもまあ、あの(あれだけ面白かった)作者の作品なら、それはそれで楽しめるだろ? とネットで古書を入手。一昨日前から二日かけて読んでみる。
 なおジャンルは、捜査小説という要素が多いので、その意味で警察小説ということでひとつ(厳密には主人公たちは保安官事務所の面々だけど)。

 中身の方はまさに事前の情報通り、軽妙な『暗黒太陽の浮気娘』とは全く異なる、薄暗くて重厚な作風(まるで猫十字社の『黒のもんもん組』と『小さなお茶会』くらいの差異だ)。

 ある程度予期はしていたものの、うん……まあ……とにかくと、読み進める。ちなみに本書は本国アメリカで、
・アントニー(バウチャー)賞
・アガサ(クリスティー)賞
・マカヴィティ賞
さらに
・ネロウルフ賞
 まで受賞の四冠王である(!)
(少なくとも最初の三作はその年度の最優秀長編賞。)

 その辺の面ではさすがにおのずと期待はふくらみ、さらに冒頭のプロローグ、特殊な霊感を持つらしい老婆ノラ・ボーンスティールが、18世紀のインディアン災禍の被害者の娘ケイティの亡霊らしきイリュージョンを見るあたりから独特のゾクゾク感を見せてはくる。
 キングやクーンツの全盛時代に、スーパーナチュラル要素を味付けに用いたローカルミステリかなという気分で読み進むと、群像劇風にカメラアイの切り替わる主要登場人物たち(ハーム、保安官事務所、リタの現在の家族。DJのハンクほか)の素描は実に丁寧に語られ、それなりに読ませ……はするのだが、話の進行が緩慢で物語の事件性、秘密度などもさほど感じられない。
 一方で、土地のネイティブアメリカンとの因縁についてはかなり執拗に描かれ、アメリカ文学界ではこの辺がウケたんだろうなあ、という感じである(あ、あともうひとり主要人物として、民族歴史学者ジェレミー・コップのフットワークによる学術調査も相応の紙幅を費やして語られる)。
 ただすみませんが、東方の島国の自分には、さほどその叙述に価値も興味も見いだせない。ごめん(汗)。

 後半3~4分の1になって大きな事件が生じ、ようやくマトモなミステリらしくなるが、その頃にはどうにも読み手のこちらのテンションが下がってしまっていたし、一方で事件の構造も犯人も、登場人物がかなり多いわりにストーリーの進行がそれぞれのブロックのキャラクターごとで縦割りなので、じゃあ、真相はこんなで犯人はあの人だろうね、と推察したら、やっぱりであった。
 う~ん。正直、ツライ。

 読後に今回もTwitter(X)などで本書の感想を拾うと、傑作といっている人がいてビックリ(え~、どこが!?)。一方でAmazonでのレビューなどではそれぞれ☆三つで、やや不満めいた感想の方が目につく。うん、個人的には後者のリアクションの方に賛同。

 結局この作者、現在ではまったく日本では忘れられてしまったようだが、さもありなん、という感じ。少なくとも大半の日本人とは縁が薄い作風だったのでは、と思う。

 どうせなら、もうちょっと前述のジェイ・オメガものの方を翻訳紹介してほしかったなあ。いや実は本書(『丘を~』)の訳者あとがきでも、そっちの方も今後も出したい旨、言ってるんだけどね。たぶんこの作品『丘を~』自身が可能性の息の根を止めた気もする(汗・涙)。
 今からでもワンチャンないですか?

No.1911 7点 最恐の幽霊屋敷- 大島清昭 2023/10/19 19:25
(ネタバレなし)
 2018年。「私」こと中板橋にある「ナイトメア探偵社」の代表・獏田夢久(ばくた ゆめひさ)は、学友で不動産会社を営む尾形琳太郎から、彼が扱う物件に関連した相談を受ける。それは栃木県Sにある「最恐の幽霊屋敷」との異名を持つ一軒家で起きた、複数の怪死事件についての再調査だった。

 作者お得意のホラーミステリ。今回はかなりホラーの要素が濃厚だが、読み手の隙を突くようなタイミングでミステリの興味を打ち出してくるので、そこら辺はなかなかテクニカル。
 幽霊屋敷の大設定として、さる事情から8つもの別の悪霊が一か所に集結した場であり、それぞれの悪霊にからむエピソードも物語の中で入れ子構造的に語られながら、妖しい均衡と混沌の世界観が築かれる。
(ちょっと、現在、深夜アニメで放映中のホラー漫画『ダークギャザリング』を想起した。)

 読後にX(旧Twitter)で先に読んだ人の感想を窺うと、途中までは怖いが、(そのJホラーとしてのボリュームに)だんだん感度が麻痺してくる、という主旨の感慨を語っている方がおり、自分の感触も、これに近かった。
 いやでも、ところどころ、やっぱり、かなり怖いけれど。

 終盤のサプライズの波状攻撃は、こういう作品の形質とあいまって結構なインパクトがあった。

No.1910 9点 日本沈没- 小松左京 2023/10/19 04:46
(ネタバレなし)
 その年の夏。海洋事業関連企業「海底開発KK」に所属する潜水艇の操縦士で30歳の小野寺俊夫は、知己であるM大学の幸長助教授の恩師、田所雄介博士の依頼で、小笠原諸島北方の海域に調査に向かう。田所の専攻は地球物理学で、彼は同海域で短期間のうちに島が沈んだ怪事件を気に留めていた。やがて海底開発KKの誇る深海一万メートルまで潜行可能な高性能潜水艇「わだつみ」の中で田所と小野寺が見たものは、日本海溝の異常現象「乱泥流」。当初はまだ誰も確信に至っていないが、実はそれこそは、日本列島崩壊の序曲であった。一方、小野寺は上司・吉村の引き合わせで、名家の令嬢ながら自由奔放な美女・阿部玲子と見合いし、お互いを強く意識するが。

 今年の半ばまででの各社の各種の書籍版の総計を試算すると、すでに通算490万部(!)売れた小説だそうで(これから数年内には500万部いくか?)、図書館を利用したり当方みたいに古書で接した者まで勘案すれば、天文角的な数の読者に読まれた作品であろう。たぶん間違いなく、日本で最も多くの人々に幅広く浸透した長編SFなのだろうと推する。正に国民的作品。

 評者の場合、新旧の映画も二本のテレビシリーズも先に観た身であり、刊行後半世紀してからようやく初めて読んだ原作小説である。
 で、世代人としてはもちろん、元版のカッパノベルス版をネットで古書で入手して読んだ。その初版が昭和48年の3月20日。そして自分が今回手にしたのが、同年10月20日発行の……さんびゃくにばん!(302版!!)。いったい当時のわずか七カ月の間に、何十回・何十か所の印刷所と制本屋が、稼働したのであろう(大汗)。

 で、初読の小説版の感慨だが、とにかく情報量が多い。
 評者の場合、小松左京の長編は『日本アパッチ族』に続いて本作が二度目なので、長編作家としての作家性に関しては、ほとんど何も知らないようなものだが、いずれにしろ、この本作の中では、地球物理学、国家論に人種論、文明論、政治力学、グローバルな世界経済に宗教論、都市文化論……とにかく隙があらば、物語の流れに枝葉的に関連していく事項をすべてあまねく語り尽くそうという勢いで、あまりにも重厚な小説世界が紡がれていく。

 もちろん当時、各分野に子細なリサーチを行なったとはいえ、半世紀前の自然科学の見識で文明観であり、なかには「大事がなければ21世紀の日本は世界トップの経済大国となっているはずだ」などという、現実を鑑みれば苦笑ものの未来展望などもあるが、作中での主張のうちの相応のものが、時代を超えた普遍性を伴って読み手の胸に突き刺さる。

 改めて『日本沈没』という一大フィクションタイトルに関しては、映像作品だけ観て分かった気になっていたら、とんでもない勘違いだろうね(まあ、そんなのは『日本沈没』に限った話ではないし、一方で実は自分なんかは、新旧の映画も、同じく新旧のテレビシリーズも、別種の距離感と賞味の仕方でそれぞれにスキではあるのだが、)

 原作小説をしっかり読むと、旧作映画ではD1計画のなかで大きな役割を負いながら、時間の尺の事情からか人物像はさほど書き込まれなかった幸長助教授など、小説では小野寺との距離感や私生活の点描などもふくめてあざやかな存在感を見せる。
 さらにもうひとりD1の重要人物で、こちらは旧作映画では登場もしなかった(幸長にキャラクターを統合されたともいえる)天才数学者で情報工学の中田一成など、最大級の逆境のなかで自分の激情を押さえるその冷徹さを「あれならハードボイルド派の私立探偵だって開業できそうだ」と傍から評される。うん、実にカッコイイ。まさか『日本沈没』の中でこんな私立探偵小説好きのミステリファンが喜ぶレトリックが読めるとは思えなかった(笑)。
(なおミステリ的な側面としての本作は、物語の裏テーマの部分で、某主要人物の行動の真意が意外性として描かれる、ホワイダニット? めいた要素もあることだけ、ここでは最低限語っておく。)

 小野寺、玲子、田所博士、渡老人など、映像化作品の方で高名かつ人気のメインキャラクターたちも、それぞれ原作小説のなかでこそ見出せる叙述が豊富。
 特に物語の全編を通じ、D計画の周辺でほぼずっと活躍し続けた、特殊な立場の民間人青年=小野寺俊夫の軌跡は、確実にこの大作のひとつの軸となっている。
 中盤、多忙なD計画のさなか、小野寺が自宅のマンションに戻ると無法なヤク中の若者どもに自室を占拠されており、小野寺は一同を表に叩き出すのだが、最後になんとなくただひとり残ったわびしそうなたたずまいの娘にただの一言も具体的な事は告げずに「これで今のうちに平和な日本での楽しい思い出をつくっておけ」と心の中で叫びながら、当惑する相手にいくばくの金を渡す。そんな切ない描写が、すでにそこまでのヘビーな展開でかなりのサン値を奪われて疲弊しきっていたこちとら読み手の胸に、いっきに染みこむ。ずるいよ、小松センセ。こんなの、泣かないわけにいかないじゃないか。

 D計画が深部まで進み、小野寺が現場を去る時の描写、そして終盤のクライシスのなかでの各地での獅子奮迅の奮闘をふくめて、本作が500万部のベストセラーになった大きな要因のひとつは、小野寺という主人公の、そして何人かの彼の精神的分身的なキャラクターたち(国難の中での人間ドラマの群像劇)の描き込みだろう。それは間違いない。

 まとめるなら最大級のクライシスを主題に、大小の熱いドラマとクールでドライな無数の視線を織り交ぜた名作。
 当時のミステリマガジンでの国内新刊評「これは途方もない小説である」という一言は、改めて半世紀経って真実だったと実感する。
 細かい違和感(決して不満ではないが)を言うなら、クライシスに際してパニックに至り大小の犯罪を犯す者、自殺する者、そして……など、当然のごとく全国に星の数だけ発生しそうな日本人たちのアンダーな描写がほとんどないこと(後半、ほんの少しだけ言及されるが)。
 この辺はもう少し掘り下げてもよかった気もしないでもないが、一方でその種の描写を割愛した分、作品全編にある種の品格をもたらしている気配もなくはない。

 しみじみと幕引きになるクロージングの最後の2ページには、軽いフィニッシングストローク的な趣もあり、実は中学時代に、先にこのラストだけつまみ食いで読んでしまった評者は、その後、半世紀、心の奥底にごく軽いトラウマを秘め続けることになったのであった(……)。

 まあ、日本人なら、一生のうちに一回くらいは読んでおいて良い作品だとは思う。

No.1909 7点 闇が迫る マクベス殺人事件- ナイオ・マーシュ 2023/10/16 21:29
(ネタバレなし)
 ロンドンのサウスバンク、そしてノースバンク周辺に建つ大劇場「ドルフィン劇場」。そこではベテラン演出家ペレグリン・ジェイの指揮による「マクベス」の公演が、近日内に予定されていた。フリー契約で集まった俳優たちや裏方スタッフの間にはさまざまな人間模様が紡がれるが、やがて稽古中に匿名の主による妨害工作が続発する。二十年近く前に同劇場で起きた殺人事件を解決し、ペレグリンとも懇意になっていたスコットランドヤードの名刑事ロデリック・アレンは、くだんの「マクベス」の興行を注目していたが、ついにそんな彼の前で異常な殺人事件が発生した。

 1982年の英国(執筆はニュージーランド)作品。ロデリック・アレンシリーズの第32番目の長編で、マーシュの事実上の遺作。

 解説でも書かれているが、アメリカじゃスペンサーやらモウゼズ・ワインがデビューしてすでに十年近く経った時節に、まだこの黄金時代の名探偵は現役で活躍していたのだな。どうにも感無量だ。

 殺人が起きるのは物語の後半、かなりページが進んでからだが、登場人物のメモを取りながら読むと、座組された俳優やスタッフたち面々のこまごました群像劇が、なんか非常に楽しい。
 気分的には、高校の日常を舞台にした学園アニメで、主舞台となるサークル活動での動向を覗き込むような種類のゆかしさがあった。
 そんななかでタイトルが暗示するように、不穏な空気がじわじわと染み出してくるゾクゾク感もまたたまらない。
(中年女優のなかには、もともと「マクベス」は実は縁起の悪い芝居で、興行するとしばしよくないことが生じる、という迷信を信じているものもいる。)

 そういう物語の構成ゆえ、肝要のミステリ部分はおのずとコンデンスに後半3分の1ほどに詰め込まれた感もあるが、見方によっては伏線といえる描写もちゃんと前半から忍ばせてはある。そういう意味でソツのない作り。

 犯人の意外性はともかく、ややぶっとんだ動機は印象的だが、個人的には共感しちゃいけないものの、その思考は理解できないこともない(当人はもちろん、すこぶるマジメであったのだろう)。
 地味っぽいが曲のあるストーリー、多様なキャラクタードラマ、そしてそれらとバランス良く和えた(あえた)ミステリ要素……と、普通以上に十分面白い作品であった。
 
 で、不満は、先のレビューでnukkamさんがおっしゃる通り、本作の前日譚といえる別の長編(同じドルフィン劇場が舞台で、1966年の未訳作品)の犯人の素性を、アレンとワトスン役の部下の刑事との会話でネタバレしていること。
 こーゆーのって、翻訳者と編集部の判断で本文中の当該箇所をあえて伏字にし、解説かどっかでお断り付きで正確な訳文を紹介するとかの処置をするのもアリではないかと思う。
 いやもちろん、基本的には確かに海外ミステリの邦訳は、作者の叙述そのものの文章をそのままタテにしてもらった日本語で読むべきだとは思うけれど、あえて特例の特例措置として。

 マーシュで8点あげようか迷う作品が出るとは思わなかった。(とはいえ最終的には、作者のそーゆー天然ぶりで、なんの気兼ねなく点をやや低めにつけられる。)

No.1908 6点 - 赤川次郎 2023/10/15 16:38
(ネタバレなし)
 山を切り開いた、十五軒ほどの建売住宅が寄り集う「街」。そこは現在は倒産した不動産開発会社が、中途半端にインフラを設けた居住地だった。ある日、そこを含む一帯を大地震が襲い、「街」の住居のほぼ大半が倒壊、または半壊する。生活に必要な物資を購入するための市街地に続く橋も破壊され、重傷の者を含む数十人の住人が「街」に閉ざされるが、そんな現状の一同をさらなる脅威が襲う。それは。

「野性時代」の1983年2~6月号に連載された、クローズドサークル設定のパニック・サスペンス。
 広義の推理小説的な部分はちょっとあるがフーダニットパズラーの要素はほぼ皆無の内容。

 すでに完全に量産体制に入り、薄口の作品を輩出していた時期の赤川次郎だが、それでも時たま『プロメテウスの乙女』みたいな「ん!?」という感じの内容のものを出すこともあり、これもそんな雰囲気の一冊。
 元版(1983年のカドカワ・ノベルス版)の刊行当時、出席していたSRの会の例会で「(赤川作品ながら)あれはちょっといい」と話題になったのを覚えている。

 今回は、一、二年前にブックオフの100円棚で見つけた古い方の角川文庫版を昨夜(というか今朝)初めて読んだが、なるほど(赤川作品という括りの中でだが)それなりに面白い。

 不倫や別の犯罪、それらの秘匿~露見などのエピソードを織り交ぜながら、地震で痛めつけられた面々にさらなる(中略)が襲うのは王道の展開。
 特に目新しい部分はないが、薄味のキャラクターながら作者の筆が乗って、いい感じにくっきりと、非常事態に直面するメインキャラクターたちが描きわけられている。
 作品の細部の趣向をここで仔細にバラすのはもちろん控えるが、一同のリーダー格で初老の文筆家・中川と中盤から登場する主婦の距離感の叙述など、作者の一面であるロマンチストぶりが全開。
 物語をかき回すジョーカー役の不倫妻・辻原桂子の運用ぶりとキャラの細かい素描もなかなか良い。

 メインキャラが(中略)と読者に思わせながら、実は(中略)という手をあまりこなれていない書き方で、複数回、行なったのはちょっとアレだが、不満はそれくらいか。
 劇中の事態の全貌が細部まで見えない部分が随所にあるのは、良いような悪いような。どちらかといえば前者か。

 この手の閉ざされた空間内でのパニック・サスペンス・スリラー(そして……)としては、(それぞれの意味で)佳作以上にはなっているであろう。

No.1907 5点 悪党パーカー/ターゲット- リチャード・スターク 2023/10/15 05:49
(ネタバレなし)
 犯罪者パーカーは仲間のマーシャル・ハウェルと組んで、海兵隊員の武器横流し現場を襲撃。現金と武器を強奪した。だがハウェルは重傷を負い、パーカーは当人了解のもとに、決して口を割らない仲間として、相棒を置き去りにした。その後、ハウェルの筋だという謎の男ビリアード・キャスマンから連絡があり、パーカーは試験興行中のカジノ船「ハドソンの魂」号を襲撃する計画を持ち掛けられる。

 1998年のアメリカ作品。
「悪党パーカー」シリーズ第18弾(除くグロフィールド主演編)で、20世紀末からの復活シリーズの第2弾。
 復活編の初弾『エンジェル』は20年以上前に、ほぼ邦訳リアルタイムで読了。その後は読み逃していた旧作ばっか読んでたので、復活シリーズを読むの自体、本当に久々になる。

 とはいえ良くも悪くも十年一日感の強い内容で、パーカーが読者にもお馴染みの仲間を呼び集め、犯罪を遂行。だが思わぬイレギュラー要素があり……のフォーミュラ・パターンは本当にそのまま。
 
 カジノ船を襲うという固有の設定も、作劇の上でそこそこの意味はあるが、それで面白くなったかというと、まあ、普通くらい、という感じ。
 あえて言えば、今回は某メインキャラの原動の謎がホワイダニット的にちょっと良かったかも。
 あと、終盤のドライでクールな仲間連中の描写はちょっといい。

 水準作と佳作の中間くらいの出来。シリー全体の中でもあまり高い評価はできないだろう。
 評点は正に「まあ、楽しめた」なのでこの数字。

 復活シリーズはこのあと、邦訳が2冊。未訳分がさらにそのあと4冊ある。その未訳分が翻訳されてないのを惜しいと思うか、それほどでもないか、まずはその翻訳されている2冊分を読んでから考えよう。

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