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人並由真さん
平均点: 6.14点 書評数: 1154件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1154 7点 死のミストラル- ルイ・C・トーマ 2021/04/12 04:22
(ネタバレなし)
 その年の10月。31歳の建築家ジルベール・シャンボは、26歳の愛妻エブリーヌとともに、平穏そうな日々を送っていた。だがある夜、彼の自宅に「アントワーヌ・カルビニ」と名乗る青年がいきなり来訪。カルビニは去る6月24日、ジルベールのナンバーの乗用車がカルビニの新妻ジョゼットを挙式の日に轢き殺したと主張。ジルベールは身に覚えがないないひき逃げへの告発に反発して、カルビニに主張するが、やがて意外な事実が……。

 1975年のフランス作品。
 評者はHM文庫版(翻案テレビドラマが放映された時に刊行された)で読了。
 ルイ・C・トーマはフランスのサスペンス系作家で、日本には長編が4作紹介。80年代の本邦ミステリ界ではそこそこ人気を得ていたようなような印象があったが、本サイトでもAmazonなどでもレビューがまだない。21世紀の現在では、半ば忘れられた作家ということになるのか。
(と言いつつ、評者も読むのは、今回が初めてだ。)

 本作の傾向が近い作家の名前をあげれば、ウールリッチとアルレーあたりの混淆という感触。少しボワロー&ナルスジャックも入っているかもしれない。要はフレドリック・ダールやミッシェル・ルブランの系列かも。

 プチブルの主人公である若夫婦が蟻地獄に滑り落ちるように、一進○退しながら逆境にはまっていく大筋は息苦しいが、一方で小中の山場が豊富に用意され、サクサクお話が進んでいくのはなかなかよろしい。

 キャラクターの造形なんかも、脇役かつポジション的には重要な役割の警察関コンビなんか、お話のスキマを活用してキャラが立った人物を登場させようという感じで、こういうノリは悪くない。本当にシリアス一辺倒に語ったたらかなりダークになってしまう話に、よいいみで潤いを与えている。
 終盤のどんでん返しの波状攻撃は、中には先読みできるものもあるが、それなりの量感と手数の多さで得点に成功している。
 クロージングは(中略)という印象なのだが。

 文庫版で300ページ強。3時間で読めた佳作~秀作。
 たぶん作者は、この手の(中略)系サスペンス路線での安定株でしょう。

No.1153 5点 大迷宮- 横溝正史 2021/04/11 18:04
(ネタバレなし)
 その年の夏、東中野での興業で市民の人気を博したタンポポ・サーカス。だがそこの花形スターである空中ブランコの芸人、銀三少年がいずこかへと姿を消した。それからまもなくして中学一年生で同サーカスのファンである立花滋は、従兄弟の大学生、立花謙三が待つ軽井沢に向かう車中で、銀三そっくりな少年に出会う。やがて謙三とともに山中を彷徨う滋は、奇妙な洋館に入り込み、怪異な事件に遭遇した。謙三は知己の名探偵・金田一耕助の出馬を仰ぐが。

『少年倶楽部』1951年1月号~12月号連載。
 評者は今回、蔵書である偕成社の叢書「ジュニア探偵小説」の5巻(昭和43年4月初版。装幀・カバー絵:沢田弘、さし絵:岩田浩昌)で読了。

 うー……。少年時代から楽しみにして読まずにとっておいた一冊だが、想像を超えて(下回って)ツマラン……(涙)。

 だって金田一耕助(等々力警部も登場)VS「(中略・あえてネタバレを気にしてまだ秘す))」だよ。
 作者がそれまで別途に著述していた二大キャラクター(後者はまだ1回しか出てないが)による「巨人対怪人」の構図、趣向、コレに期待しないワケはない。
 ところが実際の中身では、両者たがいにマトモに顔合わせもせず、盛り上がらないこと甚だしい(怒)。
 わたしゃ、あのヒトが耕助に面と向かい
「ふっふっふ。貴様があの噂に聞く、一柳家の怪異の真相を暴き、獄門島の凶事を解き明かした名探偵か。いちど会って戦ってみたかったぞ」
 くらい言ってくれるものと……(大泣)。そんな外連味かけらもないんでやんの!
 ここまでオイシイ趣向を用意しておいて、少年マンガしないでどーするっ!!
 
 少なくともジュブナイルミステリ(スリラー)分野に関しては、ヨコミゾが大乱歩の足元にも及ばないことは改めてよ~くわかった。
 大傑作『宇宙怪人』の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたい。

 まあ細部で妙なまでに、ミステリ的なギミックやサプライズをいっぱい盛り込んでいることだけは認めましょう。たぶんここが見せ場なんだろうというところもいくつかあって、そのうちの一部はソコソコ、ちょっとこちらの心の琴線にヒットしたし。
(それにしてはどんでんかえしの仕込み(伏線)が、本当にネタを割るその直前からだとか、いろいろ造りがしょぼいけど・汗。)

No.1152 8点 第3の日- ジョゼフ・ヘイズ 2021/04/10 18:37
(ネタバレなし)
 1963年9月の下旬。ニューヨークの一角で一人の男性が、自分が負傷してそして記憶を失っていることに気がつく。彼は、出会う人たちが呼びかける名前と懐中の所持品から、自分が当年35歳のチャールズ・F・バンクロフトなる人物だと認定。チャールズは所持していたメモ書きに導かれて、知人らしき老婦人エーデル・バランショアを訪問。一方で直感的に自分の記憶喪失の件は、ぎりぎりまで周囲に伏せておいた方がいいと判断しながら、やがてニュージャージーの、妻アリグザンドリア(アレックス)の実家パーソンズ家へとどうにか帰り着く。パーソンズ家は先祖代々、高級帽子の製作販売で成功を収めた土地の名士で、チャールズも社長オースチンの娘婿の立場で、事業の要職を務めていたらしい。だが1年前にそのオースチンが病床についてからは、会社の業績は急落。現在は会社を譲渡すべきかの論議がなされている最中だった。やがてチャールズは会社周辺の騒動とはほかに、別のトラブル~事件に直面することになる。

 1964年のアメリカ作品。
 現状でAmazonにデータ登録がないが、邦訳は井上一夫の翻訳で角川文庫から1971年3月10日に初版が刊行(本文450ページ。定価280円)。

 作者ジョセフ(ジョゼフ)・ヘイズは、1918年にインディアナポリスで生まれたサスペンス系のミステリ作家。
 本サイトでのtider-tigerさんによる『暗闇の道』のレビューでは同作しか邦訳がないようだとあるが、実際は同作と本作、さらに早川ポケットブックに収録の『必死の逃亡者』とのべ3作品が紹介されている(tider-tigerさん、ヤボな指摘(ツッコミ)、誠にすみません~汗~)。
 
 評者がヘイズ作品を読むのは今回が初めてだが、本作品も本そのものは大昔に古書店で入手(巻末の角川文庫目録ページの上に40円と鉛筆書きがあった)。

 例によっての書庫からの蔵出し本(汗・笑)だが、本作については大昔にミステリマガジンのリアルタイムの月評で「記憶喪失もので面白い作品を読んだ覚えがない」と簡素に切って捨てられた一方、本作を話題にした後年の「本の雑誌」とかの記事などで「これはとんでもなく面白かった」と褒めてあり、その感想の差異の大きさに軽く驚いたという推移がある。

 しかしこの時期の角川文庫の翻訳ものは、初期の早川NV文庫などと同様、表紙周りにあらすじも作品の素性も記載していない、登場人物一覧もついてないというヒドイ編集&仕様なので、なんか敷居が高かった。

 それでまあ今回、思いついて勢いで読んでみたが、いや、これは面白い! ミステリマガジンではなく本の雑誌の記事の方に軍配(笑)。

 前述のように本の外側にまったく情報のないので、今回はまず本文より先に、井上一夫の訳者あとがきから読んでしまったが、そこでは<本作はタイトル通り三日間の物語>と記述。450ページはそれなりに厚めだが、しかし一方で三日間の時間枠限定でストーリーが決着するならかなりハイテンポだろうと期待したが、まさにその通りの内容。
 ただし主人公を追い詰める流れ、かかわり合ってくる登場人物たちの扱い、それらは全体的に自然なので、お話の流れに人工的な無理はほとんどない(皆無とは言えないが)。
 作中では犯罪(殺人?)にからむミステリ要素も用意されているが、どちらかといえば物語の基軸は名門実業家パーソンズ家内部の人間ドラマ、さらには企業「パーソンズ帽子」の乗っ取り? 劇の方に比重が置かれる。その辺の話の築き方が、のちのちのシドニー・シェルドンの先駆のようなティストで、かなり読み応えがある。
 訳者あとがきによるとあのバウチャーも年間ベストの一つとして賞賛したというのも、実に納得のいくところだ。

 ページ数が残り少なくなっていくなかでギリギリまでテンションを保ちながら、終盤でのまとめかたも「ああ、アメリカの(中略)だなあ」という感慨を呼ぶが、こういう作品はこれでいいのである。半世紀も前の旧作だしな。
 運よく古書店で安く出会えたり、図書館で借りられたりしたら、読んでみてもいいかもしれませんね。
 評価は0.5点ほどオマケ。

No.1151 6点 第二の顔- マルセル・エイメ 2021/04/09 04:40
(ネタバレなし)
 1930年代末のパリ周辺。「ぼく」こと38歳の平凡な中年で、広告仲介会社社長ラウル・セリュジュは、役所に出かけたその日、いつのまにか自分の顔が全く変わっていることに気づく。そこにあるのは、30歳前後のかなりの美青年の顔だった。不条理な現実に戸惑いながらも、とにもかくにもこれを事実だと受け入れたラウル。彼は自分の会社から何とか資産を持ち出し、表向きは海外出張を装いながら隠遁生活に入る。「ロラン・コルベール」と名乗ったラウルは、この怪事を妻ルネーの叔父で、好人物ながらいささかボケかけた老人アントナンに述懐。一方でとある考えから愛妻ルネーを、初対面の美青年ロランとして<不倫>の情交に誘うが。

 1941年のフランス作品。
 昭和の広義の翻訳ミステリ分野では、結構有名な不条理ファンタジーだと認識していたが、本サイトでもまだレビューがない。じゃあ、と思い、書庫で見つかったこの一冊(創元文庫の帆船マーク)を読んでみる。
 そういえば、読了後に訳者あとがきを読んで改めて意識したが、この作品、乱歩の『続・幻影城』の中で<変身願望>テーマのサンプルとして取り上げられていたのであった。

 主人公ラウルの唐突な変身の原因は不条理小説の常として? 最後まで読んでも不明(神のみわざらしいとか、そういう観測は作中でなされるが)。

 とにもかくに若くてハンサムな顔、そして新たな名前という、これまでと刷新した容姿と素性を手に入れたラウルだが、だからといって行動の枠が大きく広がったりはせず、自分の奥さんを別人を装って寝とりにいくというのが、笑えるような切ないような微妙なところ。そのほか数名のヒロインたちとの関係性をふくめて、若いハンサムに変身したからって何が大きく変わるものでもない、元の位置からそう遠ざかれない、という主張も覗いてくる(まるでサム・スペードの語る、失踪したダンナのその後の逸話のようだ)。
 
 大設定の突拍子なさの反面、その後の展開はおおむね地味で地に足がついた感じだが、それだけに随所のユーモアや人間模様のペーソス感がなかなか味わい深い。ラストの決着はちょっと引っかかるところもあるが、まあその辺は。
 とりあえず、読んでおいて良かった、とは思うけど。

No.1150 7点 重犯罪特捜班 ザ・セブン・アップス- リチャード・ポスナー 2021/04/08 14:42
(ネタバレなし)
 ニューヨーク市警内に創設された「セブン・アップ特捜隊」。それは「セブン・アップス」(刑務所に収監されれば、7年以上の量刑を受ける重犯罪者を意味する隠語)を主体に捜査と逮捕を行う、中年で独身の敏腕刑事バディー・マヌッチをリーダーとする特捜部隊だ。厳粛に法規を遵守するゆえに守勢に回り、警官側の被害と犯罪者の横行を許していたNY市警にとって、攻勢のセブン・アップ特捜隊は期待の組織だったが、同時に警察内外からも危険視される見方があった。そんななか、NYでは、マフィアの大物を誘拐して身代金を奪う犯罪者が暗躍。バディーは、幼なじみの親友で病身の妻ローズを抱えた情報屋ビトーに接触し、さらに不穏な動きの暗黒街に愛妻家の部下の刑事ケン・アンセルを潜入させるが。

 1973年のアメリカ作品。同年にアメリカで公開された(日本では74年公開)20世紀フォックスの、本書と同じ邦題の映画『重犯罪特捜班 ザ・セブン・アップス』のノベライズ作品。

 評者は、原作映画はまだ未見のはず。映画本編を観る機会がなかなか得られなかったり、あるいはこちらから読んでもいいかなと思ったノベライズを原作映画より先に手にすることは、ままあるが、これはそんな一冊。

 HN文庫の訳者(佐和誠)のあとがきを読むと、小説がいかにも映画の原作のように思わせぶりに書いてあるが、巻頭の原書版権クレジットなどを見るとあくまでノベライズなのは一目瞭然。60年代~70年代の半ばごろまでは日本の一般読書人のなかに<先に映画があり、それを小説化したノベライゼーション>という概念がまだ浸透しきっていなかったので(もちろんちゃんとその辺をわきまえている人もいたが、そんなに多くはなかった)、だからその時期の早川書房などではいくつかの作品を実際にはノベライズなのに「原作」と称して売っていたはずである(当然、該当する時期のノベライズの全てがそうだとはいわないけれど)。
 
 ノベライズという文化に関しては、基本は「しょせんは後追いのもの。単品で楽しむならまずほとんどは、原作の映像作品の方が面白い」という観測と「ノベライズでも面白いものは面白い、時には原作の映像作品よりも面白い」という意見の双方があり、そういうそれぞれの主張はミステリマガジンの読者欄とかミステリサークル、SRの会の会誌「SRマンスリー」の誌上とかで延々と目にしてきた。
 評者は個人的には後者で、作品の立ち位置を正確に認識して、適宜に評価しながら読むならノベライズそのものにも、十分に一冊の小説作品としての価値があるとは思う。
(要は具体的には、映画を未見で先にノベライズを読んだときは、その面白さが小説独自の脚色や演出で生じたものと即断せず、原作の映像作品からの継承要素である可能性も常に意識したい、ということですな。)

 そういう訳で本書(ノベライズ版『セブン・アップス』)だが、とにもかくにも地の文に力があり、一本の警察小説ミステリとしてかなり面白い。のちのちにベテラン訳者となる佐和誠の翻訳もかなり達者だとは思うし、それこそ映画がベースかもしれないが、セブン・アップス特捜隊とマフィアや誘拐犯たち犯罪者側の好テンポな視点切り替えが効果を上げて、ストーリーに絶妙な立体感を与えている。
 ちなみにセブン・アップス特捜隊の実働メンバーは主人公バディーをふくめて4人だが、その過去の人間像なども細かく叙述。この辺は確実に、小説としてのメディアでの利点(テキストでの情報量を書き込める)を活かした感触だ。
 
 それでこれはもしかしたら原作の映画も込みの? 感想になるかもしれないが、本作は警察内部で危険視されるセブン・アップス特捜隊の微妙な立ち位置も丁寧に叙述。NY市警の正道の捜査官で常日頃は特捜隊を半ば敵視しているジェリー・ヘインズ警部補が、いざ特捜隊に被害が生じた時には、何のかんの言っても同じ警察官として思いやりを見せてくれるところなんか実に泣かせる。あとこれはネタバレになりそうだからあまり書けないけれど、本作は警察捜査(アクション)ミステリでありながら、隣接するジャンルのある定型的な主題まで押さえ込んでいて、その意味でもなかなか読み応えがあった。
 終盤のクライマックスは、小説として紙幅がどんどん残り少なくなっていくなかでなかなか最後の決着に至らず、この辺の読み手を焦らすテンションの高さも印象がいい。

 なお小説執筆担当のリチャード・ポスナーは、これ以外、全然聞かない見たこともない作家。本国ではもっと活躍してるのか。これ一本で消えてしまったのか。もしかしたら別名で著作があるのか。いずれにしろ、かなり読ませる書き手という感触だった。
 小説オリジナルで「セブン・アップス特捜隊」シリーズの続刊とか出ていてもいけたんじゃないかな、そう思ったりする(まあもしかしたら、原書ではそういう流れがないとは……万にひとつくらいは可能性はある……のか?)

No.1149 6点 ドンとこい、死神!- 辻真先 2021/04/06 06:12
(ネタバレなし)
 一年前の山梨県笛吹川の大水害のなか、両親を失った高校生の風早圭。圭は後見人的な立場の伯父、英造とその妻、松江の夫婦を自宅に迎える形で同居していたが、ある日、工事現場で頭上から重量物が落下し、危うく死にかけた。だがその災難を機に、圭は寿命のつきかける寸前の人たちの周囲に出現する<死に神>が、彼だけに見えるようになった。そして死に神は、圭の幼なじみで同級生の美少女、柘植礼子の周囲に出現。圭は懸命に礼子を救おうとするが、彼の苦闘は裏目に出て、むしろ圭のために礼子が死ぬ流れになる。礼子の死をあきらめきれない圭は、自分だけに見える死に神に強引に深い接触をはかり、死の世界から礼子を取り戻そうとするが。

 1970年に、本邦ライトノベル叢書の先駆といえる「サンヤング」(朝日ソノラマ)から刊行された作品。元版は「ミステリーヤング」の肩書で上梓されたが、内容は青春ホラーアクション異世界(冥界)ファンタジー。まあ広義の「ミステリー」だし、さらにこの頃は「ミステリー」といえば、怪奇幻想ものに寄った含意もあったとは思う。
 なおソノラマ文庫に入ったときに『死に神はあした来る』といささか地味なタイトルに改題(現状でAmazonにはこの改題後のソノラマ文庫版のみデータ登録されている)。
 なぜゆえに死神に「に」が入る? とも思うが(本文も同様に「に」入り)、それはさておき、評者は今回、こっちのソノラマ文庫版で読んだ。

 長寿作家・辻真先の膨大な著作群の先鞭をつける、きわめてごく初期のオリジナル小説のひとつ(もしかしたらノベライズものを別にすれば、これが本当にオリジナル長編の第一弾か?)だが、そんな小説分野に踏み出したばかりの作者の若い(といってもすでに40近いが)日の情熱ゆえか、お話のはっちゃけぶりはなかなか凄まじい。

 冥界の死に神に知己を得て食い下がり、何回かわざと死んでは(あるいは殺されるのを甘受しては)恋人の礼子救出を二度三度とやり直す大筋もぶっとんでいるが、一方で現実世界でも次第に、実は隠されていた大きな秘密が明かされてくる。この辺のストーリーの立体感は、お世辞抜きにさすがは辻センセの本領発揮。
 くわえて冥界では青池保子の『イヴの息子たち』かファーマーの「リバーワールド」風の<あの手>の趣向も用意されていて、しかもそのキャスティングのイカレっぷりにすんごくニヤリとさせられる。

 なんでもアリが許されるような作品なのでラストはどうまとめてもいいとも思ったが、予想以上に手堅く組み上げており、その辺もまたちょっと唸らされた。

 キャラクターでは特に(中略)の、(中略)と(中略)を行ったり来たりの人物造形がケッサク。あの世からの恋人奪回というメインプロットの流れにおいてはイマイチ重要度は低い? 作中人物という気もするが、それでも当該キャラクターの存在ゆえに、この作品はかなり厚みを増したとは思う。

 辻作品の体系に関心のある人、あるいはその超人的な実績のルーツを探りたい人とかは、一度手にとってみるのも、よござんしょう。 

No.1148 8点 ふたりの真犯人 三億円事件の謎- 三好徹 2021/04/05 08:56
(ネタバレなし)
 1968年(昭和43年)12月10日。東京の府中で起きた現金輸送車強奪事件。それは「三億円事件」として昭和史に残る大事件となり、捜査員のべ17万人、容疑者12万人近くという大捜査を展開しながら7年後に時効を迎えた。事件発生当時、某新聞の社会部にいた当時30代半ばの独身記者・重藤は事件開幕時からの経緯を語るが、やがて時効が成立したのち、一人の人物が現れる……。

 月刊「小説サンデー毎日」に昭和50年10月号より5回にわたって連載された、疑似ドキュメンタリー形式のミステリ。言うまでもなく、現実に起きた著名な現金輸送車襲撃事件を題材に、その時効のタイミングを連載の途中に組み合わせる形で執筆された(つまり万が一、時効以前に事件が解決していたら、当然、この作品は結末が大きく変わっていたことになる)。

 時効のタイミングに連載をリアルタイムで合わせるというアクロバティックな手法は「三億円事件」に関してはたぶん他にも当時の例があったと思うが、記憶にある限りでは「週刊少年チャンピオン」に連載された石川球太の実録刑事マンガ『ザ・ノラ犬』の第一部がこの趣向で本事件を素材に展開。現実に三億円事件の捜査に途中から登用された昭和の名物刑事・平塚八兵衛氏を主人公にしたドキュメンタリーコミックだった(大昔の少年時代に、テレビでインタビューを受けている平塚氏の姿を、たった一回だけ、観た覚えがある)。

 本書の元版は光文社のカッパ・ノベルスから『ふたりの真犯人 三億円事件の謎』の書名(~真犯人、までがメインタイトル)で1976年3月25日に「長編推理小説」の肩書で刊行。
 のちに文春文庫に入った際に『三億円事件の謎』に改題された。これだと小説というよりは、純粋なノンフィクションドキュメントに見えないこともない。
(ちなみにAmazonでは現状、こっちの文春文庫のみデータ登録されている。)

 評者は今回、大昔に買ったカッパ・ノベルス版(たぶんミステリマガジンの書評とかでホメてあり、それに乗せられたんだと思う)を書庫から見つけて読了。

 事件そのものと、その事前工作らしい数回の脅迫状の件、さらには事件捜査のデティルを圧倒的な情報量で客観的に詳述。その端々に挟み込む形で、主人公の重藤記者の仮説や推理が語られる。
 
 本書の内容は、多大な労力を費やした捜査陣の苦闘を非難するわけでは決してなかろうが、捜査の初動にどこか、ある種の精神主義にかまけた甘さといびつさがあったのでは? とやんわりと指摘。当初は3週間でこの事件は解決されるだろうと楽観していた捜査陣にも苦い一瞥を向けている。
 
 強烈に読み応えのある一冊だが、ラストは「作品」としてまとめるためにいささか性急にフィクションの部分を導入した印象がなくもない。
 とはいえ、その終盤で語られる<三億円の現金の行方>についての作者の仮説などはかなり興味深い。
 前述のAmazonでは文春文庫の方のレビューが激賞ばかりだが、納得できる反響ではあろう。
 「三億円事件」、現実の昭和史に関心のある人ならお勧めしたいドキュメンタリーミステリである。

No.1147 6点 アラベスク- アレックス・ゴードン 2021/04/04 04:47
(ネタバレなし)
 アメリカの大学で毎週短時間だけ歴史を教える38歳の考古学者フィリップ・ホーグは、あまりに少ない年俸に喘いでいた。美人の妻ミッジ(マーガレット)は甲斐性なしの夫に呆れ、娘のデイディを連れて家を出る。だがホーグは大好きな象形文字の学究のため、わずかな収入でも大学を離れる気はなかった。そんなとき、ホーグの教え子で中東の某国から留学中の少年エーヴァ・ベシュラーヴィが、高額のバイトを申し出た。エーヴァの父デーイムは先日不慮の転落死を遂げたが、彼が解読する予定の業務上の暗号文書が解けないまま遺され、伯父のナージュが難儀しているという。その暗号の解読に、ホーグの持つ象形文字判読の学識が有益だと見込まれたのだ。この話に応じるホーグだが、やがて彼は予想もしない陰謀の渦中に巻き込まれていく。

 1961年のアメリカ作品。1966年のアメリカ映画『アラベスク』の原作ミステリで、同年に映画が日本で公開されたのに合わせて邦訳された(ポケミスの初版は1966年8月31日刊行)。
 
 映画は未見だが、Wikipediaによると、大学の教員が暗号解読を頼まれるという大筋などのみが原作と共通。映画の舞台は英国で、主演のグレゴリー・ペックは独身のオックスフォード大学の教授に設定を改変されている(主人公の名前も違っているようだ)。共演のソフィア・ローレンのセミヌードスチールがなかなかイヤラシイが、この映画のヒロインの設定もほぼセミオリジナルらしい。なお小説の原題は「THE CIPHER(サイファー=暗号)」。
 
 全体的にアメリカ作品というよりは、英国の巻き込まれ型冒険(中略)スリラーを思わせる雰囲気の内容で、その意味では映画が物語の場をイギリスにしたのは、非常に得心がいく。
 読んでいる最中の感触は、80年代の文春文庫の単発の翻訳ミステリ、あのへんの気分に非常に近かった。適度に都会派で適度にユーモアがあって、そして淡々とそれなりに面白い感じ。
(本作の場合は中盤ちょっとかったるい感じもあったが、一方で場面場面では、なかなか印象に残るシーンもあったりする。)

 主人公はもちろんホーグだが、途中から副主人公的なポジションとしてVIPを警備する「特別警備の鬼」と異名をとる独身の中年警部トーマス・L・ドチャーティがかなりの場面に登場。三人称の小説形式を活用して、二人のメインキャラが軸となって物語を進行させていく。
 暗号の謎、その向こうに潜む陰謀、意外な黒幕などそれぞれまあ良い意味で水準点、という印象。
 かたやキャラクタードラマの方は、作者の当初からの構想にぶれがなく収まるところに収まる感じで、この辺のくっきり度には好感を抱いた。

 やや倦怠を感じる箇所もあるが、全体的には佳作のスリラー。映画と切り離して一本の小説として接しても、それなりに楽しめるだろう。

No.1146 7点 狙われる男- 生島治郎 2021/04/03 18:54
(ネタバレなし) 
 部長の桂秀樹が統括する、警視庁の特捜部隊「影」。同組織は「ブラック・チェンバー」の別称で警察内に知られ、所轄を超えた自由な捜査権を持つ。だがそれは同時に、国内各地の犯罪やトラブルへの対処を何でも強いられる、どぶさらいのような仕事であった。「影」の主力である二人の刑事、青年・鏡俊太郎と中年・轟啓介は今日もまた新たな事件の中に。

 1969年からフジテレビ系で2クール放映された1時間枠のテレビドラマ「ブラックチェンバー」(主演、中山仁、内田良平。番組は後半『特命捜査室』に改題)の原作。
 本書『狙われる男』には7編の連作中短編(鏡と轟の事件簿)が収録されている。

 評者が読んだ本作『狙われる男』は1970年の元版で、テレビ番組とほぼ同時に刊行。
 生島が番組プロデューサーの要請に応じて先に原作設定を提出し、番組の流れが定まってから、タイアップ的にどこかの雑誌にこの「原作小説」を連載したのかもしれない。

 テレビ用企画が先行か? と疑うと何となく安っぽく思えるところもあって、これまで読まずに放っておいた。が、いざ読み出すとエピソードのネタはバラエティに富み、また一方で良い感じに生島ハードボイルドになっていて面白い。

 なんというか、志田、久須見、紅真吾あたりの生島の生粋の自前キャラなら、あとあとまで大事にしたいのであろう作者の思い入れゆえにソコまで汚れ役を任せられないような際どいテリトリーまで、テレビ企画用の使い捨てキャラという意味合いで踏み込ませている気配がある。
 そういうニュアンスで期待以上にワルの匂いが漂っていた主人公たちだが、そう構えて付き合おうとすると関係者への人情や繊細な弱い面も披露してきて、なかなかキャラクターの懐が太い。

 潜入捜査官という設定ゆえ、最初はメインゲストキャラの視点で物語を始めて、そこに変名を用いた鏡たちが介入してくるパターンの話なども随時用意され、お話の内容はなかなかバラエティ感豊か。
 全部が全部秀作というわけではないが、それなりに手の込んだストーリーに続けてシンプルなプロットの話が続いたりするのも、一冊の連作ミステリ集としての起伏につながっていって楽しかった。
 外出時の読み物としては結構な一冊で、就寝前にもベッドに持ち込んで何編か読んだ。
「こういうもの」が楽しめるヒトなら、読んでもいいんじゃないかと思うよ。

No.1145 6点 二人と二人の愛の物語- 笹沢左保 2021/04/02 05:52
(ネタバレなし)
 その年の8月20日。都内の町田で火災が発生して、現場からホテル「ニュー東洋」の運転手である41歳の岸田昌平の死体が見つかる。当初は単純な火災事故死かと思われたが、やがて岸田は多方面に手を伸ばす悪質な恐喝者と判明。恐喝の被害を受けていた者に殺された可能性が取りざたされる。そしてこの恐喝者の死は、直接は接点のなかった二組の愛し合う男女の運命に大きく関わっていった。

 徳間文庫版で読了。
 あんまり多くは言えない作品だが、とにかく読んでるうちはやめられず、深夜にページを開いて朝方までに読了してしまった。

 ストーリーテリングというかオハナシ作りの妙だけいったら、作者の無数の著作のなかでも上位にいくかもしれない。
(それは登場人物を、良い意味で駒として扱う作者の筆さばきも含めて。)

 それだけにラストは唖然呆然とした。
 これはアリか? とも思うが、作者は120%自覚した上でのクロージングであろう。
 ロマンスサスペンスとしては一等作品。謎解きミステリとしては……。
 まあ、読んで良かったとは思う。

No.1144 4点 ある殺人の肖像- ジュリアン・シモンズ 2021/04/02 03:07
(ネタバレなし)
 イギリス下院議員の経歴を持ち、現在は出版社「庶民社」の社主であるオッキー・ガイ。彼は自社の定期刊行物「庶民」「今日の犯罪」を通して、さらにテレビなどにも登場する庶民の味方の論客として、一般市民の支持を得ていた。だが盤石に見えた庶民社は実は現状、急いで資産援助をしなければならない状況にあり、そのためにワンマン社長のオッキーは手段を選ばなかった。そんななか、会社の周辺で一人の幹部社員が何者かに刺殺される。

 1962年の英国作品。
 うーん、この数年、手にしてきたシモンズ作品はどれも7点以上、一律に読み応えのある面白いものばかりだったが、これはちょっと。

 物語の舞台となる出版社「庶民社」にからむ群像劇は緻密。そのメイン人物はもちろんオッキーだが、雑誌「今日の犯罪」の編集長で新入社員の女子に亡き妻の面影を見て恋心を抱く青年「ボーイ・カートン」ことチャールス・カートンが副主人公となる。
 しかし丁寧さは感じるものの、ちっともストーリー的にも謎解きミステリ的にもハジけた感じがしなくて凡庸。いったいこの作品は、どこで勝負しようとしたのだ? という感想である。
(住宅難の少女一家をネタに、これ見よがしにイイことをして善人アピールしようとしたオッキーのくだりは、ちょっと風刺がきいていたが。)

 最後の方にちょっとミステリとしてのひねりがあるのはわかるんだけれど、真相を聞かされて、はあ、それで? という思い。たぶん数か月したら、あんまり面白くなかったこと以外、忘れているでしょう(汗)。

 シモンズもヒットばかりではなかったのだな、という感じ。ポケミスの解説も、よくよむとこの作品そのものは実ははっきりとはホメてないね?
 まあ次回からは、いい意味で期待値を下げてシモンズ作品に付き合っていきましょう。 

No.1143 6点 ダブル・デュースの対決- ロバート・B・パーカー 2021/03/31 13:46
(ネタバレなし)
 ボストンの公営住宅地で、黒人のスラム街「ダブル・デュース」。その年の4月13日にそこで、14歳の黒人娘でシングルマザーのデヴォナ・ジェファスンとその赤ん坊が射殺された。理由は、デヴョナの彼氏「トールマン」が麻薬の売人だったことにからむらしい。黒人牧師オレティス・ティリスたち町の人々は、黒人の荒事師ホークにデヴォナ殺しの犯人の捜査と町の浄化を依頼。「私」こと私立探偵スペンサーはホークの要請を受けて、ともに、町に巣くう不良少年一味「ホウバート」と対峙する。

 1992年のアメリカ作品。スペンサーシリーズの第19弾。

 評者は本シリーズは初期編はそれなりに愛読。そのあと『約束の地』(権田萬治いわく<「警察の御用聞き」私立探偵小説>)だの『ユダの山羊』(プロットのシンプル化が加速)だののお騒がせ作品が出るようになってから、何となく雰囲気が変わり、でも『初秋』は人並に好感。そんななかで一番スキなのは、とある事態へのスペンサーの対応が、いまでいう厨二的? にキマった『儀式』だったりする。

 その『儀式』(シリーズ9作目)を最後にこのシリーズからは離れていたが、書庫をかきまわしたら、なぜか古書で買っていた本作のハードカバー版が出てきた。
 それでシリーズとしてはつまみ食いの流れは承知で、気が向いて読み始めてみる。たぶんウン十年ぶりのシリーズとの再会。

 本作のポイントは「黒人スラム街もの」「ホーク主役編」「黒人不良少年もの」「ホークとゲストヒロインの黒人美女とのラブロマンス」などなど。
 ひさびさに読んだこの時期の菊池光の訳文のカタカナ表記はスゴイし(発音の文字への置換でクセが強すぎる)、お話も例によってシンプル。ミステリとしてはこの上なくどうということもない内容。ただまあそういう読み方で付き合う作品ではないね。
 今回は特にスペンサー&スーザンが、新聞の日曜版の文化欄で語られる非行少年問題について、あれこれ私見を述べている中流家庭の人たちみたいである。
 まあこのシリーズは往往にしてそんな感じだが。

 ホークとメインゲストである黒人不良少年チームのボス、メイジャー・ジョンスンとの関係性、その推移はちょっと印象的だった。
 ただしそれ以上にちょっと心に引っかかったのは、ラストでスーザンに向けてスペンサーが語るある述懐。
 90年代の現実で卑しい町を歩く私立探偵としては、コストパフォーマンスの高い一言であった。

 読後にAmazonのレビューを読むとシリーズ復調の快作とかファンの快哉がワンサカ。
 ほとんど一見さんみたいな出戻りファンとしては、とてもこの熱狂にはなじめないという感じで苦笑。
 個人的にはまあ佳作、くらいか。評点は0.5点オマケ。

No.1142 7点 もしもし、還る。- 白河三兎 2021/03/30 16:53
(ネタバレなし)
「僕」こと28歳の社会人・田辺志朗(「シロ」)は気が付くと、サハラ砂漠を思わせる赤い砂塵の広大な無人の砂原にいた。そこにひとつの電話ボックスが出現。事態の経緯もわからないまま、シロは助けを求めて119番に電話をかけるが……。

 文庫書き下ろし作品。
 評者は白河作品は2014年以降の新刊ばかり読んできたので、旧作として手にしたのはこれが初めて。

 いきなり不条理SF風のシチュエーションから開幕して、そのまま主人公シロのこれまでの半生が抱える複数の謎の興味に踏み込んでいく。
 一方でこの異常な世界の構造というか、成立の経緯についての探求はどちらかといえば消極的で、途中でたぶんそういうことなのかも知れないという示唆が読者に与えられる程度。
 ただしとにもかくにもシロは、この奇妙な空間での約束事やシステムをかなり柔軟に認識して思索や試行を進める。読者はそんなシロの視点に付き合った上で、彼の周辺に起きたいくつかの謎の真実を探るという、すごくゆるやかな意味でのSFミステリだといえる。

 主人公のひねた、しかし透明感でいっぱいの内面描写やキャラクター造形など、まさに白河節が炸裂という感じ。
 それだけに(Amazonのレビューで同様のことを言っていた人がいたが)終盤がかなり駆け足で舌っ足らず気味なのが惜しまれる。(中略)の正体などは、まあそういうこと……なんだろうけれど。
 あと主人公の(中略)の思考、白河作品で初めて「めんどくさいな、こいつ」的な思いを抱いた(汗)。評者のそんな感慨が当を得ているかどうかは、正直、自分でもよくわからないが。

 いずれにしても、作者のこの時期の作家としての器量を、改めて実感させられた一冊。
 佳作とか秀作とかいう前に、これはまずは白河作品、だと思う。

No.1141 6点 撮影現場は止まらせない! 制作部女子・万理の謎解き- 藤石波矢 2021/03/30 15:49
(ネタバレなし)
 中堅の映画監督、連城祐基の現場で、製作部のスタッフとして働く「ばんり」こと29歳の佐古田万理。万理の仕事は、映画の撮影作業が潤滑に進むよう製作体制の全般を支援する「制作進行」だ。この仕事について6年めの万理だが、彼女の周囲には連城監督や上司のプロデューサー、春日部ほかもの作りの仕事に強い接点を見出す人々が集う。だがそんな撮影現場では、予期しない事件が。

 映画撮影現場を舞台にした業界もの+「日常の謎」ものの連作中編ミステリ。
 書き下ろしの文庫で、本文全体は230ページほどと短め。全4話のストーリーが語られる。

 基本は人間関係の綾に基軸を置いた謎解きで、ときに苦い主題を扱いながらも後味が悪い話はない。
 
 さらに実際に作者に映画制作に関わった素養があるのか、あるいは取材や考証が充分なのか、映画の撮影や企画制作についてのトリヴィアも楽しく学べる。
(もし何か問題があるとしたら、それは読み取れない評者の方の問題だ。)

 さらに主人公ばんりほか、映画制作に参加する人間たちの心の傾斜ぶりも適宜に抑えられている(単純に「映画が好き」という言葉でまとめない辺り、21世紀の作品として気を使っている)。

 前述の業界もの+日常の謎解きとして、全体的に優等生的な連作ミステリ集。一本読み終えたらすぐまた次に行きたくなるくらいには、楽しかった。

 良い意味で、この手のスタンダードな一冊。 
 シリーズ化はしてほしい反面、あまりマンネリになってもツマランな、という思いも感じる作品でもあった。 

No.1140 6点 わが愛しのワトスン- マーガレット・パーク・ブリッジズ 2021/03/29 04:43
(ネタバレなし)
 19世紀のイギリス。「私」こと、1854年1月6日生まれの少女ルーシーは14歳のある日、自宅で、激情に駆られた実父が実母を弾みで殺害する現場に立ち会った。そのまま家を出たルーシーは、オクスフォード大の学生寮の<兄>のもとに転がり込み、ひそかに数か月を過ごすが、やがて出奔。男装して、生きるための経験をロンドンの裏社会で積んでいく。少女時代から常人ならぬ読書家で、独学で天性の叡智を磨いたルーシーは、男性「シャーロック・ホームズ」として諮問探偵を開業。運命的に出会った親友ジョン・ワトスンにも本来の性別を秘匿しながら名探偵として活躍し、そしてライヘンバッハの滝からも帰還した。そんなルーシー=ホームズも今では50歳代。ワトスンの三度目の妻との死別を慰めるが、そんな彼らのもとに一人の若き赤毛の美人の依頼人が来訪する。彼女は若手女優のコンスタンス・モリアーティ。あの犯罪界のナボレオンの遺児であった。

 第10回「サントリーミステリー大賞」特別佳作賞・受賞作品。
 原稿は1957年4月生まれのアメリカ女性マーガレット・パーク・ブリッジズによって英語で書かれて同賞に応募され、受賞後に翻訳されて日本で刊行された。
 判断に迷うところもあるが、作品が英語で書かれたことから登録はとりあえず海外作家(作品)としておく。
 作者ブリッジズは本業は広告エディターで、アマチュア演劇人としても活躍。評者は現状では、これ以外の著作は確認していない。

 ホームズはあるいはワトスンは女だった、というのは古来から知的遊戯的に提唱されるシャーロッキアンの学説(悪ふざけ)だが、これは本気でその設定で、一応はマジメな作りで長編を仕立ててしまった一冊。パスティーシュとパロディが相半ばしたような作品だ。

 というか私的に連想したのは、アメリカンコミックの大手ブランド「DCコミックス」の<エルスワールド>路線で、これはスーパーマンやバットマンの正編世界を離れて「もしバットマンがバイキングだったら」「もしバットマンが西部の時代にいたら」「もしキャル・エル(クリプトン人としてのスーパーマンの本名)が、スモールヴィルのケント夫妻でなく、子宝に恵まれなかったゴッサムのウェイン夫妻に拾われていたら」……などなどの<ホワット・イフ>的なパラレルワールド設定での外伝を語るもの。

 本作は、そういったDCコミックスの「エルスワールド」路線と同種の<「もしホームズが実は女性で、その事実を隠しながら実績を重ねていたら」というパラレルワールドでの物語>と受け止めるのが、いちばん分かりやすい。

 もちろん要は戯作の類だが、21世紀の今では割とありふれているジェンダー変換もの(ゲームだの漫画だのラノベだのに、山のようにあるネ)の先駆として、筋運びそのものは、けっこう生硬かつマジメに進んでいく。
(一部のご愛嬌的な展開はあるにせよ。)
 そういう意味ではうわついた内容ではなく、手堅く楽しめるパスティーシュ&パロディといえる。

 特に後半、さる事情から<女性の素顔>になった(逆説的な変装)ホームズの行状はなんとも言い難い味わいで、本作独自の奇妙な感触になじんでくると、これはこれでオモシロイ。
 悪役キャラの悪事が広がっていかず、最後までせせこましいとか、そもそもこの大設定なら、もっと原典世界で踏み込むネタがあるんじゃないか、という弱点も感じたが、まあその辺はボチボチ。

 ちなみに冒頭の<「ホームズ」の実父の実母殺し>のエピソードだが、この<名探偵の語られざる秘話>ネタは、ニコラス・メイヤーの『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』の中にも登場したのを覚えている。
 もちろんドイルの原典世界で直接は叙述されていない文芸だが、シャーロッキアンの学説でそういう観測に行き当たるらしい? というのを以前にどっかで読んだような記憶がある。たぶんちょっとしたシャーロッキアンなら鼻で笑うような常識なんだろう。そのうち資料にでもいきあたったら、確認してみることにしようか。

No.1139 6点 暗い森の少女- ジョン・ソール 2021/03/28 04:30
(ネタバレなし)
 20世紀の半ば。米国のニューイングランド地方のポートアーベロの町。そこに屋敷を構えるコンジャー家は、一世紀以上の歴史を誇る土地の名家だった。だが屋敷と海岸の間には小規模な森があり、うっそうとした茂みにはコンジャー家の醜聞といえる惨劇の伝承がのこされていた。そして1年前に、コンジャー家の現当主ジャックの次女セーラが行方不明になっていた。そのセーラは外傷も性的暴行の痕跡もなく発見されたが、彼女の精神は半ば外界から閉ざされていた。そして今また、ポートアーベロでは一人の少女が姿を消して……。

 アメリカの1977年作品。
 キングやクーンツに次ぐ米国ホラー界の人気作家(F・P・ウィルソンあたりと同ランクか)で、日本でもそれなりの作品が翻訳紹介されているジョン・ソールの処女長編。同時にこれが日本に初めて翻訳された長編である。

 とはいっても実はたぶん、評者も読むのはこれが初めて。
 大昔に、作者の名前をジェリー・ソウル(50年代SFミステリ『時間溶解機』の作者……というより、評者にとっては東宝怪獣映画『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』の原案者)と半ば勘違いして本書を購入。
 初版の表紙ジャケットがキューピー人形みたいに可愛い女の子の不気味なアップというコワイものだったのでおぞけをふるい、そのままツンドクで何十年も放っておいた(汗)。ちなみに後年の新バージョンの表紙(森と少女を引きのロングカットで描いてある方)はすごく洒落てるね。こっちの表紙で出会いたかった気もする。

 それで21世紀の現在、その後、日本でもジョン・ソールが人気作家になったことぐらいはさすがに知っていたし、未読のタイトルのなかにはなんか面白そうなものもあるので、じゃあまずはコレから、とウン十年前に買ったNV文庫を読み出してみる。

 原書が刊行された当時のアメリカホラー小説界は、すでに完全にモダンホラーの時代に突入。科学視点の導入で怪異に切り込む手法なんかももう定着していたが、本作はあえて古色蒼然たる作劇で、当時の現代アメリカとスーパーナチュラルな要素を組み合わせている。
(恐怖の実態の正体は、ここではあえて書かない。まあプロローグ部分の第一章を経て、主幹部分の第二章へと読み進めば、すぐに分かるが。)

 感想としては実に胸糞が悪い話の反面、ストーリーに無駄もなく勢いがあるので止められない。もともとこういう話がイヤなら最初から読まなきゃいいのだから、ホラーとしては十分に成功しているといえる。

 ただまぁ面白かった、と一言で言い切るには、生理的に不快な作品で、こういうのを読むのはやはりタマにして、キングや澤村伊智みたいなアクションホラーの方をメインにしたい、とも思う。不愉快に思った人を責められないし、自分に年少の子供がいたら読ませたくない作品だ。『若草物語』でジョオの著作を見て顔をしかめたベア先生の気分がよくわかる(実は『若草~』は「小学六年生」の花村えい子のコミカライズ版~名作だと思う~しか読んでないが)。

 中身のイヤな描写にあんまり抵抗のない人なら評点は7~8点つけるだろう。
 まあ面白かった、のではあるが。

No.1138 7点 原色の蛾- 西村寿行 2021/03/27 05:22
(ネタバレなし)
 昭和49~50年にかけて「問題小説」「小説宝石」の系列(本誌、別冊)に掲載された短編7本を収録した、文庫オリジナルの一冊。

 以下、簡単にメモ&寸評&感想。

「原色の蛾」
轢き逃げをした若い医者夫婦が、強迫者におびえて殺害するが……。若妻が脅迫されてNTRるイヤラしい描写など、もういきなり西村寿行らしさ爆発で、巻頭から楽しめる。蛾という昆虫の生態にからむ犯罪の露見は専門知識を黙って読むだけだが、語り口の鮮やかさは例によって素晴らしい。

「闇に描いた絵」
メインの動物はウサギコウモリ。若い不器用な女を主人公にしたゾクゾク感と、最後の意外性はなかなか鮮烈。

「黒い蛇」
トリッキィな趣向では本書の中でも上位に来る一編だが、欲深い中年主人公の行状が全体的に薄暗くもユーモラスな感触。以上の3作に、一応のシリーズキャラクターといえる警視庁捜査一課の初老刑事・徳田が登場。ほかの長短篇には出ていないのだろうか?

「高価な代償」
玉の輿に乗る娘を山中で二人組にレイプされ、その片方を射殺してしまった地裁判事。彼は社会的立場を考えて、さまざまな保身をはかるが……。ラストのどんでん返しが西村寿行版スレッサーという趣だ。

「毒の果実」
離婚の危機にある失業亭主とその若妻。そんな彼らの住むアパートの夜半に、丑ノ刻参りを思わせる釘の音が響き……。ストーリーの流れは面白かったが、これは作中のリアルとして弁明すればなにか抜け道がありそうな気もする。

「恐怖の影」
ドッペルゲンガーの幻覚におびえて故殺? をしてしまったと主張する容疑者。語り口の妙で読ませるが、良くも悪くもいちばんフツーの(以下略)。

「刑事」
若妻を大晦日~元旦にかけてレイプ、惨殺されて長い歳月をかけて真犯人を追う刑事の執念。本書のトリを務めるに相応しい力作で、後半に見えてくる根幹のアイデアというか文芸が強烈。事件の関係者=サブキャラとのからみの部分がちょっと(ハイテンションな短編~中編としては)ダレるかも。
 しかし最後の1ページのあの台詞は……寿行だよなあ……。

 以上、寿行は短編もイケると改めて確認させてくれる一冊。外出時のお供には最強の短編集でしょう。

No.1137 9点 ツイン・シティに死す- デイヴィッド・ハウスライト 2021/03/27 04:43
(ネタバレなし)
 1990年代の米国ミネソタ州。地元セント・ポール市警の敏腕刑事だったホランド・テイラーは、酔漢のひき逃げ犯人に妻子を殺された。家族を失って刑事稼業にも虚無感を抱いたテイラーは退職し、私立探偵となる。だが探偵業を始めて4年目のある日、逮捕されて投獄されて途中から矯正施設に入っていたひき逃げ犯ジョン・ブラウンが、仮釈放の直後に何者かに射殺された。テイラーにも嫌疑がかかるが、潔白を訴えて放免。先の展開もない興味と思いつつ、ブラウン殺害事件を調べ始める。だがその調査はブラウンが収容されていた矯正施設の関係筋を介して、次の仕事の依頼に繋がった。それは次期ミネソタ州知事の有力候補で、美人のキャロル・キャサリン(C・C)・モンローのスキャンダル映像にからむ脅迫事件だった。やがてテイラーの前に、予期しない新たな他殺死体が。

 1995年のアメリカ作品。

 本ばっかりの部屋の中で、いつ買ったか覚えていないポケミスの古書が見つかった(ブックオフの250円の値札がついていた)。
 それで帯に「MWA最優秀処女長編賞」「ハードボイルド新時代を予期させるニューカマー」とあるのに興味を引かれて、読んでみる。

 そうしたらこれがメチャクチャ面白い! 

 ポケミスの裏表紙には、主人公テイラーが取り組む<美人知事候補がつい過去に過ちで撮影したという、ハメ撮りビデオテープ>にからむ脅迫事件のあらすじが書かれているが、実はこの流れになるのは本文50~60ページを過ぎてから。
 そんな主幹の物語に行くまでに、主人公の妻子の仇である酔いどれドライバー殺人事件、さらにはテイラー当人が仕事で調べている最中のヤクザの賭場のイカサマ事件なども過不足のない紙幅で語られる。そしてそれらの並行する複数の事件の中身が、次第に奇妙な流れで重なりあっていく?

 たとえばチーム主人公シフトの警察小説なら、モジュラー方式の複数事件を捌くのはメインキャラに事件を分担させることで、基本はそんなに大変でもない。

 だが本作の場合は一人称のハードボイルド私立探偵の主人公が
①当人の昔日の悲劇に関わる案件
②物語の開幕当初から抱えていた事件
③新たに持ち込まれた事件(これが本作の中でのメインとなる)
(まだあるかも?)
……と、それぞれの事件への食いつき方を違えるという手法で、わかりやすく整理されている。
 その結果、ストーリーには自然な立体感と心地よい錯綜感の双方が発生。トータルとして、作品の全域にわたって結構な読み応えを感じさせている。

 くわえて細部のツイストというか意外性の小出しぶりも鮮やかで、さらに終盤に明らかになる事件の大きな真相(これは殺人事件に関するもの限らないが)がかなり強烈だ。

 ……なるほど処女作でこの腹応えと完成度だったら、MWA新人賞なんか軽くとれるだろ、という感じである。

 なお個人的にすごく好感がもてたのは、あいからわず「卑しい街」が立ち並ぶ1990年代のアメリカ社会のなかで、それでもその現実のなかで主人公テイラーがちゃんと彼なりにきっちりとモラルの線引きをしようとしていること。
 テイラーは、心の弱さやどうしようもない思いゆえに道を踏み外してしまい、のちにそのことを恥じるような人間には極力、寛容だ。しかしその一方、きれいだけじゃ生きられないと最初からうそぶきにかかるずるい手合には、すごく厳しい。
 このボーダーラインの使い分けがすごい印象的だ。これはクライマックスを経て、まったく別個に作中に配置された某メインキャラふたり、その双方の差分で改めて明確に読者の前につきつけられる。
 あと、わずか数ページのラストの締め方も、本っ当に……いい!

 でもって、この作者ハウスライト、結局日本にはこれ一作しか紹介されなかったようで、今にしてようやく「なんで!?」と声を大にして叫びたい気分(涙)。
 これはまあ、たぶんきっと、90年代半ば当時の本邦の翻訳ミステリ界は例によってスカダーやらスペンサーやらタナーやらが席巻して、とても「ニューカマー」の参入する余地がなかったんだろうねえ……。
(ちなみに本作では作中で主人公テイラーが、R・B・パーカー(の私立探偵=スペンサー)を揶揄する場面があり、新人作家が不敵な、しかしそういう生意気なことをするだけの実力はたしかにあるぞ、という感じなのだが、まさかこの辺からアメリカの出版エージェントそのほかから「こんな無礼なルーキーの本出すな」とかハヤカワに圧力がかかった……とかいうようなコトはないよな?)

 英語のWikipediaを見ると、作者は四半世紀を経た近年もまだ現役らしい。
 著作はすでに別のシリーズがメインになっているみたいだけど、この私立探偵テイラーシリーズも本作をふくめて5冊を計上。しかもその第三作までが20世紀のうちに書かれたのち、2018~2019年になってほぼ20年ぶりにシリーズが再開し、久々の第四、五作めが上梓されたようだ。どういう流れがあったのか、(現状ではたった一冊読んだだけながら)なんかすごく気になる。
 いずれにせよ個人的にはまったくノーマークだった分、かなり拾いもののウレシイ一作だった。文句なしに優秀作品で、オマケなしにこの評点。

No.1136 7点 カムイの剣- 矢野徹 2021/03/26 05:08
(ネタバレなし)
 1702年。海賊王キャプテン・キッドが莫大な財産を世界のいずこかに隠しながら、処刑台の露と消えた。それから一世紀半以上の時を経て、下北半島の漁村にアイヌ人の血をひくらしい一人の男児の赤ん坊が漂着した。書き付けから「次郎佐」と命名された男子は、村の少女さゆりを姉とし、さゆりの母つゆを養母として二人の愛情を受けながら育つ。だが次郎が14歳になった時、何者かに母と姉が惨殺され、その冤罪が次郎に着せられた。仇を知るという謎の忍者僧・天海のもとで修行に励み、一人前の忍者になっていく次郎。だがやがて彼は、実は当の天海とその側近こそ母と姉を殺した真犯人だと知る。同時に自分自身に秘められた謎の財宝の秘密を追い求め、追撃の手をかわしながら逃亡の旅を始める次郎。だが彼の長い長い物語のなかでは、ここまではまだほんの序盤にすぎなかった。

 1985年の角川アニメ映画は当時、スタッフの布陣など気になりながら、今ひとつ作風に花が感じられないので観なかった。正直、先行の劇場アニメ版『幻魔大戦』も映像はともかく、ストーリー的には駄作だったし。このころには少しずつ角川映画全般の神通力? も失せてきていた。
(したがってアニメ版『カムイ』は今でもまだ未見。この映画のファンの人がいたら、すみません)。

 それでもこの頃に当時の角川文庫版で、原作を購入だけは購入(手元にあるのは1976年の3版)。以降これまでも、小説の方の評価は高そうなので、何回か読もうかと思いながら、本の厚さ(本分440ページ以上)に腰が引けるのを繰り返していた。
 そういう訳で今回は例によって、書庫で長らく眠っていた一冊の、一念発起での通読である。

 でまあ感想だが、うん、いろいろスゴイ作品……だとは思う。
 まず最初に書いておくが、Wikipediaで書誌を調べたところ、この作品は正編にあたる明治維新直前のタイミングまでの分が1970年に立風書房から元版書籍で刊行。これがそのまま75年に初版の 角川文庫版に収められた。
 その後、さらに文庫版で3冊分の続編(正編の後日譚となる明治維新以降編)が執筆され、後年にはその正続編で文庫本5冊というバージョンだの、さらなる改定版とかあるらしい。
 くだんの続編はいずれ読むかどうかわからないが、とりあえず今回はその最初の正編分(幕末編)のみ感想を綴る。
 
 角川文庫版の解説では星新一が「日本冒険小説のベスト5」に入る傑作と激賞。さらにAmazonの現行のレビューでも星5つばかりが5人ほど並んでいる高評価である。
 
 しかしながら個人的にはかなり印象を語りにくい作品で(汗)、なんとか言葉を探りながら思いを伝えるなら、作者の思いつくままに鼻面を引き回されていく違和感と、物語の裾野が無制限に広がっていく感覚が相半ば、という歯ごたえであった。

 いや『モンテ・クリスト伯』こそあらゆる物語のなかで至高とする作者が、自分なりに同ランクの伝奇冒険ロマンを綴ろうとした意向はほんっとうによくわかる。
 しかし一方で読んでいる最中には、物語がどこに向かうかのベクトル感がほとんど得られないことに、非常に不安定な足場を感じた。まあ、前述の解説で星新一も触れているように、全体を読み終えてみれば、話や物語の場があきれるほどにあちこちにとびながら、奇妙にバランスはとれている……感覚もあるのだが。
(あえてAmazonのレビューのなかから、近い感想のものを選ぶなら「ツッコミどころは満載だが、読ませる勢いに満ちていて、冒険小説はこれでいいのだと思う」という大意の見識に、もっともシンクロする。)

 重要アイテム「カムイの剣」の扱い、大敵・天海の処遇のほとんど反則技、あれやこれやの人間関係の相関……結局はこれらをストレスなく読めるかどうか、というところであろう。そこで評者は、致命的ではないものの、それなりに減点を見逃せないところもあって、トータルとしては、こんな評価になる。

 ただまあ(なるべくネタバレにならないよう書きたいが)、ほとんどワンシーンの見せ場である第30章後半の展開は、最高潮に魂がシビれた! 私的にはこのあとの数ページの描写だけで、丸々一冊、読んだ甲斐はあったな、という思い。
 こういう大筋から離れかけた断片(かけら)みたいな叙述で多大な感興を覚えることこそ、小説(冒険小説もミステリも含む)を読む上での幸福だと思う。

 とりあえずこの正編をきちんと最後まで読んだ人のいろんな感想を聞いてみたい。
 続編の方は、しばらくしてから、また読みたくなるかどうか様子を見よう。少なくとも今の自分には、本流で付き合うような作品ではまだないかも(ほかの矢野作品は、まだまだもっと読んでみたいが)。

No.1135 6点 野性の花嫁- コーネル・ウールリッチ 2021/03/24 04:09
(ネタバレなし)
 第二次大戦から数年後のアメリカ。少年時代に両親と死別し、戦場で出世のチャンスを掴んだ若者ローレンス(ラリー)・キングスレー・ジョンズ。彼は、たまたま友人と出かけたバルチモアの村で美しい娘ミッティと出会い、互いに恋に落ちた。だがミッテイの父親らしき年配の男アラン・フレデリックスはなぜか二人の交際を歓迎せず、ジョンズに早めに去るように促した。ジョンズは夜陰に乗じてミッティを連れ出し、駆け落ちした二人は土地の内務大臣の認可を得て公認の夫婦となる。執拗に追跡するアランとその年若い仲間ハフ・コターを振り切り、サンフランシスコに向かう客船「サンタ・エミリア号」の乗客となるジョンズたちだが、船が途中で寄った南米の停泊地プエルト・サントで、ミッティが勝手に上陸。その土地の山奥には、とある深淵な秘密があった……。

 1950年のアメリカ作品。
 ウールリッチ、アイリッシュの著作の中では相当にキワモノの長編ということは何十年も前から見知っていたが、一方でこちらも長い間、作者のそれなりの数の長短編につきあい、ウールリッチ作品の裾野についての認識も、広がってきてはいる。だからまあ、こういうのもアリかと。
(まあ『幻の女』だの『黒衣の花嫁』『死者との結婚』あたりを最初のうちに読んで、その次にコレに出会ったら、ぶっとぶかもしれんが。)

 大ネタは結構知られてると思うが、それでもあえてここでは詳細の記述は控える。
 しかし1980~90年代あたりから日本で根付き始めたJホラー分野の系譜、そのなかでも土着伝承ホラーの要素にかなり似通ったティストを認めた評者の感慨くらいは、書かせていただきたい。
 なお作者ウールリッチの経歴(1903~68)をあらためてざっとWebなどで探ると、作家としてはひとかどの成功を収めたものの、老母とのホテル暮らしのなかでその母が病気になったのが40年代の後半。当人としては正にアンダーで閉塞的な心情のなかで、南米の秘境に舞台が広がっていくホラーファンタジーを執筆。そういう現実の状況の推移のなかでこんなダークロマンをものにした当人の内面を偲ぶと、なんとも切ない想いに駆られないでもない。
(いやまあ、そういう観測なんかも、結局はみんな、こっちの勝手な思い込みなのかもしれないのだが。)

 途中のサイドストーリーとして語られる、青年学者コターのエピソード。その決着は、ある意味では本筋以上にインプレッシブ! ウールリッチの(中略)ぶりがまざまざと発揮された思いだ。
 当時の当人はどういう顔でタイプライターを打ちながら、このシーンを書いてたんだろ……。

 全体の歯ごたえは、一番近いもので言うなら、劇画ブームのなかで危機感を抱きはじめた時期の手塚先生が描いた、読み切りの中編作品みたいな感じ。
 作家歴のなかでベスト作品を拾っていっても決して上位には出てこない……けれど、妙な感じで気に障り、心に引っかかる一編。クロージングなども、すごく余韻がある。

 とにもかくにも、思っていたよりずっと良かった。
 7点に近いという意味合いで、この評点。

人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 1154件
採点の多い作家(TOP10)
生島治郎(10)
笹沢左保(9)
アガサ・クリスティー(8)
F・W・クロフツ(8)
フレドリック・ブラウン(8)
佐野洋(7)
ジョルジュ・シムノン(7)
草野唯雄(7)
アンドリュウ・ガーヴ(7)
E・S・ガードナー(6)