海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

[ サスペンス ]
ドアのない家
トマス・スターリング 出版月: 1959年01月 平均: 6.00点 書評数: 2件

書評を見る | 採点するジャンル投票


早川書房
1959年01月

早川書房
1984年05月

No.2 5点 ことは 2023/04/17 22:55
1つの事件が、2つの視点から語られ、最後に合流する構成。こういう構成は好き。
このうちの1つは、34年ぶりにホテルから出たという「引きこもり女性」が視点人物なのが個性的なところ。こちらのパートは、他の人の書評でも書かれているが、アイリッシュに似た感じを受けた。
とくに前半で、都市の中をふらつくところは、アイリッシュに似ていると思う。その中でなかなか良かったのは、地下鉄内で主人公が心理的に追い詰められるところ。主人公の疑心暗鬼に共感できて、迫力がある。
もう1つのパートは、警察による事件の捜査だが、こちらはやや平凡な印象。
こちらの視点人物は警部だが、組織の活動がほとんど描かれないので、私立探偵小説のようだ。容疑者への聞き込みも1人でいって、その内容を質疑する相棒もいない。私生活の描写が多いのも、私立偵小説のイメージを強めている。
後半、飽きさせないが、展開は想定されるところかな。この辺は、やや残念だった。最後の犯人の行動は、(評価するわけではないが)驚いた。
作品の評価とは違うが、何人かの容疑者の動機に、第二次世界大戦が背景としてとりこまれていて、興味深かった。1950年の作品なので、当然まだ生々しい記憶としてあったのだ。今では想像することしかできないが、こういう動機がフィクションにあることが、現実感を付与する(そう作者/編集が判断する)時代だったのだな。

No.1 7点 人並由真 2018/09/26 15:46
(ネタバレなし)
 1914年の春。大企業「カーペンター鉱業会社」の創業者の一人娘ハンナ・カーペンターは、父との死別と失恋の痛手から、ニューヨークはマディスン街の高級ホテル「ホテル38」の一室に閉じこもる。父が遺した莫大な資産とハンナ自身の株式投資の才能から彼女は金銭的にはまったく困ることなく、ゆるやかに財産を増やしながら世界大戦の時代を経て、1948年の現在まで34年間、同じホテルの自室のなかで暮らし続けた……。外界との接点は、ハンナに奇妙な親しみを感じ、献身的に食料や図書館の本を調達してくる妻帯者の給仕アーサー、そして定期的に配達される新聞や雑誌のみ。だがその夜、ハンナはふと思いついて、ついに外の世界に出る。レストランで出合った青年ディビッド・ハマーの招待を受けたホームパーティを経て、予想外の殺人事件に巻き込まれるとも知らずに……。
 
 1950年のアメリカ作品。山口雅也がミステリマガジンの人気連載「プレイバック」(現在は「ミステリー倶楽部へ行こう」に所収)で言及していた一冊で、名作『一日の悪(わずらい)』でも知られる作者スターリングの第二長編。
 まずこのぶっとんだ中年ヒロインの設定(どっかウールリッチの『聖アンセルムホテル923号室』の、あの話とかのエピソードを想起させる)がキャッチー。ある意味ではサイコっぽい? 性格設定にも感じられて、実際に彼女に傅く給仕アーサーも陰でハンナを「気違いばばあ」と揶揄している(ただしアーサー自身は悪い人間でもイヤな奴でもない)。とはいえこのハンナの「世界」の特異性は「時はこの部屋の中では止まっている」という切ない勘違いにある。それゆえたとえば彼女は、有り余る財産に頼って一度好きになった食材の大量の缶詰を買い込んで備蓄(時には特注で缶詰業者に作らせる)。それを十数年後に平気で開けたりするのだが、さすがに腐敗。そこで時は永遠に止められないなどと実体験的に学習したりするので、そういう描写を通じて読者はハンナが「おそろしく奇矯な素性だが真性のクレージーではない」という情報を与えられる。この辺のキャラクターの語り具合はうまいもんである。

 文芸小説としてのこの物語は、もう取り戻せないいびつな長い人生を歩んできたハンナが、この事件を経て新たな明日に踏み出て行く変化球のビルディングスロマンだが、フーダニットの興味も導入したサスペンスミステリとしても十分によく出来ている。
 特に中盤、本作ももう一人の主人公である青年刑事ケヴィン・コンリが殺人事件の謎を追うようになってから、双方の物語のベクトルがらせん状にからみ合い、強烈なページタナーの作品となる。ハンナが関わった5人のなかに真犯人はいるのか? 誰か? そしてハンナに迫るのはその殺人者の影か? コンリの動きは? というもろもろの求心力が高まるなか、残りページがギリギリまで少なくなっていく緊張感は最強で、しみじみと余韻あるラストまで存分に楽しめた。真犯人が絞られるロジックは、なかなか鋭いといえるものあり、反則あり、それはちょっとどうなんでしょう? と言いたくなるものあり、とさまざまではあったけど。
 『一日の悪』も楽しんだ評者としては、未訳の第三長編『THE SILENT SIREN』も、今からでもぜひとも読みたいなあ。論創さん、こういうものこそ、そちらの出番です。


キーワードから探す
トマス・スターリング
1959年01月
ドアのない家
平均:6.00 / 書評数:2
1958年01月
一日の悪
平均:7.33 / 書評数:3