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[ ハードボイルド ]
さらば愛しき女よ
フィリップ・マーロウ/別邦題『さよなら、愛しい人』
レイモンド・チャンドラー 出版月: 1956年03月 平均: 6.00点 書評数: 21件

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早川書房
1956年03月

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1972年01月

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1976年04月

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2009年04月

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2011年06月

No.21 3点 ボナンザ 2024/04/28 20:03
このシリーズを読む人は先刻承知だろうが、マーロウの誰彼構わぬけんか腰に耐えられないと読むのはつらい。

No.20 3点 レッドキング 2021/06/04 09:46
「愛しき人(My Lovely)」とは、ヴェルマでもグレイル夫人でもなく、巨漢ぬりかべ男:マロイのことであろう。偶然に彼と出会い、一目惚れして追い求め、そして「さらば(Farewell)」を告げた「眠りホモ」フィリップ・マーロウ。彼の「無自覚の同性愛」が、対女関係の隠喩で、ドライに切なく描かれるハードボイルド浪漫。
※古代ギリシアでは「戦士の雄姿」として公然と驕られた同性愛。我が国近世においては乱歩三島等の「禁色の耽美文学」として表現を得られたが、禁欲ピューリタニズム米国では「ハードボイルド」という無意識の表現領域とならざるを得ず・・・ジェイムズ・エルロイ「ビッグ・ノーウェア」に至ってこのテーマの窮極に至り・・・

No.19 3点 Akeru 2020/10/03 20:56
チャンドラー、ひいては「この時代のハードボイルドもの」の欠点が結晶化したような一作。
その欠点とは、「なぜ主人公がそういう行動を取ったのか」が一切読者に伝わらんという点。
ほとんどの展開が、よくわかんねえけど、なんか主人公はこういうことして、その結果女を抱いたor悪党にぶん殴られて気を失った、というもの。
この時代のハードボイルド小説はそういうケースが非常に多いというか、むしろそういう作品をハードボイルドと呼び習わすようになったのでは?という仮説まで立てたくなる。

まあ、ようはご都合主義なんですよ。そういったご都合主義にマッチョで精神的にもタフな私立探偵とか、それっぽいセリフ回しとかで燻製しただけの作品。

No.18 7点 ◇・・ 2020/04/11 14:28
これは短篇を寄せ集めたがゆえではあるけれど、無関係に見えるといくつかの事件が、ラストで不意につながってくる展開もすごいし、なにより心象風景の描き方の巧さは感じさせられる。
ある意味ではミステリで、ある意味では文学で、当時の読者はどういうふうに捉えたらいいのかわからなかったという分析もあるけど、今読むと本当にいい配合だと思うよ。芸術とエンタメのバランスが。この比率を考えただけでチャンドラーの名前は残るし、つまりミステリ界に「チャンドラー流」って流派を打ち立てたんだと思う。

No.17 7点 ねここねこ男爵 2017/11/04 21:30
本国だと「長いお別れ」よりも本作や「大いなる眠り」の方が高評価だそうで、自分も本作の方が好きです。

翻訳は…旧訳新訳どっちもそれなりにクセがあるので少し目を通してからお選びください。自分は旧訳。

No.16 5点 いいちこ 2017/03/17 16:03
ご都合主義と論理性の欠如が散見されるうえ、読者にとって筋が追い辛いプロット。
平凡な印象が強く、これ以上の評価は難しい

No.15 7点 青い車 2017/02/25 15:13
 村上春樹訳による『さよなら、愛しい人』の題で読みました。てっきりマーロウの恋がテーマなのかと思っていたのですが、とんだ早とちりでした。『長いお別れ』よりかプロットがわかりやすく、ラストの展開も読み手を引きつけてくれます。推理小説を語るならチャンドラーくらい押さえてなきゃ、程度の気持ちで手を付けたのですが、単なる勉強のテキスト以上に充足感がありました。

No.14 8点 2017/02/08 10:01
『長いお別れ』よりもわかりやすいと思います。この作家にしてはプロットがシンプルなのかもしれません。
しかも、人間の愛憎がテーマで、背景や真相は万人受けするものです。やはりミステリーはこうでなくては。トリックなんてどうでもいい(ウソです)。
この背景なら清張、森村作品にも多くありますし、動機は違えどクリスティの『・・・』だって似ています。
本書の結末を冒頭に持ってくれば本格ミステリーになったりするわけです。

特に言えることは、ラストの盛り上がりが格別なことです。最後まで読むと、余韻として物語の裏側が映像のように見えてきます。その盛り上がりの後の、アンとの会話や、最終章も結構好きだったりします。

文章がいいのはもちろんです。マロイの登場場面は少ないのに、読者に対するインパクトは凄い。文章力の賜物です。
描写が丁寧なエンタテイメント作品に飽きたとき、でも文芸作品を読むのはちょっとと思ったとき、読解力を試すつもりで一文一文を噛みしめるように読めば、行間を含めて読んだぞ、という気分になります。
しつこいぐらい遠回しな比喩表現は基本的に嫌いですが、この作家に限り許せるという感はあります。

No.13 8点 tider-tiger 2016/08/24 12:38
最初の頁にこんな一文があります。
『彼(大鹿マロイ)は自由の女神をはじめて見る移民のように、汚い窓を熱心に見つめていた』
いささか大袈裟に思える比喩です。
日本人にはピンと来ませんが、移民がはじめて自由の女神を見るのは祖国からの長い船旅の末、ようやっとアメリカに到着した時でしょう。
ケインとアベルやゴッドファーザーなどなど、映画で何度か見たことがあります。
長旅の疲れのせいか気怠さの蔓延している移民船、だが、霧の向こうに自由の女神が見えた瞬間、移民たちは食い入るようにその像を見つめるのです――そして、大騒ぎです――。これはアメリカ人にとっては原風景とでも言うべきものではないでしょうか。
このような切実な移民の姿がマロイの喩えに使われている。ところが、マロイが熱心に見ているものは『汚い窓』このギャップには滑稽味すらあります。が、マロイにとっては笑いごとでもなんでもない。
そう、読後に改めてこの一文を読むと、この比喩は大仰でも滑稽でもなくなります。読者の胸に哀しみが沁み入ってくるような一文なのです。

私の認識では恐るべき失敗作です。愛すべき失敗作でもあります。
読んでいてなんの話なのかよくわからなくなってきます。モグラの掘った穴につまづいたら目の前にお金が落ちていたというくらいの僥倖、マーロウの恐るべき勘、これらに頼って構成されたプロットに多くの読者が振り落とされていくことでしょう。「なぜ貴様がここにいる?」「何を根拠におまえはそう思うのだ?」そんな疑問の連続です。存在理由のよくわからない人物や場面も多い。
プロットだけで採点するなら5点以下。ミステリとしても5点以下。
チャンドラーの文章が好きな人、あるいはフィリップ・マーロウのファンにしかお薦めはできません。
ただ、文章のノリや雰囲気は本作が最もいいと感じます。チャンドラーって読むのに時間がかかる印象ですが、文章そのものはキビキビしていてテンポがいいんですよね。個人的には好きな作品です。
「どんな話でもこいつが書くとなんか読まされちゃうんだよなあ」
これは私の思うところでは作家の理想形であります。
(もちろん話も面白いに越したことはないのですが)

ヴェルマを探すため、マーロウは彼女の働いていた酒場のオーナーを探そうとします。こういう聞き込みは会話を書くのが下手な作家はさらっと流してしまいがちです。読者は読み進めるための情報を得るのみ。こういう場面であってもチャンドラーは妙な情感を読者に与えます。情感の方に気を取られて情報はどうでもよくなってしまう。
ジェイムズ・エルロイはチャンドラーを読んで小説の書き方を学んだと言っておりました。チャンドラーからなにを学んだらあんな小説が出来上がるのだ? 
おそらくウイットのある会話、地味な場面を楽しく読ませる技術などを学んだのでしょう。
本作にはヘミングウェイを使ってマーロウが警官をからかう場面がありますが、エルロイはシャーロック・ホームズを使って同じようなことをしております(ブラックダリアにて)。

マーロウとは何者なのか。
小学生の時に買って貰った架空人名事典には、アメリカを代表する人物はワシントンでもリンカーンでもケネディでもなく、フィリップ・マーロウだという説もあるくらいだ、との記載がありました。
高校時代に自分が感じたのは、マーロウはとても寂しい人だということ。かっこいいとは思ったが、ヒーローとは思えなかった。どこかしょぼくれた感じがする。
当時の私がそうした寂しさを感じた理由をこのように考えています。マーロウには生き方の指針としての信念はあっても、肝腎な人生の目的がない。さらに悪いことにマーロウは頭が良くて有能です。こういう人物が人生を無為に過ごしている姿は痛ましい。
幾人かの方が言及されているマーロウは生意気な口を利くあんちゃんという説。私は清水訳にどっぷりと浸っていた口ですが、議論の余地は大いにあると思います。
疑問としてまず思い浮かんだのは、こういうあんちゃんがシェイクスピアを引用したり、軽口にヘミングウェイなど登場させたりするだろうかという点。マーロウが不良っぽいあんちゃんであるにしても、チャンドラーの自意識がかなり流れ込んでいると思われます。


No.12 6点 クリスティ再読 2016/08/15 23:29
チャンドラーって不思議な作家だと思う。評者はチャンドラーは大好きなんだけども、なぜこんなに一般人気があるのか良く判らないんだよね。清水訳の解説が稲葉明雄氏で、チャンドラー受容史みたいなことを書いているのを読んで少し納得がいっている。戦後に紹介された当初は人気なかったようなんだよね。スピレインやウールリッチは紹介当初から日本でも大人気だったようだけど、どっちかいえばチャンドラーは「読み方がわからない...」という感じで敬遠気味だったようなのだ。
で稲葉氏は「その手法と語法が前衛的なこと」を不人気の原因に挙げているわけだけど、評者はこれで納得した。要するにチャンドラーは「前衛芸術」ならぬ「前衛ミステリ」なんである。本作「さらば愛しき人よ」ってチャンドラーの中でも「人気作」になる方のものなんだが、こうして読むと、要素が結構バラバラなんである。一旦パルプフィクション的な私立探偵小説を書いたあとで、それを切り刻んで再構成したような(まあ元が短編を合体させて書かれているわけだし...)バラバラ感を感じるんだよね。だからマロイを巡る真相が何か取ってつけたようで、何となく流布されているマーロウとマロイの間の共感とか、そういうものは多分「長いお別れ」から見ての逆照射の結果なんじゃないか、と思わせる。
マロイは冒頭と落ちを付けるだけだし、アン・リアードンは助手というほどの活躍もしない。賭博船に乗り込む積極的な理由もないし、イカサマ医者に監禁されたのも何か白昼夢のなかのようだ。その代わり警官たち(元警官のレッドや署長遺児のアンを含め)が、腐敗のさまざまな様相を語る....「警官」小説じゃないかしら。
で、問題の文章だけど、こういうのだもんね。

それからベッドの上に坐って、足を床に触れた。床は裸のままで、ピンと針があった。雑貨小間物は左側です、奥さま。特大の安全ピンは右側です。足が床を感じ始めた。私は立ち上った。骨が折れた。

私は慌てて、頭を下げた。ライトが私の頭の上を剣のように横切った。クーペは停った。エンジンの音がやんだ。ヘッドライトが消えた。静寂。やがて、ドアがあいて、軽い足音が地面を踏んだ。再び、静寂。こおろぎの啼く声もやんでしまった。

タイトでシュール、それ自体で立ってる文章だと思う。これやっぱり前衛小説だよ。チャンドラーのそういうセンスを愉しむための作品。とはいえマーロウの造形はまだこの時点では、パルプフィクションのヒーローらしさを留めている。「ハメット=チャンドラー=マクドナルド・スクール」なんていったい誰が言った?

No.11 6点 蟷螂の斧 2016/03/16 17:31
(再読)(東西ベスト79位)1986年版では13位でした。初読は数十年前であり、当時は007>ハード・ボイルドの私立探偵という気持ちでしたので、ハード・ボイルドにのめりこんでいくこともなく、どちらかというと苦手意識の方が強かったです。今から思えば大人の味がまだわからなかったのかもしれません。東西ベスト1986版の「長いお別れ」の(うんちく)によると、”チャンドラーは、つねにイギリスの伝統的な推理小説を念頭において新しい書き方を模索した作家だった。本書の書かれる八年前からすでに彼は、狂言回しにすぎない私立探偵は推理機械と化した本格派の名探偵とさして違わないことに気づいていた。つまりマーロウに、より深い感情をもたせたいとおもいつづけていたのである。”とあります。これを信じれば、「長いお別れ」(1953年)の8年前は1945年となり、本作(1940年)の発表時点では、まだマーロウは未完成の探偵であった?ということになりますね。「うーん、なるほど」と思えたのは、狂言回し的な部分で、マーロウの目の前で人が死に過ぎることでした(苦笑)。ハード・ボイルドに詳しくないので、再読に当たり段々こんがらがってきたことがあります。ハード・ボイルドのイメージはクールで妥協しない探偵像というものでしたが、本作のラストでは上記(うんちく)にもあるように、マーロウは”感情的”な発言をしています。つまり、本作はハード・ボイルドではない?、などと考えてしまいました。ウィキペディアで調べてもいま一つ明確な答えが出ませんでしたが、あるサイトで「文体に特徴があるということで、主人公が無感情である必要はない」との趣旨のことが書いてありました。非常に判り易く納得。独特な雰囲気を味わうことができました。次は、以上のことを踏まえ「長いお別れ」の再読に取り掛かります。

No.10 5点 斎藤警部 2015/06/24 00:02
最初、英語の勉強にと本作がラジオドラマ化された音源(カセット!)で聴いて、途中から何だかよく分からなくなったけど何だかざわざわしてて雰囲気いいぞ、と何だか好きでよく聴いてたんだけど、結局どういうお話なんだかよく分かりませんでした。

で、ある時ハヤカワ文庫の翻訳を読んでみて、なるほどそういう事だったのか、と。 まぁミステリ興味がそんなに濃い作品ではないと思うけど、だからと言って小説としてそんなに面白いわけでもないんだけど、フィリー・マーの台詞回しというか比喩表現がいちいち面白かったり格好良かったりで、そこだけはかなり好きなんだ。

No.9 4点 sophia 2014/04/26 22:53
終始退屈で、腑に落ちないところだらけでした。
この作家の作風は合わないのかな。
読み終わってもタイトルの意味が分かりませんでした。
「さらば愛しき女よ」って誰が誰に言ってる台詞なのか。
あと清水俊二の日本語訳がどうにも読みづらかった。
村上春樹版とどっちを買うか迷ったんですが、あっちはあっちで冗長そうでしたし、一長一短あるんですかねえ。

No.8 5点 mini 2012/04/04 09:55
発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒルと内藤陳よ、もう一度”
追悼特集ってわけだね

昨年末に逝去した内藤陳、と言えば一応ハードボイルドの書評もしないわけにはいかんだろ
で、陳メが好きそうなチャンドラーからチョイス
でも「さらば愛しき女よ」って分からん作品なんだよなぁ
そもそも題名が意味不明、作中にこんな台詞が似合う場面が有ったっけ?
何かのガイド本で、こういう題名の付け方解釈は不適切で、本来は「あばよ大好きなねえちゃん」位の方がニュアンスとして近い、という説が有ったが、うん、これなら納得
チャンドラーを叙情的に訳すのは実は間違っていて、マーロウは孤高の騎士では無く、生意気な口をきく不良っぽい兄ちゃんが本来の姿なんだという説は昔から有るし
たしかに「大いなる眠り」に於ける双葉十三郎の翻訳の方が内容はともかく全体の雰囲気はピンと来るんだよなぁ
プロットで言えば「高い窓」や「長いお別れ」の方がまだ分り易いから私の悪い頭でも何とか理解出来た
海外では「さらば愛しき女よ」よりも「高い窓」の方が評価が高いそうだ
まぁでも私はロスマクよりチャンドラーの方が好きだ、叙情的な解釈は間違いだと言われてもペーソスは感じるし
ところでチャンドラーの方がハメットより年上って皆様ご存知でした?

No.7 6点 itokin 2011/08/17 08:32
ハードボイルドの原点といえる作品。物語としては平凡でご都合主義があるのと、マーロウが無鉄砲すぎるのが気になる。文体は格調(ユーモアも含め)があるが周辺の情景説明もくどく、時々、これは私の頭のせいかもしれないが会話の脈略がわからなくなるときがあった。

No.6 7点 E-BANKER 2011/05/28 21:16
ハードボイルドの巨匠、R.チャンドラーの名作。
私立探偵フィリップ・マーロウが実に格好いい!
~前科者大鹿マロイは、刑務所を出たその足で別れた女性を探しに黒人街を訪れた。だが、そこで彼はまた殺人を犯してしまう。現場に居合わせたマーロウも取調べを受ける。その後、高価な首飾りをギャングから買戻すための護衛を依頼されるが、マーロウは自らの不手際で依頼人を死なせてしまう。苦境に立った彼に待っていたものは・・・~

確かに何ともいえない「香り」を感じる作品。
L.Aという街もハードボイルドにはピッタリ! マーロウの渋い格好よさを引き立ててる気がしますね。
大鹿マロイの謎の元カノを探すというプロットは単純ですし、中盤がちょっとダレるように感じましたが、やはりラストが秀逸。
マロイにとっては悲しい結末ですが、それを見届けるマーロウには本物の「男」を感じさせられる・・・
というわけで、大人の男だったら、一読の価値は十分有りでしょう。
(マロイがなぜそこまでヴェルマに拘るのかが分からない・・・今のヴェルマにはそこまでの魅力はなさそうですから・・・)

No.5 8点 kanamori 2010/07/18 16:29
「東西ミステリーベスト100」海外部門の13位は、再び私立探偵フィリップ・マーロウの登場。
前科者・大鹿マロイのある女性への愚直の愛というテーマは覚えていますが、印象に残る場面とかセリフはあまり覚えていない。
ただ、哀切すぎるラストシーンは印象的だった。

No.4 5点 okutetsu 2010/02/13 19:20
こういう哀愁を漂わせる作品は嫌いじゃないんですが
自分がミステリを望んでた分拍子抜けしてしまいました。
ハードボイルドってのがどういうものか理解してなかったのが問題です。
文学としては結構好きですがここはミステリの祭典なのでこの点数で

No.3 6点 あびびび 2010/01/20 14:27
長いお別れより2年前に発表されたらしい。その分、フィリップ・マーロウはより頑固であり、読む方がいらつくほど。状況描写も少しクドイ感じがする。

ここが原点だと思うが、いろいろな完成度から見て、「長いお別れ」の方がナンバーワンだと思う。

No.2 9点 Tetchy 2009/03/18 00:27
私がこの作品と出逢ったことの最大の不幸は先に『長いお別れ』を読んでしまったことにある。もしあの頃の私がフィリップ・マーロウの人生の歩みに少しでも配慮しておけば、そんな愚行は起こさなかったに違いない。あれ以来、私は新しい作者の作品に着手する時は愚直なまでに刊行順を踏襲するようになった。
そんなわけでチャンドラー作品の中で「永遠の№2」が私の中で付せられるようになってしまったのだが、全編を覆うペシミズムはなんとも云いようがないほど胸に染みていく。上質のブランデーが1滴も無駄に出来ないように、本書もまた一言一句無駄に出来ない上質の文章だ。

とにかく大鹿マロイの愚かなまでの純真に本書は尽きる。昔の愛を信じ、かつての恋人を人を殺してまで探し求める彼は手負いの鹿ならぬ熊のようだ。そして往々にしてこういう物語は悲劇で閉じられるのがセオリーで、本書も例外ではない。

本書でもマーロウは損な役回りだ。だけど彼は自分の信条のために生きているから仕方がない。自分に関わった人間に納得の行く折り合いをつけたい、それだけのために自ら危険を冒す。

本書の原形となった短編は「トライ・ザ・ガール(女を試せ)」だが、チャンドラーはそれ以後も大男をマーロウの道連れにした短編を書いているから、よっぽどこの設定が気に入ったのだろう。そしてそのどれもが面白く、そして哀しい。

そしてマーロウのトリビュートアンソロジーである『フィリップ・マーロウの事件』でも他の作家が大鹿マロイを思わせる大男とマーロウを組ませた作品を著しているから、アメリカの作家の間でもかなり評価が高く、また好まれている作品となっている。

本作の感想はいつになく饒舌になってしまった。そうさせる魅力が本書には確かに、ある。


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