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ミステリの祭典

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破戒法廷
旧邦訳題『けだもの』

作家 ギ・デ・カール
出版日1968年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 8点 人並由真
(2020/04/26 01:11登録)
(ネタバレなし)
 かつて1970年代のミステリマガジン誌上で、どの号かの誰かの翻訳時評だったと思うが、そこで書評子がその号で俎上に乗せる新刊を並べる前に、ひとつの翻訳ミステリをマクラにふる。
「みなさん、こういう作品を知ってますか? 殺人容疑に問われた三重苦の青年を60過ぎの弁護士が弁護する、なんとも異色の法廷ミステリでした」
 ……とかなんとかそんな感じの物言いだったと思うが、もちろんコレが本作の初訳版である『けだもの』(集英社)のこと。
 書評子がフッたその話題が当該号の新刊書評にどう繋がっていたかも、もう覚えてないが、いずれにしろそこで初めて、当時、聞いたこともない稀覯本らしい海外作品を教えられた当時の評者は「なにそれ、面白そう~読みてえ~!」と思って、あちこちの古書店の店舗やら古本屋の目録やら探索したものだった。
 結局、その本(集英社版『けだもの』)が入手できたかどうかはよく覚えてないのだが(なによりここが一番ダメなところである・汗……たしか買ったような気がするが、今回は本が見つからない・汗)、いずれにしろ本作は84年に新訳が創元文庫から刊行。
 評者はその時点で旧版の入手が叶っていたにせよ、まだ手に入ってなかったにせよ、いずれにしろ「じゃあもう慌てて読まないでもいいよね」と興味が減退した(ここもまた、ダメなとこ……かもしれない・笑)。
 でもってブックオフの百円均一棚がまだ105円時代に新訳の創元文庫版を(改めて?)古本で買ったが、その時からさらにウン十年も積ん読にしておいた。それでこのたび、例によってようやっとの一念発起で、その新訳の創元文庫の方を読んでみる。
 ちなみに原書は1951年のフランス作品。

 あらすじは――
 1950年5月6日。アメリカからフランスに向かう太平洋横断旅客船「ド・グラス号」の船上で、元GIの25歳のアメリカ人ジョン・ベルが殺害される。殺人現場で被疑者として逮捕された27歳のフランス人ジャック・ヴォーティエは生来の三重苦で、美貌の妻ソランジュとともにアメリカに渡航。本国に戻る最中だった。顔立ちはハンサムながら剛胆な体躯を持ち、一般人との会話もままならぬヴォーティエは「けだもの」の呼ばれて畏怖されるが、フランスの弁護士会会長ミュニエは、一見、犯人も明白なこの殺人事件を念には念を入れて調べる方針を採択。若手の弁護士がふたり、ヴォーティエとの対話が困難だと匙を投げたのちに、ミュニエはかつての学友で、今は法曹界の片隅でくすぶっている老弁護士ヴィクトル・ドリオに本事件の担当を任せる。弁護士の卵である女子大生ダニエル・ジュニーを助手役に本事件に介入し、容疑者ヴォーティエに接触したドリオは、この三重苦の青年が私小説の著作もある、常人以上の優れた知性の持ち主である事実を認めるが。

 いやー。とっても面白かった。「人間が描けているミステリ」という褒め言葉の凡庸さを百も千も自覚してなお、それでもその修辞がこれほどピッタリはまる作品はそうはない。筋立て上の主人公は老弁護士ドリオだが、当然ながら物語の作劇の軸はキーパーソンである三重苦のヴォーティエをフォーカス。彼の歩んできた半生のなかで関わりあった複数の人物の証言の累積が、あまりにも特異なキャラクターの人物像と周辺の人々との関係性を浮き彫りにしていく。
 ミステリ的にはたしかに、突き詰めて状況を考察していけばある程度の真相は見えるはずであったが、評者の場合は、小説としての語り口のうまさに幻惑されて、うまくはぐらかされた。推理ミステリとしての真実の発覚のあとに、また人の心の難しさ、そして逞しさに回帰する物語の組み立てが素晴らしい。
 
 作者はミステリはこれ一本しか書かなかったようだけど、弁護士ドリオも彼を実の祖父のように慕う若手弁護士の「孫娘」ダニエルもとてもいいキャラだった。この一作で会えなくなるのが残念なような反面、でもたぶん、シリーズ化していたら、この作品のなかでの輝きが薄れてしまいそうな、そんな感覚もあるキャラクターだったな。
 個人的には、フランス産ミステリのなかのベスト10候補のひとつに考えたいと思う出来。

No.1 6点 斎藤警部
(2015/06/03 12:29登録)
粗野な三重苦の青年が、客船で起きた殺人容疑で起訴されます。彼は死刑を望んでおり、弁護を拒否します。仕事が回って来たのは半分隠居の老弁護士。その設定に惹かれ若気の至りで読みました。
詳細の記憶は朦朧としておりますが、キリスト教に基づいたスピリチュアルな癒しの物語だった事と、生まれつき盲目の青年がとある女性の導きで「色」(赤とか青とか黄色とか)とはそれぞれどんなものかを理解するというくだり、そこが印象的でよく憶えております。
推理小説的に仰天するような終わり方はしません。 穏やかに安らかに、救いをもって幕をおろします。
作者唯一のミステリ範疇作品だそうです。

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