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ミステリの祭典

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ダブルオー・バック

作家 稲見一良
出版日1989年04月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 7点
(2020/11/18 07:29登録)
 生島治郎が『傷痕の街』を発表した際、さっそくファン・レターを書いて彼の「ファン第一号」になったのが稲見一良である。それから四年後の昭和四十三(1968)年八月、稲見は自身も「凍土のなかから」(『短篇で読む推理傑作選50 上』光文社刊 他収録)で第三回双葉推理賞に応募し、見事佳作第一席となった。愛犬を殺された狩人と脱獄囚二人の山中での戦いを描いたものだが、若干設定を改変した上で本編の第四話「銃執るものの掟」に移し替えられている。
 このデビュー作にある既成作家から「盗作」とのクレームが付けられたため、彼の作家活動はしばらく休止する事になる。正面から立ち向かう事によって謂われなき疑いを晴らし、相手既成作家に詫びを入れさせた稲見だったが、こうした経緯に嫌気がさしたのかしばらく実作から遠ざかってしまった。
 老練ながら沈黙を続けていたその彼が、肝臓癌との闘病を機に〈生涯に一冊の本を〉との思いで書きあげたのが本書。次から次へと持ち主を変えていくポンプ・アクション式の猟銃・ウィンチェスターM12、通称シャクリが浮き彫りにする様々な人生を全四話のオムニバス形式で綴ったもので、平成元年四月に大陸書房から刊行された。各話のタイトルはそれぞれ オープン・シーズン/斧/アーリィタイムス・ドリーム/銃執るものの掟 となっている。なお単行本のカバー帯には、師匠格の生島が熱っぽい推薦文を寄せている。
 肩慣らしながら重い第一話のあと、男の生き方に憧れるバァの店主とその常連たちが、義侠心から当て逃げ事件を起こした養豚業者に立ち向かう第三話など、通常のミステリに近い作品も含まれているが、中核となるのは銃猟の経験を生かした第二話や第四話。山の芳醇な知識とディティールに支えられた自然派ハードボイルドとも言うべきもので、生島とも異なる独特の味わいになっている。特に山小屋暮らしの父親と、喘息持ちの息子との山中での日々と別れを描いた第二話は、第三話に繋がる断章部分も含めて良い。この路線は後に、猟犬探偵・竜門卓の登場する一連のシリーズとして結実した。
 既読作品中では『セント・メリーのリボン』が最も面白かったが、絶筆となった『男は旗』では、それともまた異なる新境地を見せている。病没までの五年間に残した著書は、それまでに書いたエッセイを除き僅か七冊。90年代前半を鮮烈に駆け抜けた作家と言える。

No.1 8点 Tetchy
(2007/10/14 21:56登録)
一丁の拳銃が人から人へ渡る。その拳銃を手にした者たちの物語を語った連作短編集。
ガンに侵されていた著者が生きた証を残そうと著した本作は、まさにこの作者が読みたかった作品を書いたのだという強い思いが行間から立ち上ってきます。
デビュー作にして人生の酸いも甘いも経験してきた作者の人間としての懐の深さが窺える作品です。
これも絶版で手に入りません。全くもって勿体無い話です。

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