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ミステリの祭典

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危険なやつは片づけろ

作家 ハドリー・チェイス
出版日1964年01月
平均点6.67点
書評数3人

No.3 7点 斎藤警部
(2025/09/02 00:10登録)
おっしゃる通り、危険なやつはとっとと片づけるに限ります。 人間にしろガラスの破片にしろアレにしろ。

「あなたのおっしゃることはこけおどしだと思っています。 いずれにせよ、あなたは死んだほうが安全です」

何しろ雑誌 『犯罪実話』 が読みたくなるのだ。 これで六割方、この小説の勝ちは決まった。 こりゃあ心が躍る。 さあ、会う人会う人を疑ってみよう。
サンフランシスコ近郊、ナイトクラブの女性ダンサー失踪事件を 『犯罪実話』 の記者バディが洗う話。 よくある端緒だが、筆が上手で話が早く、興味深々きびきび読ませる。 いきなり参考人が不審死を遂げるのも味のうち。 探偵役がむやみに気絶しないのも気に入った。 警察との連携が妙にスムゥーズなのはくすぐったいぞ。 得体の知れない私立探偵と、人気雑誌の記者とでは扱いが違うというワケでね。

人並由真さんも言及されている通り、二つのスモールタウンが主舞台となるが、片方の警察は探偵役に友好的、もう片方は敵意丸出しというのがミソ。 もちろんそれぞれ一枚岩ではないのだが、証拠をつかむためには敵地に乗り込まねばならず、だが時々は(時に危険を冒しても)安全地帯に戻って報告なり相談なり一息つく必要があるわけで、また敵地にも “敵の敵” たる味方のアジトがあり、そのあたり探偵の最適移動戦略には図らずも(?)のちょっとしたゲーム性があって面白い。 何よりこの二つの小都市が睨み合う中を往来する探偵役の人間臭いダイナミズムが、この物語に得難い特色と躍動とを供給しまくっている。

「あなたのやりかたは、手がこみすぎていた。 事件は手がこんでいればいるだけ、解きやすくなります。 本筋をつかみさえすれば」

しかし話の進行が、ある意味何もかも摩擦係数低めに行き過ぎで何かが怪しい? 最初にやっと登場した警察トラブルらしき事象も、ツンデレ気質の現れらしかったり、あからさまにユーモア過多?だったり、これは単にそういうお気楽通俗という事なのか、それともおそるべき深い穴があるのか ・・・ なんて前半でモゾモゾしましたがね、、 後半でもちょっと爽やかに進みすぎてないか、ストーリーが、って感じるポイントが無くはなかったけれど、本作の良さの一つがそういうライトでブライトな感覚なのだとは言えましょう。 ただし、多数の被害者引き連れての複雑な事件真相は、いかにもHBな側面は目立てど、たった一つのちょっとしたフックが実に心地よく効いており、そのちょっとしたことで7点のテラスにひょいと乗っかりました。 ガールズに金持ち達の配置とか、画家が登場する意味合いとか、巧いねえ。

「あんたのせいで、とんでもない騒ぎが起ころうとしているのを、あんたに知らせたかったよ」

結末では思わぬ “やり手” が正体を現しました。 が、その前途には・・  ポジティヴヴァイブと一抹の不安、苦味を置き去りにする、厚みのある良いエンディングです。



【最後にちょっとしたネタバレ】

真犯人、まさかあれほどまで “自ら” 手を下していたとは思いませんでしたな。

No.2 7点 人並由真
(2020/04/18 19:40登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと、雑誌「犯罪実話」のライター、チェット・スレードンが、編集長のエドウィン・ファイエットから受けた指示。それは14ヶ月前にウェルデン市のナイトクラブ「フロリアン」から行方不明になった23歳の美人ダンサー、フェイ・ベンスンの失踪事件を洗い直せというものだった。早速、相棒のライター、バーニー・ロウとともに現地に向かうスレードンだが、二人は事件に関係するらしい複数の人物の変死を確認。さらにスレードンたちが出会った何か情報を秘めていそうな人物までが口封じされる。そして危険な魔手は、スレードンたち自身にも迫ってきた。

 1954年の英国作品。骨っぽいノワールから、窮地に立たされた主人公の矜持を見せつけるキャラクタードラマ、小粋なクライムサスペンスまで、似たようで実は幅広い主題を器用にこなすチェイスだが、本作では完全に通俗B級ハードボイルド(今回はかなり乱暴にこの言葉を使ってるが)の世界を、実に職人的な熟練の手際で仕上げている。

 おおざっぱに分類すれば、発覚していない悪事とその黒幕を暴けば記事(金)になるし、正義のためにも貢献できると決め込んだ文筆家が、悪徳の町(スモールタウン)へ乗り込んでいく王道パターンだが、主人公コンビの所属雑誌「犯罪実話」が意外によく読まれていて、捜査(取材)先の事件関係者や物語前半の舞台であるウェルデン市の警官たちにも通りがいいのが、なんか笑える。おかげで物語の前半は実は、そんなに危ないスモールタウンという感じはしない(物騒な殺し屋は向こうから寄ってくるが)。
 おかげでこの手の作品としては、意外なほどにマジメでマトモな警官たちが味方についてくれて、物語の半ばには悪党を迎え撃つ正義のチーム的な布陣になるのがちょっと驚いた。
 だが悪事の本陣は実はもうひとつのスモールタウン、タンバ・シティであり、そこは正に、ほぼ完全にギャングと悪徳警官が結託する場。所轄の事情からウェルデン市のマトモな警官たちも表立った支援はできず、ストーリーの後半では単身敵地に乗り込んでいく主人公スレードンがゲリラ的な奮闘を強いられるという二段構えの構成もよくできている。ストーリーが、ホップ・ステップする躍動感が半端じゃない。
 
 美人ダンサー失踪事件の背後に何があるのかというミステリ的な興味の真相も、なかなか手の込んだもので(評者は別の可能性を考えたがハズれた)、ラストの微妙にノワールっぽい落としどころも気が利いて洒落た味わい。
 お腹いっぱいでこの手のものはしばらく読まなくていいやという思いと、面白いのでもうちょっとこーゆーものを読みたいという欲求、二律背反の気分がせめぎあっている。たぶん、それだけ良かったということであろう(笑)。

No.1 6点
(2014/09/10 22:11登録)
これまでに読んだ2作が相当気に入って、今回も期待を持って読み始めたハドリー・チェイスだったのですが。
いや、やはりおもしろいことは間違いありません。しかし『ミス・ブランディッシの蘭』『蘭の肉体』のようなとんでもないところがないのも、確かなのです。雑誌記者が失踪人の行方を追っていくと、次々に殺人が起こって、彼自身も危険にさらされ…という粗筋は、まさにハードボイルドど真ん中のプロットですからね、派手なアクションや誇張された悪徳警官に牛耳られた町の扱い等はさすがチェイスらしい楽しさですが、意表を突く展開にはなりようがありません。ラストも、いかにもなパターンに主人公の密かな考えをひねりにしてあって決して悪くないのですが、上述2作ほどのインパクトはありません。
考えてみれば、最初の密室状況からの失踪を、共犯者を使ってまで演出する理由など全くないのですが、こういう作風ですから、まあいいでしょう。

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