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ミステリの祭典

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ポジ・スパイラル

作家 服部真澄
出版日2008年05月
平均点8.50点
書評数2人

No.2 7点 猫サーカス
(2021/06/21 18:37登録)
新しい日本の海の姿をシュミレートしてみせる小説。物語は、環境省のエリートである橋場が海に潜るシーンから始まり、次に人気俳優の久保倉が東大の准教授・住之江沙紀からレクチャーを受ける場面へと展開する。やがて沙紀たちは、有明海、東京湾など日本の海の再生に向け、大胆な挑戦を続けていく。「なぜ橋場は自殺したのか」という謎を含んでいるものの、理想的な再開発や環境問題をめぐる情報小説としての色合いが強い。石油や小麦などの値上がりが続く昨今、その背後にある問題や、環境、エネルギー、農業漁業など、どれをとっても悪いデータや暗い見通しばかりが支配している感がある。そんな現在のネガティブな方法論で示したのが、この「ポジ・スパイラル」。少しでも日本の海とその未来に関心のある方はぜひ。

No.1 10点 Tetchy
(2014/07/24 11:59登録)
文庫版の本書の帯には「地球を温暖化から救う『秘策』がこの小説にある!」と謳われているが、これは決して誇張ではない。陸海空に渡って環境破壊が叫ばれて久しい閉塞感と危機感で将来不安を抱えている人類に輝かしい未来の姿が本書には描かれている。
今回服部真澄がその切っ先鋭いペンのメスを入れるのは地球温暖化と農林水産省、国土交通省などの利権によって侵食された海洋汚染。このテーマはいつかは取り上げるだろうと思っていたので、とうとうやってくれたという感が強い。

今までの服部作品では巨大企業や勢力によって牛耳られようとしている世界の構図をまざまざと見せつけられ、巨象、いや巨大な鯨のような存在にミジンコほどの個人が対抗するといった構成が多く、それらは痛快ではある物の、やはりどこか無力感が漂い、些細な抵抗といった感が否めなかった。
しかし本書はそのタイトルが示すように、希望の持てる再生の物語であるのが特徴だ。高度経済成長期以来行われてきた海洋開発によってもはや詩の海となりつつある日本の海。それは温暖化を助長させ、もはやどうにもならない所まで行きつつある。しかし海はゆっくりながらも着実に再生していることが示され、干潟や浅瀬を取り戻すことで日本の海、とりわけ東京湾を昔の豊穣な海に戻そうという動き、そして暴力的なまでに生命線を遮断するが如く次々と閉ざされた諫早湾の水門をこじ開け、かつての有明海を取り戻そうとする物語展開が絶望から再生へと向かう希望の物語になり、読んでいてものすごく気持ちがよかった。

今までその綿密で緻密な取材力とそれを材料にこれから起こるであろう時代の出来事、産業界の動きなどを悲観的に描き、我々を心胆寒からしめた服部氏が、その作者の強みを存分に発揮し、「こういう風にすれば未来はもっと良くなる」と示す本書はこれまでの作風とは全くもって真逆のものであり、実に爽快な読後感を残してくれる。題名の通り、未来は明るいのだと思わせる本書を、政治家、官僚の全てに読んでもらいたい。本書に描かれている日本を待っている。

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