隅の老人 完全版 |
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作家 | バロネス・オルツィ |
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出版日 | 2014年01月 |
平均点 | 6.33点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 5点 | 弾十六 | |
(2022/03/27 23:23登録) 平山先生の労作。隅の老人シリーズは、第二短篇集『隅の老人』が最初に雑誌連載されたものの集成であり、有名な「最後の」短篇を含むので、連載時の姿はどういうものだったのか?、第一短篇集は後の連載をまとめているにも関わらず先に出版されたが、どういう経緯だったのか?、第三短篇集での復活劇はどういうものだったのか?という謎があり、その原初の姿を確認出来るように、全篇、雑誌掲載版による翻訳となっているのが嬉しい限り。第一、第二短篇集の作品は、初出誌の全挿絵も収録してくれています。 私は初版第五刷(2019-1-31)を入手。重要な付録として「初版第三刷追記」があり、(7)「グラスゴーの謎」がなぜ単行本未収録なのか?の謎を解いています。(戸川安宣さん情報、とのこと) でも、この【完全版】には第三短篇集の初出データや挿絵が全く掲載されておらず、第二短篇集の一部の初出データにも誤りがあるので、FictionMags Index(FMI)により補正しました。なお、FMIには‘The Most Baffling Mystery’ by Baroness Orczy (初出Metropolitan[米] 1924-3 挿絵Charles Andrew Bryson)が「隅の老人もの」として挙げられており、同時期にメトロポリタン誌に掲載された‘The Affair of the Vanished Masterpiece’ (初出Metropolitan Magazine 1924-7 挿絵Charles Andrew Bryson)も怪しい(多分(27)The Mystery of the Ingres Masterpieceの別題じゃないか?) 前者はMost Bafflingなどという抽象的な題名で、どの作品の改題としても当てはまるのだが、編集部が“Being the Return of the Man in the Corner”と宣伝してるのを見ると、二十年ぶりの復活のことを詳しく書いている(26)The Mystery of the Khaki Tunicの可能性が高そう。実際には冒頭などを確認しないと判らないのですけど。 以下、各篇を初出順に並び替え、カッコつき数字は本書【完全版】の収録順。●数字は原著短篇集の番号(枝番は原著短篇集の中の収録順)、タイトルは初出準拠としています。 いずれ、第三短篇集の挿絵も収録した【完全決定版】が出ると良いですね… 原著短篇集は次の三冊です。 ❶ The Case of Miss Elliott (Unwin, London, 1905)『ミス・エリオット事件』 ❷ The Old Man in the Corner (Greening, London, 1909)『隅の老人』 ❸ Unravelled Knots (Hutchinson, London, 1925)『解かれた結び目』 なお参照した原文は原著短篇集もので、初出雑誌の原文は確認できませんでした。 ******************** (1) The Fenchurch St. Mystery by Baroness E. Orczy (初出The Royal Magazine 1901-5 挿絵P. B. Hickling)❷-1「フェンチャーチ街駅の謎」: 評価5点 雑誌の巻頭話。著者名は第一次シリーズ全6篇ともBaroness E. Orczy表記。 隅の老人デビュー作。男の語り口が強烈。自伝(1947)によると、作者はシャーロックとは全く似つかないキャラを設定した、とあるが、実に成功している。ピアソンとの契約は各篇10ポンドだったようだ。英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=20434円。(特にミステリ好きでも無かったらしい作者が探偵小説の連続ものに手を出した動機が興味深い。自伝では、ある展覧会でヴェラスケスの絵を見た帰りに、橋の下の濁った水と霧に覆われた暗闇を見て、このような場所で多くの犯罪が行われたのだろうと、ふと想像したのがきっかけだった、と書いているが、多分ピアソンの編集者からのプッシュもあったのでは?) 平山先生が解説に書いているとおり、雑誌掲載時には、婦人記者の名前も記されず、ABC喫茶店(実在のチェーン店)という名称も記されていない。短篇集とは異なり、一人称なのが良い。 婦人記者の設定などの記述がないので、実にシンプル。ぐいぐい自説を語る男にはモデルがいたのではないか、と思うくらい、生き生きしている。アレも変テコ過ぎてミステリ的な傷を隠している印象。まあ呆れた、という感じですけどね。 p8 婦人記者(the lady journalist)◆この設定も、雑誌掲載時に短篇の前に記された「登場人物表(Dramatis Personae)」にしか出てこない。本篇の文章だけから判断すると、世間知らずのお嬢さんが、やな感じで乱暴なジジイが勝手に話し出した独り言を聞いてあげている、という感じ。なお、英国での婦人記者は1850年代から活躍し始めているので、無理な設定ではない。 p8 去年だけでも少なくとも六件の犯罪◆第一次シリーズ6作は全て去年の犯罪、という設定なのかも。とすると1900年が事件発生年か。 p12 来週の火曜日、すなわち十日◆事件発生時。多分12月10日、1901年が該当。p19も同じ。 p13 ホテル・セシル◆ストランド街に面した大ホテル。 p16 十二月十日水曜日◆事件発生時。直近では1902年。その前は1890年。p12と矛盾。 p22 ミルク一杯とロールパンの代金2ペンス◆上述の換算(1900)で170円。安い! (2022-3-27記載) ********** (2) The Robbery in Phillimore Terrace (初出The Royal Magazine 1901-6 挿絵P. B. Hickling)❷-2「フィルモア・テラスの盗難」: 評価4点 雑誌の巻頭話。本作もちょっと変テコな設定で、まあ呆れた、というネタ。巡査が番号で呼ばれてるのは新聞の通例だったのか。本作で初めて<A・B・C喫茶店>(A.B.C. shop; Aerated Bread Company、英Wiki参照)という固有名詞が登場。 p24 土曜日の午後♣️隅の老人との最初の出会いが土曜日だったという裏設定で、彼に確実に出会いたいがために一週間待ったのだろうか? p28 A・B・C鉄道案内(A.B.C. Railway Guide)♣️正式にはピリオド不要 ABC Rail Guide。こちらのABCはAlphabeticalの意味。1853年創刊の鉄道時刻表。ブラッドショーより分かりやすい、との評判。詳細はWikiで。 p36 案山子のような男(the scarecrow)◆いつから「案山子」呼ばわりされてたのかが気になって調べると、ここが最初だった。(2022-4-9追記) p38 企業総覧(Trades’ Directory)♣️お馴染みKelly’s Directoryのことだろう。 (2022-3-27記載) ********** (3) The Mysterious Death on the Underground Railway (初出The Royal Magazine 1901-7 挿絵P. B. Hickling)❷-4「地下鉄怪死事件」: 評価5点 ミステリ的にはありふれた感じだが、最後に降りた人の扱いが変だ。当時の地下鉄はコンパートメント式だったのがわかる(一等車だけかも)。有能弁護士アーサー・イングルウッドが(1)に続き再登場する。 p41 君は小説家なのだから♠️平山先生の注釈や解説の通り、設定と齟齬がある記述。小説自体の元々の構想は「登場人物表」(編集部で付けた?)の設定と違っていたのだろう。ジャーナリスト兼作家、という説明も可能だが… p53 女流作家♠️上記と同様。 (2022-3-27記載) ********** (4) The Theft at the English Provident Bank (初出The Royal Magazine 1901-8 挿絵P. B. Hickling)❷-7「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」: 評価5点 シンプルな話。でも支店長がショック受けすぎ。 聴き手が大好物の紐を猫じゃらしのように与え、隅の老人が飛びつくシーンが可愛い。 (2022-3-27記載) ********** (5) The Regent’s Park Murder (初出The Royal Magazine 1901-9 挿絵P. B. Hickling)❷-10「リージェント公園殺人事件」: 評価5点 依然として、聴き手の記者らしい言動は無し。ミステリとして、この解決は好きじゃないなあ。すごい大金を失ったロクデナシが、その後、平気でブリッジをしている(きっとこれも賭けているはず)… まあ呆れた行動ですねえ。 ところで隅の老人が関係者の写真にこだわるのは何故だろう。というか我々にも同様の傾向があって、犯罪者や被害者がどんな面構えか、ぜひ見てみたくなるのは何故だろう。 なお「拳銃」は原文では一貫してrevolver。時代的に回転式拳銃一択だが、一箇所くらい「回転式拳銃」と表記してくれると嬉しい。文中に型式などの記載は無いが、携帯に便利なBulldog Revolverを推す。 p69 一八九九年二月六日♣️事件の日付が明記されている。 p70 鉄輪絞首刑(garroting)♣️garrotingは1860年代ロンドンで恐れられた「首絞め強盗」という意味だろう。Webサイト“Today I Found Out”の記事THE LONDON GARROTTING PANIC OF THE MID-19TH CENTURY参照。 p72 二十五ポンド札(‘pony’)♣️£25札は1765-1822発行のWhite note(白地に黒文字、裏は白紙)、サイズ203x127mm。発行が古すぎるので、紙幣のことではなく「合計25ポンド」という意味かも(5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札のいずれかの組み合わせ)。ただし当時でも£25札は通用した?(イングランド銀行のHPでは公式通用が終わった年は不明、と記されている。なお£10札以上のWhite noteは1943年発行終了、1945年4月に通用中止) p74 フランスの刑事も『犯行で得する人間を探せ』と言っている(‘Seek him whom the crime benefits,’ say our French confrères)♣️フランス語だと À qui profite le crime? か。該当するフランスの「同業者」を探したが見当たらなかった。 p75 背が低く色黒で(short, dark)♣️しつこいようですが「黒髪の」 p76 ブリッジに興じていた(playing bridge)♣️当時は1920年代流行のコントラクト・ブリッジではなく、ホイストから派生したbridge-whistというものだったようだ。 (2022-3-27記載) ********** (6) The Mysterious Death in Percy Street (初出The Royal Magazine 1901-10 挿絵P. B. Hickling)❷-12「パーシー街の怪死」: 評価5点 決め手に欠ける話。まあ本作に限った事ではないが。それより管理人の行動の変化がちょっと面白い。 作者は元々6作で打ち止めのつもりだったのだろう。作者は自分の周りにいた怪事件好き、推理好き、探偵小説ファンの姿を見て、しょーもない変テコな人達、と感じて「隅の老人」として結晶化させたような気がした。だからプロットは大したことが無いにも関わらず、ミステリ・ファンの心に突き刺さるキャラなのかも。 p83 週十五シリング(fifteen shillings a week)♠️管理人の収入。ちょっと違うが1900年の物価で換算して月収6万6千円。家賃無し、当時は社会保険料や税金もかからないので、まあ生活出来るレベル。 p83 一八九八年一月♠️事件発生年月を明記。 p83『けちんぼ婆さん』(lady of means)♠️「資産のある女性」という意味では?皮肉っぽく逆の意味をとったのか。 p86 死因不明の評決(an open verdict)♠️当時のインクエストの評決には陪審員12人の意見が一致することを要するが、時間をかけても結論が出ない場合、陪審員はopen verdictを選択することが出来る。「可能性の高い選択肢が複数あり死因の特定には至らなかった」という意味。なので「死因不明」とはちょっと違う。「死因特定に至らず」という評決、くらいが適訳か。Wiki “Inquests in England and Wales”によると2004年の統計だが37%が事故死(death by accident/misadventure)、21%が自然死(natural causes)、13%が自殺、10%がopen verdict、19%がその他の評決(殺人など) (2022-3-27記載) ******************** (7) The Glasgow Mystery by Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1902-4 挿絵P. B. Hickling)「グラスゴーの謎」: 評価4点 雑誌の巻頭話。表紙もP. B. Hickling画の「隅の老人」の大きな肖像画に「誰でしょう?」のキャプション。第二次シリーズは全7篇連続掲載。著者名は、この回だけBaroness Orczyで、残りはBaroness E. Orczy。作者紹介のコラム≪E・オルツィ女男爵(Baroness E. Orczy)≫は本作掲載号(1902年4月号)に書かれたもの(p95の掲載年月は誤り。平山先生はp588以降で第二次シリーズの初出を間違っている)。 本作だけ短篇集未収録。スコットランドにはインクエスト制度が存在しないので、読者から抗議の手紙が数百通来たという(このエピソードは逆に結構人気があるシリーズだった、ということか)。スコットランド以外なら問題ないのだから、都市名だけ変えれば短篇集に収録出来たのに、とも思う。さしてグラスゴー色があるわけではないし… オルツィはこの失敗に懲りず、同年8月号ではエジンバラを舞台にしている。 ミステリとしては分かりやすい話。ミスディレクションは不足気味。平山先生は死亡時刻がこの時代に確定できないのは変だ、と言ってるけど、後のペリー・メイスンものでも死亡時刻の推定は非常に厄介だ、と何度も強調しているから不思議ではないと思う。 なお、本作で聴き手が初めて自分を「婦人記者(p96)」と書いている。 (2022-3-27記載) ********** (8) The Mysteries of Great Cities: The York Mystery (初出The Royal Magazine 1902-5 挿絵P. B. Hickling)❷-3「ヨークの謎」: 評価6点 雑誌の巻頭話。シリーズもので二回連続巻頭話というのはかなりの推しを意味するのでは? ヨーク競馬を背景にしたご当地ものとしての工夫があり、メロドラマ要素も充分。ミステリ的にはシンプルだが効果的。警察が無能に描かれすぎなのが本シリーズ全体の特徴。ところでこの時代はまだ指紋の知識が普及していなかったようで、少し後のミステリなら必ず凶器などから指紋を探しているはず。まあまだ検出手法が未熟で、壁にべったり付いた血の指紋とかじゃないとダメだったのかも。ここら辺の検出手法の発展史は要調査ですね。 p109 ミルク二杯、チーズケーキおかわり♣️隅の老人が機嫌の良い時の贅沢。 p110 グレート・イーボール障害レース(Great Ebor Handicap)♣️ヨーク競馬場で毎年8月に開催されるヨーロッパ有数の平地障害競走。「イボア」が定訳のようですよ… p119 ブリッジの自分の番が終わったので(I had finished my turn at bridge) p120 ベックフォンティン(Beckfontein)♣️平山先生も調べつかず。「一年前に」大砲による戦いがあった地名のようだ。架空かも。 (2022-3-27記載) ********** (9) The Mysteries of Great Cities: The Liverpool Mystery (初出The Royal Magazine 1902-6 挿絵P. B. Hickling)❷-5「リヴァプールの謎」: 評価5点 楽しいイカサマの手口が見られるか、と思ったら… p129 十二月十日水曜日(Wednesday, December 10th)♠️直近では1902年。その前は1890年。オルツィさんはこの日付が好きみたい。 p129 百ポンド紙幣(Bank of England notes of £100)♠️White note、サイズ211x133mm。 p135 家賃は年に250ポンド♠️月額42万円。当時の家賃は現代日本より低めなので、大した高級マンションなのだろう。 (2022-3-27記載) ********** (10) The Mysteries of Great Cities: The Brighton Mystery (初出The Royal Magazine 1902-7 挿絵P. B. Hickling)❷-9 as “An Unparalleled Outrage”「ブライトンの謎」: 評価6点 ミステリ的には、気に入らない点もあるけど、話の流れが好き。そう言えば、隅の老人シリーズって、ほぼ全ての犯人が大手を振って自由を満喫してるんだよね… p136 〈ミンストレル・ショー〉(nigger minstrels)が行われ、参加費三シリングの遠足に来た連中(three-shilling excursionists)… 値段だけは高いアパートでは… 廊下の照明代として日曜は一シリング、他の日の晩は六ペンスが請求される(charge you a shilling for lighting the hall gas on Sundays and sixpence on other evenings)◆英国の海岸リゾートの情景描写。 p137 〈亭主のご帰還用列車〉で(by the ‘husband’s train’)◆当時は通勤族が利用する列車をこう表現してたのか。Webでは用例を拾えなかった。 p137 三月十七日水曜日(Wednesday, March 17th)◆該当は1897年。 p140 予算は週に12シリング(twelve shillings a week)◆月額5万3千円。家具付きの部屋で、滞在中は食事付き(不在にすることあり)、という条件。 p140 ソヴリン金貨◆当時のソヴリン金貨はVictoria Sovereign "Old Head" (鋳造1893-1901)で純金, 8g, 直径22mm。 p146 色黒で背が高く痩せていて(He was dark, of swarthy complexion, tall, thin, with bushy eyebrows and thick black hair and short beard)◆ここはちょっと問題あり。まあでも「黒髪で、肌は浅黒く、背が高く…」で良いはず。文の後にthick black hairとあるが、これはblackではなくthickを強調しているのだろう。 (2022-3-27記載) ********** (11) The Mysteries of Great Cities: The Edinburgh Mystery (初出The Royal Magazine 1902-8 挿絵P. B. Hickling)❷-6「エジンバラの謎」: 評価4点 メロドラマ的な要素がふんだんにある良いネタなんだけど非常に残念な出来。かなりの謎を放り出して終わっている。上手くまとまればとても面白くなりそうな素材なんだが… 今までシリーズを読んできてみての感想だが、隅の老人シリーズは法廷もののハシリでもあったのか。 p154 傍聴席の最前列を確保… たいていいつもうまくやるのだ(I succeeded—I generally do—in securing one of the front seats among the audience)♣️隅の老人の特技。 p159 スコットランドでは、証人が証言をしている間、他の証人が法廷に同席することを許していない♣️ 作者はここでグラスゴーの仇を取りにいった。 p161 判決は『証拠不十分』(a verdict of ‘Non Proven’)♣️上記同様、お勉強の成果。これはスコットランド法独自の評決。イングランドでは“Guilty or Not Guilty”だが、スコットランドでは”Proven or Non Proven”、後者のほうが言い方としては正確だ。 (2022-3-27記載) ********** (12) The Mysteries of Great Cities: The Dublin Mystery (初出The Royal Magazine 1902-9 挿絵P. B. Hickling)❷-8「ダブリンの謎」: 評価5点 なかなか楽しげなムードが良い。ラストのセリフが効いている。ミステリ的にはシンプル。 (2022-3-27記載) ********** (13) The Mysteries of Great Cities: The Birmingham Mystery (初出The Royal Magazine 1902-10 挿絵P. B. Hickling)❷-11 as “The De Genneville Peerage”「バーミンガムの謎」: 評価4点 双子の話は好きですが、これではねえ… 面白い伝承もあって冒頭は良いムードなんですけど。これも上手くまとめると… って駄目っぽい。変テコな話。 p179 神様は破産者と子猫と弁護士をごらんになっている(Providence watches over bankrupts, kittens, and lawyers)◆ことわざ?調べつかず。 p181 九月十五日木曜日(Thursday, September 15th)◆該当は1898年。 p186 半クラウン◆ホテルのポーターへのチップ。 (2022-3-27記載) ******************** (14) The Old Man in the Corner, I: The Case of Miss Elliott by The Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1904-4 挿絵P. B. Hickling)❶-1「ミス・エリオット事件」: 評価4点 雑誌の巻頭話。第三次シリーズは全12篇連続掲載。著者名はいずれもThe Baroness Orczy表記。第三次シリーズの12篇には、雑誌掲載時、編集部による「読者への挑戦」が挿入されている。この工夫、誰が始めたのでしょうね。 実際にこんな事件が起こったら、警察はきっとキモの事実を調べているはず。でも検死審問だからスルーしたのだろう。到底誤魔化せるネタではない。 p195 ミス・ヒックマン事件(Miss Hickman)♣️1903年8月15日に失踪した29歳の女医Sophia Frances Hickman、結局10月19日にひとけのない森で死体が発見された事件。失踪後、父親と病院が報奨金200ポンドで行方を探し、遺体発見までに多くの憶測をよんだ。死体のそばにはモルフィネ入りの注射器があり、インクエストでは「一時的な精神異常で(temporarily insane)自ら摂取したモルヒネ中毒死」との評決(11月12日)となった(多分、この表現だと教会埋葬可能のはず)。死体発見の場所Sidmouth Wood, Richmond Parkは自殺の名所となったようだ。報奨金のポスターがWebにあり(Miss Hickman 1903 poster)。本作はこの事件に大きな影響を受けているものと思われる。 p195 デイリー・テレグラフ(Daily Telegraph) p196 素人探偵連中が嗅ぎ回った(a kind of freemasonic, amateur detective work goes on)♣️「フリーメイソン的な」のニュアンスは「秘密結社的な、ちょっとマニアックな」という感じ? p198 検死審問の法廷には(on the day fixed for the inquest the coroner’s court was)♣️インクエストは裁判ではないので「法廷」というのには違和感がある。でも「審廷」っていうのもピンとこないかなあ。直訳「インクエストの日になると、検死官の審廷には」 p200 十一月一日日曜日♣️事件の日。該当は1903年。という事は上述のヒックマン事件の直後、という設定。 p204 読者への挑戦「ここで雑誌を閉じて、この事件を自分で解明してごらんなさい---編集部」(3と4の間) (2022-4-9記載) ********** (15) The Old Man in the Corner II. The Hocussing of Cigarette (初出The Royal Magazine 1904-5 挿絵P. B. Hickling)❶-2「シガレット号事件」: 評価5点 このタイトルは「シガレットに一服」だと原意っぽくない? サー・アーサー・イングルウッド弁護士が(3)以来、久しぶりの登場。法廷での証人たちの証言の感じがドラマチックで良い。ミステリ的には難しくない話。 p209 百ポンドの報奨金♠️少なくとも事件から六か月以上経過しているので、事件発生は1903年と推察される。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。 p213 半クラウン♠️2527円。メイドが給料から馬に賭けた金額。 p219 夜明けまでブリッジ… 二回行なった三番勝負(played Bridge until the small hours of the morning, that between two rubbers) (2022-4-10記載) ********** (16) The Old Man in the Corner III. The Murder in Dartmoor Terrace (初出The Royal Magazine 1904-6 挿絵P. B. Hickling)❶-3「ダートムア・テラスの悲劇」: 評価4点 第三次シリーズは、今までと異なり隅の老人が苦労して入手した関係者の写真を得意げに見せびらかすことがほとんどなくなる。印刷技術が向上して新聞でも写りの良い写真が掲載されるようになったからだろうか? 本作のネタはわかりやすい気がする。変な遺言で遺族が困る、という話が英国には多いようだが、遺言の効力がかなり強力なんだろうか。 p226 ブロッグス… あんまりいい響きの苗字じゃないな(Bloggs— it is not a euphonious name)◆平山先生の解説(p594)にあるとおり、苗字の代表例として使われるらしい。日本の「山田太郎」的な名前のようだ。 p226 年収200ポンド p229 二十七日木曜日◆これは三月。該当は1902年。 (2022-4-11記載) ********** (17) The Old Man in the Corner IV. Who Stole the Black Diamonds? (初出The Royal Magazine 1904-7 挿絵P. B. Hickling)❶-4「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」: 評価4点 実際にこんな事件が起こったら、誰でもそっちを疑っちゃうよねえ。発想がおおらかな感じ。 p239 本名を口にするのは控えておこう(Of course I am not going to mention names)♣️この配慮の意味がわからない。あまりに高貴すぎて気がひけるのか。 p239 一九〇二年の社交シーズン… 深い悲しみと大きな喜びに沸いた、記憶に残るシーズン(during the season of 1902— a season memorable alike for its deep sorrow and its great joy)♣️訳注がピンとこないなあ、盲腸くらいで騒ぎすぎ、と思ったが、当時、盲腸の手術は死の危険が大きかった。エドワード七世の成功事例で、この後、盲腸の治療は手術が主流になったという。 p239 七月六日日曜日♣️該当は1902年。 p243 フェリックス製のドレス(the dress from Felix)♣️ Maison Félix、パリの服飾店(1846–1901) 創業者Joseph-Augustin Escalier(1815ごろ生)のニックネームに由来。後の社主Émile Martin Poussineau(1841-1930)のニックネームも同じくFélixだった。1870年代から1890年代が最盛期。1900年パリ万博の展示に費用を注ぎ込みすぎて店を閉めることになったようだ。(2022-4-17修正) p246 サー・アーサー・イングルウッド♣️チラリと登場。 p247 フランス紙幣で(in French notes)♣️英国銀行の紙幣ではなく、フランス紙幣などが登場する場面が他にもあった。フランス紙幣だと出所を追跡できないので安全、という事なのか。 (2022-4-14記載) ********** (18) The Old Man in the Corner V. The Murder of Miss Pebmarsh (初出The Royal Magazine 1904-8 挿絵P. B. Hickling)❶-5「ミス・ペブマーシュ殺人事件」: 評価4点 英語では Miss Pebmarsh と表記されるのは年長者(Miss Lucy Ann Pebmarsh)の方、というルール。若い方(Miss Pamela Pebmarsh)は Miss Pamela と表記される。 この作品は「危機一髪君(Skin o’ my Teeth)」シリーズのある作品の焼き直し。構成は本作の方が劣る。 p254 写真♠️ここでは関係者の写真を取り出している。 p256 週に1ポンド♠️p209の換算で約二万円 (2022-4-14記載) ********** (19) The Old Man in the Corner VI. The Lisson Grove Murder (初出The Royal Magazine 1904-9 挿絵P. B. Hickling)❶-6「リッスン・グローブの謎」: 評価4点 なんだか安易な話。騙されるかなあ。イラストの自動車(p270)の車種が気になる。(調べてません) p266 先だっての土曜日、十一月二十一日◆1903年が該当。 p268 週7シリングの給料◆p209の換算で月給30659円。 p271 オーストラリア銀行発行の紙幣(Bank of Australia notes)◆オーストラリア銀行が独自の紙幣を発行したのは1910年からのようだ。とするとこの記述はオルツィさんの誤りなのだろう。 (2022-4-14記載) ********** (20) The Old Man in the Corner VII. The Tremarn Case (初出The Royal Magazine 1904-10 挿絵P. B. Hickling)❶-7「トレマーン事件」: 評価6点 なかなか面白い話。良く考えると結構無茶苦茶だが。 p180 小さなのぞき窓の蓋を開け(through the little trap)♣️二輪馬車(ハンサム)は御者が客の座席の後ろ側上部に座っている。乗客が座席から御者に指示を与えるには、屋根のトラップドアを開けて伝える。写真を探したがトラップドアが開いているのが見つからなかった。私が見た中ではTVシリーズRaffles(1977)第三話にハンサムのトラップドアを跳ね上げて御者に指示するシーンがあってすごくわかりやすかった。 p282 マルチニーク島… 二年前の火山の爆発♣️1902年5月8日、フランス領アンティル(Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(Montagne Pelée)の噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。ピランデッロ『生きていたパスカル』(1904)にも登場していました。翻訳は時間が前後している感じ。原文では「故トレマーン伯爵の次男…(second son of the late Earl of Tremarn)」の前にBut I must take you back some five-and-twenty years(翻訳では訳し漏れ)があり「次男は当時(25年前)、マルチニーク島に行ったが、その地は二年前に火山の爆発でめちゃくちゃになったなあ」という感じ。 p284 五ポンド紙幣(a five-pound note)♠️ずいぶんな奴だと思うが… (2022-4-15記載) ********** (21) The Old Man in the Corner VIII. The Fate of the “Artemis”(初出The Royal Magazine 1904-11 挿絵P. B. Hickling)❶-8「アルテミス号の運命」: 評価4点 秘密が世間にバレバレの諜報戦ってレベルが低すぎる。1904年2月、日露戦争開戦後の日本の旅順閉鎖作戦に題材を得ているらしいが、開戦前の同港に日本軍が機雷を敷設した史実は無いようだ。(そんなことしたら宣戦布告前の攻撃となっちゃうのでは?) 著名弁護士Sir Arthur Inglewoodも登場します。 p295 勇気ある極東の小さな我らが同盟国は、秘密諜報というやつがかなりお得意なのだ(our plucky little allies of the Far East are past masters in that art which is politely known as secret intelligence)◆隅の老人の評価。 p295 十二月二日水曜日◆1903年で正しい。 p299 三文小説に夢中になっている素人探偵どもが(by the crowd of amateur detectives who read penny novelettes) p303 二十年ほど前に起きた(some twenty years ago)… 事件◆話のなかに当然のように出てくるので、こういう事件が実際にあったのかも?と一瞬思って調べたが、やはり架空のようだ。 (2022-4-17記載) ********** (22) The Old Man in the Corner IX. The Disappearance of Count Collini (初出The Royal Magazine 1904-12 挿絵P. B. Hickling)❶-9「コリーニ伯爵の失踪」: 評価4点 オルツィさんお得意のネタだというのは、冒頭からわかりますよねえ。 本作も(18)同様、年長者の兄(Reginald Turnour)がMr Turnerと呼ばれ、弟(Hubert Turnour)がHubertと呼び分けられている(弟の方はMrをつけていない)。本作でMr Turnerと言えばReginaldに限られる。どうしても区別したいときにはthe elder Mr TurnourとかMr Turner seniorと表現している。このルールを知らないと「ターナー氏ってどっちのターナーだよ?」と思ってしまうだろう。 p307 去年の秋の事件 p307 警察裁判所の審理(police-court proceedings)♣️police courtはmagistrate's courtのことで、軽微な事件を扱ったり、大事件の容疑者の事前取り調べを行う。 p307 おままごとをしてお互いに『パパ』、『ママ』と呼び合って(had called each other ‘hubby’ and ‘wifey’ in play) p308 その仕事は『仲介業』とかいうよくわからないもの(by profession what is vaguely known as a ‘commission agent’) p309 カールトン・ホテル(the Carlton)♣️The Carlton Hotel はロンドンの豪勢なホテル(1899-1940)。 p310 成人して(had attained her majority)♣️当時、両性21未満で結婚は保護者の承諾が必要だった(コモンローとカノン法では結婚可能年齢は男14、女12だったようだ。Age of Marriage Act 1929で両性16に引き上げ、ただし21まで保護者の同意がなければ無効は変わらず; The Family Law Reform Act 1987で同意不要年齢が18歳に引き下げ) p311 結婚式は、宗教の違いがあったので、登記所で行なわれることになった(The marriage, owing to the difference of religion, was to be performed before a registrar) p311 ワーデン卿ホテル(Lord Warden Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1853-1939) p312 グランド・ホテル(Grand Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1893-1940) (2022-4-18記載) ********** (23) The Old Man in the Corner X. The Ayrsham Mystery (初出The Royal Magazine 1905-1 挿絵P. B. Hickling)❶-10「エアシャムの謎」: 評価4点 Mr という呼称の性質を理解していないと変テコ解釈となる。事件の決定的証人がいるのだから、警察は簡単に犯人をひきずりだすことが出来る事件だろう。 p319 千立っての十月の夜(one evening last October)♠️事件は1904年10月発生か?隅の老人の発言時期は不明だが… p321 大きな小銃製造会社(the great small-arms manufacturers)♠️small armsは「小火器」ピストルやライフル銃など兵士が一人で携行可能な武器の総称。 p342 検死審問は、宿泊設備が必要だった都合上、地元警察署で開かれたが(The inquest, which, for want of other accommodation, was held at the local police station)♠️ここのother accommodationとはベンチとかの審廷を開くために必要な設備では?インクエストに宿泊設備は不要だろう。 p323 端に銀の石突… イギリス製ならばあるはずの検印が刻まれていなかった(a solid silver ferrule at one end, which was not English hallmarked)♠️有名な立ち上がったライオンの検印(2022-4-20訂正: よく調べず勢いで書いたがsilver hallmark ukと検索すると色々な種類がある。知ったかぶりはダメですね) p323 弟のほう(young)♠️本作では一貫してyoung、youngerを「弟」と翻訳しているが「若い」が適切だろう。 p327 回答を拒否(refused to do so)♠️インクエストでは証言を拒否しても、法廷のように侮辱罪には問われない。 p329 身元不明の単独犯もしくは複数の犯人による故殺(wilful murder against some person or persons unknown)♠️探偵小説でインクエストの評決といえばこれが定番。試訳「未知の単独犯または複数犯による故殺」 (2022-4-19記載) ********** (24) The Old Man in the Corner XI. The Affair at the Novelty Theatre (初出The Royal Magazine 1905-2 挿絵P. B. Hickling)❶-11「〈ノヴェルティ劇場〉事件」: 評価4点 楽屋泥棒が少ないのは何故?と冒頭の謎が提示される。 ブツが残っているのだから、実際にこんな事件が発生すれば警察の捜査は簡単だろう。 p334 七月二十日◆事件の日 (2022-4-20記載) ********** (25) The Old Man in the Corner XII. The Tragedy of Barnsdale Manor (初出The Royal Magazine 1905-3 挿絵P. B. Hickling)❶-12「〈バーンスデール〉屋敷の悲劇」 ******************** (26) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Khaki Tunic by Baroness Orczy (初出The London Magazine 1923-8 挿絵S. Seymour Lucas)❸-1「カーキ色の軍服の謎」 第四次シリーズはロンドン誌に移って全7篇連続掲載。著者名はBaroness Orczy表記。雑誌の巻頭話になった作品は無し、という事はあんまり期待されていなかったのか。ソーンダイク博士も描いていた挿絵画家ルーカスが描く隅の老人を見てみたい。 ********** (28) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Pearl Necklace (初出The London Magazine 1923-9 挿絵S. Seymour Lucas)❸-3「真珠のネックレスの謎」 ********** (30) The Old Man in the Corner: The Tragedy in Bishop’s Road (初出The London Magazine 1923-10 挿絵S. Seymour Lucas)❸-5 as “The Mysterious Tragedy in Bishop’s Road”「ビショップス通りの謎」 ********** (29) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Russian Prince (初出The London Magazine 1923-11 挿絵Charles Crombie)❸-4「ロシアの公爵の謎」 これ以降、毎回挿絵画家が変わっている。 ********** (31) The Old Man in the Corner: The Mystery of Dog’s Tooth Cliff (初出The London Magazine 1923-Christmas 挿絵E. G. Oakdale)❸-6「犬歯崖の謎」 ********** (33) The Mystery of Brudenell Court (初出The London Magazine 1924-1 挿絵W. R. S. Stott)❸-8「〈ブルードネル・コート〉の謎」 ********** (32) The Tytherton Case (初出The London Magazine 1924-2 挿絵J. Dewar Mills)❸-7「タイサートン事件」 ********** (27) The Case of the Duke’s Picture (初出The London Magazine 1924-3 挿絵Frank Wiles)❸-2 as “The Mystery of the Ingres Masterpiece” 「アングルの名画の謎」 ******************** (34) The Mystery of the White Carnation by Baroness Orczy (初出Hutchinson’s Magazine 1924-11 挿絵Albert Bailey)❸-9「白いカーネーションの謎」 雑誌の巻頭話。第五シリーズはハッチンソン誌に移動して、全5作連載(1925年1月号を除く)。著者名はBaroness Orczy表記。 ********** (35) The Mystery of the Montmartre Hat (初出Hutchinson’s Magazine 1924-12 挿絵不明)❸-10「モンマルトル風の帽子の謎」 ********** (36) The Miser of Maida Vale (初出Hutchinson’s Magazine 1925-2 挿絵不明)❸-11「メイダ・ヴェールの守銭奴」 ********** (37) The Fulton Gardens Mystery (初出Hutchinson’s Magazine 1925-3 挿絵不明)❸-12「フルトン・ガーデンズの謎」 ********** (38) The Moorland Tragedy (初出Hutchinson’s Magazine 1925-4 挿絵不明)❸-13「荒地の悲劇」 |
No.2 | 6点 | nukkam | |
(2017/09/30 23:29登録) (ネタバレなしです) シリーズ全作品(38短編)を収めて国内で独自に出版された作品社版の「隅の老人」がありますが、ここで感想を書くのは英国で1909年に出版された第2短編集です。このシリーズはデビュー作である「フェンチャーチ街駅の謎」(1901年)から最後の事件を扱った「パーシー街の怪死」(1901年)までの「ロンドンの謎」6作が雑誌連載され、好評だったためか続けて新シリーズとして「グラスゴーの謎」(1901年)から「バーミンガムの謎」(1902年)までの「大都市の謎」が7作発表されましたが、第2短編集はこの初期作品を(なぜか「グラスゴーの謎」を除いて)12作収めています。当時はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズの世界的成功を受けて多くの作家が活躍していましたが、その中でこのシリーズは名前のない探偵役を(実はある作品で正体についてのヒントがありますが)採用したことが特徴です。また事件の紹介から真相説明まで喫茶店の片隅での探偵役の語りに終始しているというパターンのため、安楽椅子探偵の先駆けと紹介されたこともあります。もっとも直接描写はないものの結構足を使って情報収集していることから、今では安楽椅子探偵としては評価されないようですけど。事件の発生から捜査の進展、いよいよ犯人特定かと思わせて強力な反証により迷宮化(最初のどんでん返し)、そこで隅の老人の推理による更なるどんでん返しというプロットが多く、当時としては非常に緻密な本格派推理小説だと思います。ただ構成がしっかりしているという強みは一方で類似パターンに陥りやすい弱点でもあります。動きの描写がほとんどないのでサスペンスは求めようもなく、何作も続けて読むと少々もたれてくるのも確か。しかし作品間の出来栄えにバラツキは少なく、個人的な好みは「地下鉄怪死事件」と「ダブリンの謎」ですが他もなかなか読ませます。 |
No.1 | 8点 | アイス・コーヒー | |
(2014/06/21 17:47登録) 作品社かた出版された本作は、世界初の『隅の老人』完全版。日本で紹介されていなかった何作かに加え、そもそもある理由により単行本に収録されなかった「グラスゴーの謎」も翻訳されている。 ただ、単行本2段組みで600ページ超という圧倒的なボリュームで、図書館の貸出期間内に読み終えるのは中々大変だった。 隅の老人は、シャーロック・ホームズのライバル格として登場した名前の公表されない探偵。尚、彼は安楽椅子探偵ものの代表として語られることが多いが、実際にはそうでない事は「検死審問」や「裁判」で積極的に傍聴する描写から分かる。 また、創元推理文庫の『隅の老人の事件簿』は単行本から翻訳しているようだが、完全版では掲載雑誌から直接訳している。これにより、短編集『隅の老人』掲載作中での三人称の語りが元来一人称であったことや、老人の話を聞かされる婦人記者の名前(設定上はポリー・バートン)が本来登場しないことなどの事実が判明した。 他にも様々な発見があり、感心させられた。画期的な一冊といっても過言ではない。 さて、物語について。隅の老人が婦人記者に事件のあらましを語った後に、自らの推理をひけらかすという一連の流れは全作品に共通している。従って、話がマンネリ化することは避けられないのだが、そんな中でも面白く読めたのは新鮮な驚き。展開やトリックが使いまわされることもあるが、全体に貫かれたロジックは比較的固く完成度は高い。 初期の「フランチャーチ街駅の謎」「フィルモア・テラスの盗難」「地下鉄怪死事件」などはトリック、プロットともによく出来ている。そして異色作の「パーシー街の怪死」より後はご当地ミステリが続く。ダブリンにまで足を延ばすのだから、老人の野次馬根性は相当なものだ。 『ミス・エリオット事件』収録作の中では「シガレット号事件」「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」などが良作。(「シガレット号事件」と「アルテミス号の運命」は題名こそ似ているが、片方は馬の話でもう片方は船の話だった。) 第3短編集『解かれた結び目』は隅の老人の復活編。トリックは使いまわしが多いものの、ストーリーに工夫が感じられるようになった。 巻末の詳細な解説も興味深いものでとても満足。 |