ゾラ・一撃・さようなら 探偵兼ライター・頸城悦夫 |
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作家 | 森博嗣 |
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出版日 | 2007年08月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 7点 | Tetchy | |
(2025/07/08 00:40登録) 森作品にしては珍しい私立探偵小説である。ただ従来よくある人捜しではなく、物探しであることとそれを所有する著名人の邸宅から盗み出さなければならないと依頼は一風変わっている。 通常私立探偵ならばそのような依頼は犯罪行為であり、断るだろう。寧ろアウトローな犯罪者が受けるべき依頼だ。しかし主人公頚城悦夫はターゲットである天使の演習の所有者法輪清治郎の甥洋樹と友人である優位な立場であり、接近しやすい。それに加え、彼には若い頃に内戦地で暮らしていた過去があり、そこで知り合った女性を戦争で喪っていた。直接的に戦争には関わってはいないものの、死と隣り合わせの状況の中に身を措いていたことで犯罪に関する抵抗力が一般人よりも薄い傾向にあるようだ。 ただ今回の作品の依頼を森氏がどのように受けたのか解らないが、どこか借り物めいた人物設定が目立つ。 例えば依頼人のターゲットである天使の演習の所有者、法輪清治郎はタレントで司会業で名を馳せた後、政界に進出して都知事を務めた人物である。これだけでモデルは青島幸男が想起される―しかし何となく石原裕次郎と石原慎太郎を合わせて2で割ったような設定のように感じられる―し、また彼と繋がりを持っている元総理吉田護は名前からでは吉田茂を想起するが、若い頃は射撃の元オリンピック代表選手だった設定から麻生元総理を想起させる。しかし実はこの後者の設定が最後に物語に寄与していることが解るのだから侮れない。 さて本書は森作品の主軸となるS&MシリーズやVシリーズとは関係のない作品だが、微妙にそれらのシリーズとのリンクがある。 まず物語の焦点が天使の演習、そうエンジェル・マヌーヴァと呼ばれる装飾品の短剣であることだ。この装飾品は確かVシリーズ『捩れ屋敷の利鈍』で保呂草が熊野御堂氏の捩れ屋敷から盗み出したのが最後だったように思うが、本書はその後の話をしているのだろうか。 そして法輪邸に居候している盲目の詩人簑沢素生はS&Mシリーズ『夏のレプリカ』に萌絵のユジン簑沢杜萌の義兄として登場している。しかし今回は大した役どころではなく、例えば爆発物を仕掛けられたDVDデッキの異常音に気付いたり、頚城の来訪が今回の事件を引き起こしたと詰るだけに留まっている。 物語はしかし当初想定されていた厳戒態勢の強固な警備の屋敷の中に潜む天使の演習をいかに盗み出すかという不可能興味から実にソフトランディングに展開していく。 法輪清治郎に纏わる全ての過去のしこりが一気に解決する展開で、読んでいる最中は非常に清々しい思いがするが、小説として考えると何ともツイストのない展開ではある。 一撃必殺の殺し屋ゾラ。日本では知名度が低いが世界的に有名でロンドンでロシアからの亡命者が殺された事件、アメリカの上院議員が殺された事件もその殺し屋による手口だと判明している。彼は特殊な銃を使い、必ず1発でターゲットを仕留めるがその正体は誰も知らない。 そんな謎めいた殺し屋の正体は作中の時折挟まれる女性の一人称文章から頚城悦夫の依頼人の志木真智子ではないかと推測されるが、私はそれは森流のミスリードだと思い、彼の友人の赤座都鹿だと推測した。つまり挿入される文章はゾラとは関係のないものだと認識したのだ。 しかしこれは半ば当たり、半ば外れた。 本当に惚れた女性とは一緒になれないのだなぁと自分の過去を想起させるような結末だった。 コナリー作品では運命の相手のことを一発の銃弾というが、本書のタイトルにあるゾラの放った一撃とは実は恋という銃弾であり、その恋に別れを告げたというのが本来の意味だろう。だからこそ頚城はゾラの指示に従って天使の演習を渡した車から“from Zola with a blow and goodbye”というメッセージを受け取ったのだろう。 こういう銃弾は重過ぎる。 私も経験あるだけに頚城の気持ちが解ってしまう。 今なお私にも同じような銃弾の傷が心には残っている。こんな作品を読むと再びそれが痛みだすからイヤなんだよなぁ。 |
No.1 | 7点 | ∠渉 | |
(2015/05/31 23:22登録) 森流ハードボイルドの世界。硬すぎない、乾きすぎない、ほんのりロマンチック。そして香りがミステリィ。エッセンスを楽しみましょう。 |