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ミステリの祭典

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魔法

作家 クリストファー・プリースト
出版日1995年12月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点
(2020/10/07 07:22登録)
 爆弾テロに巻きこまれ、それ以前の数週間にわたる記憶を失った報道カメラマン、リチャード・グレイ。保養施設で治療に専念する日々を送る彼のもとへ、かつての恋人を名乗るスーザン・キューリーが訪ねてきた。彼女との再会をきっかけに、グレイは徐々に失われた記憶を取り戻したかに思われたのだが・・・
 南仏とイギリスを舞台に展開するラブ・ストーリーは、穏やかな幕開けから一転、読者の眼前にめくるめく驚愕の異世界を現出させる! 奇才プリーストが語り(=騙り)の技巧を遺憾なく発揮して描いた珠玉の幻想小説。

 早川書房「夢の文学館」実質最後の作品として登場した後(本来出るはずだったのはジョン・クロウリー代表四部作の第一部『エヂプト』)、ハヤカワFT文庫から叢書内叢書〈プラチナ・ファンタジイ〉全七冊のうちの一冊として世界幻想文学大賞受賞作『奇術師』とともに再刊行された、作者の代表長篇のひとつ。1984年発表。
 プリーストに惚れ込んで訳し続けている古沢嘉通氏の初刊あとがきに「いっさいの予断を抱かずに作者の「語り=騙り」に身を任せるのが、本書を読む際の正しい態度」とある通り、この種のレビューで詳細を述べにくい作家の一人。ある程度狙いのハッキリした『奇術師』などと比べても、本書は特にそうである。なので極力ネタバレする訳にはいかないのだが、読了して若干の不満も覚えたので当たり障りのない範囲で触れておく。このように語る事で、既に作者の術中に陥っているのかもしれないが。
 文章は平易にして単純。あまり表現方法に凝るタイプではないにも関わらず登場人物に感情移入させ、知らず知らずのうちに物語に引き込む手際は、この作者の並々ならぬ筆力を感じさせる。手ざわりや途中までの期待感は『奇術師』よりも上。第五部で描かれるアンダーグラウンドサークルの描写や〈絶対的な力と見えたものが逆に呪いに繋がってしまう〉というパラドックス、さらに同十章から十三章に至る身に迫るような崩壊感とスーの感じる絶望的恐怖心は、読み手に知的刺激を与え感情面を強く揺すぶる。
 ただヒロインその他の登場人物が魅力的なだけに、あの結末は興醒め。手法としてはむしろ好きな方だが、本書の場合効果的に働いてはいない。即物的かつショッキングな分だけ解り易い『奇術師』の方が、プリースト入門にはより〈向き〉かもしれない。

No.1 7点 Tetchy
(2013/09/07 18:21登録)
本書の原題は“The Glamour”、本書の中で“魅する力”と称されている力を指している。この物語の2/5辺りで唐突に出てくる言葉の正体はなかなか読者には理解できない。主人公リチャードの恋人スーだけがその力を理解している。

この“魅する力”を通じて本書では目で見えていることが真実ではないということを訴えているようだ。それは現在の脳科学の分野でも脳が都合の良い物を選択して見せており、あらかじめ像を予想して見せているとまで云われている。特に350ページ辺りで不可視人の仕組みを脳の認識に関する考察を交えて語る件は非常に面白く読んだ。つまり人は見ているようで見ていない。これは乱歩が好きだった言葉“うつし世はゆめ よるの夢こそまこと”そのものである。

本書を含め、プリーストの物語は落ち着くべきところに落ち着かず、明かされるべき謎がさらに謎として深まっていくばかりだ。『逆転世界』ではその特異な世界そのものが実はなんら変哲もない地球上での出来事だったこと、『ドリーム・マシン』では投射世界という仮想空間と現実の境界が曖昧になり、区別がつかなくなっていった。そして本書では結局どの記憶が正しかったのかが解らなくなってしまう。つまり我々が立っている世界がいかに不安定なのかを思い知らされるのだ。
答えを知りたいという読者にはこれほど向かない作家はいないだろう。正直私自身またもや放り出されたままの結末にどうしたらよいのかいまだに解らないのだから。

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