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ミステリの祭典

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牢獄の花嫁

作家 吉川英治
出版日1952年01月
平均点3.50点
書評数2人

No.2 4点 クリスティ再読
(2019/09/02 08:47登録)
昔イベントで阪東妻三郎主演の映画を見たんだが、フィルム状態劣悪のプリントで、しかも妙な編集が入ってる版だから、ホントにワケがわからなかった。リベンジに原作を購入。もちろん本作、ボアゴベ~涙香~本作 という「晩年のルコック」の伝言ゲームの末端みたいな作品である。同様な乱歩名義の「死美人」も昔読んだことがあるんだが、これ乱歩の実作じゃなくて代作物、ということで乱歩全集とか収録されない。吉川英治というのが本サイトでは珍品ということでよかろう。
というかねえ、ロジャー・L・サイモンの「誓いの渚」を読んで、親が子の容疑をはらすべく奔走する作品、って意外にないね、と思って本作を取り上げた。もちろんワインみたいに親子関係がややこしいわけではなくて、時代小説らしく情愛の理想化がなされている。まあ吉川英治だから感情表現が暑苦しくて梶原一騎みたいだ(梶原一騎が模倣したんだが)。ミステリとしては秘密がほぼ破綻していて、あまり見るところがない。冒険ものとしてもご都合が目に付く。
昭和初期の時代小説でも、「ゼンタ城の虜」を翻案した「桃太郎侍」とか、安楽椅子探偵をやってのける「若さま」とか、結構うまく海外エッセンスを消化した作品もあるんだけどね。本作は吉川英治の通俗性が前に出過ぎていると思う。ちなみに阪妻の映画は目を剥いて見得を切る町医者みたいな塙江漢(ルコック)しか憶えてない。まあそういう作品。

No.1 3点 おっさん
(2013/08/02 15:27登録)
引退した、江戸町奉行所の名与力・塙 江漢(はなわ こうかん)は、長崎に遊学している、一子・郁次郎の帰府(戻り次第、許嫁・花世との祝言がとりおこなわれる)を一日千秋の思いで待っていた。
そんな江漢の引退を惜しむ、捕縄供養の催された、十五夜の晩。
大きな鎧櫃を背負った、不審な唖男が同心に取り押さえられ、その櫃の中から、人差し指を切り取られた女の死体が発見される。
被害者の素性をつきとめるため、旧知の与力に策を授ける江漢だったが・・・これは女の指を切り取る、猟奇的な連続殺人の幕開けにすぎなかった。
暗躍する、謎の女(その容貌は、花世と瓜二つ)。なぜかこっそり江戸に舞い戻り、花世の屋敷に身を潜めていた郁次郎。思いがけない息子の冤罪を晴らすため、再び十手を手にした江漢を待ち受ける運命は・・・?

戦前、『鳴門秘帖』を代表作とする、伝奇小説の俊英として登場しながら、その後、求道的なヒーロー小説『宮本武蔵』を契機に作風に変化を生じ、やがて、『三国志』『新・平家物語』などの史伝小説の書き手として国民作家になった、吉川英治。
彼がその“伝奇小説時代”の昭和六年(1931)に、講談社の娯楽小説誌『キング』に、まる一年、連載したのが本作。現在も新刊で入手可能の、<吉川英治歴史時代文庫9>で、読了しました。

これがじつは、巻末の解説「謎とき『牢獄の花嫁』」で、新保博久氏が丁寧に説明してくれているように、フォルチュネ・デュ・ボアゴベの原作を黒岩涙香が翻案した『死美人』(レヴュー済み。よろしければ、そちらもご参照ください)を、涙香ファンだった作者が、時代小説に改作したものなのです。いわば、翻案の翻案。

連載当時、同じ『キング』では、英治と交友のあった江戸川乱歩が、『黄金仮面』で江湖の人気を博していました。
乱歩が、やはり敬愛する先達・涙香の『白髪鬼』をリライトしたのはこの一年後(のち『幽霊塔』の改作にも着手)ですから、友人の試みが、ああ、それもアリかと、乱歩に――いささか安易な――示唆をあたえたのかもしれません。

もっとも、この『牢獄の花嫁』は、“原作”の展開をまるごとなぞっているわけではなく、随所にオリジナル要素を盛り込んだ(それでもまあ、現在の著作権意識からすると、パクリ認定は必至ですがw)華のあるストーリーは、さすがに過去何度も映像化されただけのことはあります。
戦前、戦後を通じて、映画化四回。フジテレビによる「時代劇スペシャル」のドラマ化一回。実現せずに終わった企画では、市川崑監督も、山口百恵、三浦友和、そして三船敏郎といったキャストでの映画化を考えていたといいます。『死美人』をなぞっただけのお話なら、ヒロイン(おそらく二役)に山口百恵を起用して、といった発想は出なかったでしょう。

ただ、吉川英治は知の作家ではなく、情の作家なので、涙香版に見られた、ミステリ面のもろもろの弱点は、まったく改善されていません。それどころか、ストーリーを改変することで、論理的な整合性はむしろ後退してしまっています。
たとえば、郁次郎が冤罪をこうむる経緯。彼にはある秘密があったわけですが、本来、それをいちばん秘さなければならないのは、花世とその家族に対してのはず。すでに彼らにそれを打ち明けてしまったのなら、それ以上、父や奉行所に隠しだてをする必要はないでしょう。なぜ逃げるw 花世までww

『死美人』が、犯人を途中で割っているのに対し、本作ではいちおう、土壇場まで悪の首領の正体は伏せられています。とはいえ、すでにパターン化した設定を踏襲しているだけで、読者を惑わすミスディレクションも無いし、伏線や手掛りにもとづく推理も無い、つまりミステリ的には何のひねりも無いwww
吉川英治の、異色の捕物帳として、時代小説ファンには高評価でしょうが、そこどまりですね。

最後に、ミステリ云々を離れて、個人的に気になったことを書いておくと――
作者が情愛を重んじる人であることは、文章のはしばしから伝わってくるのですが、それにしては、大事なキャラとそうでないキャラのあつかいの差(命の軽重)が露骨ですねえ。敵側にまわったスリの最期とか、花世の代わりに殺される女乞食のあっけなさとか。
そのへんは特に、吉川英治オリジナルの部分だけに、非情さが引っかかりました。その使い捨て感、もう少し、隠したほうが良くはないかなあ・・・。

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