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ミステリの祭典

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金蝿
ジャーヴァス・フェンシリーズ

作家 エドマンド・クリスピン
出版日1957年01月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 人並由真
(2020/07/30 19:26登録)
(ネタバレなし)
 オクスフォード大学周辺の施設「オクスフォード・レパトリー劇場」。そこで今回、30台後半の中堅劇作家ロバート・ウォーナーの作品『詩作狂』が、原作者自身の演出で上演されることになった。だが主演女優のひとりヘレン・ハスケルの腹違いの姉で同じく共演予定の女優イズーは、皆の嫌われ者。かつてロバートの彼女だった自己中心的な性格のイズーは、現在は別の恋人レイチェル・ウェストがいるロバートに復縁を求め、その無軌道ぶりはますます周囲の不興を買う。そんななか、演劇の関係者一同の周囲では、いささか不可解な殺人? 自殺? 事件が発生して。

 1941年の英国作品。
 クリスピン作品はまだ『玩具屋』『愛は』の二作しか読んでなかった評者だが、本作に関してはまだ処女作だけあって、このあとの諸作に見られるファース味が薄いといった噂は聞きおよんでいた。
 というわけでこちらもそのつもりで読み始めたら、順を追うように各自の素性を語られながら登場してくる劇中人物とか、その人間関係のからみ合いがやがて迎える殺人事件の助走になっていく作劇とか、ものの見事にクリスティ風味。さらに薄味とはいえ、主人公探偵ジャーヴァス・フェンの指示で、自殺の真似事をする彼の奥さんドリーの天然な描写とか、地味に笑えるところはしっかり笑える。(しかし、フェンって奥さんや子供がいたんだな。なんとなく独身だと勘違いしていた。)
 事件発生後、人間模様がさらにゆるやかに錯綜していく流れもふくめて英国ミステリ小説としては十分に練熟した感じの作風で、これを作者はハタチの時に書いたのか! やっぱり天才っているんだな……! と軽い衝撃を覚えた。
 
 ミステリとしては1941年という旧作であることをさっぴいても、ちょっとトリックに傷があり、犯人が使ったこの手段は当時の警察の鑑識レベルでもバレてしまうのでは? とも思う。そもそもこのトリックの要点に関しては、アメリカの某作家が1930年代にちゃんとその件にこだわった描写をしているので、当時のクリスピンはそっちは読んでないか忘れていたんだろうね? そんなことを考えたりした。
 とまあ、減点要素はちょっと見過ごせない部分はあるものの、堂に入った小説の仕上げぶりは本当にスゴイです。正に栴檀は双葉より芳し。佳作~秀作。

※余談がいっぱいある作品なので、以下に思うままに(もちろんネタバレを警戒しながら)箇条書き。
・35ページ(ポケミス版・以下同)で登場人物のひとりが『ミス・ブランディッシュの蘭』(このポケミス内では「ブランディッシュ嬢に蘭は無用」表記)を読んでいる描写があり、当然、のちに発禁になった元版バージョンであろう。ニコラス・ブレイクの『旅人の首』の作中でも読まれていたけれど、いかに同作(の元版)が当時の英国のミステリ文壇に衝撃を与えたかが伺える。
・そのニコラス・ブレイクだが、本作『金蠅』の作中に登場する主要キャラ(中年ジャーナリスト)の名前が「ナイジェル・ブレイク」(!)。劇中では名探偵フェンのワトスン役的なポジションとして動く面もあり、「ナイジェルは~」「ナイジェルが」と書かれるたびに、いまオレが読んでるのはクリスピン作品だよな、ニコラス・ブレイク作品じゃないよな、と何度も混同しかけた(汗)。わざとやってんのか、クリスピン。カンベンしてくれ。
・第一章の最後のとあるメタ的な記述は、物語を盛り上げる演出として「おおっ!」と思わせるものだが、一方で他のクリスピン作品にからめてちょっと思うこともある。この辺はいつかクリスピン作品を全部読んでいる人を限定・対象にくわしく語り合いたい。(これくらいならネタバレにはならないだろう。)
・92ページ、「蠅」を「ハイ」とカタカナ表記。そもそも本作の題名の金蠅とはエジプト製の装身具で、蠅をかたどった指輪のこと。「ハエ」と「ハイ」の混用・混同なんて乱歩の『宇宙怪人』を思い出した。
・123ページ、翻訳の本文に「年に二百万円」。こういうの、なんかイラっときます。
・153ページ、本作の事件は広義の密室殺人といえる状況でもあるのだが、「ギデオン・フェル」の名前も登場。

 とりあえず思いつく限り(メモに残したくなった限り)に、そんなところで。

No.1 6点 nukkam
(2011/10/03 21:25登録)
(ネタバレなしです) 英国のエドマンド・クリスピン(1921-1978)は本格派黄金時代の末期に登場した作家です。フェン教授を名探偵役にしたシリーズを書いていますが、他にも作曲家、SF評論家など多方面で活躍した多才な人物でした。1941年発表の本書はデビュー作ゆえかファルス作家らしさはまだ見られず(フェン教授夫妻の会話にユーモアがちょっと見られる程度)、手堅く生真面目に作られた本格派推理小説です。不可能犯罪トリックや指輪の秘密などにはジョン・ディクソン・カーの影響が濃く表れています。個性がまだ発揮されていないとはいえ、学生時代に書かれた若書きとは思えぬ完成度は高く評価できます。

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