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ミステリの祭典

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トフ氏と黒衣の女-トフ氏の事件簿〈1〉
リチャード・ローリンソン閣下(トフ氏)

作家 ジョン・クリーシー
出版日2004年11月
平均点5.00点
書評数2人

No.2 5点 人並由真
(2020/03/29 16:09登録)
(ネタバレなし)
「トフ氏」の二つ名をもつ青年貴族リチャード・ローリンソン卿。彼は義侠の男として貧民街イーストエンドを中心に暗黒街の悪と戦い、弱者や、犯罪から足を洗おうと改心を志す者に支援の手を差し伸べていた。ある夜、トフ氏は、親しいガールフレンドのアンシア・マンローが別の若者から求婚されたと聞かされて軽い胸の痛みを覚えるが、アンシアの平穏な人生のために笑ってその縁談を応援しようかとも考える。そんな折、トフ氏はひとりの黒衣の美女を目撃。それは彼が以前に銃撃戦の末に命を奪ったギャング、ブラム・カーデューの妹で、本人が凄腕の暗殺者でもあるアーマ・カーデューだった。トフ氏はアーマの逮捕にも協力して彼女を法廷に立たせたが、悪運強い彼女は法の裁きを逃れて海外に逃亡。トフ氏への復讐の機会を狙っていたはずだった。さらにトフ氏は、アーマが親しげに接している老人のことも気になり……。

 1940年の英国作品。1933年に短編作品でデビューし、その後50数作が書かれたというトフ氏シリーズの長編第五冊目。日本では長らく名前のみ知られていたトフ氏(未訳時の紹介では「トフさん」と呼ばれたこともあった)だが、2004年に初めて本邦紹介となった。
 ちなみにこれが叢書「論創海外ミステリ」の第一冊目。このセレクトがなんかとても楽しい。
 お話はかなりストレートな勧善懲悪もので、快男児のヒーローと暗黒街の犯罪者の拮抗というダイレクトな大筋は1940年にしてもいささか旧弊ではないの? とも思ったが、舐めてかかると後半にちょっとしたツイストがあり、その辺は根が職人作家なのであろうクリーシーの手際のうまさ。

 とはいえ読んでいるうちは、トフ氏がしょせんは別世界の人間だと思いながらも悪人相手の冒険のトキメキに惹かれて事件に首を突っ込んでくるお嬢様アンシアの行く末(結局トフ氏と別れるのか? それとも?)とか、ブルース・ウェインに対するセリーナ・カーライル的にトフ氏に愛憎を抱く悪女アーマたちの去就など、ヒロインたちの扱いの方が気になる(笑)。
 ギャングに誘拐されて顔面を何度も殴られたり、今でいうリョナ的な仕打ちを受けるサブヒロインで若手女流作家フィリス(フィル)・ベイリーの描写なんか、刊行当時は相応に刺激的だったんだろうな。ロンドンの男子や男連中がハラハラワクワクしながら読んで、母親や奥方に叱られていた図が目に浮かぶ。

 ちなみにトフ氏、まったくの素の男気から悪人退治の快男児をしているの? 復讐とか宿命的な使命を負っているとか行動原理の核がほかにあるならともかく、ダイレクトにヒーローやりたいからやってるって、1930年代半ばではもうすでにその時点で大時代すぎない? とも思ったが、本書229~230ページあたりでトフ氏はアンシアに、秘めた信条の一端を覗かせる。それを読むと、ああ、この主人公は善人で正義漢でヒーローではあるが、それでもやはりこんな風にいびつな人間なんだなと、妙な安心を覚える。作中のリアルでも<そこまで行ける人間>って、やっぱりどこか普通の人とは違うんだよなってね。

 クリーシー=マリックの本軸はあくまでギデオンシリーズだとは思うけれど、まあこれはこれで悪くはない。
 クリーシーが創造したシリーズキャラクターは、かなり多いはずだけど、もうひとりの看板ヒーローであるロジャー・ウエスト主任警部(警視?)ものの長編作品もいつか翻訳してほしいものですな。(短編はHMMで読んだことがあるけれど。)

No.1 5点
(2015/04/09 22:37登録)
500冊以上もの小説を書いたジョン・クリーシーですが、翻訳作品はJ・J・マリック名義のギデオン警視ものを除くと、本作より前にはほとんどありません。
原題は ”Here comes the Toff”。”Toff” とは固有名詞ではなく、上流階級のダンディーな紳士を意味することは、訳者あとがきだけでなく、小説の冒頭部分にも書かれています。そんな言葉を「トフ氏」としたことを訳者は「これで勘弁していただきたい」と断っていますが、個人的には悪くないと思います。
巻頭に置かれた「読書の栞」で、横井司氏は、トフ氏を遠山の金さんにたとえていますが、なるほどと納得のいく内容です。それも主役のキャラクターだけでなく、ストーリーや雰囲気にも共通点があるのです。ジャンルは冒険・スリラー系ですが、ディック・フランシス等のような緊迫感はまるでありません。ゆるい冒険を気楽に楽しむものだとわりきって読めば、それなりにといったところでしょうか。

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