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ミステリの祭典

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娼婦の時
別邦題『過去の女』『アナイスのために』

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1961年11月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2018/06/05 08:24登録)
シムノンの中でも「ベルの死」とか「ぺぺ・ドンジュの真相」に近いタイプの小説だと思う。主人公は車の故障で立ち寄った村の食堂で、パリでの殺人を告白して憲兵隊に逮捕された。パリに護送されて判事や精神鑑定担当の教授と自身の事件を検討する...というきわめてシンプルな話である。
このプロセスがかなりリアルである。人間、自分の行為を説明するのに、理由をいろいろ考えれば考えるほど、その理由が曖昧になってきて「なんでこんな事考えたんだろう??自分でも自分がよくわからないや」となることもよくあると感じる。特にコレは犯罪の捜査であり、その中には「当局がどういう犯罪であるかを理解し、言葉で規定する」必要があるわけである。罪を犯した本人の自意識から組み立てられる自己規定と、捜査の過程で出会う警官・予審判事・弁護士・精神科医との間での「自意識を賭けた攻防」がなされる..この小説の内容はこの「攻防」である。
なので、本作は「異邦人」のバリエーションみたいなものである。自意識をめぐる話なので、ハードボイルド的な即物性はなくて、伝統的で自己分析的な心理小説ではあるが、社会化された自己と、言語から逃れる自我とのドラマを、凝縮して提示することになる。

このままではバカ者か極悪人で終わってしまう。

この結論が示すのは、本作がまさに自意識の小説であるということだ。本作も「熱海殺人事件」ということに、なる。

No.1 7点
(2011/04/25 22:39登録)
これもハヤカワ・ミステリの1冊ですが、これをこのシリーズに入れるかなぁと思える作品です。
ある殺人者の肖像、といった感じの小説ですが、ストーリーの中心になるのが殺人というわけではありません。第1章、殺人を犯して自首して出た主人公。警部や予審判事の尋問、弁護士との対話、精神科医の診察など、会話を中心にしながら、彼は子どものころからの出来事を回想していきます。特に重要なのが性的な要素ですが、そのことを示したタイトルの「娼婦」という言葉は疑問です。10代の頃の思い出に出てくるアナイスは娼婦ではありません。ちなみに原題の意味は「アナイスの時」。
そして最後…あいまいなままで話は終ってしまいます。殺人動機も結局ある程度わかったようでいて、やはりよくわからない。殺人を帰結としている話ではないとは言え、結末の盛り上がりとか収束感を重視する見方からすれば、物足らない気はするでしょう。
決して「小説」としてけなしているわけではありませんし、個人的にもこんな終わり方の話はかなり好きなのです。しかし、本作の出版は集英社のシムノン選集(集英社版タイトルは『アナイスのために』)にでもまかせておけばよかったでしょう。

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