モルダウの黒い流れ |
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作家 | ライオネル・デヴィッドスン |
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出版日 | 1980年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/11/06 14:20登録) (ネタバレなし) 1950年代の末頃のロンドン。「ぼく」こと24歳のニコラス(ニッキー)・ホウイッスラーは、小規模なガラス製品貿易商社の社員。もともとこの会社はニッキーの父がチェコスロバキアで創業したが、ナチスの侵攻でプラーハの本社をたたんだ。それとほぼ同時に、父は現在の社長「小豚」ことカレル・ニメックに、ロンドンに移した会社経営の権利を譲り、1941年に病死した。ニッキーの後見を引き受けたはずのニメックだが、戦後はこずるくも本当に形ばかりその任をこなし、ニッキーは正当な利益も得られずにいた。そんな矢先、カナダの叔父ベラ・ヤングが巨額の遺産を残したという知らせが舞い込み、有頂天になるニッキーだが。 1960年の英国作品。1961年のCWAゴールデン・ダガー受賞作。 アンブラーの戦前の諸作、あるいはグレアム・グリーンの作品などを思わせる王道の巻き込まれ型スパイ・スリラー。 結構、大きな謀略にのちのち主人公は関わり合うが、あくまで受け身で窮地に陥り、そこから脱出するまでのサスペンス行を描く物語なので、これはスパイ・スリラーではあってもエスピオナージュとは言い難いな……。そんな傾向の作品である。 本作を楽しめるかどうかは、ひとえに読み手が主人公ニッキーの心情にシンクロできるかにかかっている感じ。 本当なら父親が残してくれた会社を相続してそれなりの暮らしができるはずなのに、好きに酒も呑めない、恋人とのデートもできない、ドライブもできない、というのなら、薄給の現状よりもっと良い職場を探せば? という気もする。 ただし一方でニッキーには、本当に温室育ちの極楽トンボなチェコスロバキア人のお嬢様だった母親マミンカがおり、その母が後見人のニメックのもとであなた(ニッキー)はうまくやっていけるはずぐらいの、世間知らずで頭がお花畑なことをのたまう。 こうなると読み手は自然に(?)、親から、あなたは恵まれていると実情も知らずに勝手なレッテルを貼られるニッキーの方に同情してしまう。この辺の小説作りはうまいものだ。 そんなお嬢様マミンカに生涯をかけてつくしてきた老人ガブリエルや、ニッキーの恋人のアイルランド系の娘モーラ・リーガンといった主要なサブキャラたちもよく描き込まれており、やがて物語の場がチェコスロバキアに移ってからもニッキー視点で出会う登場人物たちの叙述は絶えず瑞々しい。 後半はとにかく(中略)のサスペンス・スリラーだが、一人称一視点の叙述が緊張感に満ちた物語の臨場感を高めている。 ニッキーが体験する終盤の展開は妙なリアリティにあふれていて(「そういう状況の流れ」になったら、そうなってしまうのだろうかな……という感じ)その辺のいかにもなソレっぽさはなかなか興味深かった。クロージングは良くも悪くもお約束でまとめた感じもないではないが、エンターテインメントとしてはこれでいいだろう。 黄金期のヒッチコックに映画化させたかった、いや、あまり付け加えるところもないかも? 大幅にいじくるならこれを原作にする意味もないし、という、上質なサスペンススリラー編を読んでタマに抱く種類の感慨を、今回も抱かされるような一作。 |
No.2 | 6点 | クリスティ再読 | |
(2018/05/18 13:11登録) デヴィッドスンの処女作兼ゴールダガー初受賞作。とってもイギリスらしい地味スリラーで、ユーモア青春冒険小説、ってノリの作品。「部屋に通ってみると、《小豚》のやつ、書類のなかに首をつっこんで、顔をあげようともしなかった」で小説が始まる、そういう感じ。 主人公の父は戦争前にはチェコでガラス工場を経営して羽振りがよかったのだが、戦後チェコの工場は社会主義政府に没収されて、父がイギリスで作った商社の、パートナーとは名ばかりの金詰りの境遇に主人公は置かれていた。そこに「カナダの叔父が亡くなり遺産が...」の連絡を弁護士から受けたのだが、実はそれは主人公を誘い出して、チェコに核開発を巡る機密書類を運ばせようとする罠だった!主人公は途中でその罠に気づいたために、プラハでチェコ秘密警察に追われる身になった...イギリス大使館に飛び込もうとするが、監視の目は厳重だ。どうする? という話。本作は梗概をまとめても作品のテイストが全然伝わらない。主人公は幼いときにプラハで過ごしていたこともあって、懐かしさを感じつつ土地勘を生かして逃げ回るし、チェコ語はネイティヴ級。逃亡者としては恵まれてる。派手なアクションは皆無で、ひたすら後半逃げ回るプロットを追っても仕方がない。それよりもちょっとしたキャラ描写の面白味とか、洒落た感じのデテールとか、そういうものをのんびり楽しむタイプの作品である。 「不均衡な微笑」に主人公が魅かれるモーラ、「大きな単純な動物」と形容される大女のヴラスタ、お姫様育ちで現実が見えてない主人公の母マミンカと、その母を崇拝し「仕える」かのような老人ガブリエル...とキャラは印象的で、主人公の「ノンキな若さ」みたいなものがみょうに眩しい。 間もなく、ぼくは話しだした。母の聞きたがることは、ぜんぶ、くわしく話してきかせた。彼女の眼は、憶い出によって、生きいきと輝いた。時折り、感動した叫び声をあげながら、ぼくの手をにぎってはなさなかった。母のマミンカに話をすることは、いつもぼくの楽しみだったが、こんなにまで感動して聞いてもらったのははじめてだった。もちろん、例の「秘密保護法」に違反するようなことまでは語らなかったが。 うん、こんな小説である。キャラは人間臭くて生彩がほんとうに、あるな。 デヴィッドスンのゴールドダガーは本作でコンプ。あと「チベットの薔薇」くらいは何とかしようとは思うんだが....要するにこの作家、間歇的に日本の翻訳家とか「面白い!」となって入れ込んで紹介するんだけど、日本の読者に面白味が伝わりやすい作風じゃないこともあって、全然売れず知名度がない、ということになっているようだ。捻ったイングリッシュ・テイストが体質にあう人は面白く読めると思う。CWA獲った作品だとやはりベストは「シロへの長い道」だと思うので、「シロへの長い道」をお試しで読むのがよろしかろう。 |
No.1 | 5点 | こう | |
(2012/04/24 00:09登録) 生活に困窮しきった親の会社を乗っ取られたイギリスのボンボン息子を主人公に据えこの素人がチェコを舞台にスパイに間違われ活躍してゆくオーソドックスな巻き込まれ型スリラー(冒険小説?)といった趣きでした。 ストーリーは甘く、のんびりと展開しますが私はこういうオーソドックスなイギリス型のスリラーは結構好きですね。 |