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ミステリの祭典

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柳生十兵衛死す

作家 山田風太郎
出版日1992年09月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 5点
(2021/02/14 15:25登録)
 大和と伊賀との接点にちかい山城国大河原、茫々と薄墨に染まる木津川のほとりの砂州の上に、一人の男があおむけに倒れていた。「こんなことが! 我らの殿をかくも見事に斬るとは!」そこに転がっていたのは天下無敵の剣豪・柳生十兵衛の骸。が、かれの目は、なぜか開かぬはずの方がかっと見開いていた! 室町と慶安を舞台に250年の時空を超えて飛び交うふたりの柳生十兵衛・満厳と三厳。剣の奥義と能を媒介とする、壮絶無比の大幻魔戦。傑作『魔界転生』より三十年余りの時を経て今描かれる、十兵衛三部作堂々の完結編!
 一九九一年四月一日~一九九二年三月二十五日まで、毎日新聞朝刊に約一年に渡って連載された、著者最後の長篇小説。ただし「うおお燃えるぜ~!」というアオリの割には、あまり出来が良くありません。綺羅星の如き剣豪同士の取り組みを見せた剛球一直線の前作と比べると、内容的には大きくパワーダウン。タイムトラベルという魔球を繰り出して対抗してますが、『八犬傳』なぞと並べると明らかに物語のバランスが悪いです。まあ脂の乗り切った頃に匹敵する色気を、七十近いヒトに出せ、と言うのが無理な注文なのですが。
 「誰が十兵衛を斬ったのか?」を冒頭に置いて、慶安三(江戸1650)年と応永十五(室町1408)年、二つの時代を交互に語る構成。慶安の十兵衛三厳の相手は108代後水尾法皇・紀州大納言徳川頼宣・張孔堂由比正雪に加え長宗我部乗親・丸橋忠弥の兄弟。室町の十兵衛光厳の相手は三代将軍足利義満・義円ことのちの六代将軍足利義教・100代後小松天皇、そして陰流の祖・愛洲移香斎など。この争いに月ノ輪の宮こと109代明正天皇を始め三厳の弟子・金春七郎やその妹りんどう、齢十五歳の一休禅師やその母伊予の方などが絡むストーリー展開。さらに過去を語る夢幻能を能楽師・観世座世阿弥と竹阿弥が操る事により、二人の十兵衛がそれぞれ異なる時代の十兵衛に成り変わります。
 二つの筋にいずれも天皇家が絡んでスケールは大きいんですが、慶安サイドの狙いはイマイチ不明。大物大集合で「これで勝つる!」みたいな感じで、具体的に何する気だったのか最後まであやふや。我らの十兵衛三厳も前二作とは全くの別人で、剣だけのカリカチュアみたいな人になっちゃってます。最低限の常識は持ちながら、いざとなれば徳川家をも吹き飛ばす啖呵と、ニヒルな諧謔味を併せ持つキャラだったと思うんですけど。少なくとも評者の知ってる十兵衛は「ぐわはははは!」とかそーいう笑い方はしません。
 三十年ぶりの登場で江戸十兵衛がちょっとおかしくなってるんで、相対的にマトモな室町十兵衛に話のウェイトが掛かってくるのはもうしょうがない。義満の狙いもハッキリしてるし、こっち側には最後の大ネタも控えてるんで余計そう。今回『柳生~』や『魔界~』と異なり、「剣で全てを押し通す!」ってなってるのも不味いですね。本書の十兵衛たちはホントに剣だけなんでそれじゃダメ。千姫とか父宗矩とか老中智恵伊豆とかの、政治的な後始末をする人間がいないといけない。
 このまま行くとタイムパラドックスに抵触するんじゃないの? とか考えてたら、やっぱりそういう結末でした。風太郎ワールドは今まででも十分奇想なんで、ヘタにSF要素とか持ち込まない方が良かったんじゃないかなあ。腐っても山風だし酷くはないけど、そういう意味で採点は4点寄りの5点。

No.1 6点 kanamori
(2010/07/07 23:30登録)
柳生十兵衛三部作の第3作。
十兵衛が室町時代にタイムスリップするという設定自体もはや忍法帖シリーズとは言えないでしょう。相当後期の作品で、作者も忍法帖に飽きていたことを如実に現しているプロットです。
主人公よりも、世阿弥などの能の世界の興味で書かれたような作品でした。

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