かげろう絵図 |
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作家 | 松本清張 |
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出版日 | 1959年01月 |
平均点 | 7.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2025/09/10 09:35登録) 松本清張は結構の数の歴史小説を書いているんだよね。「西海道談綺」なら足掛け連載六年で全5巻の大長編になるくらいのものだし、松本清張の全仕事の中でウェイトが軽いわけではない。しかし、本作の場合、連載から出版が1958-59年というのが注目である。「点と線」「眼の壁」がベストセラーになり「ゼロの焦点」を並行連載していた作品なんだ。清張の名声を決定づけた、バリバリの初期作なのである。作家論として無視できるものでは決してない。 さらに言えば、大御所家斉の最晩年の大奥を中心に扱った本作、映画化1作、TVドラマ3作と映像化にも恵まれており、清張の本格時代小説としては「天保図録」「西海道談綺」とならぶ重要作である。筆致は江戸城大奥の有職のデテールを丁寧に描写した本格歴史小説の要素と、旗本部屋住み次男が冒険的な活躍をする時代伝奇要素とをうまくミックスしたものである。清張の気合の入りようが窺われる。 家斉の愛妾お美代の方といえば、実父の日蓮宗僧侶日啓、養父の中野石翁、家斉近臣の水野美濃守などと組んで、大御所時代の腐敗政治の元凶になった人物として有名である。この小説では家斉最後の一年間、お美代の方のライバルとして登場したお多喜の方の事故死から、家斉の卒中による闘病、現将軍家である家慶との対立関係、日蓮宗僧侶たちが関わる大奥の風紀の乱れ、寺社奉行脇坂淡路守の不審死などなどの事件を絡めつつ、家斉の死と将軍職後継についてお美代一派が勢力維持のために企んだ陰謀を軸に話が進んでいく。 比較的話の展開は静かである。文春文庫では厚い2冊だが、上巻で殺された人物は一人だけと「暗闘」が主軸。中ではやはりお美代一派の柱石となった中野石翁が「悪い奴」ではあってもなかなかの大物っぷりが印象的。 ばかめ。人間、死んでしまえば、おしまいじゃ。大御所様ご威光は、大御所様が生きている間だけ。死んでしまえば、誰が懼れようぞ。生きて残っている人間の方が勝ちじゃ。大御所様お墨付きのご遺言も、生きている人間次第で、どうにでもなる。 と冷静でリアルな見通しを述べて、浮かれる仲間たちを辛辣に諫める。「けものみち」のフィクサー鬼頭の原型みたいな大物感。権力の極みにいてもどうにもならないことを「どうにもならない」と達観する諦念みたいなものにスケール感があるのかな。対して「正義派」の側だって、形式的な主人公ともいえる島田新之助でも、身内が絡んだ事件に介入する熱血漢ではあるのだが、どこかクールな印象がある。双方スパイを放って探り合うわけだから、単純な正邪の争いにしない清張の抑制的な筆が、時代伝奇よりも歴史小説風でもある。 シーン的には冒頭の桜の宴でお多喜の方を巡る事件や、家斉の病床で祈祷の最中に大奥に主人公側が送り込んだスパイが暗殺されるあたり、映像化したらいかにも映えそうな場面になっている。清張そういうあたりは外さない。 確かに大本格時代小説であり、清張の幅広さを証明するよい実例である。やや長めで、アクション場面が多いわけではないが、華やかな部分は華やかに、時代描写は重厚に、よく描けたエンタメになっている。 (脇坂淡路守暗殺は、皆指摘するように下山事件を諷しているよね。実は家斉遺言の一件は、憶測から出た風説に近いもので、鳶魚老人が取り上げたために広まっただけのものだそうだ。幕末動乱は家慶後継の家定の病弱さが引き金を引いたといえるのかもよ) |
No.1 | 8点 | kanamori | |
(2010/06/07 18:30登録) 徳川家斉が大御所として権力を握っていた時代を背景にした謀略系の時代小説。 次期将軍の座を巡って現将軍・家慶派と家斉派の権力闘争劇が現在の企業小説や政権争いを読むごとくで、めっぽう面白い。 特に、家斉の側室・お美代の方を中心とする大奥内の駆け引きや、お美代の養父・石翁の権力の盛衰などは非常に迫力あるスリリングな内容で、長大な小説をあっという間に読み終えることができた。 結末の付け方も、いかにも清張という幕引きだと思いました。 |