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ミステリの祭典

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桃源遥かなり

作家 陳舜臣
出版日1985年07月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 7点
(2020/11/07 01:50登録)
 『方壺園』に続く、著者の第二作品集。昭和三十八(1963)年三月号~三十九(1964)年八月号まで、雑誌「オール読物」ほか三つの小説誌に発表された中短篇を纏めたもので、デビューから直木賞受賞までのほぼ半ほどの時期に当たる。第六長篇「月をのせた海」から、第八長篇「まだ終わらない」に取り組んでいた頃でもある。
 各篇の配列には若干の異動が見られ、発表順に並べると 天山に消える/揺れる/燕の影/桃源遥かなり/香港便り 。書籍ではまず表題作及び「揺れる」の二中篇をじっくり読ませ、その後に「香港便り」他三篇を配置している。不羈奔放な生き方で知られた大正期の混血僧・曼殊大師没後の残影に翻弄される人々を描いた「燕の影」以外は、れっきとしたミステリ作品。この人の本を探求する際、題名のみではジャンル不明多々なのが困り物なのだが、本書もその例に漏れない。だが初期だけあってよりエキゾシズムに溢れ、重みを持つ余韻は長く後を引く。
 表題作にある〈桃源〉は武陵源ではなく、香港から汕頭(スワトウ)までの間、バイヤス湾(中国名:大亜湾)のなかにある海賊島・琵琶山を指す。第二次大戦前の一九三二年、広州市のミッション系女学校で美術教師をしていた呉景雄は失職したのち、海賊の娘との噂のある元生徒・劉碧水のツテを辿って琵琶山の賓客となる。彼女の母であり島の女王=女頭目の映雲に見初められ、理想の愛人を得て夢のような日々を送る景雄。だが彼の存在は、島の平和を致命的に脅かすものだった・・・
 海賊の島とはいえ笑いさざめきながら、女房たちが子供の尻をひっぱたくことのできる世界。そのささやかな楽園をまもるために離奇変幻の策謀をめぐらすある人物の姿を、十五年前の追憶として語った作品。質量共に集中では一番の出来である。
 次の中篇「揺れる」は故郷喪失者の蛋民(タンミン)・ヤンの物語。奇妙な縁(えにし)から教育を受けて水上生活の仲間たちとは別な人間になってしまい、とはいえ陸にも馴染めず、国を捨て一船員として生きるしかなかった男が巻き込まれる事件を描いたもの。殺人容疑は無国籍者の友人・イワンの奮闘で晴らされるが、ミステリ云々よりも港町神戸に生きる人間たちの姿と、男女の繋がりの不確かさや、愛人・八重子の死に伴うヤンの心情の変化の方がより印象に残る。
 「香港便り」は熾烈を極めた「聯戦」と「統戦」、いわゆる台中諜報戦のカムフラージュに使われたスパイOBものの小品。武田泰淳『十三妹(シーサンメイ)』の「忍者おろか」に該当する人物が登場する。つまりは孫子用間篇にあるところの最高級のスパイ、『生間』である。
 最も発表年の古い「天山に消える」は表題作と同じ頃の一九三三年、軍閥割拠中の西北の辺地・新疆省を舞台に据えた短篇。今まさに省を侵さんとする馬賊の梟雄・馬雲昇が、省都ウルムチから派遣された使者たちの到着後、完全な密室のなかで殺される。最後に待つのは山田風太郎『妖異金瓶梅』のラストを思わせる凄まじい展開。とは言え乾いたカタストロフで、中篇の叙情には及ばない。
 以上全五篇。あまり語られないが粒の揃った、アンソロジー選出クラスを含む中短篇集である。

No.1 5点 kanamori
(2010/09/30 18:51登録)
ミステリ5編収録の短編集。
戦前・戦中の事件に中国人の主人公を絡ませた作品が多い。ミステリとしては薄味ながら、持ち味の歴史ロマンの香りが読み心地のいいものにしています。その代表例が表題作の「桃源遥かなり」で、主人公が戦前に東シナ海に浮かぶ海賊の島で過ごした過去の生活と殺人事件を回想する話。
「天山に消える」は不可能興味横溢で一番ミステリ度が高いですが、真相は少々腰砕けで物足りない。

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