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ミステリの祭典

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最悪のとき

作家 ウィリアム・P・マッギヴァーン
出版日1957年01月
平均点7.00点
書評数3人

No.3 8点 人並由真
(2025/03/22 06:48登録)
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの港町。シンシン刑務所に5年間服役した男が、かつての古巣に戻って来た。男は33歳の元刑事スチーヴ・レトニック。彼は5年前に争いになったヤクザを故殺した罪で収監されていたが、それは濡れ衣だった。レトニック当人は、冤罪は波止場の労務者たちを仕切る裏社会の顔役ニック・アマート、その一派の仕業だと確信していた。アマート一派が現在もまた犠牲者を出していると認めたレトニックは、一市民の立場で調査を開始するが。

 1955年のアメリカ作品。別名義を含めて、マッギヴァーンの第10長編。
 この作者の完全に脂が乗り切った時期の一作で、そりゃ面白いに決まっているだろ、と予見しながら読みだしたが、実際に最大級に楽しめた。
 ちなみに今回は「現代推理小説全集」(月報付きの古書)版で読了。
 
 内容は1億パーセント(©石神千空)往年の日活アクションの、赤木圭一郎か裕次郎の主演路線の世界。
 やさぐれて失うものの少ない、半ば「無敵の男」状態の主人公が顔役側の組織をかき回していく。その流れで生じるイベントのほとんどには既視感があり(特に中盤まではそう)、正に王道ここに極まれり、という感じだが、しかしてそのほとんどの筋立てが実に面白い! 
 ある意味ではどこかで見たようなものの積み重ねだが、筆力のある作者なのでひとつひとつのシーンをグイグイ読ませるし、細部のシーンごとの印象付けもすごくいい。
 たとえば主人公レトニックが間借りしている中古アパートに帰って、大家のおかみさんから深酒をすぎした入居者の元郵便局員の世話を頼まれ、その老人の孤独な心情にそっと触れる描写なんか、正にソレだ。
 プロットにはまったく関係ない叙述だが、そこでほんのわずか語られるレトニックの挙動がどれだけ小説の厚みになっていることか。この作品には随所でそういう種類の豊かな味わいがある。

 とはいえストーリーが王道であっても、悪い意味でパターンというわけではなく、後半になって話が進むなか、ある意味で主人公さえも容赦なく<堕ちていく>加速感など非常に素晴らしい。
 それでいて最後には、きっちりとエンターテインメントとしてまとめる、見事な職人作家の筆の冴え。あー、リアルタイムでこれを読んでいた50年代のアメリカ人はまちがいなく幸福だったろうなあ、と実感する。
 いや、いま読んでも十二分に楽しめるが。

 いまのところマッギヴァーンの私的・上位ベスト3は『ビッグ・ヒート』『緊急深夜版』そしてこれ。でも実は同じくらい別腹で『金髪女は若死にする』もスキ(実は大昔に読んだ『悪徳警官』も、記憶のなかでの印象はすこぶるいいのだが、これはいずれいつかまた今の目で読み返してみたいとも思うので、評価は保留)。
 まあまだまだマッギヴァーンは評判のいい作品が未読でいくつも残っているので、いろいろ観測は変るだろう。それはたぶん間違いない。

No.2 7点 クリスティ再読
(2016/11/08 20:40登録)
これはハードボイルドというより、ヤクザ映画だよ。
本作は沖仲士の組合が舞台の話なんだが、沖仲士なんてすでに絶滅した職業なわけで、今の人ら何の仕事かわかんないんじゃないかな。だったらイイのは映画で、絶好の参考作品がある。エリア・カザン監督の「波止場」である。マーロン・ブランドが主演だ。見ると雰囲気が伝わる..というか、映画も本作も波止場を支配するギャングとの戦いを描くんだが、1年遅い本作の方が、映画の世界を完全にコピーしてる感じである。ただ、映画は勝利したブランドが新たな波止場のリーダーになる話だが、本作は主人公は復讐に狂う元刑事で、そりゃ最後はギャングたちに勝つのだが...結構心がイタくなる話なんだ。カザンとかドミトリクもそうなんだけど、50年代のトップ監督たちってのは赤狩りの中で仲間を売ってキャリアを継続した裏切り者だったりするわけで、憑かれたように善人も悪人もいない灰色の世界を描いていたわけだが、評者なんかは性格が歪んでるせいか、こういう人らの屈折感がタマらなく好きだったりする。本作の主人公にもヒーローらしいどころかそういう屈折感が強く出ていて、赤狩り後の荒廃して虚脱した時代感を感じるだけでなく、主人公にあるまじき卑怯なトリックを使ってギャングを自滅させる。主人公の「道徳」がテーマな作品なのである(ドミトリクだと「ケイン号の反乱」と似てる)。
なので、三島由紀夫が「ギリシャ悲劇のようだ」と絶賛した東映ヤクザ映画「博打打ち 総長賭博」の最後で、鶴田浩二が吐き捨てるセリフが、本作の主人公にはとても似つかわしい。「俺はただのケチな人殺しなんだ...」ハードボイルドの文脈にありながら、こういうウェットな情緒性が本作の大きなポイントだと思う。

No.1 6点 mini
(2010/09/02 09:34登録)
社会派ハードボイルドの雄マッギヴァーンは前期と後期ではテーマが違い、前期だけなら”悪徳警官ものの”というキャッチコピー通りの作家である
いかにもマッギヴァーンらしい前期の代表作であり集大成とも言えるのが「最悪のとき」だ
この作品を最後に後期になると”悪徳警官”というテーマから離れてしまうらしいが、後期作は未読なのでどんな感じかは分からない
作家事典などによると、悪徳警官ものか否かという違いだけで、作品の質はさらに進化したらしいのであるが
前期の出世作「殺人のためのバッジ」は、正直言って展開が形式通り過ぎて面白いと思わなかったが、「最悪のとき」は進歩していて、これなら代表作に相応しいだろう
ただ不満も有って、やはり人物が若干ステロタイプで、しかも人物配置も有りがちなパターンだ
まるで日本の時代劇によくあるような人物配置なのだ
悪くない作家だとは思うけど、何かこう物足りなさを感じる作家でもあるんだよなぁ

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