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ミステリの祭典

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地獄島
お役者捕物帖

作家 栗本薫
出版日1986年06月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 おっさん
(2011/09/13 23:30登録)
人気女形・嵐夢之丞の追っかけをしていたのが、本編のヒロイン、浅草奥山のスリ・切支丹お蝶。
大好きな夢さんの失踪に心を痛め、用もないのに、閉鎖された芝居小屋のまわりをうろついていると、ふと行きあって、夢之丞によく似た若い内儀・お時を、かどわかしから救ってやることに。
おりしも江戸では、夢之丞そっくりの美人小町が連続して殺されるという事件が進行していた。
お時に心惹かれ、その身を案じたお蝶は、こっそり彼女を守ってやることを決意するが・・・

歌舞伎役者を探偵役にした、ユニークな短編連作『吸血鬼 お役者捕物帖』の続編(昭和六十一年刊)。じつは初読時の印象が悪すぎて、なかなか読み返す気にならなかった長編です。
昔に受けた、悪い印象の理由は、大きくいって、ふたつ。

①捕物から伝奇へ、ストーリーの方向性を根本から変え、シリーズをもとの流れに戻せなくしてしまったこと。
②どんでん返しが、初期設定を完全に無視したものであること。

純真な青年読者w は、好きな作者に裏切られた想いでいっぱいになったわけです。

でもいま、あらためて、虚心坦懐に向き合ってみると――う~ん、面白いわ、これ。
善と悪、キャラが乱舞し起伏に富んだストーリーを、栗本薫は達意の文章(作中、大時代な表現を多用するので、ヘタと誤解されるかもしれませんが、あくまで作品のトーンに合わせた確信犯)で綴っていきます。
チマチマした謎解きにこだわらず、奔放に想像力を広げられるこちらのほうが、作者の本領だったんだなあ・・・と痛感します。
終盤、舞台を、伊奈の国・平野の沖合“地獄島”に移してのクライマックスは、止まらなくなった作者がオカルト要素までぶちこんでの暴走。
大混乱のなか、何がなんだかわからなくなってしまうものの(ホームズ譚でいえば、「最後の事件」のあとに「空家の冒険」を書いたはずが、ラストでもう一回「最後の事件」をやってしまったような・・・)、それを畳み掛けるような文章でカバーし、ラストは

 (夢さん、先にゆくよ。きっと、お前と、また会うから)
 地獄の底までも追ってゆく。
 お蝶はゆっくり、船の渡り板に足をかけた。それが、地獄島との別れであった。

と、決めてみせます。

これから嵐夢之丞シリーズを読まれるという奇特なかたに、老婆心ながら、怠慢な作者にかわって、ひとつだけ忠告するとしたら、実質的な第一作「離魂病の女」(『十二ヶ月 栗本薫バラエティ劇場』所収)は、無視してください。あの設定はナシです。『吸血鬼』と本作を読んだあとに、もし興味があったら“番外編”として目を通し、パラレルワールドの夢さんを楽しんでやってください。
と、但し書きをつけたうえで。
本作は、<お役者捕物帖>というシリーズの世界を維持することには失敗しましたが、その代わり、ヒーローとしての嵐夢之丞を惜しみなく使いきって、単品の伝奇小説としては一級品になっている、と評価しておきます。

No.1 7点 kanamori
(2010/03/01 21:38登録)
謎の女形役者・夢之丞が主人公のお役者捕物帖シリーズ第2弾。
ただし、捕物帖とはいっても今回は伝奇時代小説になっています。前作の「吸血鬼」は正統派連作捕物帖だったが、いきなりの軌道修正。城昌幸の「若さま侍」といい長編だとどうしても伝奇になってしまうのかもしれない。伝奇ものは大好物なので、これはこれでOKなんですが。
お話のほうは、冒頭の夢之丞の失踪に始まり伝奇もののお約束の善玉悪玉入り乱れ、地獄島になだれ込む。そして、最後に夢之丞の正体が・・・やはり栗本さん芸達者です。SFファンタジーのほうへ行かずに伝奇ものをもっと書いてほしかった。傑作。

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