破局 異色作家短篇集 |
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作家 | ダフネ・デュ・モーリア |
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出版日 | 1964年08月 |
平均点 | 6.67点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 6点 | クリスティ再読 | |
(2025/07/25 14:08登録) さて早川異色作家短篇集も残りが少なくなってきた。「レベッカ」で有名なデュ・モーリアといえば、短編のキラーコンテンツで「鳥」があるわけで、これはそのうちやることにしたい。なんだけども、本書は異色作家短篇集の中でも、とくにジャンルが不明確というか、ミステリ色の薄さが際立つ印象だ。 いや何というか、要約しづらい。ストーリーテリングは上手なのだが、主観的に歪んだ描写が目について、現実の事件が曖昧模糊とした印象を受ける。なので、読んだ後に突き放されたような気持になる。そんな中でも「アリバイ」が一番ミステリ風というか、一種の殺人欲求によって身元を素人画家と偽って、地下室を借りた男。予定被害者はその貸主の中年女とその子供...だが二重生活の果てに、事態は思わぬ方向に動いてく。まあだから倒叙と見ることができるかもしれないが、ミステリな方向には絶対に話は動いていくわけがない。けども何となく話が落ち着くところに落ち着いてしまう。こんなオフビートな面白さだろうか。 「青いレンズ」は筋立て自体はありふれているというか、眼の手術をした女が仮に目に入れたレンズの副作用?か、周囲の人間すべてが動物の頭を持っているように見えてしまう話。高橋葉介のマンガで突然周囲の人間が全部怪物に見えてしまう話があるが、こういうネタは人間の本質を巡る一種の寓意のあたりを周回しつつどう決着するかが見ものなのだが、オチているのかオチていないのか微妙なあたりで作者は終わらせている。とにかく居心地が悪い。 「美少年」は要するに「ヴェニスに死す」で、金持ちのイギリス人がヴェニスで出会った美少年に食いものにされる話。西欧精神の堕落とかそういうあたりを巡るのかと思うと、そうでもない。簡単に自虐的な悲劇にはしてくれないのだな。 「皇女」はといえば、モナコのようなヨーロッパのミニ公国の革命の話。不老長命の泉を秘蔵し、幸せに生きていた国民がデマゴーグに踊らされて、君主を打倒してしまう話。いやたとえば日本だって、ヨーロッパ人から見て「逝きし世の面影」で描かれたように一種のユートピアに見えていた側面もあるわけだし、昨今のグローバリズムの強要にウンザリしつつある状況も併せみると、さまざまな含意をもった寓話のように読めてしまう。とはいえ、それも作者の「手」なのかもしれないのだが。 だからまあ何というか、どれもこれも「収まりの悪い話」で手におえない。どうみてもこの「収まりの悪さ」が作者の悪意みたいなものだから、読んだ後に困惑してしまう。これが持ち味か。ちなみに「破局」という作品は収録されていない(オリジナル短篇集"The Breakpoint"1959から訳題を取っており、この底本マイナス3作プラス「あおがい」の独自編集のようだ)が、何となく腑に落ちるあたりが、らしいというべきか。 |
No.2 | 6点 | 蟷螂の斧 | |
(2021/04/14 17:12登録) 短篇らしいオチがないのが特徴と言えばばいいのか?捉えどころのない曖昧さで、後でじわっとくる感じとでもいうのだろうか?不思議な雰囲気(奇妙な味とも違う)の作品集でした。 ①アリバイ 6点 男はある親子(母・息子)を殺害しようと、その家の地下室を借りるが・・・男も母親も精神のバランスが崩れており、非常に不安定な気持ちになる。題名のアリバイは不在証明ではなく、語源の「他の所」という意味のようです ②青いレンズ 6点 眼の手術で仮の青レンズを入れると見えるものが違っていた。それはありのままの姿といういうが・・・ ③美少年 7点 美少年に魅せられた男は美少年の親せきに騙されるのだが・・・人間の性は治らない? ④皇女 6点 不老の水が湧くというある国の盛衰を寓話風に描いた作品。いい加減な情報に操られてしまう人の心は現代も同じ ⑤荒れ野 5点 口のきけない幼子が大自然の中で・・・童話風でいい話なんですがミステリの採点なので ⑥あおがい 6点 30代後半の女性の独白。両親、夫、愛人について。どうして私は不幸なんだろう。題名は貝。原題は「カサガイ」で巻貝。しがみつくという意味もあるようだ |
No.1 | 8点 | mini | |
(2017/02/01 10:13登録) 大分遅ればせになってしまったが、先月12日に創元文庫からダフネ・デュ・モーリアの短編集『人形 (デュ・モーリア傑作集) 』が刊行された 創元文庫ではその前から『鳥』と『いま見てはいけない』という2冊の短編集が刊行済であり、今回が第3弾となる 日本では長編「レベッカ」のみで知られる感のあるデュ・モーリアであるが、例えば創元文庫からはもう1つの代表作「レイチェル」も刊行されており、決して「レベッカ」だけで語られるような作家ではないのである さらにデュ・モーリアで忘れてはいけないのが短編作家としての側面で、切れ味勝負な作風じゃないからかこの方面で言及され難いが、そのクォリティの高さは本領は短編作家なのではないか?という意見が出てもおかしくはない 日本での出版社事情も加味すると、「レベッカ」が新潮文庫なので、あまり早川や創元のイメージを持つ読者は多くないかも知れない しかしね、新潮文庫から出てるのはは「レベッカ」くらいなのですよ むしろ巻数だったら長編だけでなく今回で短編集が全3巻になった創元文庫の貢献は重要である、そして早川では異色作家短編集全集の1巻にデュ・モーリアを入れている 私は以前にこの早川の全集の顔触れを眺めた時に、他のラインナップメンバーの名前と比べてデュ・モーリアの名が有る事に違和感を覚えていたが、でもそれは私の恥ずかしい偏見だったのである 実はデュ・モーリアという作家は作風のイメージからか古風に思われがちだが意外とモダンな作家で、他の異色短編作家達、コリアやダールやエリン等と比較しても活躍年代はそれ程大きくズレてはいない 出世作「レベッカ」が戦前(それも戦争のちょっと前)だったので古い作家みたいに思われてるだけで、そもそも「レベッカ」自体が初期作だし、活躍時期的にはデュ・モーリアは戦後作家だと言ってもいい 作者の短編集は以前に創元文庫版『鳥』を読んだが、その神々しいまでの格調と質の高さに驚いてしまった 今回読んだ早川の異色作家短編全集版は残念ながらそこまでの格調の高さを感じなかった どちらかと言えばミステリー色が強く、この作者だから下世話ではないにしても、現実的な世界を舞台にした話が多い つまりSFファンタジー的な『鳥』に対し、早川版のはミステリーっぽいのだ ただしミステリー色が強いから質が高くなるわけじゃない(笑) はっきり言わせてもらえば、質の高さに関しては創元文庫版『鳥』の方が上である この早川の全集版は必ずしも作者の最良の部分が出ているか?というと若干疑問もある ただし入門向けにはこちらの方が入りやすいかも知れない |