生きている痕跡 ウィリアム・ディーコン |
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作家 | ハーバート・ブリーン |
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出版日 | 不明 |
平均点 | 6.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/06/22 15:03登録) (ネタバレなし) その年の2月のある夜のマンハッタン。「ぼく」こと30代半ばの雑誌記者ウィリアム(ビル)・ディーコン(ディーク)は、少年時代の友人で若手作曲家であるアキリ(アーチー)・ロバート・シンクレア三世の突然の訪問を受ける。およそ20年ぶりの再会だったが、彼は世にも奇妙な話題を持ち出し、その調査を事情通のディーコンにひそかに依頼した。アーチーの語る話では、知人の歌謡作家ブリル・ブリルハートが、少し前に人知れず死亡した。死の状況は現状で言えないが自分が殺した訳ではない、だがそんな完全に死んだはずのブリルハートがその後も音楽界のあちこちに出没しているというのだった! 半信半疑ながら、一応は正気に思えるアーチーの請願を受けて調査に動き出すディーコン。だがそんな彼の周辺にも、くだんのブリルハートの気配が感じられる。ディーコンは知己の生態科学者に連絡をとり、生物の蘇生についての可能性までを確認するが……。 1960年のアメリカ作品。現代(当時)のアメリカ市街の周辺で、死んだはずの人物が徘徊……というと、まんま先日読んだばかりのロースンの『棺のない死体』だが、こちらはもうちょっと亡霊? の行動? 範囲は広い? 評者はブリーンは大昔に『ワイルダー一家の失踪』と『もう生きてはいまい』のみ既読。どちらもそれなりに楽しみ、特に前者はSRの会の例会で「設定が面白そうな割にヘボい」という下馬評を聞いていた反動からか、いや、なかなかいいんじゃないの、と思った記憶がある(できれば新訳版をどっかで出してもらい、その上でもう一度読み直したいところだ)。 そういうわけであくまで大昔の印象との比較なんだけれど、読んだブリーン作品3冊のうちではこれが一番面白かった、出来がいいのでは、という感触。 ここではあまり詳しくは言えないが「甦った死者の謎」の扱い(どういうタイミングで、どのように決着をつけるか)、さらにそれに続く(中略)という流れなど、都会派怪奇ミステリとしての起伏がかなり躍動的(このあたりでさらにまた別のアメリカ作品を思い出したが、そこはそっちのネタバレになりそうなので、くだんの作品の具体名はナイショ)。 評者の好きな「残りページが加速的に少なくなっていくのに、これでどう真相を語るのか」の作劇パターンも終盤には導入され、その山場直前の妙に活劇っぽいシーンの鮮烈さもあわせて、最後まで楽しませてくれた一冊。 不満は、前半で少し、作中人物のものの考えにツッコミの余地があることと、最後の方でこの作品での某メインキャラの存在が薄くなってしまうこと。後者の件は、小説家としてのブリーンの書き方かね? 個人的にはちょっと違和感。まあ総体的には十分面白かった。蘇生の可能性を識者に問うくだりなどでは、フィクション内の一例としての、1960年前後の怪しい科学文明観も覗いてなんか楽しい。 なお本書の読後に「世界ミステリ作家事典・本格派篇」のブリーンの項目を紐解くと、ディーコンものの第二作(で最後の作品)『メリリーの痕跡』はさらにこれより出来がいい、ということ。楽しみにしよう。 |
No.1 | 6点 | nukkam | |
(2016/01/06 18:51登録) (ネタバレなしです) ブリーンは「時計は十三を打つ」(1952年)でレイモンド・フレイムシリーズを打ち切り、その後警察小説の「真実の問題」(1956年)を書いたきりでしたがそれから久しぶりの1960年に発表したのが雑誌記者のウィリアム・ディーコンを主人公にした本書です(シリーズ作品としては次の「メリリーの痕跡」(1966年)で終了してしまいますが)。死んでいるはずの人間が生きている?とか、生きているはずの人間が死んでいる?という謎で読者を煙に巻くのが上手い作家となると私はクレイグ・ライスを連想するのですが、ライスほど派手などたばたではないものの本書のツイストの利いたプロット、都会風な洗練さを感じさせる描写、さりげないユーモアはライス好きな読者なら気に入りそうな本格派推理小説です。ハヤカワポケットブック版が半世紀以上前の古い翻訳なので新訳版の登場を望みます。 |