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ミステリの祭典

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真鍮の栄光
私立探偵ポール・パイン

作家 ジョン・エヴァンズ
出版日1965年01月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 人並由真
(2022/07/19 16:48登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことシカゴの33歳の私立探偵ポール・パインは、ネブラスカの老夫婦フレモント夫妻から、シカゴに行って連絡が途絶えた娘ローラの行方を捜してほしいと依頼を受ける。まずローラの友人だった娘グレイス(グレイシー)・レハークの実家を訪ねたパインは、同家の父スタンリーから得たわずかな情報をもとに酒場「マーティ」に赴くが、そこは裏では娼館を営むいかがわしい店だった。やがてパインの周辺、そして向かう先で謎の殺人事件が続発する。

 1949年のアメリカ作品。シカゴ在住の私立探偵ポール・パインものの長編第三弾。

 もともと評者は少年時代に小鷹信光の、あまりにも思い入れのこもったポール・パインと作者エヴァンズを語る熱い文章に深い薫陶を受け、その熱気に当てられるように、あまたの40~50年代私立探偵ヒーローの中でも、ポール・パインを独特の位置、ある種の神棚? に置いている。
(そんな小鷹の文章の中でも、日本版「マンハント」に掲載された当時まだ未訳の『悪魔の栄光』(当時の仮題は「魔王への栄光」だったと記憶?)のダイジェスト紹介記事は本当に素晴らしかった。あれで評者は完全にヤラれてしまった。ほかにも「パパイラスの船」での当該のエッセイとか、とにかく小鷹による評者への影響は計り知れない。)

 とはいっても、実は評者がこれまで読んだパインものの実作は、第四長編『灰色の栄光』と唯一の中編「四月にしては暗すぎる」のみ(汗)。
 どちらもとても内容が良かった記憶というか印象だけはあるが、読んだのはともにだいぶ昔で、設定も細部もそれぞれ完全に忘れてる。
(ちなみに『灰色』は、人生で一度のみの海外旅行の際に、目的地のシカゴとの往復の飛行機の中や現地で読んだ。ポール・パインの長編を最初に読むならシカゴしかない、それくらいの儀式に近い思い入れが先行した若さである。)
 
 ポール・パインに過剰な思い入れが育まれた原因のひとつは長編4本、中編が1本とシリーズ探偵ながらあまりにもその事件簿の総数が微妙に、絶妙に少なすぎるからで。
 たとえばリュウ・アーチャーやマイク・ハマーほどとはいなかくても、マーロウやエド・ハンターくらいにエピソード数があればもうちょっと気楽に読めるのに、とにもかくにも思い入れが熟成されてしまったヒーロー探偵の登場編がたった5本(そのうち2本はすでに既読。さらに『悪魔』は大筋は今でもかつてのダイジェスト記事で部分的に覚えている)では、そんな貴重なわずかな作品を本当に大事にチビチビ読むしかない。
 まあそんなこんな状況のなか、さらには例によって自宅の書庫のなかで、すでにもちろん買ってあるはずのパインものの初期三部作の邦訳がどれも見つからない。21世紀になって残りの3冊をそろそろ読みはじめたいと思いつつ、早くもたぶん十年前後が経過していた。

 というわけで一念発起。ポケミスのダブりを承知で本作『真鍮の栄光』を改めて古書で購入。本が届いてからほとんどすぐ読んだ。

 ちなみに評者のパインのイメージは、33歳(本作の時点)、独身で秘書もなく、ハンサムな都会派探偵という設定の上で当然のごとく? あえていえばマーロウに近い。まあ紋切り型の分類でホントーはそんなカタログ的なもんじゃないのだけれど。
 『真鍮』での一人称は「おれ」。パインといえばなんとなく「私」という印象だったが、まあこれは一冊まるまる読んでいるうちに慣れていく。

 で、作品『真鍮』の感想としては……なんというかすごく込み入った話。

 物語の序盤が失踪した若い娘捜しから始まるのは、私立探偵ものとしてこの上なく王道だが、いなくなった娘ローラに関しては当人が意図的に写真などを自宅や周辺から残しておらず、それゆえにパインも読者も現在の彼女がすでに完全に別人になっている可能性に振り回される。さらにローラの友人グレイスもまた新たな素性を得ていることが早めに暗示され、二重三重のややこしさで、潤滑に読み進めるためには絶対に人名メモの作成を推奨。
 とはいえ終盤には相応のサプライズが用意されてるし、そこに至るための伏線や手掛かりも設けられている。
(真相解明のロジックがちょっと強引な部分もあったが、まあ、これはそんなもんかな、という感もあり。)
 あと大ネタとそれに関する作中人物の感慨には、一種の時代性を感じたりもした。21世紀ならもうちょっと微妙な扱いになるところもあるだろうね?

 肝心の主人公パインの描写に関しては、本作の中では事件の筋道を追い、トラブルに巻き込まれ、そして真相を暴く行動派の名探偵ポジションの役割に重きを置いた感じ。
 もうちょっと主人公探偵の足場からはみ出した描写にも触れたかったが、存外にそういうのは少なかったかも。
(中盤で、窮地の若い娘をとっさに気づかい、対処するあたりなど、固有のキャラクター描写が皆無ではないけれど。)
 
 あと改めて久々にエヴァンズ作品を読んで印象的だったのは、ワイズクラックというかパインの内面での比喩的表現の豊富さ。この辺もたぶん小鷹視点で評価された所以のひとつだろう。
 クロージングの数行、客観描写に託す形で主人公の内面を語っておわるあたりとかは『さらば愛しき女よ』のラストをちょっと想起させたりした。

 まとめるなら、まだこの一冊では「自分の心の中にいるポール・パイン」には会い切れていない、という感じ。
 一方でミステリ要素の濃い一流半のハードボイルド私立探偵小説としては、そのごった煮感(ちょっと違うか)で相応の腹ごたえもあった。
 期待していたものとはちょっと違ったが、これはこれで見知った知り合いの別の顔をそっと覗けた感じで悪くはない。

 残りの二冊(『血』『悪魔』)にいろんな意味で期待しよう。

【追記】
 ポケミス107ページ目で、パインがロイ・ハギンズの作品を読んでる描写が出てきて「おおっ!」となった(笑)。どういう作品を読んでたんだろう。
 で、いっしょに読んでるケンネス・パッチェンというのは……詩人か。そーゆー方向への知見が薄いので(汗)。

No.1 7点 kanamori
(2010/04/09 22:05登録)
シカゴの私立探偵ポール・パインを主人公とする正統派ハードボイルド、シリーズ第3弾。数年前に論創社から未訳だった第2作が出版されシリーズ全作読めるようになりました。
ロス・マクほどの作品数もないため、あまり有名でないかもしれませんが、ハードボイルドながら結末の意外性も追求しているところは、ちょっと中期のロス・マク作品に似ている気がします。

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