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ミステリの祭典

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スクイズ・プレー

作家 ポール・ベンジャミン
出版日2022年08月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 7点 八二一
(2024/05/10 20:46登録)
皮肉な眼差し、誇張されユーモラスな比喩、活きのいいワイズクラック、あふれる機知と警句。一見非情な正義を求める伝統的なハードボイルド・ヒーローのようでありながら、繊細な優しさも隠し持つ。作者らしく内省的で、時に温かく抒情的で胸に迫る。

No.1 8点 人並由真
(2022/10/15 17:16登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと33歳のマックス・クラインは、ニューヨークの私立探偵。そんなクラインのもとに、コロンビア大学時代の学友で弁護士のブライアン(チップ)・コンディニを介して仕事の依頼がある。依頼人はかつてメジャーリーガーの大人気選手だったが、5年前に交通事故で左脚を失った、やはり33歳のジョージ・チャップマンだ。チャップマンは今は別の分野で活躍し、政界入りも考えている最中だが、そんな彼のもとに怪しげな匿名の脅迫状が舞い込んだ。クラインは調査に乗り出すが、やがて彼の前に、事件から手を引くようにと脅しにきた荒事師が登場。そして予期せぬ死体が転がり始める。

 1982年のアメリカ作品。
 日本でも大人気のアメリカ作家ポール・オースターがこの筆名で書いた、実作上の処女長編らしい。本国ではペーパーバックオリジナルで刊行された、直球・剛速球のハードボイルド私立探偵ミステリである。
 恥ずかしながら評者はオースター名義の作品は、これまで気になったものはいくつかあったものの、まったく未読。本作に関してはあくまで、正統派のハードボイルド私立探偵小説でミステリらしいという興味から読んだ。

 怪文書の調査に始まる事件の開幕、本音の見えきれない依頼人、社会階層の弱者の事件関係者、暗黒街の大物、ファム・ファタール、裏のありそうな文化人、遠慮のない荒事師、銃撃戦、窮地からの脱出、微妙な距離感の警察関係者……と、私立探偵小説のスタンダードなメニューをてんこ盛りにした内容はサービス満点。
 そしてそれらのファクターのいくつか(かなり多め)には、定石を踏まえながらも作者なりの「もう一歩の踏み込み」が感じられる仕上がりで、非常に出来が良い。
 さらにユダヤ系の主人公クライン自身も離婚した元妻で音楽教師のキャシーと、彼女に養育権を預けた9歳になる息子リッチーを間に挟んで今なおなんともいえない距離感で愛し合っており、その案件の成り行きも読み手の関心を誘い、そして(後略)。

 終盤に明らかになる意外な真相、犯人に関しても、当時の新作ミステリとして面白い文芸アイデアが導入されており、そして真実の判明と同時に、主要人物の肖像が何とも言い難い味わいで深化していく感触もとても良い。
(手がかり、伏線に関してはやや強引な部分もある気もするが、そこは<この趣向>の上でギリギリだった感もあり、少なくとも評者はそれでけなす気にはならなかった。)

 かなりの満足度でほぼ一気読みしたのち、Twitterなどで先に読んだ人たちの本作の感想を漁ると、大半の人がオースター名義の代表作と比較してあれこれ言っていて、門外漢の当方としては苦笑。
 なかには、一応は本作の面白さを認めながらも、作者がこのベンジャミン名義での路線を続けずに、オースター名義の諸作の方に行ってくれてよかったと言っているヒトなどもいて、ああ、そうでっか、それはそれは、という現在の感じ(笑)。
 その見識の真偽? のホドは、いずれ自分でいつか縁があったオースター名義の作品を読んでみて、確認してみようかとも思う。

 とにもかくにも単発で一作で終わってしまったらしい、クライン主人公の私立探偵小説だが、本作一冊で出しきった燃焼感は高いものの、その気になればまだシリーズも続けられそうだったはずで、その辺はシンプルにすごく残念。
 
 ちなみに本書の解説はおなじみの池上冬樹。本作の原書刊行時に英語でこの作品を読み、当時のミステリマガジンに海外の話題作レビューを書いていた縁で呼ばれたらしい。ほぼ40年経って池上を召喚した編集者の方も驚異的な知見で機動力だが、最近の新潮文庫の海外作品のセレクトは元ミステリマガジンの編集長だという先日のウワサを思い起こして納得する。よきかな、よきかな。

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