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ミステリの祭典

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コーネル・ウールリッチの生涯
フランシス・M・ネヴィンズ Jr.著

作家 伝記・評伝
出版日2005年06月
平均点8.00点
書評数2人

No.2 7点 小原庄助
(2023/04/29 16:21登録)
ウールリッチの作品は謎解きとしては欠点が多い。その欠点を補って余りあるのが、ぞくぞくするほどのロマンティックで誘惑的な文体であり、運命の前では全ての人間が等しく挫折するという、彼の小説を包み込むペシミズム哲学の暗闇のような深さである。
こんなに甘くて苦い小説ばかり書いた人間はどんな生涯を送ったのか。だが、この本を通読しても、ウールリッチの生涯について知りうることはそう多くない。二十冊ほどの長編小説と二百以上の短編を残したが、人生の大半を母親と二人きりでニューヨークの安ホテルに籠って過ごし、享年六十四の葬儀には五人しか参列者が無かった。
それでも著者は存命の関係者に話を聞き、あらゆる資料を博捜する。その結末、ウールリッチの最初の結婚の失敗と、彼のスーツケースに入っていた水兵服の関係など、なまじミステリよりはるかに面白い秘密が暴露されたりもする。
だが、本書の大部分を占めるのは、彼の全作品の紹介と分析である。ウールリッチの小説を隅から隅まで何度も読み直した者にしか書けない巧みなプロット紹介で、興奮を味わうことができた。

No.1 9点 おっさん
(2022/01/29 10:11登録)
ホントはね、採点は10点満点でもいいと思うんです。
凄い本だ――という思いは、翻訳が出た2005年の初読時も、ひさびさに読み返したいまも、変わることなくあります。
ミステリ史上最高のサスペンス小説の書き手だった、コーネル・ウールリッチの謎につつまれた生涯を、ウールリッチ研究の権威フランシス・M・ネヴィンズJr. が、徹底したリサーチと(作家的)想像力で再構築しながら、最初期のストレート・ノヴェルからパルプ・マガジン・ライター時代に量産された短編群、そしてターニング・ポイントとなった『黒衣の花嫁』以降の一連の長編を読み込み、ひとつひとつ、粗筋を紹介しながら批評していき、巻末には詳細な作品データを付した労作で、1989年度のMWA最優秀評論・評伝賞受賞(ネヴィンズにとっては、『エラリイ・クイーンの世界(王家の血統)』に続いて二度目の受賞)も当然。加えて翻訳を担当したのが我国きってのウールリッチ研究家・門野集氏とあって、日本側のデータ補足も遺漏なく、とにかく丁寧な本造りがなされています(早川書房の担当編集者の仕事ぶりも立派)。類書も無く、ミステリ・ファンが生涯、愛蔵するに足る、基本文献ともいうべき上下2巻本であります。

ただ。
無茶苦茶なことを云うようですが……類書が無いのが、問題なんですね。ダシール・ハメットに関する評伝や伝記なんかだと、複数あって(邦訳があるものに限っても、ダイアン・ジョンスンのとか、ウィリアム・F・ノーランのとか)、それぞれに視点や評価が違う。読者が相対化できるわけです。
ウールリッチの場合、本書がワン・アンド・オンリーなため、これが「巨匠の真実を描いた伝記の決定版」(邦訳の、帯のコピーより)と、無条件に受け取られてしまいかねない危険があります。
「真実」? あくまでネヴィンズの主観です。
たとえば、必要以上に言及される、ウールリッチの同性愛癖。これって、本人がカミング・アウトしたわけではなく、没後の、関係者の「証言」に基づくものなわけですが、その証人たちが、ウールリッチという人間にあまり良い印象を持っていなかったことは留意しておく必要があります。バイアスが相当、かかっている可能性は否定できない。
バイアスといえば、ネヴィンズは本書で、ウールリッチを、古典的な探偵小説の世界観を否定した、ノワール文学の創造者の一人として位置づけていますが、そのネヴィンズ史観が、作品評価にも影響していて、「古典的な探偵小説」のヴァリエーションとしての技巧的サスペンス小説、その書き手としてのウールリッチという側面が、不当に無視(あるいは軽視)されている嫌いがあります。たとえば、『黒衣の花嫁』を分析するなら、ミッシング・リンク・テーマという視点は欠かせないはずなのに、それは無い。かりに、ジョン・ロードの古典『プレード街の殺人』は読んでいなかったとしても、なぜクイーンの『九尾の猫』に言及しないのか?
個々の作品評価に関しては、異論百出でしょう。
「ミステリ作家コーネル・ウールリッチ」を再評価する、また別な試みがあって然るべきだと思います。

しかし。
コーネル・ウールリッチ(ウイリアム・アイリッシュ)は、筆者がミステリ入門期に愛読した作家なので、この作家への自身の愛の所産ともいうべき評伝を書きあげたネヴィンズへの、無意識の妬みが、あるやもしれません。今回のレヴューのいちゃもんには、バイアスが相当、かかっている可能性は否定できない(苦笑)。

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