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ミステリの祭典

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料理人

作家 ハリー・クレッシング
出版日1972年02月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 クリスティ再読
(2022/04/16 16:11登録)
大人の寓話、というものである。
召使が主人に、主人が召使にいつのまにかすり替わってしまう話。しかも嬉々として。で、この悪魔的なコックのコンラッドに妙に魅力があるのがナイス。コンラッドは外面描写オンリーで描かれるから、ハードボイルドな悪漢小説、という雰囲気(ライバルのコックをやっつけるシーンとかね)もある。天才的、というか魔術的な料理の腕で、入り込んだ一家を篭絡し、長男は料理の技を仕込んでコックに、父親は執事に、母親は家政婦に変えてしまい、長女と結婚して「城主」になる...そんな話。胃袋掴まれちゃあ、ロクな抵抗のしようもないのか(苦笑)。お高く止まったブルジョア一家でも、家事に「生きがい」みたいなものをうまく意味付与したら、嬉々として「没落」していくのかしら。

ハヤカワ・ノヴェルズの初期ラインナップにあったから、映画?と思って調べたが、映画は確かにある(Something for Everyone,1970)。アタらなくて日本未公開なんだろうか...原作はブラックユーモアの作品で、面白いのは確かである。ハヤカワ・ノヴェルズは常盤新平路線だからねえ。
映画、といえば召使が主人と逆転する話って有名作はジョセフ・ロージーの「召使」だ(ダーク・ボガード渋い)。あっちはシンネリムッツリしたアイロニカルなシリアス劇(ブレヒトの弟子らしく「階級闘争」w)だけども、「料理人」はずっとファンタジーに振っているから、カラーはずいぶん違う。

No.1 7点 人並由真
(2022/01/15 06:28登録)
(ネタバレなし)
 平和で平凡な田舎町コブ。そこは丘陵地の領主ヒル家と平地の領主ヴェイル家によって、代々、二分されて統治されてきた町だった。だが現在、両家の和睦が進み、今では若い世代の婚姻の話さえ持ち上がっていた。そこに自転車に乗って、一人の男が現れる。彼の名はコンラッド(コニー)・ヴェン。2メートル近い長身で痩躯の彼は人並外れた料理の腕前を誇り、ヒル家の住み込み料理人となった。やがてその日から、コブの町ではすべてが変わってゆく。

 謎の作者ハリー・クレッシング(一説によると当時の既存作家の別名らしい?)によって著された、1965年のアメリカ作品。
 1972年のHN文庫版が最初の邦訳だと思っていたが、再確認したら1967年にその元版のハヤカワノヴェルス版が発売され、その時のミステリマガジンの誌面などを探る機会があれば、リアルタイムで当時、かなりの反響を呼んでいたことが今でも窺えると思う。

 それゆえ評者も十数年前からそろそろ読もう読もうと思っていた(HN文庫版)が、例によって購入していたはずの本が家の中から見つからない(汗)。
 観念して、昨年の暮れ、出先のブックオフで見かけた古書(文庫版の旧表紙)をあらためて買い込んで、今回初めて読んだ。

 町にふらりと現れた謎の青年コンラッド(おそらく正体は……)が、悪魔的な料理の才能でヒル家やヴェイル家、それに町の人々の味覚と食欲、果ては健康や美容まで管理し、支配していくストーリーは正に現代(1960~70年代当時)の悪魔小説なのだが、オカルト的な要素やスーパーナチュラルめいた叙述は一切登場しない。
 だが劇中の事象の累積や進展に接していくかぎり、そこには確実に尋常ならざるものが潜むと実感させる。本作はその意味で、まぎれもない不条理ホラーであり、欲望に流される人間の儚さを嘲る黒い寓話なのも間違いない。

 惜しむらくは21世紀の現在、本作をはじめて素で読むと、料理の腕で、屋敷を町を人心を掌握し、簒奪してゆくコンラッドのキャラクターがすでにそれほど目新しくは見えないこと。本作が書かれてから半世紀、東西のフィクション分野の成熟・爛熟はこの手の「乗っ取り」型ダークヒーローをいろいろな形であちこちで輩出しているように思えるからだ。
(まあそもそもこの手の乗っ取りものの系譜には、ウォールポールの『銀の仮面』という先駆の名作があるのだが。)

 しかしながら逆に言えば、それは本作で語られる「欲望による支配」という悪魔の主題が半世紀経っても古びていない証左ともいえる。
 だから時代を超えた唯一無二の傑作などとまでの高い期待はせずに、普遍的な悪魔小説の新古典と思って読むならば、十分に面白い。
 Amazonのレビューなどでは後半でやや失速という声もあり、それもわからなくはないが、実のところ自分などはむしろ終盤のストーリーの起伏具合と、悪夢的なイメージでの決着ぶりに酔った。この辺はたぶん読み手それぞれ。

 まあ「広義のミステリ」を自在に楽しんでいるという自覚のある人なら、人生のうちに一度くらいは読んでおいて損はない? 一冊だとは思う。

【2022年1月16日追記】
 Wikipediaを見たら、クレッシングの正体は既成作家ではなく、英国にも長期滞在した米国の弁護士で経済学者のハリー・アダム・ルーバー(1928~1990年)だという情報が出ていた。Wikipediaなので怪情報が混じっている可能性はあるが、現状では対抗要件もないので、一応、この記事を参考にしておく。
 ちなみに同Wikipediaの記事によると本作『料理人』は映画化もされており、脚本があのクエンティンの一角ホイーラーだとのこと。ちょっと観てみたいもんですな。

【2022年4月16日】
 日本での邦訳書誌情報に誤認があったので、お詫びして訂正(本日のクリスティ再読さんの投稿を読んで気づいた。ありがとうございます)。最初の邦訳の元版は1967年のハヤカワノヴェルスの全書判で、その後しばらくしてから、ほぼ同じ表紙デザインで、文庫化されたことになる。
 上掲の文章はすでに改訂済みということで、よろしくお願いします。 

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