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ミステリの祭典

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運命の宝石

作家 コーネル・ウールリッチ
出版日1980年12月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2024/10/04 21:05登録)
晩年のウールリッチって、「ウールリッチ節」は健在でも場面場面にムラがあり過ぎ。詠嘆調の美文、でも惰性で書いているだけとか、詠嘆がやり過ぎて作者が飲み込まれてる?と思うこととか、いろいろバランスが崩れて???と読者を嘆かせたわけだが、完成した最終作の本作は、いうほど悪くない。
昔の原型作があるためか、それともペーパーバックオリジナルで(皆嘆くけど)逆に「ブラックマスク」時代を思い出すとかあって、いいくらいに肩の力が抜けた?なんて思うほどに、復調が感じられる。まあ傑作と言うほどでもないけど。

大粒のダイヤモンドが、ルイ15世時代のインド駐留の仏軍兵士~恐怖政治下でギロチンに怯えるパリの貴族~南北戦争直後のニューオリンズで没落した南部土地貴族~真珠湾直前の東京に潜むアメリカ人スパイの間を流転する話。このダイヤはご期待通り「呪いのダイヤ」で持主がすべて悲惨な運命に逢うというトンデモ呪物。ホープダイヤとかそういう話だね。だからミステリか、と言われたら厳密には違う。エキゾチックな連作奇談というタイプのもの。

いい点は舞台設定が興味深い時代であること。ジャコバン党恐怖政治のさなか逮捕された貴族たちが、地下牢でそれでも体面を維持し、娯楽として自分たちが矜持をもってギロチンにかかるさまを予行演習する話とか、悲惨な中に運命を笑い飛ばそうとする人間性を感じたりする。南北戦争直後の南部といえば、「風と共に去りぬ」とか「国民の創生」で描かれたような、北部から流入したヤンキーと解放された黒人が横暴の限りを尽くしたために、敗戦の南部人が対抗組織としてKKKを作るとかね、今時の「政治的に正しい」じゃ話題にできない。そんな時代のラブロマンス+決闘の行方。この2つの話が読ませる。

最後に東京が舞台の話は、日本人だと分からんくもないけども...う~ん、というところでまあこれ仕方ない。晩年のウールリッチとしては欠点が目立たない作品にはなりそう。

で、とりあえずウールリッチ/アイリッシュの長編はコンプ。短編は引き続き読むつもりだけど、長編のベスト5。「暗闇へのワルツ」「死者との結婚」「暁の死線」「幻の女」「聖アンセルム923号室」。わりと穏当?
長編としてのまとまりが、やはり「暗闇~」「死者との~」は断トツにいいからね。

No.1 6点 人並由真
(2022/01/01 05:19登録)
(ネタバレなし)
 1757年のインド。同地に駐留するフランス軍の若い兵士エスカルゴは、猛暑下の過酷な兵役に嫌気がさして脱走を試みた。そんなエスカルゴは町外れの古ぼけた寺院の神像、その両眼にはめ込まれた大粒のダイヤモンドに魅せられる。そして……。

 1960年のアメリカ作品。

 18世紀のインドの寺院から、不心得を生じた青年軍人によって盗まれた、大粒のダイヤ。だがそのダイヤは盗難を認めた寺院の僧侶たちによって、何度、持ち主が変わろうとも、その代々の所有者に必ず不幸が訪れる、未来永劫の呪いがかけられる。
 この呪われたダイヤ(特定の呼称は作中に登場しない)の所有者あるいは譲渡された者、購入者、略奪者などの人物(順不同)にからむ4つの物語が、最初のインドでの盗難劇を皮切りに、革命直後のフランス、南北戦争直後のアメリカ南部、そして1940年代の香港~東京と、数世紀の時を跨いで語られる。
 
 読後にwebでほかの人の感想を探ると、もともとはウールリッチが戦前に書いた原型の作品を50年代の末にリメイクしてペイパーバックオリジナルで刊行したものらしい。
 たぶんネヴィンズの伝記『コーネル・ウールリッチの生涯』あたりに詳細な書誌情報が書かれているのだろうが、評者の場合は確認しようにも、購入したくだんの伝記が上下2冊ともすぐ出てこない(汗・涙)。だからこの作品が原書の段階で完全に向こうでの書き下ろしか、あるいはどこかの雑誌に部分的にも掲載または連載されたものかも、現時点で不明だ。

 なおポケミス版の解説では編集者「S」の署名(常盤新平あたりか?)で、アメリカミステリ界でもサスペンス派の巨匠と知られるウールリッチの新作なのに、本作がハードカバーでなくペイパーバックオリジナルで発売されたことを嘆いている。なるほどその辺の状況は、評者などにも下世話にちょっと興味深いが、やはり詳しいことはネヴィンズの伝記を改めて読めば何かわかるのだろうな? 
 しかし、とにもかくにも、晩年の新作をペイパーバックオリジナルで上梓したウールリッチという作家は、つくづく、最終的にはアメリカミステリ界の文壇の主流とは縁が薄かった感がある。ウールリッチ当人の葬式に来た友人の作家がマイケル・アヴァロンだけ、他に親しかった作家のひとりがフランク・グルーバーというあたり、とてもしみじみさせられる。評者は個人的にはそれぞれ大好きな作家たちだが、決してメジャーリーグとは言い難い書き手たちだろう。

 閑話休題。本作の内容についてはもともと高望みをせずに、枯れた時期のウールリッチの著作だろうと予見して読んだ分、4本のエピソードはそれぞれ普通に楽しめた。
 こちらも『喪服のランデヴー』『暗闇へのワルツ』『聖アンセルム923号室』のようなレベルの大傑作なんかはさすがにもともと期待していないが、得点的にいつものウールリッチ作品っぽさを求める限り、それぞれの話は序盤の掴みから、各キャラクターの迎える人間模様まで十分、フツーに面白い。
 各篇の世界観(または世界線)は。同一の呪われたダイヤが存在する空間という一貫した大設定で共通し、その上で作者ウールリッチも差別化したストーリーを用意しようとしているわけだから、読み手の方もわかりやすい距離感でそれぞれの挿話を楽しめる。
(第2話のパリ編と第3話のアメリカ編が、ともに苦境に陥った恋人同士の叙述から始まり、ちょっとワンパターンぽいかな? と第3話の最初のうちは懸念したが、大丈夫、最終的には完全に差別化された。)

 ただし4つのエピソード、一本一本はそれぞれ面白かったのだけど、主題となる宝石の扱いについては最終的にもうちょっと連作短編もの(広義の長編ともいえる)らしい全体の結構が欲しかったとは思う。まあこの辺は読み手の想像で補ってもいいかもね。
(なお、ポケミスの裏表紙のあらすじ紹介は、第一話のインド編の決着を完全にネタバレしてるので、これから読む人はご注意を。)

 ところで、この手の連作短編もの(キーアイテムが人から人の手に渡り、ステージもキャラクターも変遷しながらそれぞれのエピソードが積み重ねられる)の最初の作品は、フィクション史上なんであったのだろう。
 評者が最初に出会ったのは1968年に「週刊少年キング」の複数の漫画家による企画ものの連作『コルト・サラマンダー』であった。同一の、無生物の拳銃が人から人の手に渡っていくうちに、それぞれのドラマが語られる形式のオムニバス企画で、漫画家は石森(石ノ森)章太郎や影丸譲也、石川球太などが参加。原作というか文芸の仕掛人は都筑道夫であったことを後で知って、驚いた。書籍化されていないはずで(石森パートだけは、個人作家全集に収録)、21世紀の現在でもいつか発掘・書籍化を願いたいが、漫画家がバラバラな分、版権調整が難しいかもしれない。
 また余談が長くなったが、先の話題、この手のアイテムの行方を軸にした連作短編もの、何が始祖となるのかご存じの方がいましたら、御教示願えますと幸い。
(たぶんこのウールリッチの『運命の宝石』が一番早い、ということはないと思うのだが。)
 で、2022年の最初の一冊目がこれか。実は年越しで最後の一本(東京編)だけ年明けに読んだんだけどね(笑)。

【2022年1月1日23時追記】
■本日、早速、本サイトの掲示板で「おっさん」様から御教示を戴き、
 本作は
・1939年にパルプマガジン「アーゴシィ」に四回分載された
 『運命の瞳』(The Eye of Doom)の改稿である
・該当の掲載号は、作者のウールリッチ自身も全部所有していなかったので
 フレデリック・ダネイ(エラリイ・クイーン)の協力を得て、改訂新作
 『運命の宝石』を著した
……そうである。情報の出典は、ネヴィンズの『ウールリッチの生涯』から。
 おっさん様、いつもありがとうございます(平伏)。

■さらに、この手のアイテムの移動につれて登場人物やステージが
 変遷してゆく構成の作劇の早い前例は、J・S・フレッチャーの
 1904年の長編『ダイヤモンド』などがあるとのこと。
 こちらの情報もありがとうございました。

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