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ミステリの祭典

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カード師

作家 中村文則
出版日2021年05月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 小原庄助
(2024/05/26 08:13登録)
物語の冒頭、主人公の「僕」に、ある謎の組織から「投資会社社長」を名乗る佐藤なる人物にアプローチせよとの要請が舞い込む。イカサマ占い師にして裏カジノのディーラーである「僕」に託された狙いは、内部破壊工作にあった。
物語の骨格をなすのは、佐藤と内部破壊工作を委ねられた「僕」の食うか食われるかの戦いである。物語は全五部から構成され、それぞれに魅力的なクライマックスが用意されている。第一部で、大きく目を瞠されるのは、殺害される前任者の最後の食事の場面だろう。食事の様子を子細に観察する「秘書」の語りのうちに、小説全体の主題が暗示される。「黙過」ないし、主の「僅かな加減」によって生かされている人間の生の不条理という主題。
第三部は、三章にわたって延々と描き継がれるポーカーシーンに圧倒される。この場面の秀逸さは、ゲーム展開の息も継がさぬドラマにあるが、参加者の一人の急死による唐突なお開きの場面で見せる作家の手さばきも注目に値する。
第四部、佐藤が「遺書」で示したのは、私たちが生きる世界の出来事が、いかに不条理な偶然に左右されてきたか、ということだ。その事実に決定的に傷ついた佐藤だが、その彼が「僕」に差し出した三つの「手記」には、通底する主題があった。それは、いずれも「僕」からポジティブに生きる希望を奪う「黙過」の記録と自らのペシミズムを癒そうとした。その佐藤の「遺書」が、戯画的ともいえる偶然の一致やメロドラマ的な要素にもかかわらず胸を打つのは、彼の運命論がまさに私たちの時代の標と化しつつあるからではないか。

No.1 6点 猫サーカス
(2021/10/23 18:26登録)
理不尽な運命にどう向き合うのかを読者に問いかけている作品。主人公は、信じてもいない占いをなりわいとし、違法なポーカー賭博のディーラーも務める「僕」。正体不明の組織から「占い狂」の会社社長・佐藤の専属占い師になるように命じられ、これまで何人もの占い師が「失敗」して殺されたと明らかになる。追い詰められた「僕」が知ることになる佐藤の過去と末路とは。未来は誰にも分からない。選択の葛藤と結果の悲喜こもごもが、カードをめくるかどうかに集約される。佐藤が異様なほど占いに固執するのには、この国を襲った数々の災厄が濃い影を落としている。「古来、人は先のことさえわかれば悲劇を避けられたのにという願いをずっと待っていた」。それは「占いが人類史上、敗北し続けている」ことを意味する。1970年代にオカルトブームが到来した時代の流れとも、物語は響き合う。作品には現代の空気感もにじみ出ている。自分の考えを一時的に放棄し、他の誰かに、何かに決めてもらうことを望むから、占いというものがあるのだろう。それでも結末には、そこはかとなく希望の光がともる。未来のことは分からない。だからこそ、絶望することも出来ない。

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