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ミステリの祭典

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やとわれた男

作家 ドナルド・E・ウェストレイク
出版日不明
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2024/09/16 23:29登録)
「ハメットの再来」とデビュー当時評された処女長編。
主人公はシンジケートのボス、ガレノーゼの「右腕」、組織No.2として汚れ仕事も引き受けるクレイ。復員後の大学生時代に酔って車を盗んで事故って女を殺した現場を、ガレノーゼに救ってもらった恩義から、ガレノーゼの下で働くようになり出世している過去があった...このクレイが巻き込まれた「トラブル」を解決すべく、ガレノーゼの意向からクレイに探偵役のお鉢が回ってきた。

こんな話。名前からしてガレノーゼはイタリア系でマフィアのわけで、クレイはそうではない。「ゴッドファーザー」のコンシリオーリ、トム・ヘイゲンを想わすプロフィールである。ロバート・デュバル演ずるヘイゲンのように、クレイは自らを「機械」と律して、組織のために感情を消して行動する男である。
うん、話はわかる。けどさ、これって「ハードボイルド」ではないと思うんだ。「煮え切った」魂ではあるが、これほどの割り切り過ぎの人物を一人称で主人公に据えると、「不透明な現実を客観描写のみで、読者の読み込みを誘う」というハードボイルド「らしさ」が消えてしまうんだよね...つるつると動く機械を見ているようなものである。

まあもちろん、主人公が同棲中の恋人エラとの関係に悩むあたりは、いつでも自由に「感情を消すことができる」と自己弁護するわけだけども、それはムシがいい。このクレイのプライベートと事件とのオーバーラップぶりが小説の狙いみたいなものになるのは、なかなかの才筆だとは思うよ。で、ギャング組織の中での犯人捜し、というかなりの変化球設定を処女長編でやってのけるのは、さすがこの作家ののちの大成っぷりをうかがわせるものがある。

よくできてはいるけど、個人的には失敗作だと思うよ。たぶん本人もこれは思っていて、無印「刑事くずれ」が本作のリライトだと思う。

(あとラストシーンにちょいとした仕掛けがある...逆に言うと「うますぎる」のが逆に「難」じゃないのかな)

No.1 7点 人並由真
(2021/10/14 16:27登録)
(ネタバレなし)
 1950年代後半のニューヨーク。裏の世界の大物エド・ガノレーゼの片腕とも言われる「私」こと30歳のジョージ・クレイトン(「クレイ」)は、恋人エラ・シンダーズとの同衾中、深夜に訪問客を迎える。相手はエドの末端の部下で、麻薬の売人兼中毒者のビリイ=ビリイ・キャンテルだった。ビリイ=ビリイはいつものように麻薬でトリップしていたが、気が付くとそばに女の死体があったという。ビリイ=ビリイが逮捕されるとエドの組織に種々の不都合があると考えたクレイは彼を警察から庇うが、やがて殺害された娘がエドが懇意にする政界の黒幕の老人アーネスト・テッセルマンの若い情人メイヴィス・セントポールだと判明した。普段は組織の監視役そして荒事師として行動しているクレイはエドから、事件全体の穏便なコントロールをはかるため、警察より先に真犯人を探すように指示を受けた。

 1960年のアメリカ作品。ウェストレイクの処女長編で、同年度のMWA処女長編賞候補作。

 HM文庫版で読了したが、ハイテンポの筋立ての上にべらぼうに会話が多い文体(アフレコ台本なみとはいかないまでも、それに近い)で、リーダビリティは最強。300ページ強の文庫を4時間足らずでいっき読みできた。

 主人公クレイはかつて23歳のときに朝鮮戦争から復員してから大学に入った当時としては珍しい経緯の秀才、しかしあくまで平凡な若者だった。だがある事件が縁で、暗黒街の大物だった当時50代初めのエドの気まぐれから、大きな恩を受ける。それを契機に彼はエドに信奉し、組織のために働く「やとわれた男」になった。だが現在の恋人のダンサーのエラはあくまで堅気の娘であり、彼氏クレイの素性はうすうす気づいてはいるが、できれば足を洗ってもらいたいと願っている。
 真人間の恋人への愛と大物ギャングへの恩義の間で葛藤する青年主人公の図はまんま東西のヤクザ・ギャング・任侠映画の世界だが、そこにフーダニットの興味を上乗せ。
 機動力と人脈を活かしながら、獲得した情報をもとにさらに芋づる式に事件を追っていくクレイ。そしてそんな彼の脇で、さらに事件そのものも新たな展開を見せてゆく。

 ニューヨークの乾いた質感はそれほど描きこまれてはいないが、ストーリーの動きに沿った臨場感は豊富。場面が展開するごとのロケーションもおおむねは丁寧に語られる。当然ながら、登場人物の貧富の差異の叙述やそれに見合った日常感なども十全。
 前述のとおり小説の文体としては会話が多すぎてやや軽い感覚はあるが、それでも処女作ながらのちに大成してゆく作家の貫録めいたものは随所に実感させる仕上がりだ。
(あと、物語の後半で某登場人物の見せる芝居が、すごくいい味を出していることも印象に残った。)
 
 最終的なフーダニットの謎解きとしては、けっこう細かい伏線に頼るところがやや強引で、なんかあまり出来がよくないときの仁木悦子作品みたいな気配を感じたりもした。とはいえ一応は読者の意識にも残りうるような手掛かりは出されているので、やはりこれはそういう端正さをホメるべきかも。
 それで本作は、物語の終着的なベクトルはあまり書かない方がいいタイプの内容だが、最後にもろもろのストーリー上の要素を呑み込んで、何ともいえない余韻があるラストに着地する。終盤の独特の重みこそ、本作の真価といえる。

 なおHM文庫版の訳者(『キリイ』などのウェストレイク作品も担当の丸本聡明)あとがきは、ポケミス版の再録ではなく、文庫用に新規に書き下ろしで、自分の翻訳家生活とウェストレイク作品の関わりを語るなかなか読み応えのあるものだが、本作のラストをネタバレしてしまっているので注意。あと「悪党パーカー」シリーズを「クライム・コメディ」よばわりはないよね。明らかにドートマンダーものと混同しているだろ(苦笑)。

 評点はかなり8点に近い、この点数ということで。
(まあ8点でもいいんだけど、けっこう迷った作品ではある。)

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