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ミステリの祭典

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空白との契約

作家 スタンリイ・エリン
出版日不明
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 クリスティ再読
(2025/08/15 13:08登録)
本作面白い。評者はエリンって、ハードボイルドとは別な流れの私立探偵小説の元祖だと思っているけど、その「第八の地獄」を彷彿とさせる作品。

いやミステリとしても私立探偵小説としてもかなりの破格。保険調査員ならたとえばデイヴ・ブランドステッターとかあるし、笹沢左保でもあるしね。別に珍しい設定ではないのだが、成功報酬のみの完全請負の自営業者が主人公。会社の看板に頼らず、全部自前。しかも事件は事故死を主張して保険金を得ようとするのを、「恐喝が原因での自殺」という構図で拒もうとする。もちろん真相が「自殺に見せかけた殺人」というわけでもない...いやこんな設定で「ミステリしちゃう?」となるのだが、これがこれで十分にサスペンスフルな話。「第八の地獄」も警官の汚職の話であり、安易に「殺人」を持ってこないリアリズムがエリンの根底にあるわけだ。

主人公ジェイクは冷徹なプロだが、その冷徹さはハードボイルドというよりも、リアルなビジネスマンとしてのもの。だったら話に潤いが欠けることにもなりかねないが、それをもつれさせるのが、男女で動いた方が何かと便利ということで急遽タッグを組んだパートナー、エリナの存在である。初対面でジェイクと組むことになる売れない女優のエリナ。それなりに舞台度胸もあるのだが....残念、ジェイクに惚れてしまう。ハードボイルドじゃないんだ。もちろんジェイクは情報収集のためには女と寝ることもあり、これをエリナは嫉妬しだしてしまう。そりゃあさあ、こんなオトコ、かっこいいじゃん?無理ないや(苦笑)無害なデラ・ストリートとはいかないよ。

だからジェイクとエリナの関係が、事件とは別ベクトルの軸となって小説としての面白みになってくる。どんどんとビジネスの上では想定外の「重たい女」となってくるエリナ。この厄介な重荷というハンデのもとに、ジェイクは恐喝のネタと恐喝者に迫っていく...警察にバラしたら事件は解決しても、それがジェイクの手柄にはならないから報酬はない。こんなジレンマの果てにジェイクは何を見るのか?

というわけで少しづつ事件の背景に迫っていくサスペンスと、悪意があるわけではないのに機嫌を損じたら売られるかも?と完全に信用しきれないエリナの存在、恐喝者の背後にいるギャングの策動など、ポケミス310ページとなかなか長い作品なんだけども、飽きさせずに引っ張っていく。

「第八の地獄」の方向をさらに深く探り直したようなことになっているよ。エリンというからには、ホント、こんなん書いて欲しかった。

No.1 7点 人並由真
(2021/08/22 06:08登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月上旬。マイアミで、土地の名士で富豪のウォルター・ソーレンが交通事故で死亡した。未亡人のシャーロットは生前の契約に基づき、20万ドルの保険金を「ギャランティ保険会社」に請求する。ギャランティの調査部長ジョン・マニスカルドは状況に不審を覚えて秘密調査員を派遣するが、その最初の調査員は、ソーレン家の遺族に疑われて退散した。かわってフリーランスの調査員で35歳のジェーク・デッカーが素性を隠して調査に赴く。辣腕のジェークは、何らかの形で保険金支払い不要の証拠を得られれば10万ドルの報酬、そうでなければ経費持ち出しで無報酬という条件で、ギャランティから調査の業務を請け負っていた。ジェークは<ソーレン家の近所に、妻とともに越してきた作家>という立場を装い、妻役を演じる協力者の若手女優で21歳の美人エリナとともに、ソーレン家の面々と親交を得ようとするが。

 1970年のアメリカ作品。エリンの第六長編。

 大昔の少年時代に一度読んでいる作品だが、細部は例によってすっかり忘却の彼方。しかしこのラストの読後感だけは、かなり克明にその後何十年ずっと覚えていた。一言でいうと<そういう意味で、印象的な作品>である。
 ちなみに大昔も今回も、元版のポケミスの方で読了。

 ミステリとしては、意味ありげな邦題や原題(アメリカ版の題名は「The Blind」だが、英国版の題名は「The Man from Nowhere」。ポケミスの表紙周りには、なぜか英国版の方の原題が標記されている)を意識しながら読み進めると、読者はやがて、ああ、そういうこと……という流れに乗るはず。

 絶妙なタイミングで暴かれる秘められた真相は、それなりに面白い文芸設定だが、読者的には推理の余地はあまりなく、意外な事実を黙って聞かされるだけ。
 まあ私立探偵小説の変種という大枠の中での捜査ミステリとしては、普通に楽しめる。

 とはいっても本作のキモはそういう事件の謎や意外な真相というよりは、実にビジネスライクな立場で自己流の捜査を進めていく主人公ジェークの叙述、そして彼の助手にして少しずつ男女の関係になっていくヒロイン、エリナとの関係性の方にある。特に後者。

 言ってみれば、青木雨彦氏の著作『夜間飛行』そのほかでの、ミステリ全般をサカナにした男女の関係についての人生訓エッセイ、この作品は正にああいうエッセイにネタを提供するために、その大半が書かれているような内容だ。
(実際に本作はその『夜間飛行』の俎上に上げられていたと、記憶しているが。)

 だから、ミステリとしてはフツーに面白い、そして小説としては、それ以上にオモシロイ。
 いやまあジェークのプロらしさがほぼ全域冴えれば冴えるほど、却って、ところどころのスキが目立ってしまうとか、お話を進める都合論なども、ままあるんだけど。それでもとにかく<男と女の話>として、読ませる。
(もしかしたら、この辺の感興を覚えるのは、主人公コンビのキャラクターにシンクロした人だけ、かもしれないが?)
 なんというか、作中のリアルで、仕事現場でややこしい羽目になってしまい、微妙に手探りしながら、自分と恋人の距離感をおそるおそる固めていく民間捜査員の肖像……そういった生々しい感触がある。
 それだけにラストは……。
 実際、このまとめ方は確実に(中略)だろうけど、個人的にはエリンがこのクロージングで何を言いたかったかは、よくわかるような気がする。
 そういう(中略)は、あるだろうねえ。

 微妙にいびつな作品なのは間違いなく、それゆえに謗る人も多いだろう……というか、もしもミステリファンの大半がこの作品を(中略)だったら、それはそれでイヤかも(汗)。

 でもまあね、広義のハードボイルドミステリ、私立探偵小説(の変種)の中には、こういう作品があってもいい、いやあるべきだとも思ったりする。
 そういう意味では独特のクセの強さで、エリンの長編作品らしい一冊なのは、間違いない。

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