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ミステリの祭典

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火の笛

作家 水上勉
出版日1960年01月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 5点
(2024/03/17 15:32登録)
1960年12月に文芸春秋社から出版された書下ろし長編ですが、時代設定は1950年。その当時の日本で暗躍していた各国のスパイがテーマになっていて、そのことは潜水艦が福井県沖に現れる序章から、既に示されています。
その後毛糸外交員志村のエピソードを経た後、その志村に会いに来た福井の宇梶警部補が殺された事件を中心に、その殺人事件を捜査する宮前警部補の視点から、大部分は描かれることになります。事件の裏に潜むものを考えれば、社会派というよりリアリズムタイプのスパイ小説に分類した方がいいかなと思いました。ただし殺しの動機については、同じ年に既に発表されていた『海の牙』とも共通する、テーマ性との乖離が気になりました。
ラストはあいまいさを残しているのですが、そうする必要はなかったのではないかと思いました。さらにその後の短い終章は、何の意味があるのか…

No.1 6点
(2021/05/13 11:53登録)
 下山・三鷹・松川事件と占領下での怪事件が続発した昭和二十五(一九五〇)年一月十一日。カネハラ毛糸外交員・志村恭平は家族とともに東京駅に近い大三デパートの屋上にいた。彼はそこで満州国際海運時代の同僚・蓑内徳太郎らしき人物を見かけ会釈するが、蓑内はなぜか恭平から眼をそらすと足早に姿を消す。
 ほどなくして会社に福井県警警部補・宇梶時太郎と名乗る男が訪れ、彼に簑内の消息を訊ねる。だが赴任後二ヶ月ほどで姿を消した八年前の同僚の行方など、志村の預かり知らぬことだった。
 それから約一月ののち、つかれた足を引きずって会社に帰ってきた恭平のもとに赤羽警察署から電話がかかってきた。蓑内を追っていた宇梶警部補が殺されたのだ。宇梶は新荒川ぞいのかなり広い貯木場の隅で、血だらけの頭の半ぶんを水の中に突っ込み、万歳をした格好で両手をひろげ仰向けに倒れていた。
 朝鮮戦争直前の占領軍統治下を背景に、東西両陣営スパイ組織の思惑が絡んだ警官殺害事件を追う、社会派推理の意欲作。
 昭和三十五(一九六〇)年に文藝春秋社より書き下ろし刊行された長篇小説。この年には探偵作家クラブ賞受賞作『海の牙』を筆頭に『耳』『爪』など少なくとも五長篇が発表されており、本書が何作目に当たるのかは定かでない。出版月の早さと「毎月、二十枚ずつ書いた」との記述から、「不知火海沿岸」→『海の牙』改稿と一部同時進行だった可能性もある。読了は全集版だが、『海の牙』とのカップリングと著者の巻末あとがきから、かなり思い入れの深い作品であることが窺える。雪深く辺鄙な六呂師部落での苦しい取材旅行の成果は、この後『越前竹人形』を経て大作『飢餓海峡』に結実する。
 冒頭の福井県干飯崎沖での潜水艦目撃シーンは、当時実際に日本近海に出没していた怪船情報をヒントにしたもの。本書の蓑内は北鮮系諜報組織の一員という設定だが、中華人民共和国・北朝鮮・大韓民国の成立がどれも一九四八年前後であると知ると更に驚く。建国直後から日本に対して動いていた事になるからだ。後に頻発した日本人拉致事件と併せると考えさせられるものがある。最もその二年後、本書とほぼ同じ頃北朝鮮軍の南侵により、半島では朝鮮戦争が勃発する訳だが。
 基本は節々にスパイの影が見え隠れする警察小説。ただしGHQへの配慮や疑念もあって、宇梶の元同僚・宮前儀三郎の捜査はなかなか進まない。だが終盤蓑内の顔を知る志村が〈エリック機関〉に拉致解放されてからは、ここで登場するキーパーソンの調査情報とそれまでのデータとが突き合わされて一気に霧は晴れ、物語は終幕に向けてなだれ込む。5点レベルで推移していた内容がここに来て1点プラス。中盤での主人公・宮前警部補の北陸調査行は、うらぶれた越前若狭の漁村風景や、波濤くだける断崖の家に棲む竹細工師の姿と共に印象に残る。

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