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ミステリの祭典

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地図男

作家 真藤順丈
出版日2008年09月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 パメル
(2024/04/26 19:24登録)
映画製作会社のフリー助監督である「俺」は、いつも地図帖を持ち歩いているホームレス風の男と知り合う。俺は、そいつを地図男と呼ぶことにした。
地図男は、関東周辺ならばあらゆる場所を正確に把握している。番地や地名の由来まで即答できるのだ。そして、その地図の余白には至る所に物語がリズミカルな内容で書き込まれている。それを読むだけでも十分楽しめるのだが、一体誰に向かって語っているのかが気になってくる。
主人公である俺と地図男のやり取りと地図男が書いた物語が交互に描かれる形で進んでいくが、特に地図男の書いた物語には引き込まれた。武蔵野とあきる野が多摩川を挟んでいる地図のページで登場するのは、やみくもな破壊衝動に取りつかれた少年「ムサシ」と、一刻も静止していられない少女「アキル」の悲しい恋の物語だ。この物語に至って、語り口に神秘的な荘厳さが漂い始める。同時に語る声が複数に分裂してしまう。そのもつれ目から、「地図男」の始原が浮かび上がってくるのである。
次々と繰り返す物語で楽しませながら、複雑な物語構造の深部へと周到に誘うストーリーテラーぶりに圧倒された。かなり短い小説であっという間に読めてしまうが、ギュッと凝縮された密度の濃い作品で読み応えがあった。

No.1 7点 メルカトル
(2020/12/19 22:35登録)
仕事で移動中の“俺”は、大判の関東地域地図帖を脇に抱えた奇妙な漂浪者に遭遇する。地図帖にはびっしりと、男の紡ぎだした土地ごとの物語が書きこまれていた。千葉県北部を旅する天才幼児、東京23区の区章をめぐる闘い、奥多摩で運命に翻弄される少年少女の軌跡―数々の物語に没入した“俺”は、それらに秘められた謎の真相に迫っていく。『宝島』で第160回直木賞を受けた俊英の、才気溢れるデビュー作。
『BOOK』データベースより。

第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作。
短い作品ながら、中身がぎっしり詰まった濃密な内容で、その短さを全く感じさせない何かを残す逸品に仕上がっていると思います。個人的には特に分厚い地図帳に書かれた、東京23区の覇権争い中央区の擬宝珠じじいと港区代理人のニット帽を被ったフリーター女性の競技かるた対決に燃えました。凄い緊迫感に圧倒され、しかもコンパクトに纏められていて、披露される数少ない物語の中では最も惹かれるものがありましたね。勿論メインのムサシとアキルの物語にも他に類を見ない魅力を感じました。

あとがきに書かれているように、角川から十年の時を経て再文庫化された際に、地図男の描くエピソードをもっと追加するつもりだったが、今の自分には書けなかったと嘆いているのが読者としても残念な限りです。それと、地図男の正体があまりに曖昧模糊として謎めいており、掴み所がなかったのが良かったのか悪かったのか私には判断できません。ストーリーの雰囲気を壊さなかったという点に於いては正解だったのかも知れませんが。あとは、何故地図男は物語を紡ごうとするのかが、謎のまま終わっており、未完な印象を残しているのはどうなのでしょうかね。それでもエンターテインメント小説として一級品だと私は思います。

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