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ミステリの祭典

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この本を盗む者は

作家 深緑野分
出版日2020年10月
平均点7.50点
書評数2人

No.2 8点 猫サーカス
(2024/01/15 17:21登録)
舞台は「書物の街」として全国的に知られる街。そのアイコンとして位置づけられているのが、地下二階から地上二階まで厖大な稀覯本がぎっしりと詰まった書庫・御倉館だ。ある日、管理人一家の娘・深冬が御倉館に足を踏み入れると、眠っている叔母の手に紙の御札らしきものが握られていることに気付く。「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」。実は御倉館の全ての本には呪いがかけられており、どれか一冊でも盗まれると、街全体がそれぞれの物語の世界に変貌してしまうのだという。盗まれた本を取り戻さない限り、街は元に戻らない。かくして深冬は、呪いの発動と同時に現れた不思議な犬少女・真白をバディに、様々な物語世界を冒険しつつ、事件解決へ奔走することになるのだ。真珠の雨が降る冒頭のマジックリアリズム的な世界に始まり、ハードボイルドからスチームパンク、そして「奇妙な味」と呼ばれる世界へ。発動した物語のジャンルごとに目まぐるしく鮮やかに変わっていく街の景色は、そのまま読者の悦びに満ち満ちている。加えて、やさぐれた探偵と素直でもふもふの相棒というコンビの妙にもニヤニヤが止まらない。深冬は曾祖父の代から蒐集家として名を馳せる御倉の家に生まれついたものの当人は本が嫌い。彼女が血の呪いによるトラウマから解き放たれ、自分自身の内側の感情と向き合っていく過程も、この物語の核となっている。他にも、盗難被害に頭を抱える書店のシビアな現状など、本と人との生活をめぐる現実的な問題もあちこちに織り込まれている。その複雑な陰影が、荒唐無稽なファンタジー世界に確かなリアリティーを与えている。

No.1 7点 sophia
(2020/11/30 17:36登録)
相変わらずの描写の細かさの上、今回はファンタジーなので、斜め読みの技術と想像力が要求されるというなかなか難しいことになっています。何でもありの魔術世界で、なぜそうなるのかなどは深く考えずに雰囲気を味わうというのがこの作品の正しい楽しみ方なのかなと思います。そうです、これは「千と千尋の神隠し」です。真白の役割や正体はハクに通じるものがありますしね。正直に言って一つ一つのエピソードはそう面白いものではないので、この作品に対する評価は全体の骨組みに対するものになり、特に最後に明かされるブック・カースの正体に驚けるかどうかに懸かってくると思います。作者本人の弁の通り自由すぎる作品なので、ミステリーとしての評価はそれ程でもありませんが、読後感のいい作品でした。でも、本嫌いの人にはあまり読ませない方がいいかもしれません(笑)

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